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怪異ハ浸食スル③降霊術編/ホラー小説部門

※あらすじ、各話へのリンク、第一話はこちらから


第三話『中学二年生/降霊術を試す』


 自宅マンションにて、お父さんとお母さんと萌と四人で夕ごはんを食べて、リビングでバラエティ番組を観てお風呂も済ませると、ぼくは、せまいけれど居心地がいい自分の部屋にこもった。

時刻は九時すぎ。中学の美術の授業で使っているクロッキー帳を一枚やぶり、財布から十円玉を取り出し、それらを勉強机に置いて、いすに腰を下ろした。

ペン立てからえんぴつを取り出して、紙を横にして、上の真ん中に鳥居のマークをていねいに書いた。次に鳥居の左に『はい』を、右に『いいえ』を書く。その下にひらがなの五十音表を書いて、ひらがなの下には『0』から『9』の数字を書いた。

これで準備は完了。満足して顔を上げると、部屋の明るさが気になった。天井照明を消して、勉強机の照明だけにする。いい雰囲気になった。

窓を開けておいた方が入ってきやすいかなと思って、腰窓を三センチほど開いた。窓の向こうはマンションの外廊下だけれど、人が通る気配はなく静まりかえっている。

十円玉を鳥居の上に置いて、右手の人差し指をそえる。姿勢を正して、大きく息を吸った。

「こっくりさん、こっくりさん。どうかおこしください。おこしになりましたら、『はい』の方にお進みください」

呪文を唱えてじっと待つ。十円玉は動かない。

「こっくりさん、こっくりさん。どうかおこしください。おこしになりましたら、『はい』の方にお進みください」

待つ。動かない。

もう一度、呪文を唱える。もう一度。もう一度。十円玉は、かたい意志をもってそうしているかのように、紙にぺったりくっついて動かない。

「やっぱりむりかぁ」

ぼくはあきらめて、十円玉から指をはなした。指には、十円玉の模様のあとがついている。強く押し付けすぎたかも。でもきっとそれだけじゃなくて。

「本来は、二、三人でやるものだからなぁ」

ひとりでやれるようになりたかったけれど。どうしよう。

ぼくは、机に置いたオカルト本をペラペラめくった。それは図書館で借りたものや、古本屋で買ったもので、怖い話、心霊写真、都市伝説などがのっている。

こっくりさんのページを見た。漢字では狐狗狸さん。きつね、いぬ、たぬき。そういった霊を呼び寄せるもの。占いの一種とも書かれている。

きつねに人間の言葉が分かるのか疑問に思ったけれど、きつねといったらお稲荷さんだから大丈夫だろうと納得していた。お稲荷さんが来てくれたら、おもしろかったのに。

他の本には、狐の霊とは書いてない。低級霊が来ると書いてある。いたずら好きの霊が思い浮かんだ。ぼくの言うことなんてちっとも聞いてくれなさそうだ。

そもそも、霊たちはどこから来るんだろう? あの世からわざわざ? ちがうな。そこらへんにいる霊? このマンションに霊なんていなさそう。うす暗いものが近づかなさそうな、平和な雰囲気しかただよっていない。だからだめなのかも。

「そうだ。霊がいそうなところでこっくりさんをやったら、成功するかもしれない」

いいことを思いついてうれしくなって、さっそく霊が出そうなところを考えた。

まずは、ぼくが通う中学校。

理科室に鼻から上だけ、つまり顔が半分の霊が出るらしい。それから本館の一階のすみにあるトイレで、誰もいないのに人の話声が聞こえるらしい。一年のとき、怖い話が好きなクラスメイトが教えてくれた。

それから、通学路のとちゅうにある神社だ。境内には井戸があって、そこに身を投げた女性の霊が出るといううわさを、小学生のときに聞いたことがある。

三つも見つかった。これだけあればひとつくらいはうまくいくかもしれない。ぼくはひさしぶりに胸が高鳴った。

 

火曜日は理科があって、運よく理科室を使う授業内容だった。こういう特別室は授業がないのに勝手に入ってはいけないことになっている。だから、ぼくは蛍光ペンを忘れたことにして、放課後にこっそり取りに来ることにした。理科室を掃除する班に見つからないように、大きなテーブルの下についている棚のすみに、栄光ペンをかくした。

