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怪異ハ浸食スル⑤自己責任編/ホラー小説部門

※あらすじ、各話へのリンク、第一話はこちらから


第五話『高校一年生/自己責任で手紙を読む』


『悠へ

まずは、高校進学おめでとう。元気にしているか?

いきなり叔父からこんな手紙が届いて、へんに思っているかもしれないけれど、少しだけ俺の話に付きあってほしい。

本題に入る前に、悠は『自己責任系の怖い話』というものを知っているか? 

『この話を読むと、怖いことが起こったり、呪われたりするかもしれませんが、文章を書いた側では責任を持ちません。すべてそちらの責任で読んでください』というやつだ。

そんなこと言われたらよけいに気になってしまうよな。俺もネットでいくつか読んだことがある。でもしょせん作り話だったんだろう、なにも起こらなかった。

しかし俺がこれから書くことは作り話じゃない。できごとをありのままに書いたもので、もしかしたら悠にとっては呪いになってしまう話が出てくるかもしれない。

だから、自己責任で読んでほしい。

そんな手紙をよこすなって思ったか? ごめんな。でもどうしても書いておきたかったんだ。すべて吐き出せれば俺は満足だ。悠が読んでも読まなくても、どっちでもいい。けれど、おまえ以外には読まれたくないから、捨てるならひとめにつかないようにしてくれ。

頼んだぞ。

 

悠も知ってのとおり、俺は四方家の次男として産まれた。

親父とおふくろと兄貴、小さいころは、じいちゃんとばあちゃん(おまえのひいじいちゃんたち)もいて、じいちゃんとばあちゃんが田んぼをやって、親父はサラリーマン、おふくろはパートで働きながら、田んぼを手伝っていた。

大人がみんな堅実に働いていたから、裕福ってほどでもないけれど金に困ることもなかったし、きちんと育ててもらったと思う。

俺が勝手にひねくれちゃっただけで。

その原因は、たぶん兄貴だ。でも兄貴が悪いんじゃない。おまえのお父さんはなにも悪いことをしていないから、安心してくれ。

兄貴とは九つ歳がはなれていて、俺が物心つくころには、すでに兄貴は勉強も運動もできて、親父たちにとって自慢の息子だった。

俺もほめられたくて頑張ったけれど、九つもはなれていては追いつけるはずがない。

兄貴が優秀になればなるほど、しだいに俺はおちゃらけるようになった。今思うと、優れることでは勝てないから、別の方法で家族の気を引こうとしたのかもしれない。

兄貴のことは好きだったけれど、俺は、なにをやってもどうせ勝てないという意識を植え付けられて、兄貴の頑張りや優秀さに反比例するように、なまけもののバカになっていった。

家と田んぼは、兄貴が継ぐと思っていたし、俺は、次男坊として適当に生きてゆくつもりでいた。

でも兄貴は勉強ができたし、学びたいことも行きたい大学もあった。

親父もおふくろも、兼業農家より、大学に進学して、給料のいい会社に就職できるのなら、そうした方がいいという考えで、兄貴を応援した。

そうして兄貴は、大学に進学すると同時に家を出て、そのまま県外で就職してしまった。

兄貴がいなくなって家族の関心は俺に集中したけれど、「礼司は、外に出さない方がいいかもしれない。親が見張っていないとなまけるばかりだ」と、親父とおふくろが話しているのを聞いてしまって、俺はとたんに逃げたくなった。

いなかで地味に一生を終えるなんてまっぴらだった。もっと刺激がほしかった。大学進学とともに家を出ようと思っていたけれど、家から通える大学にしか合格できなかった。

どいなかから、都会といなかの中間くらいの町にある大学に、電車で一時間かけて通う日々。たいくつでしかたがなかった。就職こそは都会でしようと思ったけれど、またも家から通える小さな会社からしか内定はもらえなかった。

