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【掌編】『魔法の解かれた先で』(第101話)

【第九十九話のあらすじ】

 アデールの暮らす街を訪れたテオ。彼女の新たな一面に触れ、甘いひとときを過ごす。それからしばらくしてエルノアたちが企画してくれた演劇に仲間や使用人の大切さを改めて実感したテオ。城に戻ったシュバルツと母への面会に同行することにする。

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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 第101話

 賑やかな演劇会の翌日、私が自室で書類に目を通していると、扉を叩く音がした。
「――失礼いたします」
 部屋に入ってきたシュバルツは、見慣れた黒い服に身を包んでいた。旅装とも違うその姿に、かえって昨日の光景が鮮明に蘇る。

「今日はずいぶん地味だな」
 わざとそう言ってからかうと、シュバルツは眉間を押さえ、深く息を吐いた。
「テオ様、昨日のことであれば、もう忘れてください」
「しばらくは忘れられそうにないな」
「はぁ……どうぞ、ご勝手に――」
 シュバルツは呆れた様子を見せたが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

「あのあと、エレノアとは顔を合わせたか?」
「いえ、ずっと王妃様と話されていましたし、落ち着いた頃にはすぐに城へ帰られてしまいましたので」
 そう言って肩を竦める姿に、地図の真相を打ち明けた時のような硬さは見えなかった。
「ですが、ひとまずはあの『おあいこ』を素直に受け取らせていただきます」
 シュバルツは誰にともなく頭を下げた。

 私は少し安心して、机の書類を閉じた。
「実家の方はどうなのだ。母親は元気そうだったか?」
「はい。久しぶりにゆっくりと過ごせました」
 シュバルツの柔らかい表情に、私もひとまず安堵する。

 その後、シュバルツの視線が一度虚空を泳いだ。
「父のことも聞きました。遠回りをしても仕方がないので……思い切って、『父とは血がつながっていないのか』と」
「ずいぶんと率直に聞いたんだな」
 思わず身を乗り出すと、シュバルツは苦笑した。
「母には『何を馬鹿なことを言っているの』と笑われました。そのあとは、夕飯の話に変えられてしまいましたが」
「確かに簡単に『そうだ』と答えられるような質問でもないからな」
 私たちは顔を見合わせて笑ったものの、曖昧な答えが胸に引っかかった。シュバルツがそれ以上口にしなかったので、私も立ち上がった。
「そろそろ母上のところへ向かおうか。あまり待たせるわけにもいかない」

 かつて閉ざされていた母の部屋の扉にも、今では自然に手をかけられるようになっていた。
 部屋に入ると、窓辺の椅子に腰掛けていた母が私たちを迎え、シュバルツを見るなり目元を柔らかくした。
「まあ。昨日とは、ずいぶん印象が違うのね」
 シュバルツの肩がぴくりと動いた。
「……王妃様まで」
 シュバルツの反応を見て母は小さく笑った。
「とても楽しい時間でしたわね」
 私も母の言葉に頷くと、シュバルツは私たちの顔を眺めながら笑みを浮かべたあと、一歩進んで姿勢を正した。
「改めてご挨拶申し上げます。シュバルツと申します」
「ええ。こちらこそよろしくお願いします、シュバルツ」
 母はそう答えたあと、シュバルツの顔をじっと見つめた。

 ほんの数瞬だったが、昨日の控室で見せた静けさと重なり、妙に長く感じられた。声をかける前に、母はいつもの笑みを浮かべ、私たちに椅子を勧めた。

 用意された紅茶を囲みながら話しているうち、母は幼い頃の私についてシュバルツへ尋ねた。
 シュバルツは私をちらりと見て口を開いた。
「昔も今も、あまり変わりません」
「それどういう意味だよ」
「無鉄砲に走り出すところとか、見栄っ張りなところとか――」
 涼しい顔で茶を飲むシュバルツに、私もつい反論を重ねた。

 その様子がおかしかったのか、母が小さく声を立てて笑った。
「ふふ……あなたたち、本当に仲がいいのね。まるで兄弟みたい」
 そう口にした母の顔を見ると、微笑んでいたはずの頬に一筋の涙がこぼれていた。声もなく、ただ俯いて目をつむる母を見て、何がそうさせたのかを想像しようにも答えが見つからない。

