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われわれはいつ性を隠すようになったのか - 自慰タブーの歴史と、羞恥が身体に残るまで

この記事は「なぜ「昨日、自慰をした」と言えないのか - 性的な情報だけが、日常会話から切り離される理由を深掘る」の続きです。

その恥ずかしさは、いつから自然に見えるようになったのか。

私たちは、自慰が身体に悪いとは、もう本気では信じていない。

例えば18世紀のヨーロッパでは、自慰は精神の破滅をもたらす忌避されるべき行為だった。19世紀には自慰をしてしまう人は精神疾患だとみなす向きもあった。しかし少なくとも現代の医学や性科学は、自慰そのものを危険行為や病気とは見なしていない。思春期の発達の一部としても、成人の性的健康の一部としても、それはごく普通に説明される。もちろん、生活を破壊するほど制御不能な性行動は別の臨床的問題になりうる。しかし「自慰をした」という事実だけで、その人の身体や精神が壊れるわけではない。

それなのに、言葉のほうは、まだ古い時代を生きている。

「昨日ラーメンを食べた」は言える。「昨日よく眠れなかった」も言える。だが「昨日自慰した」は言いにくい。医学的な知識は更新された。けれど、口に出そうとした瞬間に、どこかでブレーキがかかる。頭では問題ないと知っているのに、身体はまだ「それは人前で言うことではない」と反応する。

このズレは、単なる個人の照れではない。

恥ずかしさには歴史がある。

私たちが「自然なマナー」だと思っているものの多くは、実際には、長い時間をかけて身体に沈み込んだ社会の記憶である。自慰をめぐる羞恥もまた、古代から同じ形で存在していた普遍的な本能ではない。宗教、医学、教育、国家、家庭、住まい、メディアが、それぞれ別の時代に別の理由で作った規範が、何層にも重なったものだ。

では、われわれはいつ、性を隠すようになったのか。

この問いに答えるには、「昔はおおらかだったが、近代が性を抑圧した」というわかりやすい物語から、いったん距離を取る必要がある。

昔は自由だった、という話は気持ちいい。だが、たいてい雑である。

性の歴史を語るとき、私たちはしばしば失われた楽園を想像する。

古代や江戸は性におおらかだった。近代国家と西洋道徳がやってきて、性は隠され、恥ずかしいものにされた。そういう語りは、わかりやすい。現在の窮屈さに対する批判としても気持ちがいい。

しかし、歴史はもう少し複雑である。

古代メソポタミアやエジプトには、神の自慰が創造や豊穣と結びつく神話がある。そこでは精液や性的力は、宇宙や生命を生み出す力として語られた。一方で、古代ギリシアやローマでは、自慰はしばしば滑稽さ、未熟さ、奴隷性、自己統制の欠如と結びつけられた。哲学者ディオゲネスが公然と自慰をした逸話は有名だが、そこにあるのは「神の禁忌を破った恐怖」というより、公共の場で節度を外した人間への驚きや笑いである。

東アジアでも同じだ。中国の房中術や養生思想では、男性の精は生命力と結びつけられ、過度な射精は身体資源の浪費とされた。インドの伝統にも、修行や階級に応じた節制の思想がある。つまり、自慰はどこでも同じように「罪」だったわけではない。だが、どこでも完全に自由だったわけでもない。

重要なのは、評価の軸が違ったということだ。

ある文化では生命力の問題だった。ある文化では節度や礼儀の問題だった。ある文化では生殖義務の問題だった。ある文化では滑稽さの問題だった。自慰は最初から「その人の内面の真実を暴く情報」として扱われていたわけではない。

ここを押さえないと、性の歴史はすぐに雑な二択になる。

昔は自由だったのか。近代が抑圧したのか。

答えは、そのどちらでもない。

性は、つねに何らかの規範の中にあった。ただし、その規範が何を守ろうとしていたのかが、時代ごとに違っていたのである。

オナンは自慰をしていない。

自慰の歴史で避けて通れない名前がある。

オナンである。

「オナニー」という語の由来になった旧約聖書の人物だ。だから多くの人は、聖書が自慰を直接禁じ、その禁忌が現代まで続いていると思いがちである。だが、ここには大きなねじれがある。

