怪異ハ浸食スル②未確認生物編/ホラー小説部門
第二話『小学六年生/未確認生物を探す』
『このお寺で大切に保管され続けてきた、鬼の胎児だと言い伝えのあるミイラを、ご覧いただこう』
おどろおどろしいナレーションに期待が高まって、ぼくはテレビ画面を食い入るように見つめた。
ノートくらいの大きさの木箱の中身が映し出された。
わたが敷かれた上に、からからに乾いた奇妙な生物が寝かされている。頭にはちりちりの髪が生えていて、ツノみたいな耳があって、目があるところはくぼんでいて、鼻はブタみたいで、口には牙があって、全体は古びた木材みたいな色をしている。
へんな生き物。それに怖い顔。世を恨んで死んだって感じがする。きっと人間たちに退治されそうになって、それで、
「おい、悠。真剣に観てるけど、こんなもん、ただの作り物だぞ。見世物として、江戸時代か、とにかく大昔に流行ったんだよ。顔はコウモリっぽいな。体は猿か?」
「ちがうよ、叔父さん。鬼の胎児だって、言い伝えが」
「嘘に決まってんだろ。『さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、鬼の胎児のミイラがあるよ。めったに見られないよ』そう言って客を引き寄せて、見世物の料金をちょうだいしたんだよ」
「鬼だってば」
言いきったけれど自信はない。鬼のミイラかもしれないとわくわくしていた気持ちは、すでにしぼんでいた。本物だと言いきれる証拠はないかなぁとテレビを観ても、オカルトバラエティ番組は、すでに次の話題に移っていた。
「にせものなら、お寺で保管しないよ」
「そうやって本物だと信じるやつがいるから、保管するはめになったんだろ。おまえ、もう六年生だろ。いつまでこんなもん信じてるんだ」
叔父さんがわざとらしくため息をついた。ばかにされたみたいでムッとしていたら、ぼくのとなりであぐらをかいているお父さんが「よく言うよ」と笑った。
「礼司。おまえなんて中学生になっても、こういうの信じていたよな。小さいころから筋金入りのオカルトおたくだったくせに」
「ちがう、俺は、信じようとしただけで本当に信じていたわけじゃない。こんないなかじゃなんの娯楽もないから、たいくつしのぎだよ」
「あらあら。そのいなかにすっかり居ついているくせによく言うわ」
おばあちゃんが呆れたように言って、
「おまえはな、いなかが性に合ってんだ」
と、おじいちゃん。叔父さんはふてくされたような表情になった。
「もういいから、ぎょうざ、もっと食べてくれよ」
座卓には、叔父さんが作った大量のぎょうざと、おばあちゃんが作った野菜たっぷりのお味噌汁、わかめの酢の物、ごはんと漬物が並んでいる。
ぼくは何個目になるかわからないぎょうざを、口に運んだ。かむと中から肉のおいしさがじゅわっと出てきて、ニンニクの匂いが鼻をつきぬけた。ごはんが進む。
「悠。どうだ、俺の努力がつまったぎょうざは。うまいだろ」
「すごくおいしいよ。さっきも言ったよね」
「何度も言ってほしいんだよ」
照れくさそうに笑う叔父さんは、二年前よりしっかりして見えた。ちゃんと立っているような、芯がしっかりしたような、そんな感じだ。
「いやあ、うまい! ビールが進む。はははっ」
「兄貴はビールが飲めればそれでいいんだろ。ったく」
「ニンニクなしのシソ入りに、カレー風味、どれもおいしいわぁ。お店では出してない、あんたのオリジナルなのよね。こんなの作れるなんて、たいしたものだわ」
「萌ちゃん用に作ってみたけど、おふくろが気にいってくれたんならよかった」
今年は、お母さんと萌はこっちに来なかった。萌が家の近くのショッピングセンターで行われるお盆のイベントに行きたいと、だだをこねたからだ。萌にとってはおじいちゃんちより、アニメキャラの着ぐるみショーの方が重要らしい。そのままを言うのもあれなので「萌が夏風邪をひいた」ということになっている。
