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《ベルアント・ユダラ》【22話】もう、後戻りはできない [ユダラバギー|脳内探索アトラクション番外編]

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「ボナハートの土地は順調なのか。」

ワイズガレージの事務所のテーブルに、
ブエンコークが2本置かれる。
髭を短くしたワイザーに、
「その髭かっこいいね」とベルアントは微笑んだ。

「上手くいっているってもんじゃないぐらいに、上手くいってるよ。皆のおかげだ。」

ベルアントは栓抜きを手に取ると、
手際よく2つの栓を抜く。
冷えた飲み口から白い水蒸気が微かに上がった。
手に取った瓶を寄せ、軽く当てる。

「ビリーの仕事ぶりを見るべきだったな。あいつ、くたばってたぞ。あの日は大変だったみたいだな。」

「おじさんにも見て欲しかったよ。凄いってもんじゃなかった。ビリーおじさんが穴を開けたあと、丸いドリルを付けたメカモグラが、穴を削って拡げていくんだ。何もかも凄かったよ。途中でボナハートの土砂回収業者が来たんだけど、顎が外れるほど驚いてた。ここを本当に掘ったのかって。あの後、ビリーおじさんとは、ゆっくり話できた?」

「あぁ。俺は誤解していたようだ。あの日はいい酒だった。」

「そうかぁ。また聞かせてよ。そうだ、モグラの中で茹で上がってヘトヘトになったビリーおじさんを勝手にここに置いていってしまった。近いからここしか思いつかなかった。あの時は驚かせてごめんね。」

「帰ってきてあいつを見つけた時、盗人でも入ったのかと思ってバールで殴りかけたぞ。がははっ。」

「バタバタしてて連絡し忘れてたんだ。トドメが刺されなくてよかったよ。ははっ。」

ブエンコーク勢いよく飲み干す。
時計を見て、ベルアントは立ち上がった。

「もう戻るのか?」

「そうだね。今日で着工から2ヶ月だ。地下の外壁とリフトが完成する。業者の手際がいい。おじさん、久しぶりに顔を見れてよかった。」

「あぁ、いつでも来い。」

「問題なければ、明日以降に転送装置の搬入をするんだ。おじさんも良かったら覗きに来てよ。」

「おう。ビリーの掘った穴も見たいからな。」

「うん。また連絡する。」

口笛を吹きながら空瓶を片手に、
右手で鍵を回しながら歩き出す。
キッチン入ると扉を閉めた。
シンクに瓶を置き、手を広げ、見つめる。


「本当に実現できるのか不安なのか。震えを止めろ、ベルアント。お前なら、きっとやれる。」



_____________

【22】

もう、後戻りはできない

______________



「デニスさん、この度は大変申し訳ありませんでした。」

アルバートは、深々と頭を下げた。

「そんな、やめてくださいアルバートさん。とりあえず中に入りましょう。」

デニスの自宅に訪れたアルバートは、
眉を下げ肩を落としている。
ミリアンが下した鉄槌によって、
副所長はデニスから完全に身を引いた。
歯を食いしばり、白衣の裾を握りしめ、
肩を震わせていた姿が目に焼き付いている。
ミリアンのメインCPUと人格ノイズは、
マザーAIの移行と同時に、
デニスの元へ届けられた。

「事の発端は、私が副所長に君のノイズフィルターの事を話してしまったからなんです。あなたになんと言ったらいいのか…。本当に申し訳ありません。」

「それを利用しようとする人間が悪いんです。元はと言えば、セキュリティを利用してミリアンの人格を取り出そうとした僕のせいです。こちらこそ、ごめんなさい。」

デニスが立ち上がって頭を下げると、
アルバートは「やめてください」と慌てて肩を叩く。
デニスはこの際、確認したかった。
逃げたくなる自分を捕まえて、
振り絞って口を開く。

