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【短編 童話】第十五章『予期せぬ覚醒』| 落ちこぼれ魔女ターナ

ヴァルプルギスの夜


その噂は秘めやかに、
しかし、まことしやかに
魔女たちに広まっていた。

今度の大サバト、
ヴァルプルギスの夜のサバト
ホンモノの悪魔を呼び出すという。

黒山羊テュポーンのような
異形ながらもニセモノの仮初ではない
ホンモノの悪魔。
その名を『ジャダウ』。
遙かな東の果てから、召喚するとのこと。

この数日、シエラは毎日イライラしてる。
ターナは青ざめて緊張で息を呑んだ。

「企画したのはモルガナらしい」

苦虫を噛み潰したような表情のシエラ。
ターナはシエラと目を合わせても、
何処か上の空で虚ろだった。

「もう、召喚したのかなぁ?」

不安でやるせないターナは
シエラも答えられないことを
尋ねずにはいられなかった。

「いや、まだだよ。
大サバトの夜に喚ぶ、そう聞いてる。
最近の魔女たちはたるんでるとか言って。
だから原点に戻る必要がある、とか、
私こそが至高の魔女である、とかも。
全く、ねー。
どうしちゃったのか、自己承認欲求の塊よね。
そうそう、『贄』も必要なんだってさ」
「まさか、それを誰かから選んで……?」
「ううん、流石に代わりの豚を
用意したらしい」
「ブタさんが身代わり……」
「明後日。
しかもよりによって満月なのよねぇ。
モルガナも気合いは十分ってところかな」
「ヴァルプルギスの夜……」
「大サバトかぁ。
飲んで騒いでじゃダメなのかしら?」

二人の会話はいつもよりも重く暗い。
愉しい世間話という訳にはいかなかった。


その日、四月三十日の夜。
プロイセン王国領内、ブロッケン山。

世界中の魔女たちが集う大サバト。
ヴァルプルギスの夜。

ターナはシエラとともに
サバトの末席に鎮座していた。

会場の前方ではモルガナが
生きたままの豚の首を刎ね、
生き血を床の魔法陣に垂らしながら
呪文を詠唱して祭壇に据えた。
魔女たちは緊張しているのか、
無駄口も叩かず
モルガナの一挙手一投足を
注視していた。

「エロイムエッサイム、吾は求め訴えたり。
いでよ! ジャダウ!!
東の地の魔剣士!!」

忽ち上空に暗雲が立ち込め雷鳴が轟く。
豚の頭が宙に浮かび上がる。
いや、正確には正体不明の翳りが
頭を持ち上げて祭壇から迫り出したのだ。

やがて翳りに手が四本と足が生えて
載せていた豚の頭を引き裂いて、
兇悪なその素顔をさらし
首を左右に震わせて閉じた瞼を開く。
眼球の代わりに緑色の鬼火が灯っていた。

モルガナの詠唱は続く。
翳りがいつの間にか実体となって、
人のそれとは違う胡乱な肉体を現す。
ここまで黙って見ていた魔女たち。
ターナは、そしてあのシエラも
唇を噛んで、ことの成り行きを見守った。

モルガナの悪魔召喚は
満月に乗じて魔力が増大したお陰か
成功した。

ターナたちの前に現れたのは
朱い身体に禍々しい二本の角と
蝙蝠の羽根を背中に生やし、
二振りの刃こぼれした太刀を佩刀した
剣士気取りの東の地に棲む悪魔、
ジャダウだった。


極東から招いた悪魔剣士 ジャダウ



「おぉ、ジャダウさま。
まずはよくぞ参られました。
御礼申し上げまする」

謝辞を述べるモルガナ。
だがジャダウは意に介さず辺りを見廻す。
そして理解したらしい。
耳に障る不快な掠れた声音で
不埒に言い放った。

「オレを呼び出したのはキサマらか?
この女どもはなんだ?
ママゴトの集まりか?」

一瞬、眉間を顰めたモルガナだったが
なおも下手に出続けた。

「ここはプロイセン王国のブロッケン山。
今宵はヴァルプルギスの夜、
吾ら魔女たちの大サバトでございます」

「……魔女?」

そしてジャダウは口の端を歪めて嗤う。

「そうか、そうか。
なんだ。女子どもの乱痴気騒ぎか」

ますます頬を引き攣らせるモルガナ。
なにも言わず黙ってしまった。
構わず続けるジャダウ。

「先ずは酒と飯だ。
じゃんじゃん持って来い」

その言い種は尊大で不遜、
また有無を言わせぬ圧があった。
数人がかりで人の背丈ほどある大皿に
さまざまな食事と
樽に入った葡萄酒を用意して
悪魔ジャダウの前に揃えて置いた。
それらを四本の手でむしり取ると
むしゃむしゃ食べ始めた。

