新卒でSEになって11年。独立系SIerで働いて分かった働き方・年収
2011年、大学を卒業した僕は、新卒でSE(システムエンジニア)として働き始めました。
入社したのは、社員数500人ほどの独立系IT企業。
金融、流通、官公庁など、さまざまな業界のシステム開発・運用に携わる会社でした。
初任給は23万円。
大企業ではないけど、小さくはない規模の会社。
就職活動をしていた当時の僕は、
「なんとか社会人にはなれたぞ…」
くらいに考えていました。
今回は、新卒でSEになった僕が11年間働く中で経験したことや、当時感じていたことを書いてみようと思います。
ちなみに、就職活動はかなり厳しい時代でした。
30社くらい選考を受けて、やっと内定をもらった会社です。
当時の就活の様子はこちらの記事に書いています。↓
同期の半分くらいは文系だった
僕は情報系の大学を卒業していたので、入社前からプログラミングの経験があり、ITについても多少の知識はありました。
一方、同期には文系出身者も多かったです。
同期は全部で約40人くらい居たのですが、感覚的には半分くらいが文系だったかな。
中には、
「プログラミングは一度もやったことがありません。」
という人もいました。
就活中の会社説明会でもよく
「文系の方も多いですよ」
という説明を聞いていたのですが、本当に多いんだ…と少し驚いた記憶があります。
そんな僕たち新人が最初に受けたのは、約2か月間の新人研修でした。
ビジネスマナーから始まり、ITの基礎知識、プログラミングなどを学びます。
講師をしてくれたのは、入社5年目くらいの先輩社員。
数年後は、僕もこの新人研修で講師側を担当することになります。
「官公庁ってなんかかっこいい」で配属希望を出した
研修の途中、5月中旬くらいになると配属の希望を出します。
各部署の先輩社員が新人の前で、
「うちの部署ではこんな仕事をしています。」
とプレゼンしてくれて、それを聞いて希望部署を提出するという流れでした。
僕が希望したのは、官公庁関係のシステムを扱う部署。
理由は、
「官公庁ってなんかかっこいい。」
正直、そのくらいの気持ちでした。
幸い希望通り、官公庁のシステムに携わる部署へ配属されました。
SEとして最初にやった仕事はシステムテスト
現場に配属されて、最初に任された仕事はシステムテストでした。
同じチームの先輩方が作ったシステムを、用意されたテストケースに従って実際に操作する。
正しく動いたことを確認して、スクリーンショットなどの証跡を残していく。
言葉は悪いですが、誰でもできるような簡単な作業でした。
また、1年目は会社から、
「資格を取れ。」
とも言われていました。
基本情報技術者試験やOracle Database関連の資格です。
基本的には業務後に自宅で勉強していましたが、業務中に勉強することもありました。
僕が対応できる仕事がないタイミングで、
「業務中だけど資格の勉強していいよ。」
と、上司から言われていたのです。
新人ならでは、ですね。
データベースを操作するSQLは、その後の仕事でもずっと使いました。
僕が経験した範囲では、SQLをまったく使わない現場はありませんでした。
転職して社内SEになった今でもSQLは使っています。
新人時代に勉強しておいて良かったものの一つです。
「一次請け、二次請け」という世界を初めて知った
現場に出て初めて知ったのが、IT業界の「一次請け」「二次請け」といった構造でした。
たとえば、コンビニで新しいレジのシステムを導入したいとします。
コンビニは大手SIerにシステムの開発を依頼します。
この大手SIerが「一次請け」です。
その大手SIerが別のIT企業に協力を依頼します。
そしてそのIT企業がさらに別のIT企業に協力を依頼します。
これが「二次請け」「三次請け」となっていくのです。
僕が勤めていた会社は、二次請けになることが多い会社でした。
大手SIerから仕事をもらい、自分たちも作業をしながら、さらに下請けの協力会社にも仕事をお願いする。
年次が上がると、僕自身も協力会社の人員を探すようになりました。
「今、空いている人いませんか?」
と何社にも電話して探したことを覚えています。
やっと人が見つかっても、実は必要なスキルが足りていなかったり、人間性に問題があったりで
