ガストのキッチンで3年半バイトしてた話。20年前、時給900円の時代
今から約20年前。
大学1年生だった僕は、人生で初めてアルバイトを始めました。
働くことになったのは、最寄り駅にあったファミレスの「ガスト」。
「少しは料理のスキルが身に付くかな…?」
そんな軽い気持ちで飲食店を選びました。
でもそこから、大学を卒業するまで3年半働き続けました。
大学の授業だけでは得られない経験をたくさんしました。
そして、このファミレスで一人の女性と出会います。
その女性とは、その後5年間付き合うことになります。
もちろん、18歳だった僕はそんな未来を知るはずもありません。
駅に置いてあったタウンワークを何となく手に取り、近所のファミレスに応募しただけです。
今回は、そんな僕が大学時代に3年半働いた「20年前のファミレスバイト」について書いてみようと思います。
今とはかなり違う部分もあると思いますが、
「昔のファミレスバイトってこんな感じだったんだ。」
くらいの気持ちで読んでもらえたら嬉しいです。
バイト探しは、駅に置いてあったタウンワーク
当時は2006年。平成18年。
今ならスマホで求人サイトを開けば、近所のアルバイトがいくらでも出てきます。
でも当時、僕が使ったのは駅に置いてあった『タウンワーク』でした。
それを家に持ち帰って、ページをペラペラめくりながら求人を探しました。
(調べてみると2025年に紙のタウンワークは休刊したんですね。)
せっかくなら、お金を稼ぐだけじゃなく何か身につけたい。
そこで、
「飲食店で働けば、料理ができるようになりそう。」
と思い、飲食店を探し始めました。
最初に応募したのは、電車で数駅離れたところにある居酒屋。
人生初のアルバイト面接です。
結果は不採用。
「バイトの面接って普通に落ちるんだ…。」
18歳の僕は地味にショックを受けました。
そこで次に応募したのが、最寄り駅にあったガストです。
面接してくれた店長は少し小太りで優しそうなおじさんでした。
面接ではそれほど難しいことは聞かれませんでした。
「土日は入れる?」
「普段、料理するの?」
「キッチンとホール、どっちがいい?」
そんなことを聞かれた記憶があります。
僕は料理を覚えたかったので、
「キッチンがいいです。」
と答えました。
そして面接の最後。
「大変だけど、頑張ってね。」
と笑顔で言われたことを覚えてます。
実質的な合格通知でした。
ですが、「大変だけど」の部分が少し怖かったです。笑
こうして、僕の人生初のアルバイトが始まりました。
最初に教わった仕事は皿洗い
キッチンに入って、最初に教えてもらったのは皿洗いでした。
といっても、一枚一枚丁寧に洗うわけではありません。
食べ残しなどを軽く流して、大きな業務用食洗機にガシャンと入れる。
しばらくすると、熱々の皿が出てきます。
まぁ誰でもできる仕事です。
まずはそんな仕事から始まり、少しずつ料理の作り方も教えてもらいました。
当時、僕が働いていた店舗では、キッチンでの役割が大きく2つあって「イン」と「アウト」と呼ばれていました。
「イン」は、ハンバーグを焼いたり、パスタを作ったりする、主に火を使う担当。
「アウト」は、サラダやデザートなど、主に火を使わない料理を作る担当です。
僕はアウトから教えてもらいました。
最初はもちろん何もできません。
なので先輩の補助的な立ち位置で動いて、仕事を覚えていきます。
どの棚にどの材料が入っているかを覚えるだけでも苦労しました。
ですが、毎日のように繰り返していると、だんだん体が覚えてきます。
3か月くらい続けていると、頭で考えなくても料理が作れるようになってきました。
「ファミレスって全部レンチン」だと思っていた
働き始めて意外だったのが、
「ファミレスって、思っていたよりちゃんと料理するんだ。」
ということでした。
働く前の僕は、ファミレスの料理なんて、ほとんど完成した状態で店に届いて、それをレンジで温めて出しているくらいに思っていました。