「礼司はな、まじめに腰すえて頑張れば、ちゃんと結果を出せるやつなんだよ。それなのに、すぐへんな方につっぱしりやがるから」
「はいはい、親父の言うとおりですよ」
「ラーメン屋で働くようになってそろそろ二年か。おまえにこんな特技があったとはな」
お父さんがうれしそうに言って、ぎょうざを口に運んだ。
おいしいのと楽しいのとで、ぼくは箸が止まらない。ぎょうざはすっかりなくなって、叔父さんはからになった皿を見て、満足そうにほおをゆるめた。
食後は恒例になっている花火だ。ぼくと叔父さんが庭に出て、お父さんたちは縁側にあぐらをかいて、ぼくらが花火をするのをながめている。
ぼくは、内緒話をするために叔父さんに体を近づけた。
「叔父さん、最近はどう? 例のもの、見てない?」
「見てない。悠はどうだ?」
「ぼくも見てない」
幻覚か、かげろうか、ドッペルゲンガーか、くねくねか。二年前に遭遇した、あの謎の現象は、叔父さんとお墓で見たのが最後で、再び見ることはなかった。
「なんだったんだろう、あれ。どうして現れないんだろう」
「科学的に説明のつく現象なら、現れるのも現れないのも理由がある。科学的に説明のつかない現象なら、理由なんてない。どうして、なんて考えてもむだだ」
「見えないと、よけいに見たくなっちゃうなぁ」
「ほどほどにしておけよ。あんなものに興味を持ってしまったらだめだからな。ふつうだったら、きっとすぐに目をそらす。興味がわいてじっと見てしまうやつはもう、あっち側に足をつっこんでいる。だからおかしくなってしまう。悠は、まどわされるなよ」
「分かってるよ」
時間がたてば怖さもなくなり、あとには好奇心しか残らなかった。叔父さんと一緒に見ることができたら、今度はふたりで正体をあばくんだ。そう思うとわくわくした。
次の日。二日酔いなのか、お父さんはいつまでも布団の上でだらだらしている。ぼくはおじいちゃん、おばあちゃん、叔父さんと朝ごはんを食べた。
「叔父さん、仕事行っちゃうの?」
「店はお盆休みだ。悠、一緒に山にでも行くか」
「やった、行きたい!」
いなかはなにもないなんて言うけれど、ぼくにとってはなにもなくない。山、川、田んぼ、古びた神社。遊ぶところがたくさんあって、ゲームより楽しい探検の世界が広がっている。
帽子をかぶって、タオルを首にまいて、おばあちゃんが用意してくれた麦茶が入った水筒を持って、外に出た。田んぼ沿いの道は、濃い夏草の匂いがした。
田んぼや用水路に生き物を探しながら、叔父さんが話してくれる、ネットで仕入れた都市伝説や怪奇話を聞きながら歩いた。
「それでさ、その動画に出ている人は、宇宙人の子どもを産んだって言い張っているんだけど、産まれたての宇宙人、いや、宇宙人と人間のハーフか? どう見てもにせものだったわ。うまいこと作ったみたいだけど」
「なんで、にせものだって分かったの?」
「脚がさ、カエルの後ろ脚だったんだよ。見てすぐ分かった。そのまんま。たぶん、カエルを殺して、他にも適当な生物の死体をくっつけて作ったんだろうな」
「たまたま似ていただけかもしれないよ。叔父さんは、宇宙人を信じていないの?」
「いると思うよ。宇宙は無限で、今も膨張し続けていて、砂漠の砂の数よりたくさんの星があるなら、生命体が存在する星くらい、ごろごろあるだろ」
「だったら、地球にも宇宙人は来ているよね?」
「無限の宇宙で無数にある星の中から、生命のある星を見つけてそこに行くって、できると思うか? わざわざ行く意味もないし」
ぼくは想像してみた。たしかに、すごくたいへんそうだ。そうまでして行く理由は。見学? 旅行? 友だちになりたくて? その星を侵略するために?