それでも一生懸命働いた。でも五年ほど勤めると、会社がいきなり倒産してしまった。

転職活動をするも、アルバイトの募集はあるけれど正社員はほとんどなく、なかなか次の仕事が決まらなかった。だから、思い切って仕事が多そうな都会に出ることにした。失敗したら実家に戻ればいい、そんな軽い気持ちで。親父たちも家を出ることに反対はしなかった。

家賃の安いアパートを借りて、仕事を探した。

いい刺激をもらえそうな野心的な会社や、頑張り次第で稼げる会社に興味があって、そういうところばかりを選んで、面接を受けた。

最初に入社したところは、洗脳みたいに会社の方針を植え付けようとするから、一年ももたずに辞めてしまった。

次に入社したところは、付き合いのある会社への営業かと思ったら、新規開拓で飛び込み営業をさせられて、ノルマもきつくて、半年ももたずに辞めてしまった。

とりあえず正社員じゃなくていいから、コンビニでアルバイトを始めたら、それは長く続いた。でも長くなるほどに、オーナーの奥さんの距離が近くなって、言い寄られるようになって、体をべたべたさわられるようになって、気持ち悪くなって辞めた。

どこも続かないから、いっそのことひとりで稼げればいいのにと思っていたら、大学のゼミ仲間から連絡があった。「起業を考えているけど、一緒にやらないか」って。

そいつ、人を利用することしか考えていないようなやつで、大学のときもなるべく関わらないようにしていたけれど、「世界からめずらしい物品を見つけて、日本で売る。おれたちが流行を作るんだ」とかなんとかうまいこと言うから、俺はすっかりその気になってしまった。買い付けのための金を親父に借りてそいつに渡してしまった。

どうなったかすぐに分かっただろ? だまされたんだ。お金を持ち逃げされた。電話もつながらないし、どこに行ったのかも分からない。

俺はショックやら怒りやら自分が情けないやらで、しばらくまともに生きられず、働かなければならないのに、酒で苦しみを中和するだけの日々を続けた。

やることなすことうまくいかない。インプットされているかのように、まちがったものを、自分が不幸になるものを選択してしまう。見る目がないだけかもしれないが、自分で自分に呪いをかけているみたいで、心底うんざりして、生きる気力を失った。

そうこうしているうちに、とうとうお金がつきた。

実家は頼れない。家を出てからたびたびお金を借りていたし、買い付け金を借りるときに「これが最後だ」と言われていたから。

でもお金がないとどうすることもできないし、さすがに飯くらいは食わせてくれるだろうという甘い考えで、自転車で帰ることにした。

朝早くにアパートを出て、休憩をはさみつつ自転車をこいで、夜に実家の近くに着いた。親父に怒られるかなと思って、生垣に身をかくしてためらっていたら、なにやら楽しそうな声が聞こえた。それから、花火の音と火薬の匂いがした。

兄貴の一家が来ていることにすぐ思い至って、今がお盆だと気がついた。家に入りたいけれど、楽しそうな兄貴一家に、情けない自分の姿をさらしたくなくて、どうしようか悩んでいたら「人みたいのがいる」って男の子の声が聞こえて、すぐにその場をはなれた。

夜中に戻って、家の電気が消えているのを確認して、倉庫で一夜を過ごした。

兄貴一家が帰ってから親父たちに会うつもりで、早朝に、いったんはなれようとしたところで、兄貴に見つかって、しかたなく開き直った。

あとは、おまえも知っているとおり、親父と兄貴に叱られた。

おまえたちが帰ったあと、すべてを親父に話した。ひどく叱られたけれど、最後には帰ってこいと言ってくれた。だからアパートを引き払って実家に帰ってきた。どんな仕事でもいいから、すぐに働けるところを探して、それでラーメン屋で働くことになった。

大将が調理を、奥さんが接客をするアットホームな店で、割と繁盛していた。俺は、長年の調理で手首を痛めてしまった大将をサポートする形で調理を担当した。

料理なんてしたことないし大将は怖いしで、すぐに辞めたくなったけれど頑張った。そのうち、大将にほめられることが増えて、お客さんに「おいしかった」と言ってもらえるのがうれしくて、仕事が楽しくなっていった。