創世記38章のオナンは、兄の死後、兄嫁タマルとの間に子をもうける義務を負っていた。古代近東のレビラト婚、つまり亡くなった兄弟の家系を存続させる制度である。ところがオナンは、生まれる子が自分の後継者にはならないことを知り、性交中に「種を地に漏らす」。神はそれを悪と見なし、オナンを罰する。

つまり原典で問題になっているのは、独りで行う自慰ではない。

問題は、血統を残す共同体的義務の拒否であり、残された女性の社会的保障を奪う行為であり、膣外射精による生殖の回避だった。

もちろん、後のキリスト教神学は、非生殖的な性を強く戒めた。アウグスティヌスやトマス・アクィナスの自然法的な性倫理では、性は基本的に生殖へ向かうべきものとされ、生殖可能性を欠く性行為は「自然に反する」ものとして分類される。自慰もその中に置かれていく。

だが、それでも注意すべき点がある。

自慰タブーは、聖書の一文から一直線に現代へ届いたわけではない。オナンの物語は、時代を下るにつれて、別の関心によって読み替えられた。共同体の義務を破った男の物語が、やがて「独りでする性」の名前になった。

ここには、性の歴史を考えるうえで非常に重要な事実がある。

人間は行為だけを罰するのではない。行為に名前を与え、名前を通じて不安を増幅し、ある行為を「社会問題」として発見する。

自慰は、まず神に禁じられたから恥ずかしくなったのではない。

ある時代に、自慰という行為が、社会全体を脅かす問題として語られ始めたのである。

十八世紀、「独りでする性」が社会問題になる。

転換点は、十八世紀のイギリスにある。

一七一〇年代にロンドンで出版された匿名パンフレット『Onania』は、自慰の歴史において決定的な文書だった。正式な題名には「自己汚涜」という言葉が入り、自慰は身体を衰弱させ、記憶を奪い、神経を壊し、早死にや精神の破滅を招くとされた。

ここで興味深いのは、『Onania』が純粋な神学書でも、純粋な医学書でもなかったことだ。そこには読者の告白めいた体験談が並び、恐怖が煽られ、治療薬や対処法が売られる。つまりそれは、道徳、医学、出版ビジネス、読者の不安が結びついたメディア商品だった。

自慰は、印刷物によって「発見」された。

もちろん、人々はそれ以前から自慰をしていた。行為そのものが十八世紀に生まれたわけではない。新しかったのは、それを「誰もが密かにやっているかもしれない、恐るべき現代病」として名指す仕組みである。

歴史家トマス・ラカーは、近代自慰恐怖の核心を、他者を必要としないこと、隠れてできること、想像力だけで満たされること、そして原理的には際限がないことに見た。

これはかなり鋭い。

性交は、どれほど隠れていても、少なくとも他者を必要とする。社会的関係、場所、時間、相手の意思、リスクがある。だが自慰は、一人で完結する。相手がいない。交渉がない。拒絶がない。社会の目を通さず、想像だけで欲望が動く。

近代の勤勉倫理や自己統制の感覚から見ると、これは危険だった。

なぜなら、誰にも見られず、誰にも止められず、欲望だけが自分の内側で増幅するように見えたからである。自慰は、快楽の問題である以前に、自己管理の失敗として読まれた。独りでいること、空想すること、読書すること、都市で匿名になること。十八世紀の新しい生活様式が抱えた不安が、自慰という一点に集まっていく。

ここで、性のタブーは少し形を変える。

それは単に「神に背くから悪い」のではなくなる。

「自分を管理できないから危ない」ものになる。

自慰は、宗教的な罪であると同時に、近代的な自己統制の失敗として語られ始めたのである。

医学は、罪を病気に翻訳した。

『Onania』が撒いた恐怖に、より強い権威を与えたのが、十八世紀の医師サミュエル=オーギュスト・ティソだった。

ティソは一七六〇年に『L'Onanisme』を出版し、自慰が身体と精神を破壊すると論じた。彼の理論では、精液は身体の精妙な体液であり、脳や神経、活力と深く結びついている。これを過度に失うと、衰弱、記憶力低下、視力障害、神経症、精神異常など、さまざまな不調が起こるとされた。

もちろん、現代医学から見れば誤りである。

しかし当時、それは迷信ではなく、かなり「科学的」に見えた。体液病理学や初期の神経医学の枠組みの中では、精液の喪失が生命力の喪失と結びつく説明には、それなりの説得力があった。しかもティソは著名な医師であり、その議論はヨーロッパの医学界、教育界、知識人層に広がった。

