怪異ハ浸食スル⑥心霊動画編/ホラー小説部門
第六話『高校二年生/心霊動画を撮りに行く』
高校での放課後。職員室に日直の日誌を届けたあと、教室に戻ろうとして、渡り廊下の向こうからこちらにやってくる片桐の姿が目に入った。彼女を連れている。
同じ高校に進学したことは知っていたけれど、クラスは一緒にならなかったし、視界に入れたくもなかったから、意識しないようにしていた。
でも最近は、ふつうに見ることができるようになった。時間がたって落ち着いたから。それだけじゃなくて、こらしめるためのいいネタを仕入れたから。
ちょうどいい。試してみよう。
ぼくは、かわいい彼女と楽しそうに歩く、片桐の前に立ちふさがった。中学のときはぼくの方が背は低かったけれど、今はぼくの方が少しだけ高い。
「片桐くん」
呼びかけると、片桐の口角がぴくりとひきつった。彼女がとなりにいるんだ。ぞんざいな態度はとれないはず。
「まともに話すのはひさしぶりだけど分かるよね? 同じ中学だった、四方だけど」
「分かるに決まってる。ひさしぶりだ。元気だった?」
「元気だよ。ごめんね、急に話しかけて。片桐くんに聞きたいことがあったんだ。あのさ、蒲生くんって、どうなったか知ってる? 君たち一緒になってぼくをいじめてたし、仲良かったんだよね?」
片桐はひきつった笑顔を浮かべた。
「いじめてって、そんなことしてないだろ、やだな」
「蒲生くん、どうなったの? 中学二年の二学期、急にいなくなったよね」
「転校しただけだよ。連絡なしにいなくなったから、俺もくわしくは知らない」
「なんで転校したか知らないの? あんなに団結して、ぼくをいじめていたくせに」
「いじめてなんかない。あんなの、ちょっとからかっただけだ」
思惑どおりのセリフを吐いてくれたので、ぼくは笑いそうになった。
「片桐くん。うわさで聞いたんだけど、将来は学校の先生になりたいんだよね。彼女と目指してるって。まだ二年なのにもう決めているなんて、すごいね」
「なんでそんなこと知って……」
「うわさで聞いただけだよ。カップルってそれだけで目立つし、しかたがないんじゃない?」
人脈の広い康弘のおかげでそれを知った。彼女が先生を目指していて、それに影響されて片桐も目指すようになったという、へどが出そうな美しい青春もようを。
「先生になっても、いじめで悩んでいる生徒に『ちょっとからかわれただけだ』なんて言わない方がいいよ。そんなことしたら、生徒は二度と片桐くんを信用しなくなるから。それよりも、片桐くんはいじめっこに加担しちゃうかな。『気持ちは分かるよ、おれもしたことあるから』なんて。それもひとつの教育だよね。はははっ」
蒲生がどうなったかなんてどうでもいい。片桐の青ざめた顔が見られてぼくは満足した。
「ひきとめてごめんね、じゃあね」
軽い口調でそう言って彼らとすれ違い、その場をはなれた。
教室に戻ると康弘がいた。二年も同じクラスで変わらず仲良くしてくれる。ぼくが中学のときにいじめにあったことも話してある。康弘は自分のことのように怒り、正しい同情を示してくれた。
「悠、遅かったな」
さっきのできごとを話すと、康弘は「よくやった」と笑い、ぼくの肩をたたいた。
「ありがとう。康弘のおかげだよ」
「悠が頑張ったからだよ。今後は、どうする?」
「すっきりしたから、とりあえず充分かな。それよりも、計画を立てよう」
すぐに頭が切りかわり、片桐のことなどどうでもよくなった。ぼくたちは今、心霊動画が撮りたくてしかたがない。最近は、その話ばかりしている。
「やっぱり撮るなら夜だよな。どっちかの家に泊まってさ」
「ぼくんちのまわりは、心霊スポットがないよ」
地元の怖い話といったら、神社の井戸に女性の霊が出るという、あやふやなうわさくらいしか知らない。そこは中学のとき、虫捕りのために足しげく通ったところだ。夜中に行ったところで怖くもなさそう。井戸もなかったし。
「やっぱり、おれんちの近くにある公園がいいな」
「池の近くに白い人影みたいなものが浮かぶんだっけ」
「池でおぼれた人の霊だと言われている。ただっ広い公園で、近くに大学もあるから昼間は人通りが多いけれど、暗くなるとなかなかの雰囲気だよ」
「探索のしがいがありそうだね」
「じゃあ、公園にしよう。今週の土曜は?」
「いいよ。楽しみだな」
予定を決めて教室を出た。昇降口で靴をはきかえて外に出ると、「あのっ」と声をかけられた。さっき片桐と一緒にいた彼女だ。その表情はかたい。
「四方くん、だっけ。ちょっといいかな?」
「いいけど。片桐くんは?」
