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イヤイヤ期の癇癪にイライラしないために。娘と向き合って見つけた考え方

わが家には、もうすぐ4歳になる娘がいます。

2歳になる前くらいから始まった「イヤイヤ期」。
特に2歳後半から3歳前半くらいまでがピークでした。
もちろん今でもイヤイヤすることはあります。

僕は普段、朝の支度から夜のお風呂、寝かしつけまで、娘と過ごす時間はそれなりに長い方だと思います。
なので、ここ2年間で娘の癇癪にもかなりの回数付き合ってきました。

最初の頃は、
「どうしたら癇癪を起こさなくなるかな」
「どうしたら泣き止むかな」
と考えていました。

SNSで調べたり、育児についての動画を見たり、いろいろ試しました。
もし、
「子どもの癇癪を止める方法が知りたい」
と思ってこの記事を開いてくださった方がいたら、申し訳ありません…。

僕の結論は
「癇癪を止めるのは諦めよう」
です。

だから、
癇癪をどうにかしようとするより、
どうすれば自分(=親)が冷静に対応できるか
そう考えるようになりました。

そして最終的にたどり着いた僕なりの考え方が、
「癇癪なんて、くしゃみみたいなもの」
です。

出ちゃうものは仕方ない。

専門の方がこれを読んだら
「いやそれは違う」
と怒られてしまうかもしれません。

それでも、自分の中に「こう考えればいいか」と思えるものをいくつか持っておくだけで、前よりは気持ちが楽になりました。

この記事では、育児の専門家でもない普通の父親の僕が、娘の癇癪に付き合う中で
「こう考えたら、ちょっとイライラしなくなった」
というものを書いてみます。

「これなら自分も少し楽になれそう」
と思うものがもしあったら、好きなものを使ってみてください。


何が地雷になるのか分からなかった

娘の癇癪が特に激しかった3歳前後。
この頃は、本当に何がきっかけで爆発するのか分かりませんでした。

ある日のお風呂。
いつものように、「お風呂入るよ」と声をかけると、
「いやだああ! 入らないい!!お風呂嫌いいい!!」
と大泣き。

なんとか説得して、ようやくお風呂に入ってくれました。

「ふぅ……」

と一安心したのも束の間。
僕が洗面器に入っていたお湯を、間違えてこぼしてしまいました。

その瞬間、
「うわあああ!!」
再び大泣き。

「またか……」と思いました。
さっきの癇癪をやっと乗り越えたと思ったのに、もう次が始まった。

当時は、見えない地雷を踏まないように歩いているような感覚でした。


ネットで見た方法が全然通用しないこともある

イヤイヤ期について調べていると、
「子どもが言うことを聞かないときは、選択肢を与えてみるといいです」
という方法を何度か見かけました。

たとえば…

靴を履きたがらない子どもには
「靴を履いて!」
ではなく
「右の靴と左の靴、どっちから履く?」
と聞いてみましょう♪

こういった声かけです。
実際、僕もやってみました。

「右の靴と左の靴、どっちから履く?」
すると娘は、
「履かないいいいい!!!」

イヤイヤ期の前では理論、理屈は通用しない…
そんな気持ちでした。笑

こうして、娘の癇癪をどうにかしようといろいろ試しました。
でも、何をやってもうまくいかないこともある。

それなら、娘をどうにかするより、僕の考え方を変えた方がいいのかもしれない。
少しずつ、そう思うようになりました。


わが家の「そんなことで!?」癇癪シリーズ

娘が実際に癇癪を起こした理由を思い返すと、本当にいろいろありました。
笑いながら読んでください。

・持ってるバナナが折れた
 
…わかるよ、きれいなまま食べたいよね。

・パパが「お父さん座り(あぐら)」ではなく「お母さん座り(正座)」をしていた
 
…座り方にも指定があります。

・パパが娘の許可なくトイレに行った 
 
…僕には、自由にトイレへ行く権利がありません。

・絵本のストーリーが思っていたのと違った
 
…これはもう僕にはどうすることもできません。

・一人でできるのに、パパがこっちを見た
 
…見てないところでやりたかったよね。

そして個人的に一番印象に残っているのが、

・鼻の穴に保管していた鼻くそが、お風呂に入ったらなくなっていた
 
…鼻くそが…そんなに大事か…!