ここで起きたのは、宗教的な罪の世俗化である。

自慰は、神に背く行為であるだけではなく、身体を壊す病気になった。魂の問題は、神経の問題へ翻訳された。罪悪感は、健康不安へ変換された。

この翻訳は強力だった。

なぜなら、宗教的な罪なら、信じない人には届かない。しかし医学的な危険なら、誰にでも届く。親は子どもの健康を心配できる。教師は生徒の未来を心配できる。医師は患者の症状を説明できる。国家は青年の身体を管理できる。

自慰は、個人の隠れた行為でありながら、家庭、学校、病院、軍隊が介入すべき対象になった。

十九世紀には、自慰は精神病理とも結びつけられる。「手淫精神病」という発想が生まれ、精神病院や寄宿学校では、監視や拘束、防止器具、外科的処置まで用いられた。今日から見れば暴力的で非科学的な処置だが、当時はしばしば合理的な医療や教育の名のもとで行われた。

ここでも、近代は単に性を沈黙させたのではない。

むしろ、性について過剰に語った。

いつ始めたのか。どれくらいしたのか。どんな妄想を抱いたのか。身体にどんな兆候があるのか。子どもの手はどこにあるのか。寝室の配置はどうするのか。

沈黙ではなく、観察。禁止ではなく、記録。罪ではなく、診断。

性は、近代の言葉の中で、どんどん細かく語られるようになった。

子どもの手を見張る社会。

自慰が近代社会で特別に危険視された理由のひとつは、それが子どもと結びつけられたことにある。

大人の性的逸脱は、昔から道徳や法の対象だった。しかし十八世紀末から十九世紀にかけて、教育学、小児医学、家庭教育が発達すると、子どもの性が新しい問題として立ち上がる。子どもは純粋であるべきなのに、性はその内部にすでに潜んでいる。そう考えられるようになる。

ここから、奇妙な監視の文化が生まれる。

寝るときに子どもの手を布団の外に出させる。独りにしない。朝はすぐに起こす。寄宿学校の寝室を見通しやすくする。親や教師は、子どもの身体に「兆候」を探す。

ここで働いているのは、単なる抑圧ではない。むしろ、性を探し出す欲望である。

ミシェル・フーコーは『性の歴史』で、近代社会を「性を沈黙させた社会」としてではなく、「性について語らせ、分類し、告白させた社会」として読んだ。これは自慰の歴史に非常によく当てはまる。

近代は、子どもの性を隠したのではない。

子どもの性を発見し続けた。

そして、その発見を通じて、子どもを管理し、家庭を管理し、学校を管理し、未来の国民身体を管理しようとした。

この視点に立つと、「性は近代に抑圧された」という言い方は半分しか正しくない。近代は性を消したのではない。性を管理可能な情報に変えた。性は、医師や教師や親が読み解くべき兆候になった。

ここで、自慰はたんなる行為ではなくなる。

それは、その子どもが自己統制できるかどうかを示す情報になる。将来、健康な大人になれるかどうかを示す情報になる。精神が正常かどうかを示す情報になる。

性は、身体の外側で起きる行為ではなく、内面の質を示すサインになっていく。

江戸は楽園ではない。明治も単なる弾圧ではない。

では、日本ではどうだったのか。

ここでも、単純な物語は禁物である。

江戸時代の日本には、春画、艶本、洒落本、川柳、性指南書、養生書など、性をめぐる豊かな文化があった。自慰をほのめかす言葉や笑いもあった。男性の自慰は、罪というより、金がない、相手がいない、野暮である、情けない、といった滑稽さの中で語られることがあった。女性の自慰や道具の使用も、春画や艶本の中では描かれている。

しかし、だからといって江戸が性のユートピアだったわけではない。

性は身分、家、共同体、婚姻、遊郭、養生の規範の中に置かれていた。貝原益軒『養生訓』に見られるように、「精」を生命力と見なし、過度な放出を戒める発想もあった。夜這いや若者組のような共同体的性文化も、個人の自由恋愛というより、村落秩序や婚姻慣行と結びついた制度だった。