「先に帰ってもらった。へんな空気になっちゃったし、わたしは、四方くんに聞きたいことがあったから。あの、さっき言ってた、いじめって」
「本当のことだよ。蒲生くんっていう、いかにもボスって感じのやつがいて、片桐くんと、もうひとり、浦田くんって子が取り巻きみたいになって、三人でぼくをいじめたんだ。『根暗』とか『きもいからハブにしようぜ』とか、悪口もいっぱい言われたし、ばい菌みたいにあつかわれたり、ノートやぶられたり机にラクガキされたりもした」
「それって、からかっていただけじゃ……」
「すごいな。これがからかっていただけに見えるんだ。そっか、あんたもそっち側の人間だ。ぶははっ。すてきな先生になってね」
胸糞悪い。康弘とさっさと行こうとしたら、「待ってよ」としつこく呼び止められた。
「まだなにかあるの?」
「文也は、四方くんに呪われたって言ってた」
片桐の下の名前って文也だっけ、と思いながら、「はぁ?」と答えた。
「あんたに呪われたって。三人とも、みんな。蒲生くんは学校に来なくなって、文也ともうひとりの子は、体に発疹ができたり、女性の霊にうなされたりしたって」
「呪いなんて信じてるんだ。でもそれは、ぼくに呪われるようなことをしたと片桐くんが思っているってことで、それこそいじめの証拠だよね。それで、なにが言いたいの? 呪ったくせに被害者ぶってるんじゃないって?」
返す言葉が見つからないのか、彼女は口を一文字に結んだ。
「ぼくが呪ってしかえしをしたとしても、片桐くんがいじめをしていた事実は消えないよ。もういいかな。早く帰りたいんだけど」
返答はなかったけれど、ぼくは彼女に背中を向けて歩き出した。
「悠、まじで呪ったの? すげぇな」
康弘がうれしそうに言った。
「呪えるわけないよ。やつらの思いこみだ」
蟲毒は、正しい作り方なんて知らなかったし、成功するわけがない。思い当たることといったら、あいつらの持ち物に塗りたくった虫の死骸だけだ。おおかたそれにかぶれたんだろう。霊にうなされたというのは、呪われたと思いこんだせいで見た夢か幻想だ。でも。
蒲生がいなくなったのは、なぜだろう。
「なんだよ。呪ってやればよかったのに」
「康弘がこういうやつでよかったよ。ぼくが本当に呪いを行ったとしても、なんとも思わなさそうだ」
「いいや。むしろ尊敬するね」
「そういう感覚にむしろ尊敬するよ」
ぼくたちは笑いあって、学校をあとにした。
土曜の午後、学校の近くのコンビニで康弘と待ち合わせて、まずは図書館に行った。
郷土史や地図で、いわくがあって霊が出そうな場所を見つけるためだ。そういうことが書いてありそうな本を数冊持って、大テーブルに座ってページをめくった。
「悠、ここに公園のことが書いてある。昔は大学の敷地だったらしい。大学側が管理しきれなくなって町に寄贈して、公園に整備されたってさ」
「池は、当時からあったのかな?」
「そうみたい。これ見て」
康弘が開いている本をのぞくと、モノクロの古そうな写真がのっていた。奥に学校の校舎っぽい三階建ての建物が建っていて、手前に自然なままの大きな池がある。写真の下の注意書きに、『研究棟と観察池』とあった。
「霊は、このときから出ていたのかな」
「どうだろう」
他にもいろいろ調べてみた。古墳。神社。お墓とお寺。興味がわくところもあったけれど、やっぱり公園が一番期待できそうということで意見がまとまった。気分を盛り上げるためにオカルト本もかたっぱしから読んで、いくつか借りてゆくことにした。
図書館から自転車で十五分ほどのところにある康弘の家は、建売っぽい一軒家だった。
家の中はものが多いけれど整頓されていて、人のよさそうな母親と、思春期まっただ中っぽく愛想のない中学生の弟と、やたらとまとわりつくチワワがいた。父親は仕事でまだ帰っていないとのことで、四人で夕ごはんを食べた。
息子の友だちをもてなそうとする温かい気持ちが伝わる、大きなハンバーグやシチューをぞんぶんに味わって満腹になると、ぼくたちは康弘の部屋にこもった。
広さは六帖ほどで、勉強机と本棚、タンスとハンガーラック、ベッドが置いてある。ものが多くてごちゃごちゃしていて、本棚にはオカルト関連の本や漫画がつまっていて、康弘らしいなと思った。
「それで、カメラは?」
「これだよ。高校進学のお祝いで買ってもらったやつだ」
康弘は、机の上にある片手サイズのデジカメを手に取った。電源を押すと、レンズ部分が少し伸びた。
「小さいけど、動画も撮れる。軽くて持ち運びしやすいし」
「どんな写真撮ったの? 見てもいい? 心霊写真ないかな」
「ないよ。それっぽいのはあるけど」
