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怪異ハ浸食スル⑦事故物件編/ホラー小説部門

※あらすじ、各話へのリンク、第一話はこちらから


第七話『大学一年生/事故物件に侵入する』
 

「おーい、悠」
 
自分を呼ぶ声に顔を上げると、手をぶんぶんふってこっちに来る康弘の姿が見えた。

ぼくらは、地元から電車で四十分ほどのところにある大学の、別の学部に進学した。ふだんは同じ学部の友だちとつるんでいるけれど、康弘とこうして待ち合わせをして、一緒に昼食をとることもある。

「悪い、待たせたな。ああ、はらへったぁ」

「早く行こう。今日の定食、なにかな」
 
連れだって建物の中に入ると、学食の広く明るい席スペースは七割ほどうまっていた。おいしそうな匂いがたちこめて、食器の音や話し声が、高い天井に反響している。
 
ぼくは塩サバのB定食、康弘は生姜焼きのA定食にして、それをカウンターで受け取ると、すぐ近くに空いている席を見つけて、腰を下ろした。
 
さっそく料理に箸をつける。一口、二口、食べたところで康弘が口を開いた。

「なぁ、昨日テレビでやってた『撮れてしまった怪奇』観た?」

「もちろん観たよ。勝手に動くカーテン、すごく機械じみた動きだったね」

「あれはバレバレだったな。まったく、いつになったら本物をおがめるんだよ」

「気持ちはわかるけれど、そんなこと言ってると、せっかくできた彼女に怒られるよ」

「おれの趣味に理解を示してくれない彼女なんて知らん。悠こそ、バイト先の気になる子とはどうなった?」

「どうもなってないよ。仲良く話せるようになったけれど、彼氏のグチを聞かされるばかりだし」
 
ひさしぶりに会うと、いや、ひさしぶりじゃなくても、康弘との会話はつきない。その勢いにつられるように箸も進んで、あっという間に食べ終えてしまった。

ひと息ついていると、トレーを持ってきょろきょろしている人が目に入った。

おしゃれ気のない黒髪にめがね、優等生そうな雰囲気に覚えがあった。じっと見ていたら目があって、相手がぱっと笑顔を浮かべた。

「四方くんだよね? 中学が一緒だった」

「やっぱり田中くんだ。うわぁ、ひさしぶり。君もこの大学だったんだ」
 
特に仲良くはなかったけれど、ふつうにしゃべったことがある、中学の同級生だ。大人っぽくはなったけれど、あまり変わっていない。なつかしさにテンションが上がる。

「元気だった?」「どこの学部?」などの話をしてから、田中くんとその友だちに席をゆずって行こうとしたとき、田中くんが蒲生と同じ小学校出身だったことを思い出した。住んでいるところも近いはずだ。なにか知っているかもしれない。

「田中くん。蒲生くんについてなにか知らない? 中学二年の二学期の終わりに、急にいなくなったよね?」

「転校したって、担任の先生、言ってなかった? 親が離婚したか、いなくなったか、そんなうわさを聞いたような気がするけど、ごめん、あまり覚えてない」

「そっか。ありがとう」

「あのさ、四方くん」
 
田中くんは立ち上がり、ぼくの耳に顔をよせた。

「こんなことを言っていいのか。四方くん、蒲生くんに、いじめられてたよね」

「……気づいてたんだ」
 
田中くんを責める気持ちはなかったけれど、低い声が口からもれていた。

「クラスのみんな、うすうす気づいていたよ。からかってるだけじゃない。あれはいじめだって。でもごめん。なにもできなくて」

「いいよ。そんなこと」

「片桐くんも、一年のときは、四方くんと仲が良かったくせに、蒲生くんと一緒になっていじめてたよね。あのさ、四方くん。今さらこんなこと言っても、なんの役にも立たないけれど、ぼくにできることがあれば協力するから」

「……ありがとう。田中くんは善人だね」
 
田中くんは照れたように笑って、ぼくは冷めた目でそれを見ていた。
 
ひどい目にあっている人を見たら心を痛める善人。でもなにもしない。被害の手が及ばないところで、身に危険がない者同士で「ひどいね」と言いあうだけ。心を痛めるのも、自分はまともだと思いたいから。まともだとまわりにアピールしたいから。