 シュバルツを見ると、彼も少し驚いたように母を見つめていた。
「――母上?」
 呼びかけると、母は手の甲で涙をぬぐった。小さく鼻をすすり、悲しげな笑顔を作ってみせた。
「どうして、泣いているんです?」
 私はたまらず問いかけた。しかし、母はすぐには答えず、ゆっくり膝の上で両手を握り合わせた。

 やがて細い声を絞るように告げる。
「あなたが一番誰かを必要としていた頃、私はそばにいてあげられなかったから……」

 胸の奥から鼻先へと熱いものがこみ上げる。
 幼い頃、閉ざされた扉の向こうに母の気配を探したことも、声をかけられず廊下を引き返したこともある。母の胸に抱かれながら眠りたいと何度思ったことか。

 素直にその気持ちを伝えればいいのかもしれない。しかし、母を責めたいわけでもない。
「寂しくなかったと言えば、嘘になります……」
 ようやく口にした言葉がものすごく遠回りに思えた。
「何で顔を見せてくれないのか、抱きしめてくれないのか。私のことが嫌いなのかと思ったことも何度もあります」
 私の言葉を聞いた母は顔を上げ、涙を隠すことなく嗚咽まじりに私の手をとった。そのまま私の膝に顔を埋め、ごめんなさい、と何度も謝罪の言葉を口にした。

「母上、顔を上げてください」
 私がそう促しても母は顔を伏せたまま泣いていた。
「……テオドール。あなたのことを忘れた日など、一日たりともありません。ただ、私は弱かった……」
「母上……。そんなことを言わないで」
 私は母の手を握り返した。とても温かく、柔らかい。

 母もきっと辛かった。愛した人が、何も告げずに姿を消したのだから。……でも。
「今はこうして話ができるではないですか。十年……とても長かった。でも、あなたの笑顔を見た瞬間にそんな空白は気にならなくなりました」
 母はそこでようやく顔を上げた。目の周りを赤く腫らし、潤んだ瞳でこちらを見上げる。
「――テオドール……」

 その時、椅子を引く音とともにシュバルツが腰を浮かせた。
「私は席を外しましょうか……」
 彼なりに気を使ってくれているらしい。しかし、私は首を横に振った。
「シュバルツ、母に会えなかった間、支えてくれたのはお前やヴァルドや、この城にいる多くの人たちだ。だから私は、一人ではなかった」
 ――むしろ、母の方がずっと孤独だったのかもしれない。

 私は母に向き直った。
「十年という時間を埋めるのには、相当な時間がかかると思う。もしかしたら埋まらないのかもしれない――」
 自嘲じみた言い回しに、思わず笑いが漏れた。

「――でも、母上が仰ったんですよ。折り合いをつけることも、立派に忘れるということだ――って」
 母はそれを聞いてまた深く目を閉じ、嗚咽を漏らした。やがて母は涙を拭い、シュバルツへ顔を向けた。
「シュバルツさん。ずっとテオドールのそばにいてくださって、――ありがとう……」
 シュバルツは一瞬言葉を失ったように瞬きをし、やがて静かに頭を下げた。
「……もったいないお言葉です」


 部屋を出たあとも、母の涙が頭から離れなかった。
 廊下を歩きながらシュバルツを見ると、彼も珍しく黙ったまま前を向いている。
「まったく、母上も強がりなものだ……」
 折り合いをつける、なんてカッコいいことを言いながら、本当に忘れることなんて恐らくできそうにない。母だって、きっとそうだ。

 その時、廊下を歩いてきた侍女に呼び止められた。
「シュバルツ様、いいところに。ヴァルド様が書庫へ来てほしいと――」
 侍女はそこで少し困ったように笑った。

「――なんでも、城で一番背が高いから、と」

 私は意味が分からずシュバルツに顔を向ける。すると、彼もまた、不思議そうに首を傾げていた。

掌編『魔法の解かれた先で』
 
第102話に続く


 第101話のご拝読
 ありがとうございます✨️


【あてにならない次回の見どころ👀】
 
書庫へ向かったテオたち。そこで、幼い日の記憶を呼び起こす一冊との再会が待っていた――。

📔第102話の更新は
9/16(水)を予定しています。

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結城斗永|掌編小説・詩のようなものを書きます✍🏻 私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。 よろしければ応援よろしくお願いいたします。