【掌編】『魔法の解かれた先で』(第九十九話)
【前回までのあらすじ】
城下でアデールとの時間を楽しむテオ。人混みに押され、思いがけず彼女を抱きとめて胸を高鳴らせる。その後、静かな店で互いの幼い頃について語り合い、アデールの暮らす街へ招かれる。彼女をもっと知りたいという思いが、テオの中で少しずつ膨らんでいく。
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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
第九十九話
その日、私はアデールとの約束を果たすため、城下の南へと向かう馬車に揺られていた。
城門を抜けてから、もう随分と経つ。今日は公務でも視察でもない。後方に続く護衛には、必要以上に近くへ寄らないよう頼んであった。
生い茂る林の脇を抜けると、窓の外いっぱいに広大な緑が広がった。
遥か先まで畑や果樹園が続き、その中に家々がぽつり、ぽつりと点在している。中央には、それらを見渡すように大きな屋敷が建っていた。
街と聞いていたから、城下のように家々が軒を連ねているものだと思っていたが、どちらかと言えば建物よりも畑や果樹園の緑の方がずっと目につく。
――ここが、アデールの街か。
想像していたよりもずっと広い光景を前に、窓の外を見ているだけで自然と胸が弾んだ。
やがて馬車は中央の屋敷へ入り、玄関前で止まった。
「テオ様――」
馬車を降りた私を、アデールが笑顔で出迎える。その隣には両親も並んで立っていた。私の姿を認めた父親が待ちわびた様子で深々と頭を下げた。
「こんな片田舎まではるばる足をお運びいただけるとは、私どもには過ぎたる誉れ。殿下のご来訪を心待ちにしておりました」
あまりに仰々しい出迎えに少し恐縮しながらも、私はわざわざ迎えてくれたことへの礼を述べた。
屋敷で簡単な挨拶を済ませた後は、父親の案内で街を回ることになった。
舗装された道を歩きながら、目に入る物があれば、そのたびに熱のこもった説明を添えて、こと細かく教えてくれる。
出荷作業だろうか。木箱へ果実を詰めている一角を通りかかったところで、私は数日前の市場で食べた果物のことを思い出した。
「先日、こちらの果実を城下でいただきました。城にも買って帰ったら母もとても気に入っておりました」
隣のアデールへ同意を求めるように視線を向けると、彼女も笑って頷いた。
それを聞いた父親は、胸に手を当てて声を上げた。
「王妃様にも召し上がっていただけたとは、何とも光栄です。城下へは毎朝新鮮な果実を届けておりますからな。農夫たちも、それを聞いてきっと喜ぶでしょう」
そこから父親が土壌へのこだわりを熱心に話し始めたところで、夫人が傍らからそっとその袖を引いた。
「あなた。そろそろお二人にして差し上げたらどう?」
「しかし、まだ領内の一割も――」
夫人が呆れたように父親の背中へ手を添える。
「殿下はあなたのお話を聞くためにいらしたの?」
そこで父親の口がぴたりと止まった。
アデールが恥ずかしそうに夫人を見る。
「もう、お母様ったら……」
「アデール、あとはあなたがご案内なさい」
夫人は楽しげな笑みを浮かべて、私へ軽く頭を下げると、まだ名残惜しそうな父親を連れて屋敷の方へ戻っていった。
「ごめんなさい。父ったら、すっかり張り切ってしまって」
「いいじゃないか。あれだけ話したくなるくらい、この土地が好きなんだろう?」
私が言葉をつなぐとアデールは少し誇らしげに笑った。
「ええ。それはもう」
両親のことを話す時には、少しだけ表情が幼く見えた。
――こんな無邪気な顔もするんだな。
そこからは護衛にも馬車へ戻るように告げ、二人だけで農道を歩いた。
舗装されていない道へ入ると、アデールは慣れた様子でスカートの裾を少し持ち上げながら歩いた。畑の向こうから名前を呼ばれるたびに、足を止めて手を振り返す。
城や城下で会った時に見えた伯爵令嬢としての姿とは違い、ここではこの土地に暮らす一人の娘として、すっかり景色に馴染んでいた。
「アデールお姉ちゃん!」
ふいに高い声がして振り返ると、小さな女の子が右手を大きく振り上げながら、こちらへ駆けてきた。
「こんにちは。今日も元気いっぱいね」
アデールが少女の目線に合わせるようにスカートの裾を持ち上げて腰をかがめると、少女は背中に隠していたものを両手で差し出した。
「これ、作ったの」
それは、小さな白い花をいくつも編んだ冠だった。
「あら、ありがとう」
アデールは優しい笑顔で花冠を受け取ると、そのまま頭へと持ち上げる。
「とても上手に作ったわね」
「うん、お姉ちゃんなら絶対に似合うと思って」
アデールの髪の上で、白く小さな花が輪になって可愛らしく咲いているように見えた。
「ほら、やっぱりお姫様みたい!」
少女が満面の笑みを浮かべる。
アデールは嬉しそうに少女の頭を優しく撫でると、照れくさそうにこちらを振り返った。
花冠を載せたままこちらを見るその姿が微笑ましくて、私もつられるように笑みをこぼした。
「よく似合ってるよ」
「まあ、テオ様ったら……」
