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【掌編】『魔法の解かれた先で』(第九十一話)

【前回までのあらすじ】

 十年ぶりに母と抱き合い、ようやく失われた時間を埋め始めたテオ。父を追うことだけが旅の目的ではなくなり、今は仲間と進む道を大切にしたいと語る。エレノアを紹介すると、王妃もすぐに打ち解け、三人は久しぶりの笑い声に包まれた。

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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 第九十一話

 気づけば、ずいぶん長いこと三人で話し込んでいた。
 初めのうちは、どれだけ時間があっても十年分の空白を埋めるには到底足りないように思えた。しかし、実際に話していると、そんなことはどうでもよくなるほど、三人の間には明るい声が響き合っていた。

「――あら」
 突然、エレノアが窓の外へ顔を向けて声を上げた。つられて窓の向こうに目をやると、いつの間にか空は赤く染まっていた。

「もうこんな時間。またお父様とお母様に心配をかけてしまうわ」
 エレノアは慌てた様子で立ち上がると、それを見た母が残念そうな表情を浮かべた。
「もう帰るの?」
「ええ。本当はもう少しお話ししていたいのですが……」
 エレノアもこの時間を惜しむようにため息をつく。
「でしたら、またいらっしゃい。今度はもっとゆっくりお茶でもしましょう。私も機会があれば、そちらの国へ参ります」
「ぜひ。私も今日、とても楽しい時間を過ごさせていただきました」
 エレノアが笑って頭を下げる。

 ――母上は、本当にエレノアを気に入ったんだな。
 つい先ほど初めて顔を合わせたばかりだとは思えないほどに打ち解け合っていた。

 母とともに、エレノアを城の正面まで送る。入口に着く頃には、示し合わせたようにヴァルドとミゲルもその場に合流していた。
 ミゲルは先に馬車へと向かい、扉を開けてその場に留まった。エレノアはその様子を確認するとこちらを振り返り、母とヴァルドへ改めて挨拶をした。

 そして、少し間をおいてこちらを見る。
「じゃあ、またね。テオ」
「ああ。また」
 短い言葉のやり取りだったが、少しだけゆっくり時間が流れているように感じた。

 馬車が動き出すと、母はその姿が城門の向こうへ消えるまで手を振っていた。
 私も遠ざかっていく馬車を眺めながら、ふとミゲルのことを思い出す。
 エミュニアを発つ前、アルベルト王が口にした『ヴァルドの心遣い』という言葉。帰りの道中で尋ねても、ミゲルは詳しいことを話そうとしなかった。

 母が侍女とともに城内へ戻ったあと、私はヴァルドの背中に声をかけた。
「ヴァルド。少し話があるのだが……」
 こちらを振り返ったヴァルドはいつも通り涼しい顔をしていた。全てを察しているかのように小さく頭を垂れた。
「では、私の部屋へ参りましょう――」

 ヴァルドの執務室は相変わらずすべてが整っていた。目に入るものはすべて、置き場所が角度から何から決まっているかのように整然と並んでいる。ヴァルドは私をソファに促すと、何も尋ねずに紅茶を淹れ始めた。

 湯気の立つカップを私の前へ置き、部屋の隅にある蓄音機へ向かう。針が盤へ触れると、わずかな雑音のあとに穏やかな弦の調べが聞こえてくる。

 向かいのソファへヴァルドが腰を下ろしたのを見計らい、私は率直に尋ねる。
「ミゲル殿とはずいぶんと親しいようだったが、旅の間、ずっと彼に私たちを見張らせていたのか?」
 ヴァルドは驚く様子もなく、カップへ手を伸ばした。
「私とミゲルの関係は、すでに彼から聞いているでしょう……」
 その一言で、私はここに来るまでの馬車でミゲルと交わした会話すら、すでにヴァルドの耳に入っているのだと察した。
「ミゲルは戦時中からとても有能でしたから、北方で殿下の動向を探るのに、これほどの適任はおりません」

 やはり、ミゲルが私たちに声をかけたのも、ヴァルドの差し金だったのか。
「では、追っ手を差し向けたのは、私たちを連れ戻すためではなかったのだな?」
「もちろんですとも。殿下が自ら始めた旅を邪魔するわけには参りますまい」
 ヴァルドは紅茶を一口すすってから、静かにカップを置いた。
「殿下が城を出られたあと、何人か信頼できる者を向かわせました。殿下のご判断を最優先し、遠くから動向を見守るように。ただし、命の危険が及んだ時には、何を置いてもお救いするよう命じております」