床に腰を下ろして、デジカメでSDカードに収められている写真を見た。
家族、チワワ、友だち、自然、建物。木の葉の集まりに人の顔らしきものがあるけど、それっぽく見えるだけ。建物の窓に人の顔らしきものがあるけど、窓のくもり。友だちの手がぶれているけれど、動いただけ。オカルト本に載っている心霊写真によくありそうなものばかりだった。
「霊って、写真に写るのかな。やっぱり怨念が強い方が写りやすいのかな」
「前に本で読んだけど、ある心霊写真がテレビ局に持ち込まれたから、霊能者に見てもらったけど、『こんなやばいものに関わりたくない』って言われたって。それで、その写真はお蔵入りになったんだと。どんな写真だったんかな」
「でもそれだと、どっちともとれるよね。『霊的にやばいから関わりたくない』か『にせものだから関わったら霊能力を疑われてやばい』か」
「ああ、なんだそっちか。つまらん。悠はこういうの見やぶっちゃうからなぁ」
康弘がたいくつそうにため息をついたから、悪いことをしたような気分になったけれど、ぼくの方こそ期待する気持ちをあっさり壊されたことを思い出した。
「康弘だって、心霊動画を見やぶるのがうまいくせに」
「まあね。よく見たらおかしいことだらけだから。人間が驚くようにわざわざ出てくる霊とか、たまたまカメラがなにもないところを向いていてたまたま霊が映り込むとか、映像技術が発展するごとに鮮明に映るようになる霊とか。おれは本物が見たいから、作りものは見やぶれるようにならないと」
「好きだよねぇ。ぼくもだけど」
「未知なものほど、わくわくさせてくれるからね。霊がいるなら死後の世界だってあるはずで、それはどこにあるのか、統治する神さまみたいな存在はいるのか、魂があるなら生まれ変わりもあるのか、可能性がどんどん広がるから妄想がつきない。好奇心旺盛なやつがいきつくところは未知の世界しかない」
「そのとおりだね」
借りてきたオカルト本を読んで考察をくりひろげ、気分もおおいに盛り上がり、二十一時を過ぎるころ「散歩がてらコンビニにお菓子を買いに行く」と言って家を出た。
車通りが少なくなった道を、夜の匂いを感じながら自転車で走った。それだけで非日常な感じがして楽しい。公園にはすぐについた。
暗くて全体を見とおすことはできないけれど、駐車場が広いから公園もかなり広いだろう。木々のりんかくや植え込みが見える。あかりがともった小さな建物は公衆トイレのようだ。その手前に自動販売機が二台。ところどころ外灯がともっているけれど、それがかえって不気味で、いい雰囲気をかもしだしていた。
「池まではどれくらいかかるの?」
「奥にあるから、十分くらい歩くかな」
公衆トイレの近くにある駐輪所に自転車を置いた。
康弘はカメラを、ぼくは携帯電話をかまえて、あたりを見まわしながらゆっくり歩いた。
他に人はいなくて、木々のざわめきと、ジッと虫の鳴き声、遠くから車の走行音が聞こえた。人間の気配よりも自然の気配の方が濃くて、それがすごくいい。
しばらくすると水くさい匂いがして、池に着いた。
自然のままを残したような雰囲気で、柵はなく、葦っぽい植物が生えている。全体が白いもやでおおわれているのが、月あかりのおかげで、よく見えた。
「康弘、これって」
「池のあたりだけ霧がでてる。すごい幻想的だ。こんなの初めて見た」
康弘が写真を撮った。それを確認してみると、ほとんど真っ暗なだけで、外灯のあかりだけがぼんやり写っている写真が撮れていた。
「しまった。そうだよな。霊を撮るなら夜がいいけれど、暗いとはっきり写らない」
今さら、そんなことに気がついた。写真は撮れそうもない。霊の正体もうすうす分かってしまった。それでも、この霧の雰囲気はすごくいい。
「悠、池のまわりを一周しよう」
「そうだね」
池をながめながらゆっくり歩いた。手当たり次第に撮ったら一枚くらい霊が写っているかもしれないという考えで、カメラや携帯電話で写真を撮った。
ふと池の向こうに目をやると、高い位置に、霧が小さくかたまって濃くなったようなものが見えた。
「風で霧が上昇してあそこにたまったのかな」
言って、すぐに気づいた。風なんて吹いていない。
「康弘、あれって」
「悠も、見えてる?」
「霧のかたまりみたいのが、浮いてる。どれくらいの高さだろう。二、三メートル?」
「人っぽく見えないか? 近くに行こう」
康弘はカメラをかまえて動画を撮り始めた。浮いた霧へ向かったけれど、近づくにつれて見えなくなってしまった。
「近づくと消える。オカルトあるあるだよ」
康弘が心底残念そうに、ため息をついた。
