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日記|まばたきと点描_2025年5月

東京と青森を行き来する日々で感じた悦び、医療現場からはまだ遠い国浪生の焦燥感、さまざまな日常をお届けします。


05/01
朝、珈琲がいつもより美味しい。なんだか気分が良い。
夕、上野公園では五月の骨董市が催されていた。武田百合子の本でこの景色に触れていた記憶がある。異様な空気を垂れ流す店があったが一つ、藍色のボロ布を広げた店があって、好きになった。「これなんか……大正から昭和の製粉袋を使ってますね。穴をこの柄の布で塞いだんでしょう」と店主の男は言った。白くて薄っすらと繊維が編み込まれていて、藍色が胸にすっと入ってくるようだった。そのあとは、スナップショットに明け暮れて、不忍池の畔で本を読んだ。砂利の跳ねる音、木々を移動する雀の鳴き声、異国の言葉、スワンボートの水を掻く音、風にたおやかに倒れた柳の音を耳にする。水面が、ずっとゆれていた。たぶん、ぼくを見ていた。
夜、ほっそりした新月を見た。ビルの四角い人工の光とは別に、ぎゅっと力をこめてしなったような弓の光。
Pharos Coffee Jimbocho ETHIOPIA Yirgacheffe Nenke Washed 抽出。🐈‍⬛

05/02

05/03

05/04
夕、散歩。門前仲町からスタートして家に帰るまでの、ごくごくあっという間の散歩。橋桁から眺める海と川、屋形船が見える。風が強い時間だったから、いろんな物が音を立てていた。橋も車も、ぼくのこめかみの髪も風に煽られて、甲高い。公園の中を老夫婦が歩いてきた「ここが中之島公園、昔殺人事件あったとこ」。橋の下にホームレス、橋の手すりを手ですすすっと滑らせる男性。缶の飲み物を手にする人が増えたと思う。決して滋養強壮やカフェインの類ではなく、お酒。勝鬨橋をくぐる。
Pharos Coffee Jimbocho ETHIOPIA Yirgacheffe Nenke Washed 抽出。

05/05

05/06
10時、母の運転で弟と三人して〈千畳敷〉の奇怪な岩壁を眺めて、写真にした。母は、人攫いの海が怖い、と言って波に削り取られた稜線の上を歩いていた。岩間を弾く海水の遊びが、なんだ、会話の音のようにも聞こえる。こんな波のどこに、人間を連れて行く思惑があるだろうか。校庭で無邪気に戯れる子供のはしゃぐ姿のように、忙しない動きの自然な様子をどうしても怖いものにたとえることができない、自然に意志はないのだから。だが、千畳敷海岸の海はぼくにとっては怖い場所である。
昔、小学校か中学校かの頃に上級生の誰かが岩壁に挟まれて、溺れたと聞いた。たまたま居合わせた青年が救命措置に長けていて、肺から水を吸い取って救ったらしかった。その一部始終をドラマのように記憶されて、いつでも取り出せる"海のおそれ"を象徴するものになった。
帰宅途中にあった「漁師のおやつ屋」でおやきを買って食べた。ん、と弟が掌を出した。食べた分の金を払え、と暗に手を伸ばした皮肉だった。
20時、〈弘前駅〉のバス停から夜行バスに乗り込む。父と弟に見送られて、再び東京に出発した。
猿田彦珈琲 カフェラテ 220ml 198円。

05/07
朝、東京駅前に着いた夜行バスからそぞろに人が降りる。ビルに反射した朝日がシワだらけの服を照らし、よたよたと不揃いな歩幅でバス停に向かう。途中、腹が空いたのでカフェでモーニングを食べた。ゆで卵に塩をかけて食べるのはいつぶりのことだろうか。4分遅れの都営バスは有楽町を経って、埠頭に向かう。〈勝鬨橋〉をくぐる。荷物を置きに伯母の家に寄って、10分の仮眠で登校した。都営地下鉄に乗ろうと駅に向かう道すがら、目が開けられず、通勤者の髪が乱舞するほど強くて冷たい風が吹くので大笑いした。
昼、背の高い友人と昼食にした。ゴールデンウィークではけた学生街に活気が戻っている。豚丼を食べる。予備校に戻って、青森土産を配った。職員にリンゴジュース2リットル、勉強仲間にカスタードケーキの「いのち」と、ドライアップルをチョコでコーティングした「つまんでリンゴ」。一人が沖縄土産にちんすこうをくれた。もう一人は、朝に新潟土産を用意したと言ったが、よねやんにあげれる分なくなったや、と苦笑いした。
Pharos Coffee ETHIOPIA Yirgacheffe Nenke Washed 抽出。