親父にも少しずつ借金を返して、田んぼも手伝って、「礼司もようやくしっかりしてきたな」って言ってもらえた。平和な日々が続いた。けれど。

あれは、悠が中学二年の時か。こっくりさんについて電話で話したときがあっただろ。あの少し前に、俺はラーメン屋で人間もどきに遭遇してしまった。

俺にとっての人間もどきとは、中学二年のときに、俺のことをいじめていたやつだ。本人に言わせると「からかっていただけ」かもしれないけれど。

もどきはクラスのボスみたいに偉そうにしていて、発言力もあって、気の弱い先生やおとなしいやつを見下して、ばかにするようなことばかり言っていた。

俺は、おとなしくはなかったけれど、お調子者だったから、いじるのにちょうどいいと思ったんだろう、もどきに目をつけられた。

俺をいじることで笑いをとって、もどきはクラスの連中に「おもしろいやつ」ともてはやされるという、へんなパターンができあがっていた。もどきがそうするのを見て「四方はいじっていいやつ」と勝手に解釈して、他のやつも俺をいじってきた。

毎日いじられて、つっこみみたいに叩かれて、それがどんどんエスカレートして、体にあざができるくらいだった。「やめろよ」って言っても本気でいやがっているととらえてくれない。「おおげさだな」と言って笑いながらもっと叩く。

そういう生活がずっと続いて、三年でもどきとクラスが別れて、ようやくいじられることはなくなった。

それから約二十年。すっかり忘れていたのに、もどきが店に来やがった。

調理場と客席はカウンターで区切られていて、俺は調理場の奥にいた。ふとカウンターから客席をのぞいて、見てしまったんだ。テーブル席に座る、もどきの姿を。それから、妻らしき女性と、小学生の男の子と女の子を。

それを見たとたん、全身の毛穴がぱっと開いたみたいになって、体が熱くなって、当時感じていたものを一気に思い出した。

俺はすぐに奥に引っこんで、なるべく顔を上げないようにして調理を続けた。

あっちに気づかれたくないのに、様子が知りたくてたまに顔を上げて見ていたら、人間もどきが笑ったんだ。すごく幸せそうに、家族で笑いあっていた。

それを見て、また体が熱くなった。

なあ、悠。いじめっ子が罰を受けるなんて、物語の世界だけだ。

人を平気でいじめるような人間は、図太くて、ちゅうちょなくひどいことができてしまう。だから強欲になんでも手に入れて、幸せに生きている。

現実なんてそんなもんだ。

世の中は、結局、こういうやつらが回している。恐ろしい世界だ。

俺は仕事を終えると、帰りにコンビニでハガキを買って、もどきへの怒りを書きなぐった。字を重ねて書いたから、ハガキのすみだけを白く残して真っ黒にぬりつぶしたみたいになった。俺は書いた本人だから、なにが書いてあるかなんとなく分かるけれど、他の人はきっと読めない。でもそれでよかった。

卒業アルバムで住所を調べて、筆跡でばれないようにパソコンで宛名を書いて、それをポストに投函した。

すっきりしたけれど、また店に来たらどうしようと思った。

俺は常にカウンターの奥にいるとは限らない。手があいていたら、客席の皿を下げたりレジをしたりすることもある。そんな時にもどきが来たら。どうすればいい? 

あれこれ悩んでいるときに、悠と電話でこっくりさんについて話をした。すぐにピンときたよ。俺も、もどきにいじめられているとき、霊を呼んでしかえししたかったから。

悠のことが心配になって、ふらっと様子を見に行った。

ケーキ屋の帰りに、ふたりで人間もどきを発見したよな。そいつと、俺をいじめていたやつがだぶって、なんとかして退治したくなって、俺は悠と別れてもどきたちのあとをつけた。

車道をはさんで、充分距離をとって歩いていると、ボスと取り巻きが別れて、俺はボスについていった。

大通りから細い道に入って、やがてボスは、トタン壁の古びた平屋に入っていった。せまい庭には草が生えっぱなしで、すみにゴミがたまっている。軒下には、洗濯物が干してあった。男性ものの服、女性ものの服、学ランの下に着るような開襟シャツもあった。