つまり、近世日本にも性規範はあった。

ただし、その論理は、近代的な「自慰=病気」「自慰=人格の異常」とは違っていた。そこでは主に、身体資源の節約、共同体秩序、野暮さ、滑稽さ、家の存続が問題だった。個人の深層心理を読み解く鍵としての性では、まだなかった。

明治になると、ここに大きな再編が起きる。

日本は西洋の「文明国」として認められるために、公共空間の身体を急速に整えようとした。混浴、裸体、屋外での排泄、性的な振る舞いなどは、公衆衛生や礼儀の名のもとに規制される。ノルベルト・エリアスが論じた「文明化」の過程を借りれば、外からの強制が、やがて人々の内側の羞恥心や自制心として身体化されていく。

明治日本が輸入したのは、キリスト教そのものというより、西洋近代の公衆衛生、医学、教育、軍事、国家管理の技術だった。

その中で、自慰有害論も入ってくる。

「手淫」「自涜」「自慰」「オナニー」。明治から大正、昭和にかけて、自慰を表す言葉は複数のレジスターを持つようになる。「手淫」は医学的で臨床的な響きを持ち、「自涜」は自らを汚すという道徳的な響きを持つ。「自慰」はやや婉曲で中立的だが、「オナニー」はのちに日常語や男子学生文化の中で、滑稽さと羞恥を強く帯びていく。

言葉は、単なるラベルではない。

それは感情を運ぶ。

同じ行為でも、「マスターベーション」と言うのか、「自慰」と言うのか、「オナニー」と言うのかで、空気は変わる。医学、教育、俗語、嘲笑、ウェルネス。それぞれの言葉が、別々の場面と感情を呼び寄せる。

現代の私たちがある言葉を口にしにくいと感じるとき、その言葉の中には、過去の制度や教室や雑誌や笑い声が残っている。

「悪いこと」ではなくなったあとも、「言わないこと」は残る。

二十世紀後半、自慰をめぐる医学的な有害論は大きく崩れていく。

フロイト以後の精神分析、キンゼイ報告、マスターズ&ジョンソンの性反応研究、そして戦後の性科学は、自慰を異常な例外ではなく、広く見られる性的行動として位置づけた。現代の診断基準でも、自慰そのものは疾患ではない。道徳的な罪悪感だけで病気とする考えも退けられている。

日本でも、戦後から一九七〇年代、八〇年代にかけて、「自慰は身体を壊す」という強い有害論は後退していく。赤川学の近代日本セクシュアリティ研究が示すように、明治以降の「強い有害論」は、戦後には「身体には害はないが、やりすぎや罪悪感には注意せよ」という弱い有害論へ移り、やがて正常な生理現象として説明されるようになる。

これは大きな進歩である。

しかし、ここで奇妙なことが起きる。

病気ではなくなった自慰は、自由になったのか。

ある意味では、そうである。自慰をしたから目が悪くなる、脳が壊れる、将来が破滅する、と本気で脅される時代ではなくなった。性教育や医療の場では、自慰は正常な性的発達やセルフケアの一部として語られるようになった。

だが別の意味では、自慰はさらに私的になった。

「悪いことではない。しかし人前で話すことではない」

この形である。

ここに、現代の性タブーの核心がある。禁止は弱まった。だが、文脈の指定は強く残った。自慰は正常である。しかし、それは個人のプライベートな領域に属する。性について知ることはよい。しかし、それを日常会話や一般的な公共空間へそのまま持ち込むことは避ける。

つまり、近代の終わりに自慰は「病気」から解放されたが、「私的領域」へ配置された。

この配置は、人を守る。聞きたくない人を守る。他者に性的な文脈を強制しないためにも、プライバシーの境界は必要である。

しかし同時に、この配置は沈黙も作る。

相談できない。言葉にできない。自分だけがおかしいのではないかと思う。性について知りたいのに、どの文脈なら安心してアクセスできるのかわからない。

自慰は、悪から普通へ移った。

しかし普通になった瞬間、それは「普通に話せるもの」ではなく、「普通に隠すもの」になった。

近代は、性を「人格情報」にした。

ここまでの歴史をたどると、ひとつの大きな変化が見えてくる。

性は、単なる行為ではなくなった。

古代や近世にも、性の規範はあった。だがそこでは多くの場合、性は家、共同体、身体資源、生殖、礼儀、節度の問題として語られていた。もちろん例外はある。だが少なくとも近代以降ほど、性的嗜好や自慰の習慣が「その人の内面の真実」として読まれることはなかった。