ぼくは、おまえらがそれを行うためのコンテンツじゃない。うんざりしつつも作り笑いを浮かべて、ぼくはその場を去った。

「なんの内緒話だよ」

軽くいじけた感じで康弘に聞かれて、ぼくは田中くんと話したことを伝えた。

ぼくが中学のときにいじめられていたことは、とっくの昔に康弘に話した。ぼくが蟲毒のようなことをしたことや、叔父さんが蒲生の家で目撃したことは話していない。

康弘は、なんとも思わないだろうけれど、話す気にはなれなかった。うす暗い自分を知られたくない。

「蒲生か。まだ気になるか?」

「中学の同級生と会ったから、思い出しちゃっただけだよ」

今さら復讐したいとは思わない。あいつらのことなどどうでもいいし、ふだんは頭をかすめもしない。でも、なにかをきっかけに思い出すと、蒲生がどうなったか気になってしまう。死んでいない、ぼくも叔父さんもひどいことはしていないと確認して、安心したいだけだ。その気持ちは今が幸せなほど、つのっていった。
 
午後の講義を終えて電車にゆられて地元の駅まで帰ってくると、ぼくは駐輪所にとめてある自転車にまたがって、駅をはなれた。

いつもはまがる交差点にさしかかってもまっすぐ進み、ケーキ屋のある大通りに出る。そこもまっすぐ進み、コンビニの手前の道を右に行って、住宅地に入った。

ぼくは実は、蒲生の家を知っている。中学時代、虫を集めて近所をうろうろしていたときに、蒲生がひとりで歩いているところを見かけて、あとをつけたことがあるからだ。

家をこっそりのぞいて弱みでもにぎれないかと思っていたけれど、高い塀に囲まれた荒れた庭と古い平屋に人をよせつけない不気味さを感じて、すぐに帰ってきてしまった。

それからしばらくして蒲生は学校に来なくなり、担任の先生は「家の都合で転校しました」とだけ、生徒に告げた。ぼくは勝った気分にひたりたくて、自分の呪いがきいたんだと思いこむことにした。

叔父さんの手紙の内容も、実はあまり信じていない。殺人事件が起こったら大騒ぎになってぼくの耳にも届くはずだからだ。それでも、叔父さんがぼくのために動いてくれたことがうれしかったから、都合よくそこだけを切り取っていた。

しかし新たに知った情報により、ひとつの仮説が思い浮かんでしまった。
蒲生の家に行ったところで、説を裏付ける証拠が見つかるとは限らないし、そんなもの見つけたくもないけれど、行かずにはいられなかった。

記憶を頼りに自転車をこぐ。
見覚えのある家々を通り過ぎ、角を曲がると、洋風の家が見えてきて、その向こうに、あった。

古い平屋と荒れた庭。車はなく、雨戸は閉じ、庭の生えっぱなしの草に人が踏み込んだ形跡はない。人の手が長年入っていないことを思わせ、昔よりみすぼらしく見えた。名義者を失って、どうすることもできずに野放しになっているような雰囲気だ。

蒲生と親はどうなったんだろう。

もしかしたら、叔父さんが見たものは、母親が息子を殺すところではなく、妻が夫を殺すところだったのかもしれない。もとから恨みがつのっていたのだろう、妻は夫が頭を打って弱っているところを見て、思わずとどめを刺してしまった。そして遺体をかくして逃げた。
 
そう考えると、『親がいなくなった』という情報が矛盾なくつながる。

妻は遺体をどこにかくした。女性ひとりで遠くに運べるとも思えない。

今も、この家のどこかに、あるかもしれない。

かくし場所の定番といったら床下だ。
昔の住宅の基礎は、地面の全体をコンクリートで塗り固めずに、土がむきだしになっている。遺体を持ち上げるのはむりでも、床板をはがしたところまで転がしたり引っぱったりして、土に埋めてしまう。それなら女性の力でもできそうだ。

だからと言って、それを探してどうする? 

遺体を見つけたとしても、くさっているだろうし、それが蒲生か父親か、わかるわけがない。

事実を知ってどうする。知らない方がいい。ごちゃごちゃ考えていたら、こめかみがぴりっとした。誰かが見ている。視線を感じた。

近所の人に不審者だと思われているかもしれない。ぼくはすぐにその場を去った。
 
マンションに帰って、リュックを自分の部屋に置いてすぐにLDKに行った。お母さんがキッチンにいて、萌がリビングでテレビを観ている。

「ただいま。萌、勉強はいいの?」

「さっきまで頑張ってたの。お兄ちゃん、うざい」
 
萌は中学三年生、思春期まっただなか。口をきいてくれるだけましだと思うようにしている。いや、思春期じゃなくても、萌は昔からこんな感じだったような気がする。
 
しばらくするとお父さんが帰ってきて、おいしそうな匂いが室内に充満して、みんなでテーブルを囲んだ。今夜はとんかつだ。

萌が「太る」と文句を言った。それでも食べている。「キャベツも食べなさいよ。消化を助けてくれるから」とお母さん。お父さんはビール片手にとんかつをつまんでいる。いつもどおりの食卓だ。