ここがボスの住まいでまちがいなさそうだ。その場所をしっかり覚えてから去り、電車に乗って家に帰った。

悠をいじめるやつになんとかしてしかえしがしたいと思って日々を過ごしていたら、また店にもどきが来た。しかも俺は、思い切りもどきと目が合ってしまった。

「おい、おまえ、四方か?」

もどきは速攻、話しかけてきた。そいつの名前すら口にしたくないと思ったけれど、

「おお、ひさしぶりだな」

すぐに当時の感覚がよみがえって、俺は中学生のときみたいにへらへらしながら、返事をしていた。

もどきのとなりには女性がいた。この前一緒にいた妻らしき人じゃない。その女性に見覚えがあった。中学の同級生だ。

「四方くん、ひさしぶり。こんなところで働いていたんだ」

「いい歳してこんなところでアルバイトかよ。さすが四方だ」

ふたりとも、俺を見下して気持ちよくなっていることはすぐに分かった。

もどきも女性も、左手の薬指に指輪をしている。ただの友だちかもしれない。でもラーメン屋がある大通りの先に、ホテルがあることは、俺も知っていた。

「えっ、ふたりはそういう関係?」

おちゃらけて聞いてみた。ふたりは「まさか、そんな」とごまかしたけれど、まんざらでもなさそうに見えた。配偶者はいるけれど、他の異性とも関係がもてる自分に酔っているように見えた。吐き気がした。

結局、強欲が勝つんだよ。だったら俺も強欲になれば勝てる。

俺は、もどき退治がしたくなった。まずは悠の方のもどきをどうにかしようと、休みの日に再びそっちに行った。昼間にもどきの平屋のまわりを下見して、いったんはなれて、暗くなってから戻った。

平屋のまわりに建っている家をながめると、すべての窓のカーテンは閉まっていて、見られる心配はなさそうだった。

平屋の敷地は高いブロック塀にかこまれているけれど、門扉はない。入りやすいうえに、塀が目隠しになってくれる。なにをするか思いつかなかったけれど、とりあえず敷地内に入ってみた。

せまい庭の駐車スペースに、車はない。軒先に、洗濯物が干しっぱなしになっていた。四枚の掃き出し窓があって、カーテンが閉まっているけれどあかりがもれている。あかりがついているのは、そこだけのようだった。

車がないなら親は帰っていない。洗濯物が干しっぱなしなのも、親が帰っていないことをうかがわせる。家の中にはもどきひとりだけだろう。

そう予想するとつい大胆になって、俺は、あかりがもれている窓に体を近づけて聞き耳を立てた。かけ声や歓声っぽいものが聞こえた。テレビで野球を観ているようだ。人の話し声は聞こえない。

俺は、もどきを死ぬほど怖がらせたくなった。そして、悠に二度と手を出せないようにしたかった。だから、家に侵入して幽霊のふりをしておどしてやろうと思った。

掃き出し窓のとなりの、あかりがついていない窓に近づいてサッシを引いた。ぴくりとも動かない。開く窓を探して、家をひとまわりしたけれど、すべてカギがかかっていた。

あきらめきれず、家の裏にある勝手口のドアノブをひねったら、あっさりまわってドアがかんたんに開いてしまった。うれしさよりびっくりした。

紙一枚ほどのドアのすきまから聞き耳を立てる。テレビの音がかすかに聞こえたけれど、すぐ近くに人の気配はなかった。

顔が半分だけのぞけるくらいにドアを開いた。次の瞬間、「ふぐっ」か「ぎぇ」か、文字にしにくい声が聞こえて、重たいものが倒れるような音が響いた。

俺の体はびくっとして、動けなくなった。そのままじっとして中をうかがう。なにも聞こえない。人の動く気配すらしない。

おそるおそる、ドアから中をのぞいた。ゴミ袋がたくさん見えた。食器棚や冷蔵庫や、ものでごちゃごちゃしたダイニングテーブルが見えた。開きっぱなしのガラス障子と、向こうの部屋のあかりと、つけっぱなしのテレビも見えた。