「別の人出してもらえますか?」
とお願いしたりしました。
SEは、設計書を作ったり、プログラミングをしたり…というイメージを持っていましたが、こんなにも人探しの作業が多いのかと感じました。
入社前との大きなギャップですね。
「3年3割」は本当だった
就職活動をしていた頃、
「新卒で入社しても、3年以内に3割くらいは辞める。」
という話をよく聞きました。
実際に入社してみると、確かに同期が少しずつ辞めていき…
3年目が終わる頃には、本当に3割くらいいなくなっていました。
もちろん、辞める理由は人それぞれです。
仕事が合わなかった人もいれば、もっと条件の良い会社へ転職した人もいたと思います。
そんな中、僕は転職することなく働き続けました。
結果的に、その会社で11年間働くことになります。
ただ、同じ会社に11年間いたからといって、同じ場所で11年間働いていたわけではありません。
これも、入社前には知らなかったSEの働き方でした。
一つの会社に11年。でも勤務地は5回変わった
僕の会社では、一次請けとなる大手SIerのオフィスに常駐して働くことが多くありました。
いわゆる「客先常駐」です。
あるプロジェクトでは、自分の会社の社員は僕一人だけ。
周りにいるのは、一次請け会社の社員や、別の協力会社の人たちでした。
自社のオフィスに行くのは、月に一度の部会くらい…。
そんな働き方をしていると、
「僕はどこの会社で働いているんだろう…。」
と思うこともありました。
勤務時間も、常駐先に合わせることが多かったです。
自社の勤務時間は一応「9:00〜17:30」と決められてました。
でも、常駐先から「18:00までは勤務してください」と言われれば、それに合わせて働きます。
就職活動のときは募集要項を見ながら、
「この会社は17:30が定時なんだな。」
なんて確認していましたが、
「募集要項に書いてあった勤務時間って、あんまり意味ないじゃん…。」
と思いました。
担当するプロジェクトも、2〜3年に一度くらいのペースで変わりました。
一番長くいたプロジェクトでも4年くらい。
僕の場合、11年間で勤務地は5回変わりました。
会社は同じなのに、
働く場所が変わる。
勤務時間が変わる。
一緒に働く人も変わる。
「会社員は同じオフィスでずっと働くもの」
と思っていましたが、これもまた想像とは違っていたギャップでした。
「IT業界はブラック」なのか?
僕が就職した頃は、
「IT業界はブラックだ。」
という話をよく聞きました。
今はもう使われていないと思いますが、「3K(きつい・帰れない・給料が安い)」なんて言葉も当時ありました。
では、実際に11年間働いてみてどうだったのか。
これは正直、
「配属されるプロジェクトによる。」
としか言えません。
ほぼ毎日定時で帰れるプロジェクトもありました。
一方で、月70時間くらいの残業が数か月続いたこともあります。
特に大変だったのが、大型システム開発の炎上プロジェクトに途中から参加したときでした。
システム開発がテスト工程まで進んだものの、いろいろなバグが見つかり、プロジェクトが炎上。
そこに僕も応援要員として放り込まれました。
しかも、この仕事は出張案件。
月曜日の朝に新幹線で出張先へ向かい、金曜日の夜までビジネスホテルで生活します。
朝9時から仕事を始めて、終わるのはだいたい22時頃。
そんな生活が数か月続きました。
さすがに、あの頃はしんどかったですね…。
ただ、11年間ずっとそんな働き方だったわけではありません。
逆に、ほぼ毎日定時で帰れるプロジェクトもありました。
だから僕の経験だけで言えば、
「IT企業だからブラック」というより、「どのプロジェクトに配属されるかによって働き方が大きく変わる」
という印象です。
「SE向いてないかも」と思ったこともある
11年間働く中では、
「俺、SE向いてないかも…。」
と思ったこともあります。
特に落ち込んだのが、自分で作ったプログラムを本番環境にリリースした後に、バグが見つかったときです。
それも立て続けに…。
もちろん、リリースする前にはテストはしています。
「これなら大丈夫。」
と思って本番環境にリリースしています。
ところが、実際に大量のユーザーが使ってみると不具合が見つかる。
慌てて修正する。
すると、また別の不具合が見つかる。
