長男のプラレールに囲まれて育つ次男は、何を好きになるんだろう
小1の長男は鉄道が大好き。
私も夫も鉄道好きではなかったのに、
いつの間にか電車に夢中になっていた。
電車から色を覚え、
アルファベットや数字を覚え、
路線図から漢字や地名を覚えた。
「好き」の力ってすごい。
そんな長男の5歳下に生まれた次男。
わが家には、おもちゃと言えばプラレールしかない。
しかも大量にある。
メリーの代わりにプラレールが走るのを眺め、
兄の遊びを見て育っている。
だから、もし次男も鉄道好きになったら。
それは本人の「好き」なのか、
環境の影響なのか?
そんなことを考える。
ところが、考えているうちに気づく。
もし次男が鉄道以外のことに興味を示したとして、
「お兄ちゃんとは違うね」
「こっちが好きなんだね」
と親が喜べば、
それだって立派な環境の影響なんじゃないか。
鉄道好きになったら環境の影響。
鉄道以外を好きになっても親の期待の影響。
じゃあ、本当に本人だけの「好き」なんてあるんだろうか。
そんなことをぐるぐると考えていたとき、
夫がこんなことを言った。
親に反対されてでもやりたいことがあれば、それは間違いなく自分自身の「好き」なんじゃない?
その言葉で、
子どもの「好き」には、親の影響が少なからずあることを意識した。
考えてみれば、私は子どもの頃から、親が喜びそうな方を選んできた気がする。
20年以上続けたピアノも、
いろいろな感情が絡み合ってしまって
「特技」から「趣味」になるまで、ずいぶん時間がかかってしまった。
だから私は、
子どもの「好き」というものに、少し敏感なのかもしれない。
結局、親の影響をまったく受けずに育つ子どもなんていない。
家にあるもの。
連れて行く場所。
兄や姉が夢中なもの。
子どもはそういう材料で世界を知る。
だから親にできるのは、
影響をなくすことじゃなくて、
なるべくたくさんの世界を見せることなのかもしれない。
次男が鉄道好きになるかもしれない。
全然違うものに夢中になるかもしれない。
それはまだわからない。
でも長男がそうだったように、
次男もきっと、自分だけの「好き」を見つける。
親としては、
そのときを少し楽しみに待っていたい。