05/08
朝、『百年の孤独』を数ページ読んで、水道橋駅。道端の緑が色濃くなり、空は桜の木の葉に厚く覆われていた。水道橋の下にある川では相変わらず、亀が井戸端会議をしていた。
昼、背の高い友人と、さっぱりしたもの食べよう、と言ってへぎ蕎麦を食べに行った。春の暑さは好調で、冷たいものを美味しくさせた。
夜、六本木は森タワー、〈森アーツセンターギャラリー〉の企画展「ゴジラ生誕70周年記念 ゴジラ・THE・アート展」を、勉強仲間の一人と観にきた。こわす、つくる、観たことのないものを魅せる、といった気風に乗って、横尾忠則の「PARADISE」、川田喜久治のスナップ写真がぼくを惹きつけ、小谷元彦の人型をしたゴジラは、体験したことのないおそろしさを感じさせ、概念、畏怖の象徴を現代アートに昇華させていた。キャプションに揺さぶられた頭で高層タワーの窓に寄りかかり、東京を一望。高さ200メートル以上の視線はゴジラを超え、あらゆる建物が足元にあり、それが全て壊される妄想を湧き立たせた。
Pharos Coffee Jimbocho ETHIOPIA Yirgacheffe Nenke Washed 抽出。

2025/05/09
Pharos Coffee Jimbocho ETHIOPIA Yirgacheffe Nenke Washed 抽出、PHILOCOFFEA 表参道店 011 TOKYO BLEND 800円。

05/10

05/11
11時、インスタを眺めていたら、フォローしていた本屋の店主が東京にきたらしく、そうだ、今日は文フリの日だ、と思い出して、いそいそ身支度をした。
14時、都営バスの中は異邦人も含めギチギチに埋まって、運転手に律儀に料金を払おうとする英語圏の人が、先頭まで歩んで運転手に聞くが、無料だと、当惑の渦中にいる客をno touchとスパッとアナウンスして降ろした。入場料1000円を払って水色のバンドをしたら、東京ビッグサイト南3-4ホール、〈BOOKNERD〉のブースへ向かう。最近、こちらが出版した新刊を一冊、木村衣有子による雑誌『クウネル』と雑誌文化を総括する随筆。あいにく小銭を切らしていたから、1万円を渡した時に店主の早坂さんが「200円あります?」と子どものような和えやかな笑みで聞かれたときは面食らった。8枚の百円玉と多量の紙幣を取り出すのは簡単じゃない。微妙な時間を、傍から見ていた木村さんとの会話に当てられたのは幸いだった。変な汗をかいた。
16時、試し読みコーナーで雑多に読んだ。いろんなスタイルがある。初めて出店したという店主に出会った。他の店主に感化されたらしい。

05/12
朝、風に巻かれてさわさわ言う緑の間を縫ぬうと、鉄筋で固めた街に入る。アスファルトの上をコツコツと音を並べる革靴が大量に交わる横断歩道で、スニーカーを履いた少年少女が登校のために重たそうなリュックを担いでいる。毎年このような景色を見て楽しんでいると、いつか巻き貝のように、身体と荷物の比重が逆転する時がくるんじゃないかと想像してしまう。それも良いかもしれない。殻に守られて、事故事件に遭わず、安心して登校できるなら先行投資だっていとわない。ドラえもんのひみつ道具に「デンデンハウス」という、カタツムリ型の居住空間のような、そういうやつが欲しい。
昼、背の高い友人と家系ラーメンを食べる。「完まく」と言って、汁まで飲み干すことでポイントがもらえる。不健康だが、気分がいい。健康の中の不健康。
夕、欠伸を隠さなかった人がスーパーにいたのにつられて欠伸した。ご飯を食べながら、イングマール・ベルイマン『処女の泉』を観る。敬虔な人間の陵辱と復讐を描いた快作だった。
Pharos Coffee Jimbocho ETHIOPIA Yirgacheffe Nenke Washed 抽出。

