「ちゃんとやっているのに、満たされない」の正体。
朝、今日はこの作業を進めようと思っていた。
少し時間がかかるけれど、今日のうちに形にしておきたい。
そう思って、PCを開く。
けれど、画面を見ると、未読のメールが目に入る。
チャットにも通知がついている。
確認しておいた方がよさそうな連絡もある。
「先に返しておいた方がいいよね」
「待たせるのも悪いし」
「確認だけなら、すぐ終わるし」
そう思って、一つずつ対応していく。
返信する。
確認する。
必要な資料を送る。
誰かの質問に答える。
ちゃんと仕事はしている。
サボっていたわけではない。
むしろ、やるべきことをちゃんとやっている。
でも、昼前になってふと思う。
あれ。
今日、私は何を進めたかったんだっけ。
リアクションで動いていたのかもしれない
「リアクションで動く」という言葉を見たことがある。
アクションは、自分の内側から始まる行動。
リアクションは、外から来たものに反応して始まる行動。
そう考えたとき、少し胸に引っかかった。
私は、自分で動いているつもりだった。
でも本当は、誰かから来たものに反応して動いている時間が多かったのかもしれない。
メールが来たから返す。
頼まれたから対応する。
相手が困っていそうだから動く。
空気が悪くなりそうだから整える。
不機嫌そうだから、言い方を考える。
通知がついたから確認する。
ひとつひとつは、悪いことではない。
メールに返事をすること。
頼まれたことに対応すること。
誰かを待たせないようにすること。
その場に必要なことを片づけること。
それらは、仕事でも生活でも必要なことだと思う。
リアクションで動くこと自体が、悪いわけではない。
誰かに応えることも、役割を果たすことも、大切なことだ。
ただ、リアクションだけで一日が埋まっていくと、自分の中に少しずつ置き去りになるものがある。
今日は何を進めたかったのか。
本当は何に時間を使いたかったのか。
自分から始めたいことは、何だったのか。
そこが、見えにくくなる。
「やることをやってから」が染みついていた
私はたぶん、ずっと「やることをやってから」と思ってきた。
先に返す。
先に片づける。
先に対応する。
先に迷惑をかけないようにする。
先に誰かを待たせないようにする。
それが終わってから、自分のことをする。
その感覚は、決して悪いものではない。
責任感でもあるし、誠実さでもある。
人と一緒に働いたり、生活したりする上で、必要な感覚でもある。
でも、少しずつ苦しくなることがある。
なぜなら、現実には「やること」は終わらないから。
メールはまた来る。
チャットもまた来る。
家のこともまた出てくる。
確認事項もまた増える。
誰かの困りごとも、また目に入る。
「やることをやってから、自分のことをやろう」
そう思っているうちに、
「自分のこと」の順番が、なかなか回ってこなくなる。
役目が先。
対応が先。
義務が先。
自分の願いは、そのあと。
そんな順番が、いつの間にか当たり前になっていたのかもしれない。
ちゃんとやっているのに、満たされない理由
やるべきことをやっているのに、なぜか満たされない日がある。
忙しかった。
ちゃんと動いた。
人にも迷惑をかけなかった。
必要なことも片づけた。
なのに、どこかに「進んだ感じ」がない。
それは、何もしていなかったからではない。
怠けていたからでもない。
もしかすると、自分の内側から始まる行動が少なかったからかもしれない。
人から来たものを返している時間と、
自分が進めたいものを進めている時間は、
同じ「作業」でも、残る感覚が違う。
もちろん、返信も確認も必要だ。
対応することにも意味がある。
でも、そればかりが続くと、自分の一日が「反応」で埋まっていく。
何かをした。
でも、自分から始めた感覚がない。
動いていた。
でも、自分の人生を少し進めた感じが薄い。
その違いが、満足感の違いとして残るのかもしれない。
無理にアクションへ読み換えなくてもいい
ここでまた、少し面倒なことが起きる。
「でも、私は自分でやりたくて返事をしたんだよね」
「人に言われたからじゃなくて、私が選んだんだよね」
「だから、これはリアクションじゃなくてアクションってことでいいよね」
そうやって、無理に自分を納得させたくなることがある。
もちろん、本当にそういう時もある。
自分が返したかった。
自分が助けたかった。
自分が早めに対応したかった。
それなら、それでいい。
ただ、無理に全部を「私がやりたくてやったこと」にしなくてもいいのだと思う。
必要だったから対応した。
でも、自分から始めた行動ではなかった。
相手を待たせたくなかった。
でも、自分の作業を止めてまで今すぐやる必要があったかは、また別だった。
やりたくなかったわけではない。
でも、心からやりたくて始めたわけでもなかった。
そのくらいに分けて見てもいい。
リアクションだったとしても、悪いわけではない。
アクションだったことにしなくても、責めなくていい。
大事なのは、正解に分類することではなく、
今の自分が、何を起点に動いていたのかを知ることなのだと思う。
現在地がわかるだけで、少し戻ってこられる
リアクションで動くことを、ゼロにする必要はない。
仕事をしていれば、返信は必要だ。
誰かと関わっていれば、対応も必要だ。
生活していれば、その場で片づけなければいけないこともある。
全部を自分のやりたいことだけで回すことはできない。
ただ、リアクションで動いていることに気づけると、少しだけ現在地が戻ってくる。
今、私は外から来たものに応えている。
今、私は自分から始めたことをしている。
今、私は誰かを待たせないために動いている。
今、私は自分が進めたいものを進めている。
そうやって分けて見られるだけで、少し呼吸がしやすくなる。
「ちゃんとやっているのに、なぜか満たされない」
その理由が、少し見えてくるから。
私は何もしていないわけではなかった。
むしろ、たくさん動いていた。
ただ、自分の行動の起点が、ずっと外側にあったのかもしれない。
だから、まずは動く前に一度だけ見てみる。
これは、私のアクションだろうか。
それとも、誰かへのリアクションだろうか。
すぐに変えられなくてもいい。
すぐに自分のやりたいことを優先できなくてもいい。
リアクションを少し減らしたい人もいる。
アクションを少し増やしたい人もいる。
今は、外から来たものに応えるだけで精一杯だったと、
まず気づきたい人もいる。
私は今、何を増やしたいのか。
何を少し減らしたいのか。
そこを見るところからでいいのだと思う。
ただ、今日の自分が何に反応して動いていたのか。
そして、自分から始めたいことは何だったのか。
そこに気づくだけでも、
「自分の番」を少し取り戻せるのだと思う。
▼合わせて読みたい
今回の記事では、
やるべきことをちゃんとやっているのに、
なぜか満たされない日があることについて書きました。
近いところで、
自分で選んだはずなのに、あとから不安になってしまうことについて書いたのがこちらです。
「自分で選んだのに、不安になる」そんな時にできること。
もうひとつ、
相手の反応を想像するうちに、
自分の「嫌」を先に引っ込めてしまうことについて書いたのがこちらです。
「断りたいのに、送れない」そんな時にできること
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