「ちっ!
飯も酒もしょっぺぇなぁ。
不味い、不味い」

不平不満を漏らしながらも
その手を止めることはなかった。
そして傍らにいるモルガナに言った。

「おい、ボサッとしてないで酌をしろ」

居丈高なもの言い。
モルガナを引き寄せゴブレットを突き出す。

やがて食べ物を漁る手を休め立ち上がり
目のなかの緑色の鬼火を妖しく光らせた。

そしてジャダウは
ターナとシエラの前に立った。
下卑た目でターナを見る。

「魔女と言っても厚化粧のババアばかり
と思ったが……キサマらは違うな」

二人の髪を掴むと祭壇の前まで
乱暴に引っ張って連れ歩く。
苦痛に表情を歪め悲鳴を上げる
ターナとシエラ。

「お前、いいなあ。
不思議なかぐわしいにおいがする。
気に入ったぜ!!」

下衆な表情でターナに迫った。

黙って様子を見ていたモルガナだったが
下品な悪魔の振る舞いに失望したようだ。

「卑しい悪魔め、二人を放せ!
つけあがりおって!」
「なんだと〜〜」

二人を突き飛ばし立ち上がるジャダウ。
ターナとシエラは
モルガナの背後に身を潜めた。

ジャダウは太刀を構える。
身の危険を感じたモルガナは、
マジックワンドを取り出し
すかさず呪文を唱え、こう結ぶ。

「今宵は満月! ナメるでないぞ!!
思い知れ! 出でよ、潮盈珠しおみつたま
彼奴を封じ込めよ!!」

すると、突如として宙から湧いて出た大水が
溢れかえらんばかりの激流となって
ジャダウの朱い身体を隈なく呑み込んだ。
そして息もつかせぬ強力な渦潮となり、
虜となった悪魔を翻弄し水底へ沈めた。

だが、

ジャダウが太刀を振るうとその結界が破られ、
呆気なく水の牢獄は霧散した。

モルガナに入れ替わり前に出るシエラ。
彼女も呪文を詠唱し始める。

Venti deserti砂漠の風たちよ, estote enses刃となれ
Acies Sirocci Ardentis灼熱風刃!!」

シエラが喚び出した
吹き荒れる暴風に熱砂が混じる。
風は高く舞い上がる竜巻となり
熱い鋭利な空気の刃が襲いかかる。
しかしこれもジャダウは太刀で斬り払った。

「ヒャハハハ――ッ!! 
弱っちい!
魔女と言ってもこのザマか!?
調子こいてんじゃねぇぞ!
非力な魔女など糞尿程も役に立たんな!
納得したか?」

そしてモルガナとシエラの前に立ちはだかり、
二振りの太刀をぐるんと縦横無尽に振り回す。
太刀の剣圧により、山にかかる暗雲は乱れて
散り散りになり、地面に無数の亀裂が走る。
曲芸めいた太刀捌きが二人を圧倒した。

他の魔女たちは次元の違う
三者の攻防に誰も手が出せない。
ジャダウは剣技の冴えを
まざまざと見せつける。
思わず身をすくめたシエラとモルガナ。

二人の陰に隠れていたターナ。
顔を覆い不安のあまり、お星さまに願う。

ご加護をラ・サエッタ

すると上空の雷雲に鳴神がはしる。

バリバリバリバリ!
ドゴォォ――ン!!

大地も共振する凄まじい轟音が
辺りに響き渡り、
そびえ立つ巨木のような強大な落雷が
影を失うほどの眩い閃光となって、
ジャダウを貫いた。

「……し、神罰!?
ば……ばか……な!
なぜ、魔女がァ――!?」

それを最後に、
悪魔は塵も残さず消滅した。

鼻孔がひりつく刺激臭が周辺に漂い、
地面が帯電して小さな火花を散らす。
雷撃の凄まじさを残滓が物語っていた。

猛威を振るったジャダウも、
その最期は呆気なかった。

驚愕したモルガナとシエラ。
二人は同時に振り向き、
ターナに目を見張った。

「……ターナ! 
どういうことだ、これは!?
なにをした……!?」
「……」

取り乱したモルガナが問い詰める。
黙り込むシエラ。
当のターナは涙目で二人を見つめ返した。

「……知らない。判らないよ」

暗雲はいつしか晴れて、
穢れていた夜気が本来の静寂しじまを取り戻す。
山の稜線から広がる空は、宵の藍色がほど
既に東雲の気配を帯び、
清らかな優しい光に包まれていた。





<#20  Judgment>

つづく

David Garrett - Erlkönig(Franz Schubert)


次回 終章 神の意志 ラ・サエッタ




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