05/13
朝、いつもより20分遅く出発した。空は澄み渡り、胸をなでるような冷たい風が流れていた。電車に乗ると、入口に男が眠っていた。腕を組み、あぐらをかき、安らかな顔で人の流れを塞いでいる。遠くの駅からずっとそこにいたのかもしれない。誰も声をかけず、ただ通り過ぎる。言葉が力を失った世界では、眠る者を起こす理由さえ、夢の中に沈んでゆく。彼にはどうか、静かな夢であってほしい。
昼、背の高い友人に「今日はアボカドの弁当にしよう」と言った。カオマンガイの店で、マグロとタコとアボカドが五穀米のうえに散らばるポキ丼を頼んだ。ラウンジに戻ると、席はすぐ満ちた。
夜、デイヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』を観る。当価値の夢と現実が互いの輪郭を溶け合うように、心地よいバランスで繋がっている。老いた森の霧で彼に出会ったようで、静謐で、抗いがたい魅力に沈みこむ。誰かに勧めたいけれど、観たものをどう伝えればいいかわからない。
マチカフェ アイスコーヒー(M) 240円、Pharos Coffee Jimbocho ETHIOPIA Yirgacheffe Nenke Washed 抽出。

05/14
朝、薄曇りに太陽が滲んで光っていて、目を凝らしても太陽の輪郭を追うことができない。新緑の芽吹く音を耳にしながら歩道を行くと、春の花が路面に散り散りになって綻んでいるのもわかる。季節の変わり目を感じた。
昼、背の高い友人と腹いっぱいになるつけ麺を食べた。彼の言うところによると、お相撲さんがこのつけ麺をぺろりと食い尽くしてしまう恐ろしくて可愛い動画があるらしくて、すぐに調べて見入った。鳩尾のあたりで胃が膨らんで、平面的だった腹が楕円になる。
夜、〈碑文谷体育館〉で毎週水曜に開かれている一般のバレーボールに参加。予備校で知り合ったS氏が連れてってくれた。実に8年ぶりのバレーボールだった。腰をぐっと深く沈めて、肘を伸ばしたまま腕を差し出す動き、ボールと手が一体になる感覚がほとばしる過去の記憶と共に甦った。高揚し、汗をかいてプレーに充足する時間の中で、太腿の線維が壊れた。びっこをひく(津軽弁だと思って使っていたが差別表現にあたるらしく、祖父母や同郷人と使ってきた馴染みの言葉が崩れた気がした)ようになったのは、嬉しい誤算だった。
豆香房 ブラジル 樹上完熟豆 抽出。

05/15
朝、船着場の波の音が聞こえる。この橋を何度も渡っているけれども、波の音はこれ以外にしてこない。海は近いが大きな川で、潮風を浴びて大股で歩く。
昼、背の高い友人とモスバーガーを食べた。キンキンに冷えた店内でシェイクを飲んだせいで身体が震えた。
夜、本屋に寄った。文字と紙と控えめな色の羅列が非常に落ち着く。誰もみていない、誰も話しかけないし話していない静けさが、逃げてきたぼくの所在を許してくれていた。そのまま、カフェに寄った。ここもまた珈琲と時間を与えてくれる……、じんわりと違和感。指先や股の内側に何かが蠢く感覚。炎症だ。スマホに置く指の動きが徐々におかしくなる。一刻も早く帰らなければ、と思い、小刻みに歩く。筋肉痛の極端な例だろうか、ストレスが過度にかかって急性膵炎にでもなったのだろうか。熱を帯びる。動きが緩慢になって、全員に先を越される。何倍にも時空が伸びたような帰路を、ゆっくり急いで歩いた。床に臥すと全身の熱を感じ、風邪のようにうなされた。が、夜更けには平熱に戻った。
豆香房 ブラジル 樹上完熟豆 抽出、喫茶トお酒 襤褸 ボロ 襤褸ブレンドコーヒー 600円。


