日記|まばたきと点描_2025年6月
東京と青森を行き来する日々で感じた悦び、医療現場からはまだ遠い国浪生の焦燥感、さまざまな日常をお届けします。
06/01
朝、アニメ「機動戦士Gundam GQuuuuuuX」の感想交流会に参加。オンライン越しに久しぶりに会う顔と、初対面の人と、顔出しせずケーキを映す人との会話にはときどきギョッとするような裏話やぼくの知らないガンダムの世界観に欠かせない心理描写の癖などがあって、ぱこんと知識欲が埋まる音がした。
昼、旧友と7年ぶりの再会。オックスフォードで語学学校に通った数ヶ月間を偲びながら、〈サウナ&カプセルホテル北欧〉というサウナの聖地で汗をかいた。あの時のままの目と肌、笑顔。藤井風みたいだ、と言われて嬉しかった。話したかったことが堰を切ったようにどっと口から漏れ出て、気がつけば夕方になって、解散の同時刻に別の旧友から連絡があり、門前仲町に向かった。
夜、この旧友もオックスフォードで出会った一人で、旅行に何度も行った女性。約束通り〈宿酒きんきん〉に着いたが、まだ来ない。先に宮城県の酒蔵 欅というクラフトジンを飲む。するするとお通しが来て、半熟卵、つるむらさきのお浸しを食べる。旧友が到着した。オックスフォードで出会った頃のまんま、ぼくだけが歳をとった気分になった。店内の壁の絵がロイ・アンダーソン監督作『ホモサピエンスの涙』の表紙に似ている、と思っていたらそれはシャガールの絵だった。
06/02
朝、タイムラインを流れたカフカの日記に、「I wrote nothing.」という一行を目にして、そこに彼のすべてが凝縮されているように感じた。曇り空の東京では、書きたいことが多すぎる。すべてを言葉にするのは難しいが、あえて書かないことで、かえってすべてを想像させる力が生まれるのかもしれない。ボゴソートや猿のタイプライターの例に見るような、愚直なまでの試行と到達(不)可能な理想。それらが、最も遠く、同時に最も近いかたちで「書くこと」の核心を照らし出す。書かないという選択にこそ、すべてが宿る気がしてならない。
昼、背の高い友人と横浜家系ラーメンを食べる。店内にはびっしりとチェキが飾られていて、2020年のなんかは日焼けして、顔の輪郭が消失しているものまである。ラーメンを食べ終えるまでの数分間、彼らの笑顔を見て、5年も経ったここでチェキを再び見る日が来るのかと、気長に待ってみるのもこの店の良さなのかもしれない。
夜、背の高い友人が主催の飲み会が開かれた。男しか集まらなかったこの会は、終始会話がうっすら汚く、臭い。理想や美化された話ばかりの日常から離れられた瞬間だった。
06/03
朝、小雨。雨粒が弾む傘の音が新鮮に聞こえる。よく見れば骨も美しいじゃないか。ビニールの膜に黒の骨格が生物と無生物の間をかたどっている。かたどると言えば、都営地下鉄の駅は一つとして同じ模様のプラットフォームがなく、しかし一つの管として繋がっていることが消化管のように想像できることに気がついた。
臓器らしさは、外側(生物の外側は、口腔からはじまり肛門で終わる管の内側)を覆うシート状の上皮細胞によって認識される。顕微鏡レベルの違いは、それぞれのプラットフォームが別々の模様を呈するように、ほとんど異なる。
春日駅の丸くて白いタイルの壁を観察して、それが細胞ならこの壁は組織で、構内は器官に相当するのだろうかと、考えていた。最近、マクロとミクロの区別が曖昧になってきている。大局観と微視のフラクタル次元じみた現象のカオス。
夕、ラウンジに座る友人に声をかけた。笑顔で応えた。彼は、昨晩の飲み会で知った情報で、殺風景な教室が一変し、満悦の様子。アイデアを植え付けるインセプションとはまさにこのこと。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出。
06/04
朝、『百年の孤独』を読むのに夢中になりすぎて飯田橋駅まで乗り過ごした。恥ずかしくないようゆっくり反対の乗り場に立って電車に乗り込んだ。
