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「病院事務のAI副業」 - 見えない努力を、見える形にした【実録vol.24】

元病院事務のAI副業実録 — 第二部・石ころの光


元病院事務がAIで副業に挑戦している実録です。

初めての方はこちら👇



歯痒かった。

vol23の下書きを書き終えた後だった。

読みやすく伝わりやすいように整えていったら短文の連続で乱れのない整った文章になっていた。

そう思って改めて読み直した。

ツルツルしていた。ザラつきがない。凹凸がない。揺らぎがない。

書いている内容は同じだった。なのにAIが見えた瞬間、一気に偽物の文章に見えてきた。


苦労して書いたのに。


それはすごく残念だった。苦労が虚しかった。



崩しても、また型になる


崩した。対句を崩して綺麗な流れを崩した。

いくつかのAIに他人の記事だと思って見てもらった。厳しい答えが返ってきた。AIが書いたようにしか見えない、と。

その答えを受けて何度も書き直した。

文の長さを変えて同じ終わり方が続かないようにした。


でも、崩し方にも型があった。


崩し方を真似すればまた同じことが起きる。今度は「意図的に崩された文章」という、新しい型になるだけだった。


思わず笑ってしまった。


崩そうとすること自体がまた新しい型になる。


そんなのキリがない。


それでもできることはやった。それでvol23を公開した。



公開してみると反応はまだ少なかった。

いつもならそこで落ち込んでいたと思う。

それでも今回はなぜか前を向けた。理由が自分でもわかっていたからだった。



型は真似できる。対句を崩して文末を変える。それも、覚えられる。

でも何を崩すべきか。

それを判断する目までは、簡単には真似できなさそうだった。

石ころという言葉が頭をよぎった。

ふとした一言の温度。表情がわずかにこわばる瞬間。それを拾う視点だった。

対象は違う。ただ、根っこは同じだった。

何かが引っかかる。その小さな引っかかりに気づけるかどうか。


そこは型の外にあった。


見えていなかったものに光が当たった気がした。

その光は自分の文章の中にもずっとあったのかもしれない。ただ今まで気づかずに通り過ぎていただけだった。



公開してから数日経った頃だった。

石ころノートを開いた。

これを「あれ?」として書いていいのか迷った。だって、自分が引っかかったのは他人の言動じゃない。自分の書いた文章そのものだった。

それでも書いた。事実だけを書く。解釈は書かない。それがいつものルールだった。

読み返してAIっぽいと思ったこと。それだけを書いた。

書く前は頭の中で同じ不安がぐるぐる回っているだけだった。

書いたら3行に収まった。

自分の声じゃない、と思ったその一言を書いた。

自分だけでは言葉にしきれなかったものが形になった。


考える手間が一つ減った。


同じことがまた起きても今度はどう向き合えばいいかもう知っている。

石ころを拾う練習は、別の記事に書いた。


でも拾うだけでは足りなかった。拾った石ころに自分で光を当てられるかどうか。そこが次の一歩だった。



珍しくなくなった


AIを使える人が珍しくなくなった。

でも、今回わかったのはそこじゃなかった。

本物の経験をちゃんと書いていた。それでも型にハマればAIに見える。AIに見えた瞬間、自分の言葉が届かなくなる。

使える人が何人いるか。そういう話じゃなかった。


本物であっても届かないことがある。


それでもそれは同時に希望でもあった。届かない理由がわかれば直しようがある。

調べてみるとAIは大量の文章から次に続きやすい言葉や文章のパターンを学習している。
だから何も指定しなければどうしても多くの人にとって自然で無難な表現に寄りやすい。

それはAI以前から、"読みやすいけど面白みのない文章"と呼ばれてきたものと同じ場所だった。

読みやすさや伝わりやすさは意識していた。でも、リズムという視点は自分の中にまだなかった。

なかったならこれから持てばいい。そう思うと少し楽しみになった。



もしあなたもAIを使って何かを書いたり発信したりしているなら、整えれば整えるほどAIっぽくなっていくという矛盾に心当たりはないだろうか。

書いているのは本物のはずだった。それでも見た目だけがいつのまにか嘘くさくなっていく。


そのすり替わりに気づけているだろうか。


気づけたならそこから直せる。それだけのことだった。



これを書けるのは


型を覚えればそれらしくはなる。

でも、それらしいだけの人はいくらでもいる。

病院事務の経験を言葉にした。AIとの向き合い方を言葉にした。今度は、文章のリズムを言葉にした。


対象は毎回違った。


でも、やっていることは同じだった。


引っかかったらそのままにしない。何が引っかかったのか確かめる。それをAIに渡す。


主導権はいつも自分にあった。


AIの話はたいてい仕組みの言葉で語られる。

性能の話や技術の話では、崩しても崩してもまた型になってしまう理由は説明できても、それを笑ってしまった自分の感覚までは説明できない。

その感覚ごと言葉にできるのは、現場の話、感情の話、実体験の話だけだった。

そう思ったら少しだけ楽になった。

うまく書けない歯痒さも含めて誰かに届く。


書く理由がまた一つ増えた気がした。



病院事務の話を書いてきた。

それでも今回わかったのは病院事務の話じゃなかった。


引っかかりに気づく力は誰の中にもある。


自分の場合はそれが病院事務の経験の中で鍛えられていた。それだけだった。


特別な経験がなくても関係ない。


日々のやり取りの中にも、誰にも気づかれていないその人だけの引っかかりがきっとある。

文章でも他の何かでも同じことが起きているんじゃないか。

気づく力は誰にでもある。

その人が何を見てきたか。

そこに積み重なったものだけは誰にも真似できない。


見えていなかったものに光が当たる瞬間がある。


今回自分に起きたのは、それだった。

見えない努力はまだ見えないままだったとしても、その努力の中にいつか光を当てられる石ころがきっとある。

次はその経験が実際にどんな形になっていくのか書いてみたい。



正直な現在地


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収益:1,700円
クラウドワークス:登録完了・案件待ち
ココナラ:サービスページ公開中・問い合わせ待ち
X:フォロワー420人・違和感接触装置として運用中
note:フォロワー1,220人・主戦場
有料記事:公開済み・全面アップデート済み
有料note:公開済み・記録用アプリ「石ころノート」も公開中
番外編・画像編:公開済み
AIとのやり取り:工程ごとに分けて管理中
noteシリーズ:vol.24(後編)まで公開完了

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型を覚えるだけでは埋もれる。

それでも、また一歩進めた。




(vol.25に続きます。)

👉シリーズ記事はマガジンにまとめてあります。




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