移動エフェクトのよう 📍銀座駅

05/16
昼、背の高い友人と控えめな量でパスタを食べた。予備校で休憩で、講師のO先生とすれ違う。グループ指導やこの時間で何度も会話をしていたので、親近感を覚えている。含蓄に富む発言や多角的な文の表現が特徴の先生が、廊下ですれ違うとき「かっこいい外套っすね」と言った。外套……この人は根っからの医療人だと思った(神経細胞を包むグリア細胞の一種を外套細胞ともいうので、きっとそこから引用している。あるいは近代文学)自習が終わってすぐ、今度は友人とうどんを食べた。東京で一番美味しいらしい、と噂の〈うどん 丸香〉へ。
夜、陽が落ちて街灯を頼りに浅草は浅草寺に向かう。予備校で知り合った青森市出身の男が同行していた。三社祭を見るためだ。二人とも中学の修学旅行の行き先は東京だった。仲見世の白く灯る看板や石畳のそれがフラッシュバックの引き金に。彼は、好きだった女の子はもう二児の母、と時間の移ろいと取り戻せない恋を教えてくれた。太鼓の音と掛け声がする方へ歩く。金色に輝く鳳凰の宿る神輿が見え、法被姿の江戸っ子が担いで跳ねていた。神輿が揺れ、神様を見送る人々。
豆香房 ブラジル 樹上完熟豆 抽出。

05/17

05/18
Leaves Coffee Roasters EL SALVADOR DON JAIME PACAMARA HONEY 900円。

05/19
朝、起床後からの頭痛に悩まされた。光過敏で目を細めて、音過敏でイヤホンで音楽を聞かなかった。電車の中でじっと固まったように座り続け、目的地に着くのを待っていた。こんな頭痛は珍しいから、久々に薬局で薬を買って飲んだ。大粒の錠剤が喉に引っかかりながら通っていくのを不快に思いながら、期待する効果を待った。一コマ目の先生が教卓に座る頃には視界が開けたのがよくわかり、本調子に戻る。
昼、背の高い友人と博多とんこつラーメンを食べる。替え玉無料の店で、5秒の茹で時間のばりかたを食べた後、3秒の粉落としを食べた。次は1分のやわらかを食べてみようと思った。
夜、『百年の孤独』は、アウレリャノ・ブエンディア大佐が戦争で孤独を覚え始めた頃を読む。noteの記事を書く。スタバで久々のオンライン会議。NPO法人ココキャンの理事会、総会に出席して、さまざまな議案を承認した。去年の事業報告書を眺めて本当に大勢の方々に影響を与えてきたのだなぁと感慨に耽る。
ILHO MARKET Ecuador Finca Cruz Loma Geisha 抽出、スターバックス ドリップコーヒー 420円。

05/20
夕、夕陽が細く差し込む神田川の側を歩くことに決めた。まっすぐ帰らない。緑の隙間に鉄道の銀色が反射して光る。〈聖橋〉の日に当たって熱が残る石に触れ、もたれかかる。電車が立体的に交差するのが見られるとして、ネットで人気の場所。赤の車両と銀色の車両と、巨大な鉄の塊がぬらりと重ならずに直線運動をするワンシーンは、黄昏の薄紫に照らされていた。日本らしい鉄道の風景と言えるのかもしれない。その足ですかさず本屋に立ち寄ると、医学書の豊富さに驚かされる店内で、最近出版された内科学の分厚い書物が平積みで買う人を待っていた。時折、「今日の治療指針」を開く人がいるのを見ると、医者なのだろうか、ここが順天堂大学の側だということを強く思わせた。
夜、〈隅田川〉は穏やかな流れ。よわい風に揺れる黒の液面を、ビルの四角い窓が映る。イチジクのまったりとした甘い香りがした。
ILHO MARKET Ecuador Finca Cruz Loma Geisha 抽出。

05/21
朝、眠りの浅い身体で朝日を眺めた。ビルに反射して太陽が二つか三つ。登校途中の橋の下で「警視庁」と書かれた橙のボートが見えた。六人の警官がオールを小さくまわしながら、何かを探しているように方向を定めずそぞろに動いていた。不穏に思えたが、橋から覗き込む野次馬や関係者の顔がないのを見ると、これは訓練なのだろうか。オックスフォードの、光の川の中で競技用ボートを漕ぐ大学生の姿を思い出した。キラキラした水面をボートが滑る、まどろみの青春。
昼、背の高い友人と洋食を食べに出かけた。オムライスにメキシカンでスパイシーな炒め物が入っている変わり種を食べる。
夜、散髪に行く。4月のと同じ錦糸町の理髪店で、前回に引き続き丸眼鏡の店主に頼んだ。ベリーショートのカットを依頼して、手探りの会話が始まる。勉強って大変じゃないですかー?と聞かれて、次第に勉強することを選べなかった人の話題に移って驚いた。「地獄だって教えたかったから人切った人いたじゃないですか」
マチカフェ アイスコーヒー(M) 240円、ILHO MARKET Ecuador Finca Cruz Loma Geisha 抽出。