昼、背の高い友人と、階段で駄弁って話が弾んだ別の友人の三人でパスタを食べに出かけた。タバコの匂いがするカフェのカウンター席に三人並んで、ぼくはトマトと小松菜のパスタ、セットのコールスローとエスプレッソを頼んだ。BGMに藤井風『HELP EVER HURT NEVER』が流れる。隣のサラリーマンが去って、燻らせた電子タバコの煙が残る。会計の店員の笑顔に見えた八重歯、遂に見つけた、水道橋の溜まり場。
17時、清澄白河に住める場所がないことを嘆いた足でカフェに入った。『百年の孤独』は、ついにウルスラの約束が消えた因縁にねじれた罪が現れた。店内のBGMが似ていたからだが、唐突にマイケル・ジャクソン「Love Never Felt So Good」が頭に浮かんで、口ずさみ、門前仲町駅まで歩く。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出、ブルーボトルコーヒー 清澄白河フラッグシップカフェ ゴールデンアワーブレンド 712円。
06/05
朝、真夏日になる太陽が近くに感じられる。日照りの強い日は太陽が大きく見えて、放射状に広がるカーテンのような空を覆う。抱きしめられたように暖められた水道橋は、神田川の亀が甲羅を干しに首を伸ばしていた。
15時、『百年の孤独』読了。すぐそばにいた知り合いに感想を打ち明ける。物語の世界が、ブエンディア家が、文字を追いほど黒い竜巻の中で崩れていくような、百年分の騒動が駆け抜けていった。あまりにも綺麗に崩壊した孤独は最初から予告されていたとしても、復活が許されない過去と未来の交錯を反復して、復活を許さず、一度きりしか物語を聞かせてくれない。ガルシア・マルケスの「声」が遠ざかる。笑みが溢れて、これ面白い!これ面白い!と、子どものように言いふらした自分がちっとも恥ずかしくなかった。要約が物凄く難しいのだが、ある芸人の「爽快な絶望感」というレビューがよく表現できていると思ったので、今後はこれを使うことにしよう。
夕、散歩。〈湯島天満宮〉を参拝。梅の木に実がなって、たとん、と音を立てて落ちた先に、泉鏡花の筆塚があった。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出。
06/06
夢、ベッドサイドの患者がクロスワードを解いていた。テーブルの上の分厚い辞書を読み込んで、言葉を身体の一部のようにしようと肥えていた。病状説明にきた自分を前に、両親に挟まれて、彼は眼鏡の奥に優しさの目を備えていた。クロスワードを取り上げられた。その雑誌の表紙に魚の鱗をした男性がポージングしていることに気がつき、目が覚めた。
朝、『族長の秋』を読む。電車の椅子にくつろいで、読書する人を前にしていると心強く感じる。読書神話を信じるからなのか、刷り込まれた価値観の船に乗って、溢れかえりそうな言葉の海に飛び込む。……腐臭が漂う文章に吐き気を催した。経年変化で腐った建物と死人がいきなり登場するのは、『百年の孤独』の冒頭、銃殺されかけて死にそうな大佐と対になっている。何が始まるのだろう。
昼、背の高い友人と猫だらけの洋食屋でスパゲッティを食べる。海老と味噌のソースが絡んだ細い麺。ちょっと口論になった。煙草で臭くなるのが嫌いな彼と、健康と人間関係の見解を話す。偏ったクリアランスで、文化を自覚的に殺しているのが気になった。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出。
06/07
ドトール珈琲店 たっぷりアイスコーヒー 690円。
06/08
12時、〈Creative Space Akademeia 21 Harajuku〉で開かれた「V Photobook Fair」は、知り合いの写真家がいるということを理由に行ってみる。ひと2人がすれ違うのに「あ、すみませーん……」と細い声をかけたくなる狭さに、数千冊もの写真集が並べられていた。書店の本から、オンラインショップで扱う、プロジェクトとして刊行したラジカセケースに封入した本まで、様々な形と世界の切り取り方をした写真の塊に、終始興奮状態だった。ここで知り合いの写真家に会う。今度の弘前の個展の話。挨拶して他のブースに向かう。写真の専門学校に通う学生の本が並んでいて、店番をしていた男性に声をかけた。ご自身の写真本は、モノクロフィルム、カラーデジタル、様々を十年かけて貯めたものを編集した、と。撮って出しの文化に触れた。彼は、先生から「撮ってディスプレイを見る頃にはすでに過去のものになる」と言っていたのが忘れられず、撮った瞬間の過去の自分に想いを巡らせるのが好きだと語った。写真は本質的に遅れたものなのだ。
