あとがきに代えて(RPG受容史)
コミケが近づいており、今年も拙作を委託販売していただけることになったので、現在絶賛最終作業中である。ゆえに、今週と来週は、恐縮だがよもやま話にお付き合いいただきたい。今回はRPG受容史をどうして書きたくなったかである。
なお、コミケのブースは16日(日)東館B-48abです。催眠音声にご興味のある方はぜひとも。
RPGと名乗らないゲームはRPGじゃない?
私事は出来るだけ書かないようにしているがご容赦頂きたい。今年(2026年)のGWに計画していた旅行が、同居犬の体調悪化に伴いペットホテル利用が困難となったために取りやめになり、突如時間が出来たのがきっかけである。
ちょうどその頃に、大北天魔王氏による以下の書き込みを見た。

メーカーまたは作者が名乗るジャンルにより、その商品のジャンルが決定づけられるという論には原則賛成するものの、それが成立するためには、該当するジャンルが十分に認知されていることと、製作者側の経済的合理性に合致することが必要であるという事は、シリーズの最初に記載した通りである。
問題の本質は、1982年においてロールプレイングゲームという言葉が国内で受容できていたかどうかである。
そこで、1982年以前に、またはその段階でにロールプレイングゲームという言葉が日本で普及していたのかを調査することにした。所有している書籍(主にウォーゲーム関連)と国会図書館の所蔵、及びそれでも不足する情報はオークションや古書販売店より取り寄せたのだが、その結論は、既に何度も書いている通り、日本では、1982年以前にロールプレイングゲームと言う言葉は、ごく一部の先進的なイノベンターを除き全く知られていなかった、という厳然たる事実である。
僅か三年で急拡大したRPG市場
もう一点、気になる情報を見つけた。
株式会社新和が1985年に発売したD&D日本語版が初年10万部売れていたというXの書き込みである。正直な事を言えば、最初絶対に嘘だろうと思ったのだが、同時代の複数の方がそのように証言しているし、とどめは以下の川本幸作氏のNOTE記事で、90年頃に至る最終ロットだけで20万部と書かれている(累計で20万という書き込みもあり正直藪の中だが、少なくとも10万単位で売れていたということだけは間違いないだろう)。
これはとてつもなくヤバい数である。史上最も売れたウォーゲームと言われる”PanzerBlits”が、全世界で30万セットと言うのに、それに匹敵する数がわずか数年で、日本だけで売れていたということである。日本ファルコムの「ザナドゥ」が達成した40万本というPCゲーム最高の売上(これはファルコム本体や同社の流通を担っていたソフトバンクの記述もあり正しいと思われる)に近い数字である。
ちなみに、1985年にTSRが米国内で出荷したD&Dは13.6万セット(メンツァー版ベーシックセットのみでサプリメント、シナリオ、AD&D除く)ということなので、単純な人口でもゲーム人口でも数分の一しかない日本でのこの売り上げは驚嘆に値する。
数字の矛盾と仮説と結論
私が最初に疑問に思ったのは、そのメインターゲットとなるだろう、ボード(ウォー)ゲームユーザーが、当時10万人もいたとは到底思えなかったことである。私の知っている知識では、タクテクスの発行部数は、月刊化した最盛期でも2,3万でしかなく、さらにいえば、当時のウォーゲーム雑誌は(自社製品である「トラベラー」や「ローズトゥロード」は別にして)D&Dの情報を悉く無視してきた(ように感じた)にもかかわらずである。
とすると、ボードゲームユーザー以外が、このブームを作ったとしか考えられない。そうなると、PCゲーマーか、安田均氏のホームグラウンドだったSF界隈、そしてゲームブックのいずれかとなる。
ゲームブックについては、たまたまだが26年3月に「ファイティング・ファンタジー・ゲームブックの歴史」が発売されたため軽く触れるに留まったが、過去の記事に記載の通りで、価格差が強い障壁となっていただろうことは想像に難くない。また、82年から86年にかけての、安田均氏を中心としたSF雑誌での普及記事は、SFブーム自体も落ち着いてきていたことと、そもそもがカテゴリずれしている関係でそこまでの影響はなかったものと思われる。そうすると、当時既に100万台以上が普及していたホビーPCのユーザー、それしか考えられないと思った。そこで、過去のPC雑誌等を広告までつぶさに確認し出した結論が、この長いシリーズの結論である。
引き続き、ご異論、反論、ご意見お待ちしています。また、新情報は是非とも下さい(特にキャンパスライフ……)
あと、しつこく最後にもう一回だけ続きます。