「ためしに、はなれてみようよ」
来た道を、浮いた霧があったあたりを見ながら後退した。すると。
「あれ、見えてきた。なんで?」
「うわ。本当だ。まじかよ」
さっきと同じあたりに、霧のかたまりが浮いていた。たしかに、人のようにも見えるけれど、白いから雪だるまにも見える。人にしては短くて、上半身くらいしかないし。
「あれは霧? それとも池でおぼれた人の霊かな」
「おぼれたなら、水面に現れそうだよな」
この池がおぼれるほど深いようにも見えない。転落防止の柵もないから安全そうだ。
近づくと見えない。逆にどれくらいはなれたら見えなくなるだろう。ぼくは、霧を見ながらさらに後退した。見える。まだ見える。あれ、この景色は。
既視感におそわれた。この角度からながめる池のかたちに覚えがある。さっき図書館で見た写真だ。このあたりから撮影した写真だとしたら、霧のかたまりが浮いているあたりは、三階建ての研究棟があったところになる。
建物のラインがうっすら見えた気がした。前進して霧のかたまりに近づいた。近づきすぎると見えなくなる。
「康弘、ちょっとこっち来て」
一緒に前進したり後退したりしながら、見えている霧のかたまりの状態をお互いに報告しあうと、康弘もぼくと同じように見えていることが分かった。
「ここから見た池の感じ、図書館で見た本の写真と一緒だよね。それで、向こう側に建物があった」
「そうか。霧のかたまりが浮いているあたりって、二階だ。窓から姿が見えていて、近づくと見えなくなるってことは」
「建物の壁や床でかくれてしまうから」
体がぶるっとふるえた。怖いわけじゃない。武者震いというやつだ。自分たちがあばいた真相に興奮している。康弘も同じ気持ちなのが、手に取るように分かった。
ぼくたちは、霧のかたまりに一番近づけて一番見やすいところを探して移動した。そして、それをながめた。
「不思議だ。建物にじゃまされて見えなくなるってことは、あの空間では建物が存在しているんだろうか。悠、どう思う?」
「ぼくは、そうだな。過去の映像を見ている感じかな。霧をスクリーンに、この地に保存された記憶が映し出されている、みたいな」
「おれは、研究棟の二階で事故があって亡くなった人の霊だと思ったけれど。悠の考えの方がおもしろいな」
霧のかたまりが浮いているだけかもしれない。説明のつく自然現象かもしれない。それはきっと康弘も思っていて、でも野暮だから、ぼくたちは口にしない。
写真として残せないから、目に焼き付けるようにそれをながめた。やがて、霧がはれるようにかたまりが薄くなっていった。ぼくたちは自然と手を合わせて、それを見送った。
気づいたら、池の全体をおおっていた霧もはれていた。残念。
「そろそろ帰るか」
「そうだね」
コンビニでお菓子を買ってから、康弘の家に戻った。カメラや携帯電話で撮った写真や動画を見たけれど、ほとんど暗いだけで、霊らしきものは写っていなかった。それでもぼくらは大満足だった。いつまでたっても興奮が冷めきらず、さんざん夜更かしした。
数日後。学校からの帰り道、ひとりで自転車をこぎながら、また霧のかたまりのことを思い出していたら、なにかが引っかかった。
霧のかたまりが康弘の言っていたような霊だとしたら、建物があってもなくても霊が出現していたことになる。現状がどう変わろうと霊にとっては関係ないのかもしれない。
だったらあの神社も。中学二年のとき、どれだけ探しても井戸がなかったから、霊は出ないと決めつけてあっさりあきらめてしまった。井戸がなくても霊は出るかもしれないのに。
それに気づいたらすぐに確かめたくなって、ぼくは自転車を立ちこぎして神社に向かった。
着くころにはあたりはうす暗くなっていた。携帯電話で時刻を確認すると十八時三十二分。鳥居の手前に自転車を置いて、中に入った。
手水舎と拝殿にあかりがともっている。誰もいない。ひっそりしている。ひさしぶりに来たから、ちょっとなつかしくなった。
奥へ進んで拝殿で手を合わせてから、参道を少し戻って足を止めた。じっとしてあたりの様子をうかがう。うす暗いところに身を置いて、木々のざわめきに耳をかたむけていると神妙な気持ちになった。不思議なものが現れそうな気配は、たびたび近くを通る車の音と光によってぶちこわしになる。それでもそのままじっとした。
瞑想しているみたいに頭がぼんやりした。いい気持ちになっていると、ふと、あるものが頭をよぎった。中学二年のぼくが、ここで虫を探しているときに見つけたものだ。当時は気にとめることもなかったけれど、あれは、どこだった?