Jazzと喫茶 はやし 浅煎りコーヒー 650円。
06/09
昼、予備校の隣の席の人が「代官山はさびれちゃった」と言った。東横線の急行電車が駅に停まらないから若者が来なくなった、と。なら、東京も停車駅にならなければ青森に人が沢山来るようになるのか。わからない。
夕、代官山は〈gallery ON THE HILL〉で開催の「minä perhonen 30th anniversary exhibition + akira minagawa art works」に行く。〈青森県立美術館〉の「つづく」展から始まった皆川明氏の世界観の鑑賞が、ここにも。小スペースの壁にちんまりとリトグラフ、手書きの擦れた味わい深い線描に、幾何学模様と十面な顔、抽象化された鳥と雲の関係が落ち着いた色彩に踊る。非売品のエッチングには、過密な細い線に意匠がこもって見え、30周年を迎えて更に創作に燃えるデザイナーの姿を見た。やはり芸術は、技術でアートである。服飾のデザインを唯一無二にするアートが、これかも彼の手や頭から発されることをそっと祈りたい。デザインやアートが、職人の手から離れて社会に滲みる。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出。
06/10
朝、パンの口で、昨日の本屋で買った『シュナの旅』を読み返す。
『シュナの旅』は、宮崎駿がアニメージュ文庫から出したファンタジー絵物語である。後年の映像作品に通奏低音する創作の起源を辿れる。わびしさの哲学もあり、やや難解だ。孤独の英雄が神の領域に踏み入り、貧困を救うべく黄金の麦を手に入れ、罰が与えられる流れはお約束。風が見える。躍動する絵が良い。1983年から増刷を重ね、この時点で百刷。
旅は良い。だが、旅の第一歩を創作で描くことは本当に難しい、と宮崎駿は言っていたのを思い出す。映画『君たちはどう生きるか』の制作でそう言っていた気がする。シュナの前に現れた、旅の果ての自分を暗示するかのような老人。旅に出るか迷い、決断する。小説など、冒頭の時間も字数も限られたシーンで、旅に行かせねばならない。旅は長年夢に想うものと、突発的に想うものが重なってはじまるはずだから、端的に伝えるのは本当に難しい。また読もう。
夕、気分が良い。梅雨入りに立ち合うのがはじめてだから。特別な雨の季節。洗濯が乾きにくくても、今日は許してやった。
FRIEDHATS RWANDA GITESI 抽出。
06/11
朝、雨に傘。湿った空気が肺の内と外を満たす。鮫が橋の上を泳ぐ海、鰓呼吸の魚になった気分で人の間を縫って歩く。神田川は青茶色の濁水で増水している。ゴミも流れる。有機的な香りがする。
昼、背の高い友人と海鮮丼を食べた。大漁で半額だと喧伝していたねじり鉢巻のおっちゃんのチラシを見て、600円で鮪、蛸、鯖が載った海の幸を頬張る。ある男の話を延々と話した。彼は、教室で他人と話す機会が極端に少ない。いや、意図的に閉ざしているのだ。あの閉鎖的な空間で飛び交うのは、間違えた問題を笑い話にした愚痴ばかりで、医学に絡めるだけで天気やニュースなどまともな雑談ひとつできないのだとぼくは思い込んでいる。もう一人、似たような男がいる。彼も医学の枠を出る勇気がなく、教師面して医学を語る。知識に肥えた、なんとも哀れな男たち。ぼくはそんな彼らを勝手に類型化し、見下し、腹立たしさを募らせている。
夜、長電話で公園を歩く。湿り気を帯びた空気が土の記憶を呼び起こしでもするのか、地面にはダンゴムシやミミズが無遠慮に這い出してくる。
BLUE BOTTLE COFFEE Bella Donovan 抽出。
06/12