05/22
18時、〈グッチ銀座ギャラリー〉に赴き、「横尾忠則の未完の自画像 - 私への旅」を観る。予備校で出会った友人と、人一倍の時間をかけて作品を読み解きつつ、その奥に広がる景色を語り合った。十和田を題材とした一点があったことには驚かされた。笑みを交えつつ「ゴースト」「馬」「桜」「奥入瀬渓流」「乙女の像」を見出す。寺山修司を追って青森を訪れたのだろうか。自画像の多くには妻や家族が寄り添い、平和と危うさを共存させる赤の筆致に、その自由な精神を感じ取った。次いで〈ISSEY MIYAKE GINZA | CUBE〉へ赴き、「水を味わう 水を纏う “Savor water, Embracing water”」を観る。昆布と蕗の香りが立ちのぼる展示空間には、昆布染めの布が風にたゆたっていた。衣食住を貫く水の存在が、和食と人の暮らしに満ちる潤いを示していた。スタッフの誠実な解説により、作品に魅かれていった。菊花和えの写真を見て、祖母がリビングで菊を千切り、赤い桶に満たしていた光景が蘇った。
ILHO MARKET Ecuador Finca Cruz Loma Geisha 抽出。

05/23

05/24

05/25
18時、神保町を歩きながら、疲れた頭にどのカフェインを流し込むか考えていた。
予備校でのグループ指導——2時間、4人の生徒と1人の医師との知識整理は、それだけで骨が折れる。最近は、答えられないことへの不甲斐なさに沈むことが減り、わずかながら成長を感じるようになった。
地下の喫茶店に入る。アングラ風の空気がまとわりつく。薄い座布団の禁煙席の部屋に通され、くぐもった環境音の中で本を開いた。換気音、カップの触れ合い、低く流れる音楽。耳が、沈むように慣れていく。向かいでは男女が会話を繰り返す。「……嫌いな食べ物は?」「……シソ、です。……さんは?」「私は……、タコです」くすくすと笑い合う彼らは、ぼくに見えないツボを押し合っていた。彼らが去った部屋に残るのは新聞を読む男とぼくだけ。次の客が来るまでの静寂の中で、お冷の氷が溶け、ひとつ音を立てた。
20時、夕餉の支度をしていると、遠くで花火が鳴った。ベランダに出ると、音の向こうにこのマンションの影が見えた。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出、神田伯剌西爾 モカマタリ No.9 セットメニュー。

05/26
朝、徹夜で読んだ『百年の孤独』が尾を引いて、目に隈を作る。四時間近くしか眠っていないのに、循環器内科の勉強をしようとしていた。あぁ、計画を破綻させたこの小説が憎い。ずっとずっと面白い。
昼、背の高い友人と餃子定食を食べに出かけた。店員は、よく焼けた肌に、大きな鼻穴から抜ける声の男で、目尻と頬に深い皺をつくる笑顔の持ち主でもあった。おぼつかない日本語の彼は、ハキハキと接客する。職場にこういう先輩がいたら憎めず、頼ってしまうかもしれない。彼は会計を間違えた。会計済みの処理をどう直そうか迷って、レジの上をあっちこっちに手を振って、まごついている。可愛いと思った。彼のキャラ性に負けた。予備校に戻って、お祭りによく参加する友人の話になって、祭りに参加することと神輿を担ぐことは、別々に満足感があることを知る。物心ついた頃には神輿があったそうだ。地元の祭りなんて中央の借り物だと思っていたから、新鮮に聞こえたや。
夜、ご飯を食べて、執筆に向かおうと最寄りのカフェに急いだが、やはり小説の続きが気になって、外出を控えた。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出。

