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社長がボトルネックです! 私が“ハダカの王様”だった話 #33

アンデルセンの童話『ハダカの王様』は、あまりにも有名です。

虚栄心の強い王様が、「愚か者には見えない」という服を仕立てさせます。
実際には、服など存在しません。
それでも家来も国民も、「自分が愚かだと思われたくない」という思いから、その見えない服を称賛します。
そして王様は、裸のままパレードへ。
最後に、一人の子どもが叫びます。
「王様は裸だ!」

この物語は、真実を言えない組織と、周囲の声が届かなくなった権力者の象徴として語られてきました。
実は、これは私自身の話でもあります。

■ マネジメント不全を立て直すために

10年ほど前、私はマネジメントが機能していない組織の立て直しを任され、トップに立ちました。
当時は、組織全体に自律を促していました。
しかし、なかなか行動が伴いません。

そこで私が選んだのが、トップダウンによるマイクロマネジメントでした。
自分に判断を集中させ、指示を明確にする。
そして、実行のスピードを上げる。
すると、結果は明確に出ました。

私の考えは素早く現場に伝わり、意思決定も早くなりました。短期間で成果も上がっていきました。

「これでいい」

当時の私は、そう思っていたのだと思います。

■ コロナ禍で強くなった成功体験

2020年、コロナ禍が始まりました。
未知の状況に対応するには、迅速な意思決定が必要でした。組織としても、メッセージを一つにし、迷わず動くことが求められます。

この非常時において、私のトップダウン型の経営は、よく機能しました。
組織が一丸となり、成果も上がりました。
しかし、今振り返ると、ここに大きな落とし穴がありました。

非常時に有効だったやり方を、その後の平時の組織運営にも持ち込んでしまったのです。

そして私は、いつの間にか、「自分の思いは、ちゃんと社員に伝わっている」と思い込むようになっていました。

数字は出ていました。結果も出ていました。
だからこそ、自分本位とも言えるような経営だったにも関わらず、そこに問題があるとは、なかなか気づけませんでした。

■ 「社長がボトルネックです」

そんな私に気づきを与えてくれたのが、ある社員からの投書でした。

そこには、「社長がボトルネックです!」と書かれていました。

正直に言えば、ここでは紹介できないような、私にとって受け入れにくい誹謗中傷的な表現も含まれていました。

それでも、その一言は私にとって十分でした。
「もしかしたら、組織がうまくいかない原因は、自分自身なのではないか」
そう考えるきっかけになったからです。

私が判断を先回りすることで、管理職が自ら判断する機会を奪っていました。
私が現場に近づきすぎることで、現場と経営をつなぐ管理職の機能を弱めていました。
私が答えを出し続けることで、社員が自分で考える機会を減らしていました。

組織を良くしようとして動き続けることが、かえって組織の自律性を奪っていたのです。
まさに私は、数字という服をまとった「ハダカの王様」だったのかもしれません。

■ 社員を変えるのではなく、環境を変える

その頃の私は、社員に「もっと主体的に動いてほしい」「もっと自分で考えてほしい」と求めていました。

しかし、今になって思います。

社員に主体性を求めながら、最後は自分が判断していたのではないか。
社員に意見を求めながら、自分と違う意見を受け止めきれていなかったのではないか。
社員に挑戦を求めながら、失敗することを許容できていなかったのではないか。

それでは、社員が主体的になれないのも当然です。

「自分で考えて」と言われても、最後は社長が決める。
「意見を言って」と言われても、反対すると嫌な顔をされる。
「挑戦して」と言われても、失敗すると責められる。
そんな環境にいれば、人は「言われた通りにしていたほうが安全だ」と学習します。

そして経営者は、その状態を見て、「うちの社員は主体性がない」と評価してしまう。

でも、本当に社員だけの問題なのでしょうか。
この経験を通じて、私は、社員を変えるのではなく、社員が行動する環境を変えることが大切なのだと考えるようになりました。

■ 経営と現場の距離

その中で、特に考えさせられたのが、経営と現場の距離です。
私は、現場に無関心な経営者を反面教師として、とにかく現場に近い経営者であろうとしていました。
しかし、近ければいいというものでもありませんでした。
経営が現場から離れすぎれば、現場の声が届かなくなる。
一方で、経営が現場に入りすぎれば、管理職の役割を奪ってしまう。
大切なのは、近いか遠いかではなく、それぞれが本来の役割を果たせる距離なのだと思います。
経営者が現場のすべてを判断するのではなく、管理職が現場をマネジメントし、経営と現場をつなぐ。
その役割を信じて、任せることも経営者の仕事です。

■ 経営理念を根っこにする

経営者が一歩下がったとき、組織は何を拠り所にすればいいのかです。
私は、経営理念だと考えています。

トップがすべてを判断するのではなく、経営理念を組織の根っことする。
理念という共通の軸があれば、社員一人ひとりが、それぞれの立場で判断できるようになります。

もちろん、理念を掲げただけで自律的な組織ができるわけではありません。
理念を日々の意思決定や行動に落とし込み、少しずつ「会社としての当たり前」にしていく必要があります。

だから今は、社員に「もっと主体的になってほしい」と直接促すことよりも、主体的に動ける環境や、人と人との関係性を整えることを大切にしています。

社員を変えるのではなく、社員が自ら変わっていくことのできる組織をつくる。
その変化を、焦らず待つ。

それが、今の私が考えている組織づくりです。

■ 一歩下がるという経営

もちろん、トップダウンそのものを否定しているわけではありません。
非常時には、トップが判断を集中させ、組織を一つの方向に動かすことが必要な場合もあります。

問題は、それを平時にも続けてしまうことです。
自分が動けば早い。
自分が決めれば間違いが少ない。
自分が指示すれば思い通りに進む。
経営者にとって、これは非常に魅力的です。

しかし、その状態が続けば、いつまで経っても経営者がいなければ動けない組織になってしまいます。

だからこそ、あえて一歩下がる。
答えを与えるのではなく、問いを投げる。
判断するのではなく、判断できる環境をつくる。
権限を渡したのであれば、その結果の失敗も引き受ける。

それは放任ではありません。
組織が自律するために、経営者自身が「動かない」という意思決定をすることです。

■ 沈黙の組織から、高め合う組織へ

私が目指しているのは、社員全員が同じ考え方をする組織ではありません。
経営理念という共通の根っこを持ちながら、それぞれが自分の役割を理解し、自分で考え、互いに意見を出し合い、高め合える組織、ボトムアップのできる組織です。

『ハダカの王様』の王様は、子どもに「裸だ」と指摘された後も、行進を続けます。
私も、もしあのまま数字や成果だけを見ていたら、同じように行進を続けていたかもしれません。

だからこそ、「社長がボトルネックです」と言ってくれた社員の言葉を、今では大切な出来事だったと思っています。

裸だと気づいたなら、そこから変わればいい。

かつては、誰も自分の意見を言わなかった沈黙の組織でした。
そしていつか、経営者がすべてを動かすのではなく、経営理念を根っことして、社員が自ら考え、互いに高め合い、組織がボトムアップで自律的に動いていく高め合う組織。
「社長がいなくても、大きく道を外れずに進める組織」をつくることが、今の私が目指している組織の姿です。

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