朝、水鳥が潜ってできた同心円の波紋。橋の上からは魚影や水草を認めないが、円の下に食べ物があるらしい。口の中が酸っぱい。さっき食べたバターロールが舌の周りを粘っこくまとわりついていた。
夕、予備校仲間と鯛のラーメンを食べたあと、神保町の喫茶店に入って、喫煙席か禁煙席か聞かれて、ほとんど誰もいない喫煙席が見えたから広いそっちにしようかと思ったけど、煙草の臭いが嫌いか聞く前に禁煙席のある部屋に入った。四人席を斜めの位置に座って、彼女の心理的な距離感を知る。シフォンケーキとレアチーズケーキと珈琲を挟んで、こんこんと話し込む。好きな音楽、土日の過ごし方、恋話(さっきのラーメン屋が〈恋し鯛〉だったから)と、意識してなかったがこれではデートみたいだ。米谷くんのイマジナリー彼女が見える、と彼女は言って、ケーキの甘さに溶けた目で助言をもらう。「もっと大衆向けな趣味をしなよ、山に登って『景色が綺麗だなぁー』とか言ってさ」「……山登りは修行だね、自分の限界を知れる」。
BLUE BOTTLE COFFEE Bella Donovan 抽出、神田伯剌西爾 冷しぶれんど セットメニュー。
06/13
06/14
06/15
昼、豊洲公園はシャボン玉と笑い声でにぎわい、釣りをする大人や子どもが数組。予約済みのレンタル釣竿と撒き餌を受け取って、それに混じる。お互い初心者の、予備校で知り合った男と寡黙で静かな趣味を過ごすつもりが、糸を垂らしてすぐヒット。コノシロが一尾釣れた。跳ねる。滑りけがある肌を押さえて針を取る。虹色の鱗が指に張り付く。と、次々にヒット。バケツは二杯、三杯と増えていく。子どもが目を輝かせ、生きのいい魚を珍しがって眺めるし、老夫婦はギョッとした目で、豊洲でこんなに釣れるのかね、と笑う。コノシロに集まる注目がぼくらに向くようで気恥ずかしく、愉悦に浸る。隣で釣りをする子どもたちと話す。帽子を目深にかぶった子どもが「たくさん釣れるのはこの場所がいいからだよ」と言って、ぼくらの顔を覗きながら「二人は結婚してるの?」と仰天する質問をしてきた。
夕、隣の子どもが数えてくれた。40匹! 大漁大漁……が捌く技術はなく、門前仲町の〈武者武者〉を勧めた釣り人の話を飲み込んで、指定された時間に行く。帰って、唐揚げにして食べてやった。
BLUE BOTTLE COFFEE ブレンド 594円。

06/16
朝、橋の上から青灰色に輝く細い線の塊が見えて、立ち止まった。ボラの群れだった。何百匹ものボラが河口域に見えたのはこれが2度目。深浦の海にもボラはいた。そして、一個下の後輩が、ボラ釣りをする姿を漫然と眺めたあの日の夕暮れを思い出す。
彼は釣りが趣味だった。ぼくは釣らなかった。だから変わった奴だと思っていたが、変なのはぼくだった。竿を肩に、ぼくの同期らと自転車で通りすぎる。ぼくの知らない関係がそこにあり、少し羨ましかった。ある日の放課後。夕暮れの海で彼は沖を見つめて言った。「ボラいる」そして餌もつけずに、沖に投げ、糸を垂らした。ボラが何か知らなかったので、見たくなって海岸に座った。波の音と彼の足音だけで、暗くなる。ぼくにも魚影が見えた。「かけた!」と叫ぶ声。銀色の魚が水を蹴る。40センチほどか。彼の両手に抱えられたそれはただの魚ではなかった。彼はまるで英雄だった。その姿を、ぼくは忘れることができないでいる。
夜、豊洲の黒い海を横目にランニングした。淡い景色が高速で過ぎる。風を切る、韋駄天の気分。
BLUE BOTTLE COFFEE Bella Donovan 抽出。
06/17
朝、水を含んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで目を覚ます。半袖短パンで家を出る。石畳みの木陰を踏み、スウェットシャツの人たちの横を歩く。ぺこちゃんみたく舌を出し続ける子犬がいた。頭上の太陽に押されて、乾いた肌に赤外線の放射。日曜の日焼けでまだ赤く腫れた両腕に、紫外線再び。暑かった。夏が始まった気がした。
昼、背の高い友人とうどんを食べに行った。外の灼けた空気が喉を通るたび、早く冷たい食べものが欲しい気持ちがはやった。昆布の味がよく滲みたつゆに、引き締まったコシのあるうどんを食べる。春菊の天ぷらと柏天。ワイシャツの男たちと少しの学生と女性で店内はごった返す。