ドアのすきまから身を乗りだして背伸びをした。ダイニングテーブルの向こう、ゴミ袋にまみれて人があおむけで寝ているのが見えた。男っぽい。もどきっぽい。動かない。

表で車のエンジン音が聞こえた。親が帰ってきたのかもしれない。俺はすぐにドアを閉めた。慌てているのに頭のどこかは冷静で、服のそででドアノブをふいていた。

中腰で移動して家の陰に身をひそめ、表の様子をうかがった。車のドアの開閉音、少ししてから玄関の引き違い戸が開いて閉じる音がした。俺はすぐに敷地の外に出た。

早足で歩いて大通りに出た。もっとはなれるべきだけど、気になってはなれられず、近くのコンビニで立ち読みをしながら、自分が見たものを回想した。

もどきはドアのすきまからのぞく俺に驚いて、派手に倒れた。そんな想像が容易にできた。もどきは動かなかった。打ちどころが悪かったのか。散らかっていたし、床にかたいものがあったのかもしれない。まさか死んではいないよな。

しばらくそこで待機していたけれど、救急車のサイレンも、パトカーのサイレンも聞こえてこない。なんだ。たいしたことなかったか。俺は安心して、家に帰ろうと駅に向かいかけて、足を止めた。

これでは、なにをしにここまで来たのか分からない。もどきをこらしめなければ。俺はもどきの家に引き返した。

道から平屋を見る。静まり返っている。俺は敷地内に入って、裏にまわった。勝手口の近くにある腰窓からあかりがもれている。曇りガラスだから、部屋の中は見えない。

しばらくすると、ぶおん、機械の音がした。換気扇をまわしたようで、タバコのにおいがかすかにした。

突然、勝手口のドアが力なく開いて、俺は体をこわばらせた。ドアの下の方から手がのびた。音をたてないように注意しながら後ずさると、重量のあるものがぶつかるようなにぶい音がして、「げぇ」か「ぐわ」か、カエルがつぶれるときに吐き出すような声がした。そして手がひっこんだ。なにが起きているのか、想像はできた。

俺は、どうしても、見たくなった。もどきが退治されているのなら。その瞬間を。

勝手口のドアはまだ少し開いている。そこから中をのぞいた。

みだれた黒い髪が見えた。はんにゃのような女性の顔が見えた。肩と細い腕が見えた。なにかに馬乗りになっている。なにかは、もどきだ。

女性がもどきの首をしめている。いいぞ。頑張れ。

もどきが動かなくなった。まぶたが開いたまま、口からだらんと舌がたれている。女性が肩で息をしている。はんにゃじゃなくなった。その表情は達成感で満たされていた。一仕事終えた、うつくしい兵士のようだった。

俺は満足して、静かにその場をはなれた。

悠。おまえはこれをどう解釈する? 

俺を見ておどろいて足をすべらせたもどきは、うちどころが悪くて、もうろうとしていた。そのすきをついて、母親にとどめをさされた、と俺は思っている。

真相は知りようもない。しばらくニュースを気にしていたけれど、報道はされなかったから。おまえに聞けばわかったかもしれないけれど、俺は都合のいい可能性にひたっていたかった。俺が悠を助けたという、可能性に。

ごめんな。悠。読まなくてもいいなんて書いたけれど、うそだ。読んでほしくて書いた。「叔父さんありがとう」と言ってほしくて書いた。悠の役に立ったと、俺がもどきをたおすのに一役かったと、悠に知らせたかった。

おまえが責任を感じるかもしれない。この事実は、おまえにとって呪いになるかもしれない。そう思ったけれど、書かずにはいられなかった。

でもおまえならこれを、いい呪いに変えられるはずだ。

 