放課後、みんなが部活に行く中、ぼくはすぐに理科室に向かった。廊下に人がいないことを確認して、そっととびらを開いて体をねじこませるようにして中に入る。室内も誰もいない。準備室からも何も聞こえない。よかった。

教室の後ろのキャビネットに並んだ、瓶や標本が目に入った。ホルマリン漬けされて白くなったカエルやヘビや魚。釘打ちされた昆虫。自分をこんな姿にした人間を、恨んでいそうだ。この怨霊が呼べたりしないかな。

ぼくは、授業で自分が使った席に行き、蛍光ペンを回収して、そのままここでこっくりさんをやろうとした。でも、誰かが急に入ってきて見られたらいやだから、床に座っていすを台にしてやることにした。これならテーブルの陰にかくれていられる。

通学かばんから、すでに記入されているこっくりさん用紙と十円玉を取り出して、準備を整えた。焦りながら、呪文を唱える。早く来てと心で念じる。動かない。

五回くらい試して、ようやくあきらめる気になった。人に見つかったらと思うと集中できなくて、それがだめなのかもしれない。がっかりして、紙と十円玉をかばんにしまった。

立ち上がろうとしたら、ガラッと勢いよくとびらが開く音がして、ぼくは低姿勢のままかたまった。

誰かが入ってきた。いや、大丈夫。ごまかせる。

ぼくはテーブルから顔をのぞかせた。理科の先生がいて、ぼくと目が合うと動きを止めた。ぼくが立ち上がると、安心したように息を吐いた。

「なんだ、四方くんか。なにをしているの。勝手に入ってはだめでしょう」

「すみません。蛍光ペンをなくして探していました」

「見つかった?」

「はい、見つかりました。失礼します」

理科室を出た。予定通りうまくごまかせてほっとした。ぼくの作戦もたいしたものだ。

でも先生をおどろかせてしまった。もしかして、ぼくのことを霊だとかんちがいしたのかも。そう思うとちょっとおもしろかったけれど、こっくりさんは成功していない。

そのまま、本館の一階のトイレに向かった。男子と女子のトイレが並んでいて、手を洗うところが背中合わせで設置してあって、その奥にとびらのない出入口がある。

中には、小便器が五つ、個室が三つ。

誰かが個室にこもると、すぐにからかうやつがいるから、小学生のときからなるべく入らないようにしていたけれど、今は誰もいないから大丈夫。

個室に入ってカギを閉める。これならこっくりさんをやっているところを見られる心配はない。でも中は和式の便器があるだけ。台がないからやりにくい。

しゃがんでドアにもたれた。かばんをひざに置いて、その上に紙と十円玉を置く。安定が悪い。呪文を唱える。十円玉は動かない、いや、動いた! ああ、でも。

不安定な態勢で、体が微妙にゆれているせいかも。

動くけれど、『はい』にはいかない。その下の『や』、『わ』あたりにいくだけ。しゃがんでいるのもつらくなってきたから、やめることにした。

道具をしまって、個室を出る。今まで気づかなかったけれど、機械の稼働音っぽい重低音がした。なんだろう。換気扇? 近くに機械室があるのかもしれない。

ごぉぉぉぉぉー、の中に、かすかに人の話声のようなものが聞こえた。こんなものは霊でもなんでもない。ただの空耳だ。がっかりして、廊下に出た。

残るはあと一カ所。ぼくは昇降口へと急いだ。

「おーせ、せ、せ、せ」「ふぁいおーふぁいおー」

なんて言っているのか分からない、運動部のかけ声を耳にしながら校門を出る。住宅地をぬけると遠くに、木々がこんもりしているのが見えて、しばらく歩くと神社に着いた。

古びた石の鳥居をくぐる。中はうす暗い。車が一台通れるくらいの参道があり、枝をのばした大きな木々が、境内を下界から遮断するように敷地をかこんでいた。