参道の両側は一段上がって植え込みになっている。木々が生えていて、土は腐葉土のようで柔らかい。携帯電話のあかりを頼りに地面を探した。手水舎の、少し奥に。
あった。昔見たときと変わらず、三十センチほどの長さの竹が土にささっている。
これと同じものを、小学生のときにおじいちゃんちの近所で見たと、今さら思い出した。畑のすみに竹がささっていて、おじいちゃんが「これは息抜きだ」と教えてくれたんだ。
井戸を埋めたら、筒抜きをした長い竹を地中深くに埋める。水神さまが出られるように、儀式みたいなもの。いや、へんなガスがたまるといけないから、だったかな。
つまりこの竹は、ここに井戸があったというしるしだ。
よく見ると、竹のまわりに大きめな石がいくつか転がっていた。井戸のわくの残骸か、井戸があったところを表すために並べたのかもしれない。
とうとう井戸を発見した。顔がにやけてしまったが、すぐにひきしめた。井戸に身を投げて亡くなった人に失礼のないように、って、あれ?
引っかかりを覚えた。井戸に落ちただけで死ぬのかな? 転落死? どんなに深くてもたまった水がクッションになりそうだけど。だったら溺死? すぐ死ねなさそうだし苦しそうだ。どうもしっくりこない。井戸は大事な水源だ。自殺方法に選ぶかな。
暗い井戸の底が冥界につながっていそうで、それで思わず身を投げてしまった、なんていかにも作り話っぽいことが思い浮かんだ。
うわさが事実とは限らないか。心霊スポットにつきものの事件や事故の話は、調べてみるとそんな事実はなく、後付けされただけというパターンも多い。
ここも、死体など発見されていないのに、井戸の近くに霊らしきものを見た人が、井戸を関連づけて身を投げたと決めつけただけかもしれない。人がまっさきに思いうかべる霊は、長い黒髪の白いワンピースを着た女性というパターンが多いし。
たとえ死体が発見されていたとしても、自殺と断定できるのかな。真実も分からずに、身を投げたと人々がうわさした可能性もある。
死体はあったのか、なかったのか。あったのなら自殺か。自分の不注意で落ちたのか。生きたまま誰かに落とされたのか。死んでから落とされたのか。すぐ発見されたのか、なかなか発見されなかったのか。いろんな可能性が思い浮かぶが、真相はわからない。
ぼくは、地面に刺さった竹を見ながら、井戸と、底にある死体を想像してみた。
死体は、井戸の中でじょじょにくさってゆく。ぐじゅぐじゅになって、水とまざりあい、石積みの井戸の壁に浸透して、その向こうの土にも浸透する。まわりにある植物や虫はその土を養分として成長して、繁殖して、生命をつないで、それで、その虫は、
――その虫で、ぼくは、なにをした?
そうして育った虫を捕まえて、閉じこめて、殺して、すりつぶして、あいつらの机や持ち物に、
いやいやいや、考えすぎだ。井戸が現存していたのは遠い昔で、呪いなんて、
「あっ……」
片桐の彼女が言っていたことを思い出した。
『女性の霊にうなされたり』
「いや、まさか、そんな」
笑って気分を変えたかったけれど、うまく笑えなかった。のどの奥がはりついたように声がでにくい。
ぜんぶぼくの想像でしかないのに、あいつらに悪いことをしたかもしれないと、初めて思った。
――人間もどきは、どっちだったんだろう。
暗やみに包まれて、携帯電話のあかりに浮かび上がる井戸のなごりをながめながら、ふとそう思った。
『心霊動画編』完
『怪異ハ浸食スル』⑦事故物件編へ続く
