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アクセスポイントを増やしても速くならない|端末が移らない理由と、名前の付け方

    会議室に移動しました。
    目の前にアクセスポイントがあります。

    それなのに遅い。
    アンテナのマークは、しっかり立っています。

    設定画面を開くと、つながっている先は自席のある部屋の機器のままでした。

    アクセスポイントを増やしたのに速くならない、という相談の多くがこれです。
    機器の数ではなく、端末が移らないことが原因になっています。

    この記事では、端末がいつ移るのかと、無線の名前の付け方について、アップルが日本語で公開している資料から並べます。

    この記事は、アップルが日本語で公開している資料をもとに、2026年9月時点の内容にしています。具体的な数値はApple製デバイスのものです。ほかのメーカーの端末にも切り替えの仕組みはありますが、しきい値は同じとは限りません。


    切り替えを決めているのは、アクセスポイントではない

    決めているのは、端末の側である

    まず、いちばん大きな誤解からです。

    Appleの導入ガイドに、こう書かれています。

    Wi-Fiネットワークに接続するデバイスは、802.11接続を維持する必要があります。この接続関係の一部が、新しい基本サービスセット(BSS)またはアクセスポイント(AP)にローミングするタイミングを決めています。

    決めているのはデバイスの側です。
    アクセスポイントが「こちらに来なさい」と引っ張るのではありません。

    だから、機器を増やしても、端末が移る気にならなければ移りません。

    判断の材料も書かれている

    同じ段落に、何を見て決めているかが続いています。

    受信信号強度、同じネットワークのアクセスポイントが利用できるかどうか、以前に接続したことがあって自動接続が構成されているほかのネットワークのアクセスポイントが利用できるかどうか。
    この3つが挙げられています。

    3つ目が効いてくる会社があります。
    以前つないだ別の無線が近くにあると、そちらが候補に入ります。


    移るかどうかを、端末が数字で決めている

    弱くなるまで、次を探しはじめない

    しきい値が明記されています。

    Macコンピュータは、RSSIが–75 dBmのしきい値を超えるまで、現在のBSSIDの接続を監視し、維持します。iPhoneおよびiPadデバイスは、受信信号強度インジケータ(RSSI)が–70 dBmを超えるまで、基本サービスセット識別子(BSSID)の接続を監視し、維持します。

    RSSIは、受信している電波の強さです。
    マイナスの数字で、0に近いほど強くなります。

    いまの接続がこの値まで弱くならないと、そもそも次の候補を探しはじめません。

    探しはじめたあとにも、条件がある

    しきい値を超えれば移る、というわけでもありません。

    ローミングトリガしきい値に到達しても、候補となる基本サービスセット(BSS)(またはアクセスポイント)の信号が現在のものよりも強くなければなりません。

    どれだけ強ければよいかも書かれています。

    macOSでは、Macがアイドルかデータ送受信中かにかかわらず、候補のBSSに現在のBSSよりも12 dB強いRSSIが必要です。

    iOS、iPadOS、およびvisionOSでは、iPhone、iPad、またはApple Vision Proがデータ送受信中の場合は、候補となるBSSのRSSIが8 dB、デバイスがアイドルの場合は12 dB強い必要があります。

    少し強いだけでは移りません。
    8dBから12dB強い必要があります。

    dBは倍率の単位なので、この差はかなり大きいものです。
    目の前の機器が「ちょっと強い」程度では足りません。

    通話中の例が、資料に載っている

    具体的な場面も1つ挙げられています。

    あるSSIDに接続しているiPhoneが、通話中に現在の接続のRSSIが−75dBmまで落ちたとします。
    このとき、このデバイスが探すのは−67dBm以上の候補である、と書かれています。