あたりを見ながら奥へ進む。参道の左側に手を清めるための手水舎があり、奥にお賽銭箱が設置された拝殿と、さらに奥にお社が建っている。

お賽銭の前で手を合わせてから、お社の裏にまわってみた。それから神社の敷地内を、木々のあいだを、すみずみまで見てまわった。

どこにも井戸はなかった。あったような形跡すら見あたらなかった。あとかたもなく撤去されたのか、うわさ話がデマなのか、それともこの神社ではなかったのか。

三度目のがっかりに、さらに霊がいそうなところを探す気力などわくはずもなく、ぼくは、とぼとぼとマンションに帰った。

玄関のカギを開けて「ただいまー」と大きな声で言うと、廊下のつきあたりにあるドアの向こうから「おかえりー」と萌の声。自分の部屋で制服から家着に着がえて、LDKに行くと、萌はソファーに座ってテレビを観ながらなにかを食べていた。

「お母さんは?」

「まだパートから帰ってない」

「なに食べてんの?」

「チョコレート。冷蔵庫にあった」

おなかがすいていたので、キッチンをあさった。甘いものよりしょっぱいものがいい。食パンにスライスチーズをのせてトースターで焼いた。コップにコーラを注いで、それらを持って自分の部屋にこもった。

さっそくパンをかじる。チーズとコーラの組み合わせは最強だなと思った。おなかが満たされたので、作戦を練り直すことにした。

なんとかして幽霊と知り合いになりたい。オカルト本をぺらぺらめくる。どれも霊を『怖いもの』として扱っている。『友だち』とは扱っていない。

不思議だ。この世に恨みを残したから霊になってしまった、だから怖いものだとみんな決めつけている。いや、ひとつのアトラクションのような感覚で、怖がりたいから怖いものとしているのかもしれない。ぼくはそれよりも、霊と友だちになりたいのに。常にぼくのそばにいて、ぼくを守ってくれる、そんな霊の友だちがほしいのに。

その時ぱっと、叔父さんの顔が頭に浮かんだ。

この前のお盆も、おじいちゃんちに行って、叔父さんとオカルト話でもりあがったばかりだ。あのとき、こっくりさんについて聞いておけばよかった。でも、やることを思いついたのは二学期になってからだから、しかたがないか。

思い立ったらすぐに話したくなって、うずうずしていたら、パートからお母さんが帰ってきた。さっそくおじいちゃんちの番号を聞いて電話をかけた。

「はい、もしもし、四方です」とよそゆき声のおばあちゃんが出た。自分の名を名のって叔父さんに変わってほしいと言うと、叔父さんは仕事に行っているから、帰ってきたら折り返させるとのこと。そわそわしながらそれを待った。

夕ごはんもお風呂も済ませて、リビングでテレビを観ていたら、ようやく電話が鳴った。ぼくはすぐに出た。

「もしもし、四方です」

「こんばんは、礼司だけど、悠?」

「そうだよ。叔父さん、こんばんは」

「悪いな、遅くなって。なんの用だった?」

「たいしたことじゃないけど」

ぼくは電話の子機を耳にあてたまま、リビングを出て自分の部屋に入った。

「叔父さん、こっくりさんって、くわしい?」

「なつかしいな。子どものころやったことがある。また流行ってるのか?」

「流行ってるわけじゃないけど、おもしろそうだなと思ってやってみたんだけど動かなくて。叔父さんがやった時は、ちゃんと動いた?」

「簡単に動いたぞ。たぶん、誰かが動かしてたんだろうけど」

「誰かが動かしたなんて、なんでわかるの?」

「俺たちが知っている質問にしか答えられないからだよ。あの世はどうなっているのか聞いても文字の上をうろうろするだけだし、教育自習の先生の家族人数を聞いて、あとでその先生に答えを聞いたらまちがっていたし」