「ねぇ、お父さん。叔父さんってどうなったの?」

「元気にやってるだろ。連絡がないのは息災の証拠って、昔から言うだろ」

「ラーメン屋さん、辞めたんだよね。大将の息子が戻ってきて人手があまるからしかたなしに。それで、また東京に行ったんだっけ」

「そうだったな。もう三、四年たつか」

「携帯番号、知らないの? ぼく、ひさびさに話したくなったんだけど」

「だったら、あとから教えるよ」
 
ごはんを食べ終えてから、お父さんに携帯番号を教えてもらって、自分の携帯電話でかけてみた。長いコールのあとで、「もしもし」とこちらをいぶかしむような声がした。

「叔父さん? ぼくだよ。悠だよ」

「なんだ、悠かよ。誰かと思った。ひさしぶりだな。元気でやっているか?」
 
明るい声のなつかしい口調が聞こえてきて、思わず笑みがこぼれた。ぼくは大学に進学したこと、叔父さんは町の不動産屋で働いていることなど、お互いの近況を報告しあった。

「叔父さん、前に手紙くれたよね。それについて聞きたいんだけど」

「読んでくれたんだ。すまんな。なんでも聞いてくれ」
 
本題に入る前に、聞いておきたいことがあった。

「お金を持ち逃げした人、見つかった?」

「まだだ。大学の同期で、同じようにだまされたやつがいてさ。そいつらと協力して、探している最中だ。弁護士や警察にも相談したし、今は探偵を雇おうか考えている。やつの実家も、俺たちに協力してくれるから、見つかるのも時間の問題だろう」
 
なんだ。へんなことをしていないか心配していたけれど、まともに動いていた。

「悠が本当に聞きたいのは、それじゃないだろ」
 
さすがにバレバレだったみたいだ。あたりまえか。真実を知りたいような知りたくないような気持ちで、ぼくは切り出した。

「あのさ、こっちの人間もどきの家で見たことは」

「事実だ。でもよく分からない。実はあの日、むしゃくしゃして酒をかなり飲んでいて酔っぱらっていたんだ。今じゃ記憶もあやふやで、男女がいちゃいちゃしていただけのような気もする」
 
男性に馬乗りになった女性。その経験がなくても、イメージはできた。

「人間もどきのボスは、死んでいないよ。ぼくは、転校しただけって聞いた」

「やっぱり見まちがいか。すまんな。悠を助けたつもりになって。手紙を書いたときは、気持ちが不安定になっていて、手紙の中だけでも、悠を救ったヒーローになりたかった」

「いいよ。ぼくもあの手紙で救われたから」
 
しらふだったら正しい判断ができていたかもしれない。叔父さんがまともだったことに安心したけれど、寂しくもあった。叔父さんはぼくとちがうところにいる。もう巻き込めない。この件はひとりで決着をつけなければならない。

「飲みすぎちゃだめだよ」
「最近は飲んでない」
「まだオカルト好きなの」
「あたりまえだろ」
あたりさわりのない会話を楽しんでから、電話を切った。
 
二十二時になると、ぼくは黒色のジャージに着替えて「コンビニに行く」と家族に言ってマンションを出た。前の道を右に、大通りに出たら左に。しばらく進んで住宅地に入る。ランニングをしていて休憩しているという体で、平屋の前で足を止めた。
 
どこも電気はついていない。暗がりの中、自らの存在をかくすように、平屋はひっそりしている。あたりに人がいないことを確認して、敷地内に入った。

雨戸に手をかける。音を立てないようにゆっくり、少しだけ開く。窓に手をかける。カギがかかっている。開かない。当たり前か。雨戸を戻して次の窓へ。家を一周して、カギが開いている窓を探したけれど、どこも開かなかった。

ダメ元で裏手にある勝手口のドアノブに手をかけると、あっさり回って、ドアがきいっと音を立てて開いてしまった。うれしいよりもびっくりした。

それでも、紙一枚分くらいのすきまを保って、中の様子をうかがった。なにも聞こえない。人の気配もない。

どうする。迷ったのは一瞬、ドアをさらに開いて体をすべりこませて、後ろ手でドアを閉めた。とたんに、なじみのない匂いがした。自分のテリトリーではないと知らしめるような、違和感を覚える他人の家の匂いだ。