「映画とかだと、地球の資源を横取りするために来て、戦争になるよね」
「宇宙を旅する技術があるなら、その資源くらい作り出せそうだけどな」
「だったらグレイは? 宇宙人だと言われている、頭と目が大きい、灰色の生き物」
「有名なあいつらだな。グレイ本人が宇宙人だと名のっても、うそをついている可能性もある。あいつらは、もしかしたら未来の地球人かもしれない」
くくくっと叔父さんは笑った。
「未来人が来る方がすごいよ。宇宙人の方がまだ納得できる」
「そうか? 地球とはちがう星で進化したのに、形が人間と似てるなんてへんだと思わないか? それに、宇宙人が地球に来ていたとして、人とコンタクトをとるとは限らないだろ。宇宙人にとって、重要な生物は他にいるかもしれない。自らを地球の覇者だと思っているのは、人間だけだからな」
「だったら、ぼくらが知らないところで、宇宙人とコンタクトをとっている生き物がいるかもしれないんだ。おもしろいな」
「まあ、そういう可能性もあるよな。ミジンコとか、すでに宇宙人の友だちかもよ」
そんな話をしていたら、あっという間に山に着いた。
昔、おじいちゃんに連れてきてもらったことがある。標高三〇〇メートルほどで、ふもとに小さな神社があって、山の頂上にもお社があって、登山道がかんたんに整備されている。近所の人が健康づくりのために登っていそうな、そんな山だ。
神社でお参りしてから、さっそく登り始めた。
木陰が気持ちよくて、土や植物の匂いがして、セミがわしわし鳴いている。カラスが警戒したような声を出して、枝から飛び去った。
「鳥って不思議だよな」
叔父さんがつぶやく。
「あんなにたくさんいるのに、死骸は見たことない。野生の動物って、みんなそうだよな。猫とかカラスとかスズメとか、生きてるうちはあんなにたくさん見かけるのに、死骸はまったく見かけない。あいつら、どこで死んでんだろ」
言われてみればそうだ。まるで人に死骸を見られたくないみたい。
「あっちいな。俺もミイラでも作ろうかな」
適当な思いつき、といった感じで叔父さんはつぶやいた。
「作ってどうするの?」
「ネットに上げる」
「上げたらどうなるの?」
「注目されて、うーん。それだけだ。ただのたいくつしのぎだよ」
いつの間に拾ったのか、叔父さんは長い枝を持ってぶんぶんふりまわした。やぶをつついて、目をこらす。死骸を探しているみたい。
登山道の勾配がだんだん急になって、やがて頂上に着いた。
広くひらけていて、正面の奥に、石を土台にした小さなお社があって、すみに古びた木製のベンチが二つ置いてある。まわりは木が生えているけれど、ところどころ見晴らしがよくて、風が気持ちよかった。
「おじいちゃんちが見えたよ。お寺もあったよ」
「悠は、元気、だな。俺は、ちょっと、息が、やばい」
叔父さんの呼吸が整うのを待って、ふたりでお社に近づくと、石の土台の上に、まるでお供え物のように、毛むくじゃらのなにかがあるのが見えた。
「なんだ、これ」
叔父さんが毛むくじゃらを枝でつついた。
「うわっ。これ死骸だ。猫か。いや猿? 猿の赤ちゃんか?」
ぬいぐるみみたいな毛むくじゃらに、脚のようなものが見えた。猿の赤ちゃんと言われればそう見えるけれど、よく分からない。
「なんでこんなところで死んでいるんだ。この山、猿なんていたんだな」
「叔父さん、よく近づけるね。ぼくは、よくないものが自分にのりうつりそうで、近づけないよ」
「こいつの怨念みたいなものか? そんなもんあるかよ」
「でも、近づいちゃいけない気がする」
「そう思うのは正しいか。死骸なんて、どんな病原体を持っているか分からないから、むやみに近づいてはいけないと、本能が教えてくれているのかもしれないな」
叔父さんは、死骸をじっと見た。
「昨日テレビで観たミイラって、こういうのを拾って作ったのか。それともミイラを作るために殺したのかもしれない。そうか、ミイラの怖さって、そっちか」
「そっちって?」
「ミイラってさ、体の持ち主の怨念がこもっていそうな感じがするけれど、そんなものより、ミイラを作ったやつの執念の方が強くこもっていそうだよな。死骸をいじるなんて、よほどのことだろ」
