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【掌編】『魔法の解かれた先で』(第九十四話)

【前回までのあらすじ】

 城へ戻ったテオは、これまで意識してこなかった使用人たちと話し、自分や王家の暮らしが多くの人々に支えられていることを知る。母の回復を喜ぶ声にも触れ、城の見え方が少しずつ変わっていく。そんな中、ヴァルドから「国が彼らを支える」という言葉を聞いた直後、思いがけない縁談の話を告げられ、テオは言葉を失う。

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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 第九十四話

「縁談……?」
 ヴァルドから差し出された手紙を見つめたまま、しばらく言葉が出なかった。
 ようやく旅から戻り、母とも再び話せるようになったばかりだというのに、今度は結婚の話だなんて。とても気持ちが追いつかなかった。

「ずいぶん急な話だな」
 呆れて声に出すと、ヴァルドはさも当然だというように返した。
「縁談というものは、大抵急にやってくるものです。とは言え、急いでお返事をしなければならないというものでもございません」

 ヴァルドの話によれば、相手は王家と古くから付き合いのある伯爵家の令嬢で、名はアデールというらしい。
「向こうは、私と結婚したいと言っているのか?」
「正確には、まずお会いする機会をいただきたいとのことです。――無論、家同士の思惑もないとは申しませんが」
 何となくそんな気はしていた。今までだってこのような話はあっただろうが、ヴァルドが私にまで話を持ってくるということは、国としてもそこまで無碍にはできない存在なのだろう。
「でも、会ったところで結婚する気になれなければ、かえって期待させるのは申し訳なくも思うのだが?」
「縁談を受けるかどうかと、先方の厚意に向き合うことは別のお話です。それに、縁というのは何も婚姻だけを指すのではございません」

 縁談と聞いて、すぐに結婚と結びつけて身構えていたが、会って話を聞くだけなら少しは気が楽だ。
 何より、アデールという女性について私は何も知らない。
 ――相手のことを何も知らないまま、ただ断るのも違うか……。
 それに、これまで長く国を離れて旅をする中で、初めて会う人々やこれまで知らなかったものに多くのことを教えてもらった。 

「……一度、会ってみるよ」
 私が答えると、ヴァルドは胸に手を添えて頭を下げた。
「では数日後、王家と親しい方々をお招きした舞踏会がございますので、そこでご紹介いたしましょう」

 ――舞踏会……。
 その言葉に、華やかな音楽の中、私の腕の中で踊る女の姿が蘇った。やがてその顔が別人のように変わり、現れた父の姿までもが鮮明に頭に浮かぶ。

「殿下?」
 ヴァルドが僅かに眉を寄せ、私の顔を覗き込む。
「……いや。なんでもない」
 私はそう答えることしかできなかった。


 数日後、大広間には楽団の音色と人々の談笑が満ちていた。
 ヴァルドに呼ばれて振り向くと、彼の隣に一人の女性が立っている。

 美しい人だった。深い栗色の髪は低い位置で丁寧にまとめられ、身に纏っているのは葡萄酒を思わせる落ち着いた色のドレス。華美な宝飾品は見当たらず、細い首元に小さな石が一つ下がっているだけだった。
 そこでようやく、彼女が縁談相手なのだという事実が急に現実味を帯び、背筋が僅かに強張った。

「アデールと申します。お目にかかれて光栄です、殿下」
 アデールがスカートの裾を摘んでお辞儀をする。
「テオドールだ。……こういう時、何を話せばいいのか分からないな」
「安心いたしました。実は私も、先ほどから同じことを考えておりましたの」
 一瞬だけ顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。
 張っていた肩から、少しだけ力が抜ける。

 ――もっと堅苦しい人かと思っていた。
 話してみれば、その印象はすぐに変わった。私が城を出てから見てきたことを話すと、アデールはそれを笑顔で頷きながら聞いていた。

 そして、私が息継ぎをしたところで、彼女の口がようやく開いた。
「とても素敵な旅でしたのね。一番印象に残っている事はなんですの?」
 答えようとして、エミュニアや旧戦場、流民街で出会った人々が次々と浮かぶ。
「……ひとつには決められないな」
 私は正直に答えた。するとアデールは口元に手を添え、「でしたら、いずれ全部聞かなければなりませんね」と楽しそうに笑った。

 彼女はと言えば、珍しい生き物や草花に興味があるらしく、最近見つけた面白い形の花や、庭にいた変わった鳴き声の鳥のことを楽しそうに語る。
 普段ならこういう場では緊張してしまうのに、彼女と話しているとすんなりと言葉が出てくるようで、話しているのが楽しかった。