夜、また豊洲の沿岸をランニング。暑すぎない海沿いはたっぷり湿り気を含んでいて、夜景の東京タワーと東京スカイツリーは同時に見られない。小中学の頃みたく、まだ走れる身体のだろうかと気になって、ジョグとダッシュを組み合わせて確かめる。大橋を全力で駆ける身体は軽かったが、息切れがしてすぐ歩く。1時間弱のランニングは程よい負荷で、疲労感と快楽を与えた。
BLUE BOTTLE COFFEE Bella Donovan 抽出。
06/18
06/19
06/20
🐈⬛
06/21
朝、床屋。〈小網神社〉で金を洗う。
16時半、日比谷シャンテで『ルノワール』の舞台挨拶。10代の言葉のない世界を追体験し、ぼくの中の幼い頃の体験が脳内をリフレインした。
BLUE BOTTLE COFFEE Bella Donovan 抽出、coami coffee roaster ストレート 500円。
06/22
高校同期の結婚式に出席。青森市の有名な式場。花嫁に集められた同期が他にも何人も集まっていて、同窓会のように懐かしさで胸がいっぱいになった。やはり、名前で呼ばれず「生徒会長、生徒会長」と呼ぶ声が多かった。三年間の青春を思い出した。同卓の男は親友で、ぼくの進退を気にかけてくれている。優しい男だ。
06/23
朝、たまごサンドを食べる。
16時、腕の皮が環礁のように捲れてきた。釣りの日焼けでローテートした皮膚。島模様が癒合して大きな穴になる。小さいのもあるが、この場合はフジツボが張り付いたような広がりようとでも言うだろうか。鯨のそれと同じだ。ぼくは湿り気のある空気に取り憑かれている。海の生き物になりたいと願う心がどこかに浮かんでは沈む。紫色した濃い雲の奥に夕陽が隠れているのを見ると、その先にある日本海を想像しては幻滅して郷愁の念に駆られるのだ。瞼を閉じて、ぼくはこの空気を泳いで故郷に辿り着く暗闇をみる。その無限の世界では時間も距離もないに等しく、全てがつながり合った完璧な世界のようで、しかし、拒絶を許さない溶け合った世界のようで居心地も悪い。L.C.Lの還元された世界で流れる「Komm, süsser Tod(来たれ、汝甘き死の時よ)」が聞こえる。
夜、ラウンジで3時間の談笑に耽る。勉強から逃れた男四人が何でもない会話をする無駄な時間。誰かが言った。今から勉強しても結果に差なんかつかねぇよ、と。
BLUE BOTTLE COFFEE Bella Donovan 抽出。
06/24
朝、小雨の歩道。適温の適湿度の空気に表情が惑う。肌に触れる空気の柔らかく滑らかな風が人肌の感触に似て、それこそ身体が融解してその場に溶けていくような感覚。ウチと外の境界がなくなって、一つになる感覚。腕を振り、風を切る感覚がほとんど感じられず、焼却炉で混ざる生ゴミの層が放つあの有機的な空気が漂っているのを鼻で感じた。
昼、背の高い友人と中華そばを食べる。ナルトの「の」の字が桃色して可愛いから写真にした。静岡から通っていると自己紹介した新しい友人から、「どこから来てるの」と聞かれたので勝ちどき、と答えたら横から「海の方だよ、神田川の先。毎日通学するとき、川の動画アップしてるから、海から来て川から上がってるんだ」と友人が冗談めかして笑いを拾った。ぼくは誰にも聞こえないほど小さな声で「半魚人かよ」と言った。
クラフトボス 無糖ブラック 150円、サンマルクカフェ アイスアメリカンコーヒー M 380円。
06/25
06/26
朝、重たい身体を起こして登校する。どこにあったかわからない小さな葉の集まりが歩道を埋めていた。細長く涙の様な形の枯葉は、剥がれた鱗や日焼け後の皮のようにただ一面に広がる。ぼくの日焼け後はまだ剥がれる。数日かけて燃え広がった紙の様に、剥がれ始めた中心から。急がねばとバタバタ歩かせて階段につまずいたら、いつもと違う調子なんだと気付かされる。鉄の香りがする男の隣に座った。巻き舌の英語がイヤホンを貫通する。