死骸にふれて、切って、つなぎ合わせる。無表情でそれを行う人が、頭に浮かんだ。
「そうだね。怖い」
叔父さんは死骸からはなれて、持っていた枝を遠くに投げた。
「死骸なんかに魅入られたらだめだな。ミイラじゃなくて、鬼でもなくて、山の中にいそうな謎の生き物といったら、そうだ、ツチノコだ」
「ツチノコ?」
「知らないか? 昔、流行ったんだよ。ヘビみたいだけど、胴体がふくらんでいて、高く飛ぶらしい。今でも生け捕りにしたら、どっかで懸賞金がもらえたはず」
「初めて知った。本当にいると思う?」
「どうだろうな。獲物を丸のみしたヘビを、見まちがえただけかもしれないけれど。夢は捨てたくないよなぁ。へんな生き物、いねぇかな」
ぼくたちはあたりを見てまわった。
木にセミがいた。セミの抜け殻もあった。地面にミノムシの抜け殻が落ちていた。トカゲがいた。蚊にさされた。地面に赤いなにかが落ちていた。よくみたらザリガニのはさみだった。やぶの中で音がした。ただのハトだった。
知らないおじいさんが登ってきたので「こんにちは」とあいさつした。聞こえなかったのか、おじいさんはなにも言わず足も止めずにお社の方に向かった。
「おーい、悠。こっち来いよ」
叔父さんに呼ばれて行くと、ベンチの近くの地面に、大きなカエルがあおむけで寝ていた。動かない。死んでいるみたいだけど、体表は生きているみたいにみずみずしい。
「なにこれ。おっきい」
「ウシガエルだな。こんな感じだったよ。宇宙人の脚」
「なんでこんなところにいるんだろう。水辺でもないのに」
「迷いこんだか、カラスのしわざかもしれないな。エサとして巣に運ぶつもりで、落としたんだろう。これで宇宙人が作れるぞ」
「本当に作るわけじゃないよね?」
「もちろん、想像で作るだけだ。未確認生物の真相に近づけるかもしれない」
カエルをじっと見た。足にひれがあるのが魚みたいだなと思った。
「両脚をくっつけたら、人魚の体みたいじゃない?」
「いい想像力だな、悠。人魚のミイラの正体はこいつかもしれない。コウモリの顔をつけたらすごくそれっぽいぞ。それから、脚をくっつけて手をとったら、ツチノコにも見えないか? もともとカエルなら飛ぶのもかんたんだ」
「おめぇら、ぶっそうなこと考えてんなぁ」
しわがれた声がして、びっくりして振り向くと、さっきのおじいさんが立っていた。
「あ、いえ、本気じゃなくて、これは、その」
叔父さんがもごもご言ってごまかそうとした。
「ああ? はっきり言ってくんねえと聞こえねぇよ」
「ただの、冗談です。子どもの想像力をたくましくしようとして」
「冗談でも言うもんじゃねぇ。まわりにいるもんが期待しちまう。あいつらはいれもんがほしくてしかたねぇんだ。死体はもともと入っていたやつのもんだけど、死体をつなぎあわせたら誰のもんでもなくなる。入りたい放題だ。山のもんだけじゃなくて、宇宙のもんもねらってる。あいつらは、意識だけでここに来てっから、いれもんがほしいんだ。人間あやつって作らせるぞ。気をつけろ」
言いたいことを言って満足したのか、おじいさんは、ふんっと鼻を鳴らして、ぼくらに背中を向けて歩き出した。しっかりした足取りで登山道へ行き、やがて姿を消した。
「あのじいさん、まだ生きてたんだ」
「叔父さん、知り合い?」
「小学校の近くによく出没した、へんなことばっか言ってたじいさんだよ。へんじいってみんな呼んでた。今聞くと、なかなか興味深いこと言っていたな」
「あんなの、おじいさんの妄想だよね?」
「どうだろうな。いれものを作ってやったら分かるんじゃねぇの」
くくっと叔父さんが笑って、ぼくたちは、再びあたりを見てまわった。
汗だくになって、麦茶もなくなって、叔父さんが携帯電話で時間を確認すると、十二時を過ぎていたので、お昼ごはんの時間だし、帰ることにした。
「帰る前に、お社に手を合わせておくか」
ふたりでお社に顔を向けて、すぐに動きを止めた。
さっきの死骸が、なくなっている。
「あれ、いつからなかった? 悠、気づいてたか?」