    しきい値の−70dBmを下回ってから、8dB強い相手を探すからです。


    手厚く重ねた設計が、切り替わらない原因になる

    重なりを厚くしすぎると、しきい値まで落ちない

    ここが、この資料でいちばん実務に効くところです。

    iPhoneまたはiPadで、–67 dBmのオーバーラップがある6 GHzまたは5 GHz無線周波数セル用のネットワークを使用する場合について考えてみます。この場合、デバイスは予想よりも長くBSSIDへの接続を維持します。これは、iPhoneやiPadのローミングトリガしきい値が–70 dBmだからです。

    機器が重なる範囲を−67dBmで設計すると、しきい値の−70dBmまで落ちません。
    だから端末は移りません。

    よかれと思って手厚く重ねた設計が、かえって切り替わらない原因になります。
    「電波が弱いのだろう」と機器を足すと、この状態が強まります。

    図面の上の円で決めない

    設計する側への注意も書かれています。

    デバイスのアンテナは機種によって異なるので、セルの境界が予測と異なる場合があります。ワイヤレスセルを設計し、信号の重複を計算する際には、この点を考慮してください。セルのオーバーラップを測定する際には、ターゲットデバイスを使用することをおすすめします。

    実際に使う端末で測ってください、ということです。
    設計図の上の円ではありません。

    機器を選ぶときの数字の読み方そのものは、別の記事で扱っています。
    規格の数字より先に電波の制度があることと、認証が保証している中身をまとめています。
    https://note.com/yunta_fukurou/n/n3551cc36bb7f


    移る速さを上げる仕組みが、規格として用意されている

    近くの機器の一覧を渡す

    移るまでの時間を縮める仕組みがあります。
    アクセスポイント側で有効にする設定です。

    1つ目が802.11kです。
    資料では Radio Measurement として挙げられ、近くのアクセスポイントのリストを提供する、と説明されています。

    効き方も具体的に書かれています。

    このネットワークで802.11kが有効になっていない場合、クライアントは各帯域ですべてのチャンネルをスキャンして、ローミングのターゲットを探す必要があります。これによって、プロセスに数秒が追加される場合があります。

    全部のチャンネルを順に見にいくことになるので、数秒が足される、ということです。
    通話中なら、これは切れたのと同じに感じます。

    つなぎ直しを速くする

    2つ目が802.11rです。
    Fast BSS Transition として挙げられ、デバイスがアクセスポイント間で素早く安全にローミングできる、と説明されています。

    なぜこれが要るのかも書かれています。
    ローミングには、新しい機器に対する認証と、いまの機器からの認証解除が含まれます。

    まず、802.1Xベースの認証では、クライアントがEAP鍵交換全体を完了する必要があります。すると、現在のBSSIDからの認証解除を行えるようになります。環境の認証インフラストラクチャによっては、これに数秒が必要になる場合があります。

    認証をやり直すのに数秒かかる。
    その間はデータが通らない、とも書かれています。

    ほかに、PMKIDキャッシュ、802.11u、802.11v が挙げられています。

    管理画面で探す名前

    802.11kと802.11rは、機種によって表記が違います。
    近隣情報、高速ローミング、Fast Transition。
    このあたりの名前で探します。


    2.4GHzと5GHzに、別の名前を付けていないか

    昔は親切だった設定である

    無線の一覧に、よく似た名前が2つ並んでいることがあります。
    「office-a」と「office-g」。
    あるいは「office」と「office-5G」。

    昔の端末は、帯域を勝手に選べませんでした。
    だから管理する側が名前を分けて、人に選ばせていました。

    その名残が、いまの一覧に残っています。

    いまは、同じ名前にするよう書かれている

    Appleの推奨設定に、はっきりした記述があります。

    ネットワーク上のすべてのルーターで、対応するすべての周波数帯に同じ名前を使うようにします。2.4 GHz、5 GHz、または6 GHzの周波数帯に異なる名前を付けた場合、そのネットワーク、そのネットワーク上のすべてのルーター、またはルーターが対応しているすべての周波数帯に、デバイスから安定して接続できなくなるおそれがあります。