ぼくは向こうに聞こえないように小さくため息をついた。

「叔父さんってさ、そうやってすぐにぼくの夢をだいなしにするよね。霊だって、鬼のミイラだって、いると思った方が楽しいのに」

「しょうがないだろ。大人として、甥っ子に変なものを信じ込ませるわけにはいかないからな。それにこっくりさんの現象は、科学的に説明がついていたはずだ」

「そうなの?」

「たしか、指を動かさないようにしていても、無自覚に動いてしまうとか、同じ体勢を続けていると筋肉が疲れて動いてしまうとか、だったような。うろ覚えだけど」

「そんなことで動くなら、ひとりでやっても動くはずだよね?」

「おまえ、ひとりでやったのか?」

叔父さんの声がかすかに険しくなったから、ぼくはぎくりとした。

「だって、こっくりさんなんて誰もつきあってくれないよ。ぼくもオカルト好きなんて、友だちに言いにくいし」

「ひとりでやってはいけなかったはずだけど。悠、大丈夫か?」

「成功していないし、大丈夫だよ」

「そうじゃなくて。なんて言うか、ひとりでやってしまう精神状態というか。これはただの持論だけど、現実を見たくないやつほど、現実から遠くはなれた、非現実な世界ばかりに興味を持ってしまう、と俺は思っている。悠は、大丈夫か?」

一瞬、答えにつまったけれど、「大丈夫だよ」と笑いを含めて返した。

「他にも興味あることはたくさんあるし。今日だって、友だちんちでゲームして遊んだし」

「そうか。ならいいけど」

「友だちには秘密の相談、す、好きな子のことが聞きたかったんだけど、科学的に説明がついているなら、がっかりだな。あきらめるよ」

「好きな子か。悠もそんな歳か。うまくいくといいな」

「そうだね。そろそろ寝ないとお母さんに怒られるかもしれない。叔父さん、電話ありがとう。またね」

慌てて電話を切って、大きくため息をついた。

 

次の日。新聞・文芸部のぼくには朝練はない。ホームルームが始まるぎりぎりに登校する。担任の先生が早く教室に来ることを願いながら席におとなしく座っている。

授業が始まる。休み時間は自分の席で、図書室で借りてきた本を読む。

「よもかたぁ。なに読んでんだ」

あいつらが気まぐれにぼくをからかいにきた。体が大きくて声も大きくてがさつで下品なクズと、取り巻きみたいなやつが二名。

取り巻きのひとりが、ぼくが読んでいた本を取り上げた。

「世界の謎伝説だって。だっさ」

「こんなもんに興味もつなんて、あいかわらず暗いな」

「ぶはははっ。まじで終わってんな」

「それ、図書室の本だから、破ったりしたら先生に言うよ」

ぼくは勇希をふりしぼって言った。のどがからからで声がだしにくかった。手が震えていることに気づかれたくなくて、机の下にかくした。

取り巻きのひとりが「っち」と舌打ちをして、放るようにして本を机の上に置いた。チャイムが鳴って、そいつらはようやく去っていった。

ぼくは机の上をじっと見つめた。意味が分からなかった。二年生になって、クズと同じクラスになって、いじめのようにからかわれるようになって、それからずっと意味が分からない。

ぼくは、大勢とわいわいするより、少人数で気が向いたときにしゃべるくらいがちょうどいい。ひとりで本を読んだり妄想にふけったりも楽しい。

ただそれだけなのに「暗い」「コミュ力ない」と下に見てくるやつがいる。人とちょっとちがうことをしただけなのに、そいつに迷惑をかけているわけでもないのに、気にくわない、いちゃもんをつける、目の敵にする。

本当に、分からない。気にくわないなら相手にしなきゃいいのに。放っておいてくれればいいのに。いちいちからんでくる。

理解できない。自分と同じ生物と思えないくらい、感覚が合わない。そうだ。あいつらは人間じゃない、人間もどきだ。だったらやっぱり、人外で対抗するしかない。

 

土曜日。学校は休み。ぼくは昼ごはんを食べてすぐに、マンションを出た。知っているかぎりの、図書館、本屋、古本屋に自転車で行き、かたっぱしからオカルト関係の本を読みあさった。