自分が作ったプログラムなので、当然自分に責任があります。
「なんで気づけなかったんだろう…。」
とかなり落ち込みました。
そのときは本気で、
「自分はSEに向いてないんじゃないか。」
と思いました。
そんなプログラミングの仕事も、年次が上がるにつれて少しずつ減っていきました。
代わりに増えていったのが、レビューや進捗管理、協力会社への指示といった仕事です。
自分でプログラムを書く機会は減りましたが、レビューをする以上、プログラミングの知識はずっと必要でした。
振り返ってみると、11年間で仕事内容はかなり変わったと思います。
11年働いても年収は500万円に届かなかった
そして、僕が転職を考えるようになった大きな理由の一つが給料でした。
当時の源泉徴収票が残っていたので、実際の年収を確認してみました。
2012年(2年目):約383万円
2016年(6年目):約406万円
2021年(11年目):約499万円
11年働いて、ようやく500万円目前というところでした。
僕は役職がつかなかったのでこのくらいでしたが、もし係長クラスになっていれば、10年目で550万円くらいにはなっていたと思います。
(これは当時の給与体系から考えた僕の予想です。)
ただ、10年以上働けば、仕事の責任も大きくなっていきます。
それでも11年目で年収は500万円に届きませんでした。
さらに10年以上会社にいれば、先輩社員や役職者の働き方を見て、
「このまま働き続けたら、自分はこのくらいの給料になるんだろうな。」
というのも、なんとなく見えてきます。
僕は次第に、
「仕事内容と給料が見合ってないな…。」
と思うようになりました。
不満はあった。でも11年間辞めなかった
「それなら、もっと早く転職すればよかったのでは?」
と思う人もいるかもしれません。
僕もそう思います。
でも、当時はなかなか動けませんでした。
理由は単純で、
転職するほどのきっかけがなかったから。
給料は高くないけど、生活に困るほどではない。
忙しい時期もあるけど、落ち着く時期もある。
「今すぐこの会社を辞めたい。」
と思うほどのことがなく、結局何年も行動できませんでした。
そんな僕が本気で転職を考えるようになったきっかけは、妻の第一子妊娠でした。
家族が増える。
嬉しい反面、
「今の給料で本当に家族を養っていけるのか」
という不安が大きくなっていきました。
そこで、初めて本気で転職活動を始めることになります。
11年間働いて、この会社に入って良かったか?
最後に、
「新卒でこの会社に入って良かった?」
と聞かれたら…
僕は
「うーん…まぁ、良かったかな…?」
と答えます。
ちょっと自信はないです。笑
でも、11年間でいろいろな経験ができました。
新人の頃はシステムテストから始まり、プログラミングもした。
炎上プロジェクトも経験した。
協力会社の人を探して、仕事をお願いする立場にもなり、マネジメントも経験した。
SEとしての知識だけではなく、
「こういうときはどう動けばいいのか。」
という仕事上の立ち回りも、11年間でかなり身についたと思います。
また、体調を大きく崩すことなく11年間働き続けられたという点でも、この会社に入って良かったと思います。
ただ、
「じゃあ、この会社で定年まで働きたいか?」
と聞かれたら、それはNOでした。
最初の会社でSEとして経験を積む。
そこで身につけた知識やスキルを持って、より条件の良い会社へ転職する。
これが僕にとっては一つの答えでした。
もちろん、新卒の頃から給料が高く、働きやすく、自分にも合っている会社に入社できたら素晴らしいです。
でも、社会経験の浅い大学生がそれを見極めるのは難しいと思います。
最初の会社で11年間働いたからこそ、IT業界のこと、仕事のこと、自分のことを理解できました。
そして、自分が次にどんな会社で働きたいのかも分かるようになりました。
その経験を持って、僕は34歳で初めての転職活動をしました。
11年間勤めた会社を辞めて、社内SEへ。
結果的に、年収は約300万円上がりました。
今の仕事でも、前職で身につけたスキルは役に立っています。
だから、あの11年間が無駄だったとはまったく思いません。
34歳で初めて転職活動をしたときの話は、こちらの記事に詳しく書いています。↓