    分けると安定して接続できなくなるおそれがある、と書かれています。

    新しい帯域については、もう一段はっきりしています。

    ルーターがWi-Fi 6Eネットワークに対応していて、すべての周波数帯で同じ名前が使われていない場合、Wi-Fi 6E対応のApple製デバイスは、そのネットワークは互換性が制限されていると判断します。

    6GHzに対応した機器を入れても、名前を分けていれば、端末の側が制限つきだと見なします。
    分けたままにしておくと、新しい機器に買い替えた効果が出ません。

    名前が1つだと、端末が帯域をまたげる

    1つにまとめると、どの帯域を使うかは端末が選びます。

    この記事の前半で見たとおり、決めているのは端末の側です。
    同じ名前になっていれば、端末は帯域をまたいで移れます。
    近くの5GHzが強ければそちらへ、離れれば2.4GHzへ。

    分けたままだと、これができません。
    「office-5G」につないだ人が奥の部屋へ行くと、5GHzは届かないのに、名前が違うので2.4GHzへは移れません。

    つながったまま、遅くなります。

    なお、設定値としては「すべての周波数帯で1つの固有の名前(大文字/小文字の区別あり)」と書かれています。
    大文字と小文字は別のものとして扱われます。


    名前そのものにも、条件がある

    よくある名前を避ける

    同じ資料に、名前の付け方の注意があります。

    ネットワークに固有の名前を使ってください。

    理由も書かれています。
    一般的な名前や、既定の名前としてよく使われるものを付けると、そのネットワークに接続したデバイスが同じ名前のほかのネットワークに遭遇する確率が高くなり、その場合は同名の別ネットワークに自動的に接続しようとする、という説明です。

    出先で意図しない相手につながる、ということです。

    隠す設定も、絞る設定も、守りにはならない

    よく設定されている2つについても書かれています。

    名前を隠す設定は、こうです。

    ネットワーク名を非表示にしたからと言って、そのネットワークが検知されなくなったり、不正アクセスから保護されたりするわけではありません。

    端末側の識別番号で絞る設定は、無効が推奨されています。
    理由の1つがこれです。

    MACアドレスは簡単にコピー(偽装)または変更できてしまいます。

    どちらも、守りの手段としては当てになりません。
    これらを設定してあるから大丈夫、という前提で運用していると、別のところが手薄になります。

    機器を1台足す前に確かめることは、境界の側にもあります。
    ファイアウォールとUTMの違いと、足す前に見る3つをこちらで扱っています。
    https://note.com/yunta_fukurou/n/n8483037cfd1d


    名前を1つにまとめるときの手順

    切り替えの瞬間に、全員がつながらなくなる

    名前をまとめる作業は、その瞬間に全員が切れます。
    手順が要ります。

    1. いまある名前を全部書き出す。機器が複数あると、拠点ごとにばらばらになっていることがある

    2. 残す名前を1つ決めて、すべての帯域とすべての機器に同じ名前を設定する。パスワードも同じにする。違うと1つのネットワークとして扱われない

    3. 古い名前を、しばらく残したまま並走させる。いきなり消すと、切り替えられない機器が出る

    4. 端末側で、古い名前の記憶を消す

    5. 並走をやめる日を決めて、周知する

    3番で残るのは、プリンター、複合機、測定器、古いタブレットです。
    これらは人が設定し直す必要があります。

    記憶を消す理由も書かれている

    4番には、資料の裏付けがあります。

    設定の変更後に、該当するネットワークに接続したことがある各デバイスで、そのネットワークの設定を削除しておく必要があります。そうすれば、デバイスがネットワークに再接続する際に、確実にルーターの新しい設定を使うようになります。