これも僕にはどうすることもできません。笑

当時の僕からすると、
「そんなことで…?」
と言いたくなるものばかりでした。

でも、こういうことを何度も経験するうちに、少し考えるようになりました。
僕にとっては「そんなこと」でも、
娘にとっては「大事なこと」なのかもしれない、と。


意味もなく「イヤイヤ」しているわけじゃなかった

僕は、「イヤイヤ期」は「意味もなく全てにイヤだ!と言う時期」だと思っていました。
でも、毎日娘を見ていると、どうも違いました。

「自分でやりたかった」
「まだ遊びたかった」
「こうなると思っていた」
振り返ってみると、娘なりにちゃんと理由があるんです。

本人の中には「こうしたい」「こうなってほしい」がある。
でも、思ったようにならない。
そこで「いやだああああ!!」となる。

そんな頃、モンテッソーリ教育について発信している方の動画で、
「イヤイヤ期ではなく『メラメラ期』と考える」
という話を聞きました。

「こうしたい」「こうなってほしい」という気持ちが初めて出てきて、それを使おうとメラメラしている。
そんな時期。

そう考えると、同じ「イヤ!」でも少し見え方が変わりました。
「自分でやりたいことが増えてきたんだな」
と思えるようになりました。

起きていることは何も変わりません。
娘は普通に泣いています。
でも、僕のイライラは少し減りました。


「感情をコントロールする練習中」と考える

もう一つ、僕の中でしっくりきた考え方があります。
何かのテレビ番組で、専門家の方が言っていたのですが(すみません、詳細は忘れてしまいました)、

子どもは感情を爆発させて、落ち着く。
それを何度も繰り返しながら、少しずつ感情のコントロールができるようになっていく。

そんな話を聞いて「なるほど…」と思いました。

娘が、
「いやだああああ!!」
と泣いているときに、
「今、感情をコントロールする練習をしてるんだ」
と考えてみる。

そうすると、僕の中で少しだけ意味が変わります。
「娘が泣き叫んでる時間」ではなく、
「娘が練習している時間」になる。

起きていることは何も変わりません。
娘はやっぱり普通に泣いています。
でも、僕のイライラはまた少し減りました。


癇癪中に言わないようにしていた言葉

考え方が少しずつ変わっていく中で、娘が癇癪を起こしているときに、なるべく言わないようにしていた言葉もあります。
これは、僕がSNSや動画で調べた上で実践している内容です。