 命の危険――そう聞いて真っ先に思い浮かんだのは、絞首台に立たされる自分の姿だった。確かに衛兵団が駆けつけるにはタイミングが良すぎた。
「しかし、狼に襲われそうになったときは、誰も助けには来なかったぞ……」
「あれを命の危険と呼ぶのは、殿下にもあまりに失礼かと……。多少の危険は自力で越えていただかなければなりません」
 ヴァルドの口元に僅かな笑みが浮かぶ。あれほど怖い思いをしたというのに、ヴァルドにとっては救われるほどの危険ではなかったらしい。結果的には、ヴァルドの言うとおり自力で何とかなったのだが。

 ヴァルドは話の温度を切り替えるように背筋を正すと、私の背にも自ずと力が入る。 
「陛下不在の今、そろそろ殿下にも王としての心構えを持っていただかねばと考えておりました」
「王としての心構え……」
 ヴァルドは小さく頷く。
「書物で得る知識というものは、まとまっておりますから理解もしやすい。しかし、どうしても実が伴いません。かといって、こちらから訓練のように実務を与え続けたところで、自ら考えて得たものには遠く及ばないでしょう」
 そこで一度言葉を切り、ヴァルドは私を見る。
「――ですから、殿下がご自分の意思で街道の遺体を確かめに行くと仰った時、これは殿下にとっても重要な機会になると思いました」

「でも、あの時ヴァルドは反対していたではないか」
 そう言うと、ヴァルドはどこか楽しそうに目を細めた。
「殿下のことをよく知ればこそ……とだけ申し上げておきましょう」
 それ以上説明するつもりはないらしく、カップを置いて立ち上がると、机の上に積まれていた書類を整え始めた。

 ――私のことをよく知ればこそ?
 出発前のやり取りを思い返す。

 危険だからやめろと言われるほど、私は意地になっていたように思える。もし初めから『父の遺体を見てこい』と言われていたら、あの遺体が王でないと分かった時点で城に戻っていたかもしれない。

 ――まさか、そこまで分かっていて反対していたのか?
 問いただしても、きっと同じようにはぐらかされるだけだろう。

 書類へ手を伸ばすヴァルドの背中を見ているうちに、別のことが胸へ引っかかった。
「ヴァルド……」
「はい。何でしょう」
 振り返ったヴァルドを前にすると、いざ口に出すのが少し難しかった。

「その……ひとつ謝らなければならないと思ってな」
 ヴァルドは何も言わず、こちらへ身体を向ける。
「城を出る前のことだ。母上の病が治らないことで、お前を責めただろ」

 あの時の自分の声が、今さら耳の奥に蘇った。
『最善を尽くしているなら、どうして母上はあんなに苦しんでいるんだ』

 ヴァルドは小さく鼻で笑ったあと、小さく首を振った。
「あの頃は王妃様の具合も芳しくありませんでしたから、ご心配なさるのは当然のことです」
「でも、お前はその間もずっと母上についていてくれたんだよな」
 今日、目の前で笑っていた母の顔が浮かぶ。
「――だから、またこうして母上と笑いあうことができた」

 いざ、口にすると、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
 ――本当なら、私がもっと母上のそばにいて、支えてやるべきだったんじゃないか。
 私は母の部屋へ行くことさえ怖がっていた。その間も、ヴァルドだけはずっと母を見続けていたのだ。

「あまり深くお考えにならない方がよろしいでしょう。私は、するべきことをしたまでです」
 ヴァルドはそう言ってから、ふと声を落とした。その言葉で、余計に自分が小さく思えた。

「それに……これは、ここだけの話ですが」
 ヴァルドがそっと体を起こし、囁くように言った。
「王妃様の病を治したのは、私ではありません」
 思いがけない言葉に顔を上げる。ヴァルドは一度だけ窓の外へ目を向け、それから静かに続けた。
「――陛下が残していかれた薬のおかげなのです」
 ――父上が?
「……どういうことだ?」
 返事を待つ私の耳に、蓄音機から流れる穏やかな音楽だけが響いていた。


掌編『魔法の解かれた先で』
 
第九十二話に続く


 第九十一話のご拝読
 ありがとうございます✨️


【あてにならない次回の見どころ👀】
 ヴァルドが語る『父が残した薬』の謎。

📔第九十二話の更新は
9/6(日)を予定しています。

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結城斗永|掌編小説・詩のようなものを書きます✍🏻 私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。 よろしければ応援よろしくお願いいたします。