なにを読んでも、どれだけ読んでも、降霊術を完璧に成功させられそうな、目新しい情報は得られない。

長時間の立ち読みと、自転車をこぐのに疲れただけに終わって、ぐったりしてマンションに帰った。

夜。部屋にこもって考えた。幽霊が呼びたい。なんで来てくれないんだろう。どうしたら来てくれるんだろう。なにが足りない? 幽霊、幽霊。そうだ。

怖い話や伝承を、組み合わせてみたらどうだろう。

例えば、幽霊が出やすいと言われる丑三つ時、午前二時ごろにこっくりさんをやってみる。これなら成功しそうだ。ぼくは張りきって夜更かしすることに決めた。

二十三時、少し眠たくなってきた。でも頑張って起き続けた。目をこすりながら漫画やオカルト本を読む。眠気のピークを過ぎると、逆に目が冴えてきた。

一時。オカルト本の、怪談の百物語の記述を読んでいて、またひらめいた。

百物語は、みんなで集まって怖い話をして、一話を話し終えるごとに、ろうそくの火をひとつ消す。百の話を終えて百のろうそくが消えたとき、本物の幽霊が現れると言われている。これも降霊術なのかもしれない。だったら。

ぼくは、部屋のドアをそっと開いた。向かい側は萌の部屋。静かだ。廊下は暗い。机の引き出しからペンライトを取り出して点灯して、部屋から出た。

足音を立てないように歩き、廊下のつきあたりにあるドアを開く。LDKの右側に引き違い戸があって、その向こうは和室で、お父さんとお母さんの寝室になっている。

音を立てないように注意しながら、食器棚の引き出しをあさった。たしか、ここに。

あった。やった。バースデーケーキの残りのろうそく。カラフルでねじねじのやつ。緊張感がないけれど、これしかないからしかたがない。それからライターもあった。アルミホイルもちぎって持った。

部屋に戻って準備を始めた。気合を入れたくて、使いまわしではなく、新しい紙に五十音をていねいに書き直した。

百個も話はできないけれど、怖い話をすると霊が寄ってくると言うから、ぼくはオカルト本にのっている話を小さな声で朗読してみた。深い闇にどっぷりつかっているみたいで、おもしろい。

ろうそくに火をつけて、アルミホイルで作った台に固定した。照明を消して、再び怖い話を読みあげる。すごくいい。ろうそくの明かりが届かない闇に、なにかがひそんでいそうだ。

二時になった。そろそろ始めよう。

右手の人差し指を十円玉の上に置く。叔父さんの解釈を思い出して、左手の人差し指も十円玉の上に置いた。疲れて勝手に動くなら、両腕を疲れさせてしまえ。それに、これならふたりでやっているみたいだし。霊がだまされてくれるかもしれない。

「こっくりさん、こっくりさん。どうかおこしください。おこしになりましたら、『はい』の方にお進みください」

動かない。焦ってはだめだ。

「こっくりさん、こっくりさん。どうかおこしください。おこしになりましたら、『はい』の方にお進みください」

無自覚で動くなら、無になるんだ。十円玉を動かすのは霊。ぼくは、霊が言葉をつづるための、ただの道具。霊がぼくを動かしやすいように、全身の力をぬいて、何も考えないようにして、無になって。ぼくは目を閉じて、自分の呼吸に意識を向けた。

「こっくりさん、こっくりさん。どうかおこしください。おこしになりましたら、『はい』の方にお進みください」

かすかに、動いた。左に動いた。ぼくは細く目を開けた。十円玉は『はい』の近くで止まっている。うす目で、ぼうっとしたまま、それをながめた。

無に徹した。何も考えない。感じない。十円玉が自由に動けるように、じゃまにならないように、ぼくの意識を静かにさせる。

十円玉が動く。質問もしていないのに、ゆっくり動く。

な行の五番目。

ら行の五番目。

あ行の四番目。

三文字をぼくに知らせて、十円玉は鳥居に戻った。

その言葉を、ゆっくりかみしめる。

それを霊がつむいだとしても、ぼくの無意識がつむいだとしても、どっちにしても怖いなぁと思った。それからなぜか、口から笑いがもれた。

「あははっ。なるほど。なるほどね」

自分の中にある怨念。それをどうやってはらすべきか考えた。なにもできないかもしれないけれど考えた。想像するだけで胸がすっとしたから考えた。

三文字の言葉は、傷んだぼくの心にとって、すぐれた鎮痛剤になってくれた。

 

『降霊術編』完
『怪異ハ浸食スル』④呪物編へ続く

 

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