そんな言葉を3つ紹介します。

①「静かにして!泣かないで!」

娘だって、泣きたくて泣いているわけではないと思います。
それに、よく考えてみたら泣くこと自体は別になにも悪くないです。

じゃあ、なぜ「泣かないで!」と言いたくなるのか。
それは、ただ僕が早く泣き止んでほしいから
なんですよね。

ずっと泣かれると、正直しんどいし、早く静かになってほしい。
でもこれは大人の都合です。

娘が悲しいなら泣いてもいいし、嫌なら嫌だと思ってもいい。
娘の感情を否定するのは違うな、と考えるようになりました。

②「もう知らない!」

娘からしたら、自分でもどうしたらいいか分からない状態だと思います。
そんなときに、パパまでいなくなってしまう。
それは嫌だろうなと思います。

なので僕は、何を言ってもどうにもならないときは、
「落ち着いたら話そう。今はもう思いっきり泣いていいよ」
と言って、近くにいるようにしています。

無理に話しかけるわけでも、抱っこするわけでもありません。
娘から「抱っこして」と言われたら抱っこします。

娘が泣いているからといって、僕と娘がケンカしているわけではない。
そう思っているので、なるべく娘を突き放さないようにしています。

③「そんなことで泣かないで」

僕にとっては「そんなこと」でも、娘にとっては「大事なこと」。
さっきの癇癪シリーズで書いた通り、そう思っています。

バナナが折れたことも。
パパが勝手にトイレに行ったことも。
鼻の穴に保管していた鼻くそがなくなったことも。

僕からすれば正直「そんなことで…」です。
でも、娘は本気で悲しくて泣いています。

僕の価値観で「そんなこと」と決めなくてもいいのかなと。
娘の価値観を否定する必要はないのかなと。
そう思って、一度は娘の気持ちを受け止めるようにしていました。


3つの言葉を紹介しましたが、全く使わなかったわけではありません。
正直に言うと、つい「もう知らないよ…!」とか、言ってしまったことも何度かあります。

僕も仕事で疲れているときに何度も泣かれたら、
「もう勘弁してくれ……」
と思うことはあります。

それでも、なるべく言わないように意識している。
そのくらいです。


「僕 vs 娘の戦い」ではない

娘の癇癪に付き合っているうちに、もう一つ意識するようになったことがあります。

それが、
「僕 vs 娘の戦い」ではない
ということです。

たとえば、
僕はお風呂に入ってほしい。
娘はお風呂に入りたくない。イヤイヤする。
僕もイライラする。

こうなると、僕と娘の戦いのようになってしまいます。
でも、娘も好きで泣いているわけではありません。

「自分でやりたい」
「思っていたのと違う」
そんな自分の中にある不満をうまく処理できなくて、娘自身も困っている。

そう考えると、
「僕 vs 娘」ではなく、
「僕と娘 vs 娘の中にある不満」
なんじゃないかと思うようになりました。

僕が娘の敵になる必要はない。
「あー、それは嫌だったね」
「そっかー、それやりたかったのね」
と、娘の味方側にいる。
僕の中では、そんなイメージです。

ただ、娘の味方になることと、娘の要求を全部受け入れることは別です。

たとえば、お店で、
「このおもちゃ買って!」
と泣かれても、買わないと決めていたら買いません。

そんなときは、
「帰ったら、この前買った粘土で遊ぼうよ」
と別のものに興味を向けてみたりします。

それで切り替えてくれることもあります。
全然通用しないこともあります。

そのときはもう、
「気持ちは分かるよ。でも買わないよ」
と根気強く説得します。

娘の気持ちは否定しないけど、ダメなものはダメ。
この2つは分けて考えるようにしています。


最近、少しずつ変わってきた

そんな娘も、もうすぐ4歳です。

最近は、ピークの頃に比べると、少しずつ自分で気持ちを切り替えられるようになってきた気がします。

つい最近、お昼ごはんに僕がラーメンを作りました。
「はい、できたよ」
と言って出したら娘が、
「ちいかわのカップラーメン食べたい!!」
と言い出しました。

でも、もうラーメンは作ってあります。
カップラーメンを食べる予定でもありません。

「今日はもうラーメン作ったからさ。カップラーメンは明日にしよう。」
と伝えました。すると、
「カップラーメン食べたいいいい!!」
と大泣き。

そこで僕は、
「今日はパパのラーメン食べるよ。
 明日、絶対カップラーメン食べよう。
 忘れないように好きなところに置いておいていいから。」
と言いました。

娘はしばらく泣いていましたが、涙を流しながら、
「……パパのラーメン食べるぅぅ……」
と言ってくれました。

(おお、切り替えられた…!)
と、僕は内心驚きました。

これが娘の成長なのか、その日たまたま切り替えられただけなのかは分かりません。
でも僕は、
「感情をコントロールする練習中なんだ」
と考えていた頃のことを思い出しました。


癇癪は「くしゃみ」みたいなもの

ここ2年間、娘の癇癪に付き合いながら、いろいろな考え方をしてきました。

「意味もなくイヤイヤしているわけじゃない」
「自分でやりたいことが増えてきたんだ」
「感情をコントロールする練習中なんだ」
「僕と娘が戦っているわけじゃない」

そうやって、どうにか自分がイライラしない考え方を探してきました。

そして結局僕は、
「癇癪なんて、くしゃみみたいなもの」
と思うようにしています。

これはSNSや動画で聞いたわけではなく、僕個人でたどり着いた考え方です。

くしゃみをしている子どもに、
「なんでくしゃみするの!」
と怒る人はいませんよね。
出ちゃうものは仕方がないので。

感情があふれて泣き叫んでしまうことも、
「まあ、出ちゃうものは仕方ない」
このくらいで考えようと思うようにしています。

もちろん、癇癪を適当に扱うという意味ではありません。
しっかり向き合うことは忘れません。

そしてもう一つ。
この2年間で、僕が忘れないようにしていることがあります。

親にとって「そんなこと」でも、子どもにとっては「大事なこと」かもしれない。

バナナが折れたことも。
パパが勝手にトイレに行ったことも。
そして、
鼻くそがお風呂に入ったらなくなってしまうことだって、3歳の娘にとっては重大な事件なんです。


そんな娘も、もうすぐ4歳。

最近は、「お風呂入るよ」と言っても、
「いやだああ!! 入らないい!!」
と大泣きすることは減ってきました。

その代わり、
「やーだよ〜♪」
と笑いながら逃げることがあります。

癇癪が少し落ち着いてきたと思ったら、また違う面倒くささが出てきました。笑

子育てって、飽きないですね。


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わが家のお小遣いをどうするか、SNSでいろいろな家庭を調べて考えました。


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子どもの「やる気」や褒め方について、昔読んだ本を読み直して今の子育てについて考えました。


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