「ううん。ぼくも今、気がついた」
「犬か猫がくわえていったか。カラスかもしれないな」
「動物がいたら、すぐに気がついたと思うけど」
叔父さんは、お社に近づいて死骸があったところをじっと見た。
「あとかたもないな。まるで最初からなかったみたいだ」
「さっきのおじいさんが片付けたのかも」
「なにも持っていなかったぞ。埋めたのか?」
さっと地面に目を走らせた。掘ったようなあとはない。
「あの猿、いけにえみたいだったな」
ぎくりとした。お供え物みたいだとぼくも思ったくせに、いけにえと表現すると、一気にグロテスクに感じた。
「神さまにささげたのか、それとも神さまに入ってもらおうとしたのか」
「おじいさんの話に引きずられすぎだよ」
「入ったものは本当に神さまか、それとも、もっと得体の知れないなにかか」
「むりやり怖い方にもっていかないでよ。そろそろ帰ろう。おなかす」
なにかが聞こえて、口をつぐんだ。
「なんだ、今の。悠、聞こえたか?」
「鳴き声みたいだった」
ぎゃわお? ぐわお? 表現しにくい声が聞こえた。動きを止めて耳をすませる。がさっと音がして、やぶを見た。音の発生源のようなものはない。きっとハトだ。
叔父さんを見ると、顔をこわばらせていた。視線を追うと、前方に毛むくじゃらのなにかがあった。あれは、さっきの……
「なんだ。生きてたんだ」
猿の赤ちゃん。……じゃない。しゃがんだ体は猿みたい、だけど、顔は、鬼だ。昨日、テレビで観た、鬼の胎児のミイラ。あれに似た、顔。
「ぎゃあぎゅぎゃががぎああああがぎょ」
使い方が分からない楽器をめちゃくちゃに演奏したみたいな音が、それの方からした。
叔父さんが、ゆっくり脚を動かした。それに近づこうとしているようだ。
「叔父さん、だめだよ」
猿なのかコウモリなのか、なんなのか分からないそれが、使い方が分からないみたいにぎこちなく腕を上げて、ぼくらを指し示した。ぼくら、じゃない。後ろだ。
あやつられるようにして振り向いた。
お社の土台のところに、カエルの死骸があった。ザリガニのはさみもあった。スズメの羽のようなものも見えた。死骸が、材料が、かき集められて、
「俺たちに作れって言うのか……?」
ゆっくり視線を前に戻すと、なんなのか分からないそれはいなくなっていた。
「叔父さん、今のうちだよ。早く帰ろう」
「そ、そうだな」
ぼくたちはかけだし、登山道をころがるようにして一気に下山した。息を切らしてふもとに着いて、ようやく歩をゆるめた。
「なんだったの。あれ」
「分からねぇ」
どちらかが言い出したわけでもなく、神社に入って手を合わせた。厄払いのつもりだったけれど、頂上にお社があったのにあんなことが起こったのなら、ご利益はないかもしれないと、頭のかたすみで思った。
おじいちゃんの家へ向かって歩く。強い日差しを感じながら、緑の稲が風にゆれるのを見ていたら、ようやく人心地ついて、さっきのことが白昼夢のように思えた。
叔父さんは、見たものを整理するみたいに、なにやらぶつぶつ言っている。
「なにか分かった?」
「見世物のためにミイラを作ったんじゃなくて、他の目的でミイラを作って、うまくいかなかったから見世物にしたのかもしれないと思ってな」
「さっきのおじいさんの話、真に受けているんだ」
「見世物のために死骸をいじってミイラを作るなんて、完成まで時間がかかりそうだし効率悪くないか? 客を呼びこめるようなものは、他にも作れそうだし」
「たまたまかもしれないよ。狩人がたくさんの動物を手に入れて、なんとなく作ってみたとか。あとは、流行っていたのかも。だから作ったんだよ」
この場合、どれがましなんだろう。見世物にして稼ぐために作りだされたのか。得体の知れないもののいれものとして作りだされたのか。あやつられて作りだされたのか。
自分が信じたい方に話を持っていこうとすれば、いくらでもこじつけはできる。でもどういう結論になろうと不気味さはぬぐいきれなかった。
飲み込みにくいものをのどに抱えたまま、叔父さんとふたり、田んぼ沿いの道を歩いた。
『未確認生物編』完
『怪異ハ浸食スル』③降霊術編へ続く