05/27
朝、寒くて長袖のパーカーを着た。気温は20度。半袖の人を見ない。お相撲さんが乗車してきた。やっぱり両国で降りる。着物の男性はお相撲さんくらいしかいなくなった。
昼、背の高い友人とカオマンガイを食べに出かけた。予備校の生徒の数が多く、顔も名前も全て揃わないうちに、小事件や小言を言いたくなるときに外見上の特徴を使って、名前を剥ぎ取ることに違和感を覚えていた頃だった。アゴさん、鉄仮面さん、スプラトゥーンさん……。ぼくはあるグループから「ブラック」と呼ばれていたらしく、彼らと打ち解けてようやく名前で呼ばれるようになった。ちなみに、背の高い友人とセットでいることが多いせいで彼も色の名前で呼ばれていた——「ピンク」と。
夜、スマホの画面が動かなくなって再起動。耐えきれない空腹感とスーパーの会計額1035円、出口に向かって手を繋いで歩く親子の像を見て、映画を一本観終えたようなカタルシスが現れたのに、感情が鈍磨なのか純化したのか、この状況をうまく言い表せる言葉が見つからず、ただ涙腺の副交感神経の刺激を感じただけだった。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出。

05/28
朝、セアカゴケグモが出たから用心しろ、という看板が通りすがりの公園に置いてあった。見なければ問題にはならないが、見れば問題になる。環境省外来生物対策室の資料によると、全国46都道府県で確認されているが、青森県だけは確認されていないそうだ。ビルの上に青空。陰影で立体的な白い雲との対比が効いて、最近の曇り空とは違った色を垂らしていた。
昼、ラウンジで駄弁っていたら、友人の一人が「日大の学食に行ってみたい」と言った。隣の建物で近いし、安そうだし確かに都合が良いと思ったが、話を聞くとどうやらご飯が主目的でないらしかった。「若い人を見ないとなぁ……」。青春を擬似体験して、気持ちが若くなるのを望んでいる。ぼくは「帰る青春がないと、年を重ねて困るだろうから」と部分的に賛同した。
夜、細いものが勢いよく風を切る、あの短くて独特の高い音がした。ナイトフィッシングだった。一人だけではない。何人もの釣り人が川辺に集まって竿を降ろし、糸を垂らす。新月のころ、何かが集まるのだろうか。ゆれる川面にビルの光。ベンチで肩を寄せ合う恋の影。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出。

05/29
朝、上空にハロが出現した。太陽の周りに白い虹。明日は雨らしい。
昼、背の高い友人とつけ麺屋に行ったが、感覚がズレる。半袖で過ごす気持ちのいい暑さなのに、彼は、冷たいものはちょっと……と、温かいラーメンを要求した。頼んだラーメンは、定番のつけ麺と同じ魚介スープで細麺だった。ぼくもラーメンにしていた。しっとり噛むチャーシューと、メンマを間に挟んで、麺が半分になったあたりで胡椒や黒七味をかけて味の変化を楽しむ。スープを飲み干さずに帰ったら、別の友人に「それじゃ米谷の名が折れるよ」と笑顔で軽蔑された。
夕、カップラーメンを食べていると、従兄弟が帰宅。今夜は会社の飲み会らしい。遊びの約束をする。
夜、コインランドリーで乾燥機にかけている間、『百年の孤独』を読んで、ブエンディア家の中核だった人物達が死んでいった。メメが弾くクラヴィコードの音色が分からなかったから、検索して聴いた。うら寂しい弦の高音を孤独になぞらえて、目下当たり障りのない平和の中にいるブエンディア家を観察する。物語は、終盤に向けてもまだ勢いが止まらない。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出。

05/30

05/31


今月の本・映画

ガブリエル・ガルシア=マルケス/著, 鼓 直/訳. 新潮文庫
勅使河原 宏/監督, 安部 公房/原作.

著者近影 📍芝公園 photo by W

次月分は、近く公開。

プロフィール
米谷隆佑 | Yoneya Ryusuke

国浪生. バリスタ. 98年生. 弘前大学医学部卒.
影響を受けた人物: 日記は武田百合子, 作家性は安部公房, 詩性はヘルマン・ヘッセ, 哲学は鷲田清一.
カメラ: RICOH GRⅢ, iPhone 16e.

この記事は、Threadsで毎日投稿している日記をまとめ、加筆修正したものです。
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