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【短編 童話】第十一章『辺境伯のお誘いとアルカ』| 落ちこぼれ魔女ターナ

四月の満月の日


新月の日は魔女も力が弱まる。
では満月にはどうなるか。

これ以上になるのかと言えるほど
その魔力は高まり絶頂に達する。

人の血筋のターナももとより
シエラもそしてあのモルガナも
自分自身を御するのが難しいほどに。

日頃から落ちこぼれと思っているターナは
そんな日は、漲る魔力を持て余し
大人しくなってむしろ元気がない。
そんなターナのことを見かねた
ン・ドゥール辺境伯。
ターナをシエラとケンとともに
夜の船遊びに誘った。

大喜びでやって来た三人を連れて
帆船で外洋までくり出した。
春分過ぎとはいえこの地はまだまだ寒い。
毛皮を使った外套を着て、火鉢で暖を取る。

シェフが気を利かせ
身体が温まる食事を振る舞った。
食後はターナたちは紅茶を、
辺境伯は温めたシュナップス入りの
紅茶を嗜んだ。

ほろ酔いで気分の良くなった辺境伯。
ヴィオラを取り出して
軽く一節弾いて聴かせた。


ターナのお友だち ン・ドゥール辺境伯


うっとりと聴き惚れて
それぞれ想いに耽る三人。
演奏を終えるとターナたちのみならず
使用人も併せて大きな喝采を浴びせる。
満足げの辺境伯、微笑み一礼で返した。

シエラは感激して尋ねた。
「ステキな曲でした。
曲名はなんと言うのですか?」

「ありがとう。
マラン・マレの『人間の声』だよ」

「まるでむせび泣くような、歌うような、
心地よい曲ですね」
ケンも寒さを忘れたようだ。

二人と辺境伯のやり取りを
ターナは黙って聞いていた。

相変わらず大人しいターナに
辺境伯は声をかける。

「気分の沈んだときに
むりやり気持ちを
奮い立たさなくてもいい。
静かにときを過ごし
やり過ごせばいいのさ」

静かに語る辺境伯に笑って返すターナ。
その気持ちが痛いほど伝わった。

ヴィオラをケースに仕舞うと
辺境伯が不意に顔を背ける。

「ハックション!!」

大きなクシャミをひとつ。
「失礼。冷えるね」
ハンカチを取り出し洟をかむ。

そこへピューッと突然の強い潮風。
ハンカチは辺境伯の手から飛んで
冬の名残りの冷たい海面に落ちた。

「あゝ」

手を伸ばすが届かない距離。
ユラユラ揺れて
ハンカチは沈んでいった。

「あゝ、しまった。
妻からの贈り物だったのに」

「えぇ!」

驚く三人を尻目に辺境伯は
仕方ないあとで詫びると零す。

魔法でなんとかしたかったが
此処は凍てつく海、
魔女シエラもターナも
顔を見合わせるだけだった。

すると、どうだろう。

海面がゆっくりと静かに盛り上がり
明るい月夜にキラキラと月影は揺れる。
やがて大きな波がさざめき
帆船が揺れて軋む。
息を呑み緊張する四人の前に
海中から白い角がせり上がり、
現れたのは海神アルカだった。

「アルカ!」
ターナが声をかける。

鯨よりもふた回りほど大きな身体のアルカは、
頭の角の先端をそっと差し出す。
その先に引っ掛かっていたのは
辺境伯が落としたハンカチだった。

嬉しそうに身体を震わせて、
背中でブワッと潮を吹く。
冷たい水飛沫が氷雨のように降った。
飛沫の一部は火鉢にかかり
ジュッと音をたてて蒸気が上がる。

ターナはハンカチを受け取って頷くと、
アルカの目を見つめて辺境伯に伝えた。

「アルカも、もう一度今の曲を
聴きたいって言ってます!」

濡れたハンカチを軽く絞って
辺境伯は答えた。

「ありがとう、お礼をしなくてはね。
リクエストにお答えして」

四人は笑ってアルカを見つめた。
冴える藍色の夜空に月光が滲み
満天の星々が優しく瞬いていた。




<#17 The Star>

つづく

Petr Wagner - Marin Marais: Les Voix humaines


次回 第十二章 ヌァザからの手紙



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