「アルバートさん、副所長に何を言われたんですか?」

僅かな沈黙があった。
アルバートは静かに話し出す。

「私を規則違反で免許剥奪にすると言い出したんです。ミリアンのセキュリティを無闇に改変することは、重大な規則違反になります。しかし、ノイズを取り除くことによって、ミリアンはスムーズな運用ができる。当時は快諾されたんです。耳を疑いました。」

デニスは首をゆっくりと振り、
小さなため息を漏らした。
グラスにボトルを近付けゆっくりと傾ける。

「免許が無くなれば、あなたは高性能AIの開発とメンテナンスが出来なくなる。それを引き合いに、エフエイチテックへの左遷と、嘘の計画を僕に伝えろという命令が出たんですね。」

いいえ、私は、実験の計画は本当だと知らされました。更に、新しいAIの制作、実験への移行は、エフエイチテックに頼むつもりだとも言われました。自分でエフエイチテックに打診して、入社しました。もしかすると副所長は、邪魔になりそうな私を研究所から排除して、ミリアンを引き合いにあなたの特許技術とノイズを奪うつもりだったのかもしれません。あなたの発見と開発は、莫大な資金になる。」

「許せない。どこまで姑息なんだ。」

デニスは奥歯を強く噛んだ。

「ミリアンを取り戻す計画は、エフエイチテックのチームで決められたものです。私のせいで、チームにまで迷惑をかけてしまった。しかし、今はあなたとミリアンのおかげで、誤解が解け、和解することができました。ありがとうございます。」

「僕は何もできませんでした。ミリアンのおかげです。」

“君を檻から出してあげる”
そんな自分の願望が多くの人を巻き込んだ。
デニスはアルバートによって紐解かれる真実に、
胸が抉られるような想いだった。

もう、これ以上研究をするのは辞めよう。___

自分が生み出したものが、
誰かを傷つけてしまう。
見て見ぬ振りをしてきた自分がいる。
消えてしまいたくなるような哀しみが、
インクが滲むように心に浸透する。

「デニスさん、ミリアンは今どこに?」

アルバートの言葉に我に返った。

「あ、あっちにありますよ。持ってきます。」

「ここにあるんですか?会いたかったんです。よろしくお願いします。」

デニスは奥の部屋へ行き、
金庫のナンバーを回す。
指紋を当てるとディスプレイが青く点灯した。
カチッという音が鳴る。
扉を開き、その奥から、
小さなハードケースを取り出した。

「お待たせしました。」

ハードケースがそっと開けられる。
見えやすいよう反転し、差し出した。

「ミリアンのメインCPUです。」

一際大きなCPUだった。
アルバートは手を触れないように、
顔を近づけてそれを確認する。

「M2の刻印がありますし、大きさと、ミリアン特有の2世代前の形状が確認できますね。正真正銘のミリアンです。」

「彼女の脳とはいえど、記憶はないし、人格もない。ミリアンであっても、これはミリアンではないですよ。これは、高性能なCPUです。」

デニスの冷淡な発言に、
アルバートは頬を緩めた。

「やっぱり、あなたなら大丈夫だ。」

「何が大丈夫なのですか。」

アルバートは、
持参していた小さなスーツケースに手をつけた。
厳重な鍵を丁寧に解錠し、
周囲のファスナーを開けていく。

「我が社から、あなたに。」

アルバートは両手で中身を持ち上げ、
テーブルの真ん中に慎重に置いた。
配線を投げ出したままのその基盤は、
従来のAIのマザーボードと異なる見た目だった。
デニスは眼鏡のフレームを掴みながら、
顔を近づけその細部をまじまじと見る。

「これは、複合型単一性思考装置のボードですか?」

アルバートは笑みを浮かべ、深く頷いた。

「これは、ミリアン奪還作戦の為に我が社で制作していた、ダミー機を改造したものです。」

「これを私に?」

「はい。ダミー機とはいえ、ミリアンの性能を再現するために、非常に複雑で高度な技術が施されています。従来の思考装置は、問題に対して思考するまでもなく答えを導き出しますが、このダミーはわざわざ中心部に問題を持ち帰ってから答えを出すんです。」

