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私はnoteの本文ではAIを使っていません。

たすくるるです。
AIを創作に使うかは常に議論の的ですね。

ちなみに、note本文ではAIを使っていませんが、ヘッダーやアイコンの猫ちゃんのイラストはGeminiに作ってもらいました。
粗はありますが、かわいいですよね。

さて、火種になるか心配なところもあり、AI創作論争に飛び込む気は無かったのですが、こういうことを考えることが好きな性格なものですから、私の考えを放流しておきたいと思います。

おことわり

今回書いた内容は特定誰かの考えに反論したり、ましてや否定したりするものではありません。
また、世間一般に対して主張を展開したいわけでもありません。

あくまで、私個人はnoteで文章を書くという創作行為に対してAIを使おうという気が起きないので、それなぜかを考えて整理したものです。

「私自身」の「note」の「文章」に対しての話であるため、私以外の人が考えている、創作活動にAIを使うことに対する意見の全てを、このnoteでは否定しません。

このnoteで記載している内容は、私自身が行うnote以外の創作活動においてAIを使わないことを約束するものではありません。
今や、システムやゲームの開発においてAIを使用しないという選択は考えられません。
また、考え方の不変性については保証しかねます。

また、冒頭で触れた通り、文章以外の箇所ではすでにAIを使用しております。

これらについてはご承知おきください。

思案①: 楽譜をもらって演奏する

私は少しだけ演奏者として音楽を嗜んでいます。

演奏者は楽譜を受け取って演奏する役割です。あるとき、ボーカロイドやDTMという物を知って人間が演奏する意味を考え始めました。

機械のほうがテンポを正確に刻めます。ミスもしません。音程も外しません。録音も楽だし調整も効きます。

いろんな観点から議論できそうな議題ですが、今回のnoteに即して言えば、この意見はかなり消費する側に寄っているのかなと思います。

以前にも書きましたが、表現というのは多様な評価軸が人によって個々に設定されているのだろうと考えています。

そしてそれは表現を受け取る側だけでなく、作る側にも設定されていると思います。
ウケる表現、流行る表現がある中でも、自分が楽譜から何を受け取ってどう表現したいかというのは大事なんだろうと思います。

noteにしたい内容、要旨を楽譜とするならば、文章をAIに書かせるのは、私が演奏するはずだった楽器をAIに代わりに演奏させるようなイメージです。

私は自分で演奏したい。

思案②: 手書きからワープロへ

AIの進化にあたって、今までのPCやソフトの進化と進化当時の反対派意見を示すことで、時代の進化に置いていかれるな、と啓蒙する方をよく見かけます。

ワープロが導入された時に「温かみがない」といって拒否していた人は、今の考え方からすると愚かに見えるのかも知れません。

常識に可逆性はあるかという疑問はどこかで話したいですが、それは置いて話を進めます。

主張したいことは理解できます。
しかし、文章を書くという一点を見れば、これまでのツールとAIでは無視できない大きな違いがあります。
それは、完成する文章が違うことです。

手書きからワープロへ移行したときは、伝送面、スピード面などで非常に効率的になりました。
しかし、文字を書く手段がペンからキーボードに変わっただけなので最終的にできあがる文章というのは理屈上変わりません。(多分)

一方でAIを使って文章を書けば、自分が書くものと全く同じ文章にはなりません。
カスタムプロンプトでの調整は可能ですが、人間が生きてきて得た経験をすべてインプットするには、文字情報だけに絞ったとしても、コンテキスト長の制限的に無理があります。

一から書いた文章と異なるものが出来上がるという部分は、これまでのツールとは明確に違う部分なのかなと思います。

思案③: 人間の個体差とは

以前もお話ししていますが、頭の中が同じであっても、それを言語などで出力すると変質を免れないと考えています。

悪い面もある一方で、その変質の仕方の差異こそが個性ではないかと思っています。

同じ日本語話者でも、それぞれが触れてきた語彙、大事にしてきた言葉、自分の感情に寄り添ってきた表現などは偏りがあるはずです。

そうした偏りこそが個性で、私の頭の中を表現するには、その個性を使いたいと思っています。

まとめ

私は私の考えをアウトプットするためにnoteを使っています。人に読まれることは想定していますが、伝えることを主軸に置いていません。
(最低限読めるようにはしているつもりです。)

また、自分の頭の中を整理して出力するために、私が今まで醸成した言語表現を用いることが大事だと思っているようです。

一方、イラストについては、私の中に積み上げたものがない(=こだわりがない)ため、AIの使用を許容しています。

AIを過剰に持ち上げたり忌避したりせず、1つのツールと理解した上で目的に合わせた結果だと思っていただければ何よりです。

再度おことわり

このnoteは、私(たすくるる個人)は私の頭の中を文章にすることにおいて、AIよりも自分の言葉を使うことが適していると考えている、という内容です。

例えばビジネスシーンでは、個人に依った表現よりも共通的、一般的な表現の方が適していることは自明です。
私自身メールを作成するのにAIを使用して体裁を整えてもらっていたこともあります。

また、私のようなnoteの使い方をしていても、AIに書かせている方もいると思います。

このnoteの内容は私の独り言のようなもので、どんな場面でAIを使用するかはケースバイケースで個人(あるいは組織)で判断する内容だと弁えております。

私にしても他の場面でも全く使わないということは申しておりません。あくまでnoteの話です。

誤解なきようお願いいたします。

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