ストラップによって手首にぶら下がっている懐中電灯をつけようとして、奥で小さなあかりがともるのが視界に入った。

金縛りにあったように動きが止まる。心臓が早鐘を打ち、呼吸がうまくできない。

「よもかたぁ。やっぱり来たな」
 
記憶にこびりついた声が、どこからともなく聞こえた。人をばかにした神経を逆なでする声。これを聞くと、ぼくの体は自動で警戒態勢に入る。毛穴が開いて、どっと汗が出る。

「来ると思ってたぜ。さっきも道から見ていたな。だから勝手口のカギを開けておいた」
 
あかりがぼくに近づく。人影が、ぼんやり浮かび上がる。

「が、もう」
 
蒲生が懐中電灯を持って立っていた。昔と変わらない。短髪に、せまい額、細いつり目、うすい唇。肉づきがよくてがっしりした体。

「呼び捨てかよ。いい度胸だな。まあいい。おまえ、オカルトおたくだったな。事故物件が大好きだよな。上がって好きに探索しろよ」
 
荒くなった呼吸をなんとか整える。金縛りが徐々にとけて体は動くようになったけれど、頭はぼうっとして夢の中にでもいるみたいだった。

蒲生の言葉にあやつられるように、ぼくは手に持っている懐中電灯であたりを照らした。

足元には、ゴミがつまった袋がたくさん転がっている。ダイニングテーブルには、チラシや空き缶が散らばり、シンクには洗い物がたまり、コンロには油汚れがこびりついている。冷蔵庫や食器棚が、窓からさしこむ月明りにぼんやり浮かんでいた。

人が殺された形跡はない。

ガラス障子の引き違い戸で隔たれた奥の部屋に移動した。洋室。小さなブラウン管テレビ。ちゃぶ台。ぺたんこの座布団。すみで山になった衣類。積まれた新聞紙や雑誌。カラーボックスの上の電話機。

散らかっているだけで、へんなところはなにもない。

右となりの部屋に移動した。八畳の和室。押入れと床の間。ここは片づいている。畳の上に物はない。床の間が物置き場になっていて、衣装ケースが積んである。押入れの中にも衣装ケースと、布団がつまっている。

あやしいところはなにもない。

右となりの部屋に入る。洋室。シールがぺたぺた貼られた勉強机。漫画がつまった本棚。寝具がぐちゃぐちゃなベッド。カラーボックス。床に散らばる、衣類、古い漫画雑誌、見覚えがある通学かばん。壁にかかる学ラン。

異常はなにもない。

キッチンダイニング、リビング、和室、子ども部屋。田の字に配置された四室。リビングの横に玄関ホール。キッチンダイニングの横に、風呂と洗面所とトイレ。

親と子どもひとりが住んでいることを想像させる、一軒家。このどこかに、

「父ちゃんは、俺や母ちゃんを殴った。だから逃げて、この中古物件を買ってふたりで住んだ。父ちゃんはどうやって知ったのか、ここに来た。金をよこせって、母ちゃんを殴った。気に入らねぇって、俺を殴った。だから母ちゃんは頑張ってくれたんだ。俺を助けるために頑張ってくれたんだ。おい四方。さっさと死体を見つけろよ」
 
蒲生が耳元でささやいた。ぼくの頭はあいかわらずもやがかかったようにぼうっとしている。

「見つけてほしいなら、ぼくじゃなくて片桐を使えばいいのに」

「あいつはだめだ。人に従うだけで自分がない」

「ぼくは、おまえらを呪ったんだ」

「ぶはっ。さすがオカルトおたく。そんなこと信じるなよ。片桐は、彼女の追求から逃れるために、おまえを悪者に仕立てあげただけだ」

「ぼくは、井戸に身を投げた女性の怨念がこもった土で育った虫を、おまえらに食わせたんだよ」

「怨念。んなもんあるかよ。その女が死んだのはいつだ。遠い昔だ。現代まで残っているかよ。くっだらねぇ」

「怨念に時間の概念なんてない。それに、女性の霊にうなされたって片桐が」

「つまんねぇな。んなことにだまされんなよ。片桐なんて外野だ。あいつは、自分がないから俺につられておまえをいじめただけだ」
 
ぼくにとって都合のいい言葉を聞くことができて、救われた気分になってしまった。ぼくはひどいことはしていないと、人間もどきではないと、そう思うことができた。気持ちがゆるんで、ずっと知りたかったことが口をついた。
 