もちろん、レンチンだけで提供できる料理もたくさんありました。
でも実際には、自分たちで調理するものも結構ありました。
ハンバーグやチキンは、ちゃんと鉄板で焼く。
オムライスも、フライパンに卵を流して自分で仕上げる。
サラダのレタスなんかも自分でカットしてました。
今は違うかもしれませんけどね。
一方で、
「うどんに野菜を乗せてドレッシングをかければサラダうどんという料理になるのか。」
みたいな発見もありました。
18歳の料理未経験の僕にとっては、それすら新鮮でした。
「料理できるようになるかな。」
と思って飲食店を選びましたが、意外と目的を達成できたと思います。
今でも料理をすることにそれほど抵抗がないのは、この時の経験が多少は影響している気がします。
土日のピークは本当に忙しかった
普段のキッチンは、それほど大変ではありません。
問題はピークタイムです。
特に忙しかったのが、土日のランチとディナー。
ホールで注文が入ると、キッチンにある機械からレシートのような紙が出てきます。
シーザーサラダ 1
ミートスパ 1
チーズINハン 1
セ)ライス 1
みたいな感じです。
この紙を見ながら作っていきます。
空いている時間なら、一枚ずつ処理していけばいいのですが、ピーク時は違います。
オーダーの紙がどんどん出てきて、長くなっていきます。
しかも当時は、「14分ルール」のようなものがありました。
(13分だったか14分だったか記憶が曖昧なのですが)
一定時間以内に料理を提供できなかった件数を記録され、本社に報告されます。
それがその店舗の評価に影響するという仕組みです。
大学生のアルバイトだった僕からすると、
「店の評価と言われても…」
という感じで正直、そこまで気にしていませんでした。
とはいえ、お客様にはなるべく早く料理を提供したいという小さなプロ意識は持っていたので、14分ルールを守れるように頑張っていました。
特に大変だったのが、近くで花火大会などのイベントがある日です。
普段とは比べものにならないくらい注文が入ります。
しかも僕が働いていた店舗ではデリバリーサービスもやっていました。
店内とデリバリー両方からオーダーが入ります。
「これもう無理だろ…。」
というレベルまでオーダーが溜まることもありました。
そんな時は、社員さんが控室から出てきてフォローしてくれました。
当時は「助かった!」
としか思っていませんでした。
でも今考えると、
「休憩中だったのでは?タダ働きじゃないよね…?」
と、少し不安になります。
また、一番辛かったオーダーは、同じデザートが同時に10個くらい入ることでした。
きっと団体のお客様でしょうね…。
当時の僕にとって、
全メニューの中で一番作るのが大変だったのがパフェです。
キッチンでは、
「パフェグラス足りる?」
「作業台狭い!」
と大変なことになってました。
「もっと忙しそうにしろよ!」と怒られた
ピーク時のキッチンは、当然みんなピリピリします。
そんな中、僕は比較的、忙しくても淡々と仕事をするタイプでした。
自分では普通に急いでいるつもりです。
でも、あまり表情や態度には出なかったようです。
あるピーク時。
せっかちな先輩から突然、
「もっと忙しそうにしろよ!」
と怒られました。
「え、忙しそうに……?」
僕としては普通に急いでいました。
でも先輩からすると、淡々と仕事をしている姿が気に入らなかったのかもしれません。
当時は、
「ちゃんと急いでるんだけどな……。」
と、少ししょんぼりしました。
でも、20年経った今となっては、
「もっと急げよ!」ではなく
「忙しそうにしろ!」という不思議な怒られ方をしたことが、
ちょっとした笑い話となっています。
時給900円。今思うと時代を感じる
当時の僕は、週4日くらい働いていました。
時給は900円。
深夜になると25%増しです。
今見ると、
「安いな……。」