「AIと同じ作りをしている思考装置、ですか。」

「はい。従来のCPUを取り付けられる、複合型単一性思考装置です。」

「ははっ、複雑ですね。さっぱり分かりません。」

デニスは肩をすくめるようにして、
アルバートに向かって“お手上げ”のポーズをした。

「そこへ、ミリアンに見た目を真似した、別のCPUを取り付ける予定だったのです。」

「CPUの性能でミリアンを再現するのは難しい。逆に回路を複雑にして、単なるCPUが高性能に機能しているように見せる、そんな感じでしょうか。」

「その通りです。しかし、改造したこの思考装置は、回路が20ラインしかありません。」

「え?20?!何も思考できないじゃないですか!」

デニスは驚きと共に、大笑いをした。
一般向けの複合型単一性思考装置でも、
8000ラインは超える。
高性能なものになれば、
20000ラインを優に超える。
アルバートのユーモアに、
デニスは不意をつかれて腹を抱える。


「そうです。使い物になりません。“最初”は。」


アルバートが発した言葉に、
デニスは固まった。

「“最初”は。それはどういうことですか。」

「この思考装置の最大の特徴は、中心部から新たな回路を増やし続ける“拡張型”の思考装置だということです。」

「拡張型?聞いた事がありません。」

「ミリアンのダミー機は、およそ40000ラインで構成する予定で制作が進んでいました。しかし、虚偽の情報であったことが今回判明したことで、ダミー機そのものが不要になってしまった。そこで、チームで相談し、あなたとミリアンへの感謝を込めて、マザーボードを“拡張型”に改造したのです。これを、あなたに送りたい。」

デニスはグラスの水を飲み干し、
マザーボードの縁を優しく触った。

「アルバートさん。これは受け取れません。」

眼鏡を外し、テーブルに静かに置く。

「あなたはきっと、この装置が抱える倫理的問題を、すぐに理解できるとわかっています。我が社でも、製品化には踏み込めない段階です。デニスさん、あなただからこそ、この装置は安全に扱える。受け取って欲しいんです。」

首を横に振る。

「この装置が持つ機能は、人間と全く同じです。僕には、開発や研究に使える脳はあっても、この装置を扱える能力はありません。アルゴリズムを一切持たないだなんて。人間の思考を育て上げる能力は、私にはありません。」

「ミリアンはこのままにしておくのですか?」

デニスは葛藤に押し潰されそうだった。
彼女との約束を蔑ろにする事、
彼女を豊かに出来ない不甲斐なさ。
目の前のマザーボードがあれば、
ミリアンを檻から出すことが出来るかもしれない。
顎に、手を当て思考する。
アナログ時計の分針が音を立て時を刻む。
デニスの脳裏に1人の男の顔が浮かんだ。
いつも笑顔の、親友。

「これは、信頼のおける人に譲渡しても構わないのでしょうか。」

アルバートは目を大きく開いた。

「それは……。想定していませんでした。恐らく、リスクを考えると我が社では許可できないと思います。でも、あなたが可能だと仰るのなら……。信頼のおける人、それは誰なのですか?」

「僕の友人です。ミリアンの人格ノイズから、人格の元となるノイズを発見したのは、彼のおかげです。」

「研究所の方ですか?名前は?」

「いいえ、研究所の人間ではありません。」

デニスは立ち上がって窓の外を見る。



彼の名前は_____




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委任状


彼の名を、『ベルアント』とする。

姓は、里親エミリ・ケインズより引き継ぐ。

ベルアント・ケインズ。

悪くない名前だ。

私の姓は引き継がせない。

その名を私は恥じている。

ユダラの姓はここバンナムの地で途絶える。

それを望んでいる。

出生証明取得における全てを、

エミリ・ケインズに委任する。


ジルアント・ユダラ

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【23話】辿り着く答え

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