 そのとき、楽団の曲が変わる。穏やかな旋律に合わせて、広間の男女が中央へ集まり始めた。
 眺めていると、不意に手へ温もりが重なった。
「テオドール様、私たちも踊りましょう」
「え?」
 思わず差し出された手を握り返すと、そのまま中央へ引かれるように足が前へ出た。あまりに迷いのない誘い方に面食らいながら、その背中を追った。

 その瞬間、あの日の光景が重なる。
 エミュニアの舞踏会。あの時も、曲が変わった途端にエレノアが私の腕を掴み、踊る人々の中へ連れていってくれた。
 白いドレス。金色の髪。楽しそうに笑う青い瞳。
 社交ダンスなんてろくに知らなかった私を、彼女はお構いなしに引っ張っていったのだ。

「――テオドール様?」
 声に我へ返る。
「あ……、すまない」
 アデールが穏やかな目でこちらを見つめていた。

 ――何を考えているんだ、私は。
 縁談の相手と踊りながら、別の女性との舞踏会を思い出すなんて。
 エレノアもアデールも、恋仲でも何でもないはずなのに、ひどく不純なことをしているような居心地の悪さを覚えた。

 ――せめて今は、目の前の人に向き合おう。
 そう思ってアデールへ向き直ると、彼女は何事もなかったように微笑んだ。

 私のぎこちない足取りにも、アデールは笑うことなく自然に歩調を合わせてくれた。曲に合わせて身体の向きを変えるたび、先ほどまでより僅かに距離が近くなる。
「殿下とお会いできて、今日はとても幸せな日ですわ」
 アデールはそう言って、僅かに頬を染めた。
「……できましたら次は、もう少しゆっくり二人でお話ししてみたいです」
 アデールの指先が私の手の中で小さく動いた。たったそれだけのことに、心臓の鼓動が少しずつ速くなっていく。
 ――困ったな。今日だけのつもりだったのに……。

 やがて舞踏会も終わりに近づき、私は玄関までアデールを見送った。
「旅のお話、まだ途中でしたね」
「ああ。随分脱線したからな」
 二人で笑顔を交わす。
「また続きを聞かせてくださいますか?」
 灰緑色の瞳がまっすぐこちらを見る。
「ああ。もちろん」

 別れの挨拶を交わしたあと、アデールは笑って一礼し、馬車へ乗り込んだ。
 ――また会いたいと思ってくれた。
 たったそれだけのことが、素直に嬉しい。

「――ああいう人がタイプなんだ」
「タイプというか、話しやすい人ではあったな……」
 軽やかな声に自然と答えてしまってから、すっと全身の汗が引く思いがした。

 振り返ると、すぐ後ろにエレノアが立っている。
「エ、エレノア。君も来てたのか!?」
「何よ、その驚き方。私だって隣国の王女なんだから、招待されるのは当然でしょ?」
 エレノアは胸の前で腕を組み、大げさに頬を膨らませた。
「それなら、声でもかけてくれたらよかったのに……」
「だって、ずっとあの方と楽しそうに話していたから、お邪魔したら悪いかなって」
 エレノアはニヤリと口元を緩めながら、私の肩を指先でつんつんと小突く。
「や、やめろよ。あれは縁談だから仕方なく――」
 そこまで言って口を閉じた。

 嘘をつきたくないとか、正直でいたいとかそんなことではなく、そんな言葉で片付けてしまうのはアデールに対してあまりに失礼だ。
 ――って、私は誰に言い訳をしているんだ。

 エレノアは押し黙った私を見て首を一度だけ傾げると、何事もなかったように再び明るい声をあげた。
「それより、このあと王妃様にお茶へ誘われているの。テオも一緒にどう?」
 あまりにいつもと変わらない様子のエレノアに動揺して声を出すのが遅れた。 
「あ……ああ。そうするよ」

 二人並んで廊下を歩き始める。
 隣を歩くエレノアの横顔をちらりと見て、すぐ前へと視線を戻す。

 別に、何も悪いことはしていない――はずなのに、何故だか後ろめたくて言葉もうまく出てこない。
 なんでだろう。アデールとはあんなにすらすらと話せたのに。

 すぐにたどり着くはずの庭までの距離は、いつもよりずっとずっと長く感じた。

掌編『魔法の解かれた先で』
 
第九十五話に続く


 第九十四話のご拝読
 ありがとうございます✨️


【あてにならない次回の見どころ👀】
 
穏やかな茶会のはずが、城の中に残る思わぬ違和感が顔をのぞかせる。テオがそこで目にするものとは――。

📔第九十五話の更新は
9/9(水)を予定しています。

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結城斗永|掌編小説・詩のようなものを書きます✍🏻 私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。 よろしければ応援よろしくお願いいたします。