これで、書きたいことは、ほぼ書いた。俺の中学時代のもどきがどうなったか気になるか? どうでもいいかもしれないけれど、一応、書いておく。

近所のスーパーで、たまたまもどきの妻に会ったんだよ。カウンターごしにちらちら見ていたからすぐに分かった。俺は声をかけて、ラーメン屋で見かけたことを素直に告げた。

そして、もどきとうまくいっているのかそれとなく聞いてみた。妻はすぐに表情を曇らせた。誰かに聞いてもらいたかったんだろう、不倫しているかもしれない、へんなはがきも届いたと、なんのちゅうちょもなく話してくれた。

俺は、もどきと同級生が一緒にいたことを、こっそり教えてあげた。

そのあと、どうなったのかは知らない。でもどうでもいい。罰をくだしたくなったら、今の俺ならなんでもできる。もどき退治の手本を見たから。だから、どうとでもできる。

 

悠。蟲毒なんてあてにならない。呪物なんてなんの力もない。自分でやるんだ。恨みをためた自分こそが、最強の呪物だよ。

俺は、金を持ち逃げしたやつを探すことにする。呪いは自分の内にためてはだめだ。発散しないと。

じゃあな。

四方悠様

四方礼司』

 

「悠、どうした?」

授業が終わってぼんやりしていたら、友だちの康弘がぼくの顔をのぞきこんだ。叔父さんからもらった手紙を思い出していたとは言えず、「ちょっと眠たくて」とごまかす。

「おれも眠いわ。昨日、遅くまでゲームやりすぎた」

「またホラーゲーム?」

「もちろん。やっぱホラーは夜中にやらないと」

康弘がにやっと笑って、つられてぼくも笑った。その気持ち、すごく分かる。

二カ月前に行われた高校の入学式。朝の教室、出席番号順で並んだ席で、ぼくは少し緊張しつつも前の席に座る男子に話しかけてみた。

それが吉井康弘だ。

お互いオカルト好きだと分かって仲良くなり、今ではすっかり打ち解けている。

「悠もゲームで夜更かしした?」

「ぼくは……怖い話を読んでいた。学校でいじめにあっていた主人公が、加害者に呪いをかけて復讐しようとしたんだけど、裏で、お、にいちゃんが動いてた」

「へえ。おもしろかった?」

「いじめをするって、自分で自分に呪いをかけているようなものだと思ったんだ。敵を作らなければ呪われることはなくて、復讐されることもないのに。ばかだなぁと思って」

「いいんじゃない? いじめっこなんて呪われれば。それで、復讐は?」

「成功したよ。加害者グループのボスが学校に来なくなって、ボスの取り巻きもおとなしくなった。でもそれでは終われない。取り巻きのひとりは、主人公と、一年のときは仲が良かったんだ。いじめがなくなってしばらくしてから主人公は気がついた。一番恨んでいるのは、ボスじゃなくて、もともと仲が良かった子だって」

「そりゃそうだろうな。裏切り者だし。それで?」

「続きはないよ。そこで話は終わっていたから」

「なんだそれ。漫画?」

「ネットで読んだだけ。康弘は、取り巻きの子も呪いにかけるべきだと思う?」

「思うね。誰かをいじめて恨みを買ったなら、完全にそいつの自業自得だ。呪われてもしかたがない」

「そうだよね」

いじめなんてしたら相手から呪われるかもしれませんが、自己責任です。

「話に出てきたお兄ちゃんは、結局、なにをしたんだ?」

「ボスが死にそうになっているのを、助けなかった。見殺しにしたんだ。康弘は、このお兄ちゃんのこと、どう思う?」

「主人公のために犯罪まがいのことができるなんて、すごいと思う」

「そうだよね」

ぼくもそう思う。単純に、うれしかった。いじめられたことで低くなっていた自己肯定感が、一気に上がって、簡単にぐらつかないくらいに。

ぼくのためにと思えば愛になる。ぼくのせいでと思えば呪いになる。

ぼくは自分にとって都合のいい解釈をする。ボスに同情する気持ちなんて、まったくなかった。


『呪物編』完
『怪異ハ浸食スル』⑥心霊動画編へ続く


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