「どうして、ぼくをいじめた?」

「おまえがうらやましかった。俺とちがって、のんびりしていて、なんの苦労も知らずに育ってきたようなおまえが。いじめをするやつの動機なんて、たいていそんなもんだ」

「だからって、許せ、なんて言わないよね?」

「言うかよ。でもなあ、四方。見誤るなよ。いじめの主犯には理由がある。たちがわるいのはつられるやつだ。あいつらに理由なんてない。ただ楽しんでいるだけだ」

「わかってる。だからここに来たんだ。死体があるとしたら、ここだ」
 
ぼくは和室を指さした。キッチンダイニング、リビング、子ども部屋の床に、はがした形跡はない。ここしかない。

ぼくは、和室のまんなかの二枚の畳を持ち上げた。その下の板張りの釘の一部が真新しく見えた。板をはがしたあとに釘を打ち直したような感じだ。

この下に、

「なあ、四方。さっさと俺の死体を見つけろよ」
 
ばちん。頭の中でなにかがはじける音がして、我に返った。

「が、もう」
 
誰もいない。だれもいなかった。ぼくはひとりだった。ひとりで、他人の家に勝手に上がりこみ、懐中電灯のあかりだけの暗がりの中、畳を引きはがしていた。

「蒲生、どこだよ」
 
かつて自分をいじめていた者の名を呼ぶ。関わりたくない相手のはずなのに、その姿が現れるのを、ぼくは心の底から望んでいた。

「おい、どこだよ。出てきてよ。頼むよ。蒲生、がもう、がもうたける、くん。出てきて、お願いだから。でてきてください」
 
そうだった。ここは、正真正銘の、事故物件だった。

「ああっ」
 
わからない。なにを信じればいい。なにが真実だ。さっぱりわからない。わけがわからない。
 
蒲生。おまえはどこにいる。片桐は、浦田は、どうなった。ぼくはおまえらになにをした。わからない。
 
床板を見る。これをはがせば真実が見えるかもしれない。それでもぼくは、はがす気にはなれなかった。知るのが怖い。

いじめなんて受けてはならない。おのれの一番醜い部分を知ってしまうから。

「はがせよ」
 
声が聞こえた。だれ、わからない。はがす。どうやって。手元にバールがあった。どうしてこんなものがここに、頭によぎるけれど、手はそれをつかんでいた。バールで釘を板から外す。板も外す。カビ臭いような湿った匂いが鼻をつき、土が見えた。この下に。
 
手元にスコップがあった。頭で考えるまでもなく手がつかんでいた。掘る。土を掘る。やがて、カツンと音がして、かたいものにあたった感覚が手に伝わった。土をどけると、白いものが見えた。

「見つけたか。さすがオカルトおたく」
 
骨だ。だれの、いや、どっちの。

「気にするな。ばかにして悪かった。おまえはもういけ」
 
いけ、池、行け、生け、活け、逝け。意味が定まらない。それでもぼくは、散らかしたものをそのままに、勝手口に向かった。

「いいんだ、それで」
 
また声が聞こえた。ぼくが、自分の都合のいいように脳内で作成した声かもしれない。

勝手口から外に出た。夜の空気がぼくを包んだ。ここからはなれるのが名残惜しい気がした。

「あほか。さっさといけ」
 
かつてぼくをいじめていたやつが、ぼくにいけと言う。そんなはずはない。行け、逝け。わからない。

ぼくらは、ぼくらの行動は、ぼくらの意志は、どこまでが自分で、どこからが親に、まわりに、環境に、影響されたものなのか。わからない。
 
蒲生。おまえは、本当のおまえは、なにがしたかった? わからない。まわりの影響を受けなかったおまえは、どんなおまえだった? それでもぼくをいじめたのか、それとも仲良くなれたのか、わからない。

くだらない。この世界はくだらない。くだらないことがつのって個人をゆがませて、さらに全体をもゆがませる。

だからと言って、蒲生を許せるとは思えないけれど。

暗い世界を、夜の匂いがする世界を、ぼくは自宅へ、現実へ戻った。
蒲生の家で見たもの経験したもの、なにが真実かわからない。脳が、ぼくの都合のいいように幻影を作り出していただけなのかもしれない。
 
でも、それでいいと思った。真実を知ったところでなんの助けにもならないかもしれないから。それよりも、記憶を改ざんした方がまともに生きられるのなら、そうした方がいい。

どう生きるのが正解かなんて、きっと死ぬ瞬間にしかわからない。その先で過去の残像と再会して、答え合わせをするしかない。

それまでは、せいぜいもがいて生きていくしかないんだ。
 

『事故物件編』完
『怪異ハ浸食スル』⑧異世界編へ続く


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