夕、青森からの知り合いを迎えた。〈岡本太郎記念館〉の太陽の塔への過剰な愛、甘い珈琲と公園、蚊の赤い斑点、旅の迷い、蔵前のカゴと洋菓子とガラス——彼女が用意した観光計画は充実して、数時間の短い間に東京が好きになる要素をたくさん観てまわった。好きな色が黄色から緑色に変わったと聞いて驚いた。
夜、背の高い友人と他4人の友人と飲みに出かけた。話せることと話せないことの緩急に違和感を覚える。小雨のラウンドリーで乾燥機を待つ体のめまいを感じた。
Coffee Wrights 蔵前 ロースタリー&カフェHonduras El Tanque Pacas Washed 830円。
06/27
クラフトボス 無糖ブラック 147円。
06/28
昼、従兄弟の高校時代を過ごした埼玉県の川越を訪れた。太陽とコンクリートの熱射に挟み撃ちされた路上で、商店街を歩く人、小江戸を歩く人の群れに揉まれた。珈琲を飲みに立ち寄ったカフェは、ぼくと同時期に青森市のイベントで出店していたらしく、思い出話に花が咲いた。共通のバリスタの話になると、嘘でも親戚のような態度で接してくれるから、初めて会ったとは思えないほど仲良くなれた気がした。
夜、〈ベルーナドーム〉へ。西武ライオンズと日本ハムファイターズの試合観戦にいくと、弘前出身の外崎選手の活躍を見た。どちらのファンでもない自分が唯一肩入れした瞬間だった。
Macky.coffee BRAZIL Guariroba fruity無料。
06/29
昼、友人が〈東京ビッグサイト〉で研修医として医学生を勧誘していると聞いて、バスで向かった。元気そうだったが、声がやや細く、見た目に変わりはない。近々、二郎系ラーメンを食べに行く約束をしていたから、別れ際に寂しさはなかった。馴染みのある病院の職員に声をかけられて、ぼくは面食らった。「あの病院にまた就職ってのは出来ないんじゃないかなぁ」。怒りで拳を握って、ヘラヘラと普通な声を出していた自分が情けない。気が滅入る。
夜、高校の同級生と居酒屋へ。クラス仲間で、8年ぶりの再会になる人もいるから、はじめの挨拶から行儀良く振る舞った。
3人は都内で働く。ときどきこうして飲み会をしているらしく、ぼくが東京に来たことを察知して招待してくれた。
変わっていたのは、昔から数学が得意で饒舌な彼の体形がまるくなって一桁増しで重くなっていたことぐらいで、ぼくは変わり映えしない景色を楽しんだ。津軽弁で交錯する適当な会話が本当に何も思い出せない。どうでもいい話で応酬する気楽さで、嬉しくなった。また会うことにした。
BLUE BOTTLE COFFEE Bella Donovan 抽出。
06/30
夢、歩道橋の上のぼくと背の低い誰か。おそらく、あの人だ。好奇心から芽生えた憧れと、その芸術性への羨望は海を照らす夜の灯台みたく、暗闇の遠くまで届いている。友人が通りかかり、彼女はぼくの元から離れて、気を遣っている。いじらしいところも素敵なのだが、だんだんと彼女の影が薄くなり、手すりにつかまったまま消えてしまった。春の雪のような喪失に悲しくなり、目が覚めた。
朝、ビルの間に橙色の光線が差し込んで、反射した淡い光線と重なる部屋の中。簡単に身支度をして、さっさと出かける。
昼、〈神保町やきそば みかさ〉の焼きそばを食べる。無料で麺大盛り、ネギ増し、天かすと紅生姜をのせて、お腹いっぱい。店主の制服にイラストで描かれた小さなダルマがあしらわれていて可愛い。
夕、神田川の水面に目をやると、青白い筋の昆虫が飛んでいて、飛行パターンからトンボだとわかった。早すぎると思って驚いた。シオカラトンボだろうから、この近くにヤゴが生息できる静かな川か池があるに違いない。
夜、高層ビルのクレーンに掛かる三日月。
BLUE BOTTLE COFFEE Bella Donovan 抽出。
今月の本・映画


次月分は、近く公開。

プロフィール
米谷隆佑 | Yoneya Ryusuke
国浪生. バリスタ. 98年生. 弘前大学医学部卒.
影響を受けた人物: 日記は武田百合子, 作家性は安部公房, 詩性はヘルマンヘッセ, 哲学は鷲田清一
カメラ: RICOH GRⅢ
この記事は、Threadsで毎日投稿している日記をまとめ、加筆修正したものです。