と思いますが、これも20年前の話。時代を感じます。
ちなみに「まかない」の代わりに、「従食」という制度がありました。
1シフトにつき1回約250円で、好きなメニューを一品食べられるというものです。
ただ、3時間くらいの短いシフトでも250円引かれます。
お腹が空いていなくても、何か食べないと250円損するというシステムです。
ですが、持ち帰りもできたので、かなりお世話になりました。
他にも、すかいらーく系列の店舗で使える25%OFFクーポンを定期的にもらえた記憶があります。
大学生だった僕にとっては、従食もクーポンもありがたい特典でした。
3年半続けられた理由
僕は大学を卒業するまで約3年半働きました。
数日で辞めてしまう人も多かったです。
年に5人くらいは、そんな人がいた記憶があります。
そんな環境でも、なぜ僕は続いたのか。
今考えてみると、良い人が多かったから。
これが一番大きかったと思います。
厳しい人もいましたし、忙しい時にはピリピリすることもありました。
それでも、
「もうここでは働きたくない。」
と思うほどのストレスはありませんでした。
仕事も慣れてしまえば、ピーク時もそれなりに楽しかったです。
同年代もいましたし、いろいろな年代の人と話す機会もありました。
学生だけでなく、ランチの時間帯には主婦のパートさんも多く、いろいろな年代の人が働いていました。
そして、人が集まれば当然いろいろな人間関係が生まれます。
恋愛も結構ありました。
大学生同士で付き合ったり。
若い女性社員と男子大学生が付き合ったり。
女子高生とアラサーの男性が付き合っていたのも知ってます。
今考えると最後のケースはどうかと思いますが…。
そして僕自身も、このバイト先で一人の女性と出会いました。
ここで、5年間付き合う彼女と出会った
僕はキッチン。
彼女はホール。
ちょうど僕が就活の時期に彼女がアルバイトとして働き始めました。
彼女は1つ上の先輩だったので、就活についてアドバイスをもらったことをきっかけに少しずつ仲良くなりました。
当時の僕は2011年卒。
就活がかなり厳しい時代でした…。
その頃の就活については、こちらの記事に詳しく書いています。↓
そして、何度か二人で食事に行き、付き合うことになりました。
この時の僕は当然知りません。
この女性とその後5年間も付き合うこと。
そして、そのまま結婚すると思っていたら突然フラれ、人生が大きく変わっていくこと。
5年間付き合った彼女にフラれた時のことは、こちらの記事に詳しく書いています。
20年前のバイトも、今の人生につながっている
大学卒業と同時に、僕はガストのアルバイトを辞めました。
3年半も働いたので、感動的な別れがありそうですが、実際はそうでもありませんでした。
「ふ~、やりきったなぁ。」
くらいです。
でも、20年経って振り返ってみると、意外とたくさんのものが残っています。
料理を覚えたこと。
パフェを10個作ったこと。
お金を稼ぐという経験。
「もっと忙しそうにしろよ!」と怒られたこと。
そして、そこで一人の女性と出会ったこと。
そもそも、最初に受けた居酒屋の面接に受かっていたら、僕はガストで働いていません。
彼女とも出会っていません。
その後、その彼女との別れをきっかけに僕の生活は大きく変わりました。
そして巡り巡って、今の妻と出会い、家族ができました。
そう考えると、あの時居酒屋の面接に落ちたことまで、今の生活につながっているように思えます。
18歳の僕にとっては、そんな大きな選択をしたつもりなんてありませんでした。
駅に置いてあったタウンワークを手に取って、
「料理でも覚えられたらいいな。」
と思いながら求人を眺めていただけです。
たまたま最初の居酒屋に落ちて。
たまたま近所のファミレスを受けて。
そこで働くことになっただけですが、
「あの時ガストでバイトしたことも、ちゃんと今につながってるんだな。」
と思います。
18歳の頃には、想像もしていませんでしたけどね。