アデールが顔を赤らめる。
少女は満足そうな顔で友達の輪へ戻っていく。アデールはしばらく、子どもたちが遊ぶ姿を微笑ましく眺めていた。
「ずいぶんと懐かれているんだな」
「こうして外を歩いていれば、毎日のように顔を合わせますので。ああやって子どもたちが笑っている姿を見ていると、私まで元気をもらえるんです」
アデールは花冠を外すことなく、そのまま私の少し前を歩き始める。
畑のあぜ道を、後ろ手を組み、時折足を高く蹴り上げながら進んでいく彼女を見ていると、それだけで私の胸まで朗らかな気持ちになってきた。
「あっ」
しばらく歩いた先で、アデールが何かを思い出したように顔を上げた。
道を外れ、脇に見える古い建物へと駆けていく。
人けのない屋内へ入ると、柑橘の皮の香りがふわりと鼻先をかすめた。
「やっぱり落ち着きますわ」
壁際に並ぶ道具や機械、積み重ねられた木箱を見渡す。今は静まり返っているが、昼間のうちは人の声や作業の音で満ちていたのだろう。
「ここか、勝手に忍び込んで怒られたという場所は」
「もう、覚えていらしたんですか?」
アデールは恥ずかしそうに口元を押さえた。
「悩んでいる時とか、集中して本を読みたい時なんかは、今でもたまに一人でふらっと立ち寄るんです」
「確かに、ここにいたら時間を忘れられそうだ」
「テオ様の旅のお話を聞くにも、もってこいの場所ですわ」
アデールは小さく笑って身体をこちらへ向けた。こちらを見上げるアデールに、私も自然と彼女の方へと向き直った。
開いた戸口から差し込む光の中、栗色の髪の上で白い花冠がより鮮やかに色を返す。私は花冠にそっと手を伸ばした。
両親の前で少し幼く笑っていた顔、少女の頭を優しく撫でていた姿、あぜ道を楽しそうに歩いていた後ろ姿。アデールのいろんな表情が頭をよぎる。
――これから、もっといろんな顔を見てみたい。
そんなことを思いながら、視線を下げる。
アデールと目が合うと、そのままどちらからともなく言葉が途切れた。彼女の視線がまるで私の胸の奥まで覗いているように深く入り込んでくる。その目を、私もまっすぐ見つめ返した。
――もう少し、近くに。
気づけば、私はアデールの背中に手を添え、彼女の体を引き寄せていた。アデールは驚いたように一度だけ瞬きをしたが、やがて彼女も私の腰に手を回し、静かに目を閉じた。
どちらからともなく顔を寄せ、唇が触れる。
ほんのわずかな間であったが、初めてとは思えないほど自然に、その距離を受け入れていた。
ゆっくりと顔を離すと、アデールは頬をわずかに染め、恥ずかしそうに目を伏せた。
私は背中に添えた手を、すぐには離せなかった。
――もう少しだけ、こうしていたい。
柑橘の香りが残る静かな作業場で、私たちはしばらくの間、互いに何も言わずに抱き合っていた。
屋敷へ戻った頃には、空はすっかり夕暮れの色に染まっていた。
帰りの馬車の前で、アデールがこちらを見上げる。頭にはまだ、あの白い花冠が載っている。
「今日は来てくださって、ありがとうございました」
「礼を言うのは私の方だ。案内してくれてありがとう」
私が礼を言うと、アデールは花冠へそっと触れながら、柔らかく笑った。後ろに立つ両親も必要以上に言葉を告げず、二人だけの時間を見守ってくれているようだった。
「また、いらしてくださいね。今度は手料理でも振る舞いますわ」
「ああ。楽しみにしておくよ」
名残惜しさを振り切って馬車へ乗り込み、窓から外を眺める。アデールがこちらへ手を振る姿に、私も手を振り返した。
馬車が進むにつれて、アデールの姿も屋敷も少しずつ小さくなり、やがて広い畑と果樹園の中へ溶け込んでいく。
あぜ道を歩くアデールの後ろ姿も、白い花冠を載せて笑っていた顔も、柑橘の香りとともに鮮明に残っている。
――またすぐにでも会いに来たい。
高台から見下ろす街の姿が林の影に隠れて見えなくなるまで、私はずっと視線を向け続けていた。
掌編『魔法の解かれた先で』
第百話に続く→
第九十九話のご拝読
ありがとうございます✨️
【あてにならない次回の見どころ👀】
記念すべき第百話は本筋を一旦忘れて、
みんなでテオの記念日を祝いましょう!
※第百話は総文字数15,000字越えの超大作になります。
心して臨むように。
📔第百話の更新は
9/14(月)を予定しています。
第百話は全13幕、総文字数15,000字越え!
1時間おきに1本ずつ投稿していきます。
🎬タイムテーブル
第1幕『誘い』 8:30
第2幕『王子テオドール』 9:30
第3幕『囚われの王女』 10:30
第4幕『狼の群れ』 11:30
第5幕『魔法使いの妖精』 12:30
第6幕『アクシデント』 13:30
第7幕『魔法の暴走』 14:30
第8幕『魔王ゴルジオ』 15:30
第9幕『究極魔法』 16:30
第10幕『最後の切り札』 17:30
第11幕『大団円』 18:30
第12幕『終幕後の舞台裏』 19:30
第13幕『記念日のお祝い』 20:30
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