    記憶が残っていると、古い設定でつなぎにいきます。

    5番を決めないと、古い名前が何年も残ります。
    残っているかぎり、そこにつないだままの人が出ます。

    その場で切り分ける方法

    最後に、いちばん手軽な確認方法です。

    困っている端末のWi-Fiを一度切って、入れ直します。
    つなぎ直せば、その場でいちばん強い機器につながります。

    これで直るなら、原因は切り替わっていないことだと分かります。
    根本の解決ではありませんが、切り分けにはなります。

    切り替わっているのに遅い場合は、経路そのものが細い可能性があります。
    チャネル幅の推奨値と、メッシュの子機を有線でつなぐ条件を別の記事で扱っています。
    https://note.com/yunta_fukurou/n/n3967e07d8e1a


    まとめ

    • アクセスポイントを切り替える判断をしているのは、アクセスポイントではなく端末の側である

    • Macは−75dBm、iPhoneとiPadは−70dBmまで弱くならないと、次の候補を探しはじめないとされている

    • 探しはじめたあとも、候補が現在より8dBから12dB強くなければ移らない

    • 機器の重なりを−67dBmで設計すると、しきい値まで落ちないため、予想より長くつながったままになる例が挙げられている

    • セルの重なりを測るときは、実際に使う端末で測ることがすすめられている

    • 802.11kが有効でないと、全チャンネルをスキャンすることになり、プロセスに数秒が追加される場合があるとされている

    • 802.11rは、認証のやり直しにかかる時間を縮める仕組みである

    • 周波数帯に別の名前を付けると、安定して接続できなくなるおそれがあると書かれている

    • Wi-Fi 6Eに対応していても、名前が分かれていると、対応デバイスは互換性が制限されていると判断するとされている

    • 名前は固有のものにする。よくある既定の名前は、同名の別ネットワークに自動でつなぎにいく原因になる

    • 名前を隠す設定も、端末の識別番号で絞る設定も、守りの手段としては当てにならないと明記されている

    • 名前を1つにまとめるときは、古い名前を並走させ、端末側の記憶を消し、やめる日を決める

    皆さんの会社のアクセスポイントは、802.11kと802.11rが有効になっているでしょうか。
    無線の一覧には、似た名前がいくつ並んでいるでしょうか。


    参考・引用元

    端末が移る条件と、802.11kと802.11r

    無線の名前と推奨設定


    実務で使う書式について

    この連載の内容を、社内でそのまま使える書式にまとめたものを、別のマガジンで公開しています。規程のひな形、対応フロー、チェックシート、報告書式などです。

    実務で使う書式・キット
    https://note.com/yunta_fukurou/m/mfc25857fab40


    関連する記事

    機器を選ぶときの数字の読み方は、別の記事で扱っています。
    規格の数字より先に電波の制度があることと、認証が保証している中身をまとめています。
    https://note.com/yunta_fukurou/n/n3551cc36bb7f

    機器を1台足す前に確かめることは、境界の側にもあります。
    ファイアウォールとUTMの違いと、足す前に見る3つをまとめています。
    https://note.com/yunta_fukurou/n/n8483037cfd1d

    自分の画面では正常に見える、という形は、クラウドの側でも起きます。
    フォルダーに見えているのに中身がそこに無い、という場面をまとめています。
    https://note.com/yunta_fukurou/n/n42a8fbd13b62

    カタログの数字が何を測ったものかは、こちらで扱っています。
    駆動時間の測り方と、保守の翌営業日がいつから数えられるかをまとめています。
    https://note.com/yunta_fukurou/n/nb43bf2dd1174

    経路そのものが細い場合は、別の記事で扱っています。
    チャネル幅の推奨値が帯域で逆になることと、メッシュの子機を有線でつなぐ条件をまとめています。
    https://note.com/yunta_fukurou/n/n3967e07d8e1a

     
     
    Digital Workplace Architect|社内外のIT・AIの導入と運用 IT・AI・セキュリティと周辺機器の「今さら聞けない」を一次情報で解説。書式・キットも。 Amazonのアソシエイトとして、梟 〜GLEANINGS〜は適格販売により収入を得ています。

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