近代はここを変えた。

精神医学、心理学、性科学、教育、告白、診断が、性を人格の深部へ接続した。「何をしたか」だけではなく、「何に欲情するのか」「どんな空想を持つのか」「どの程度自己統制できるのか」が、その人の本質を示す情報として扱われるようになった。

フーコーが有名な整理で述べたように、近代以前のある種の性行為は、まず行為として裁かれた。しかし近代になると、性的欲望はその人の存在の種類を示すものとして分類される。性は、外側の出来事ではなく、内面の身分証明になっていく。

自慰も、この流れの中にある。

「昨日自慰した」と言うことは、単なる行動報告に見えない。聞き手は、無意識にその背後を想像してしまう。何を見たのか。何を考えたのか。どんな欲望を持っているのか。どのくらい頻繁なのか。自己管理できているのか。正常なのか。逸脱なのか。

もちろん、実際にはそんな判断をすべきではない。

だが社会は、そう読んできた。

性が「人格情報」として扱われる社会では、自慰について語ることは、自分の奥にあるものを他人に渡すことに近づいてしまう。だから、言いにくい。行為が無害でも、情報が重すぎる。

冒頭の問い、すなわち「してもよいが、話しにくい」という現代のねじれは、ここに接続している。

性のタブーは、単に禁止が残っているからではない。

性が、私たち自身を読み解く情報になってしまったからである。

恥は、消えた知識のあとに残る。

では、なぜ「自慰は身体に悪い」という知識が否定されたあとも、羞恥だけが残るのか。

ここで役に立つのが、文化遅延という考え方である。社会学者ウィリアム・オグバーンは、技術や知識の変化に比べて、習慣や制度や価値観の変化は遅れると考えた。医学的知識は更新される。しかし、感情やマナーや身体の反応は、同じ速度では変わらない。

自慰をめぐる羞恥もそうである。

私たちは、教科書で「無害」と知る前に、空気で「隠すもの」と学ぶ。親が話題を避ける。学校で少しだけ説明されるが、すぐにプライバシーへ戻される。友人の間では笑いになる。言葉には俗語の匂いがついている。家には一人になれる部屋がある。スマートフォンには履歴が残る。SNSでは本名の自分と、性について語る自分を分けたくなる。

こうした経験は、理屈ではなく身体に残る。

ピエール・ブルデューの言葉を借りれば、それはハビトゥスである。つまり、社会の歴史が身体化されたものだ。私たちは「自慰は悪い」と意識的に信じていなくても、自慰について話そうとすると、身体のほうが先に場違いを感じる。

恥は、知識の誤りだけでできているわけではない。

恥は、姿勢、沈黙、笑い、言葉遣い、家の間取り、学校の説明、画面を閉じる手つき、他人の目を想像する癖によってできている。

だから、知識を更新するだけでは足りない。

もちろん、正しい知識は必要である。自慰が病気ではないこと、性について学ぶことが性行動を煽ることと同じではないこと、身体や欲望について相談できることは重要である。しかしそれだけでは、会話のしにくさは消えない。

必要なのは、性をどの文脈で、誰と、どの言葉で、どこまで共有できるのかを、もう一度考え直すことだ。

性を隠しているのは、私たちの弱さではない。

「昨日自慰した」と言えない。

この事実を、自分の未熟さや臆病さとして片付ける必要はない。

その言いにくさの背後には、長い歴史がある。オナンの誤読がある。十八世紀の出版メディアがある。ティソの医学化がある。十九世紀の精神医学と学校教育がある。明治日本の文明化と国民身体の管理がある。戦後の性科学による脱病理化がある。個室とプライバシーがある。SNS以前から続く、人格と性を結びつける視線がある。

私たちは、これらを一度に生きている。

だから、現代の性タブーは単純な禁止ではない。

それは、過去の規範が消えずに形を変え、感情の層として残ったものだ。罪は病気に翻訳され、病気は人格の問題に翻訳され、人格の問題はプライバシーの問題に翻訳され、プライバシーの問題は現代の「場を選べ」という規範へ翻訳された。

この歴史を知ると、私たちの見ている世界は少し変わる。

性を語りにくいのは、ただ「いやらしいから」ではない。自慰を語りにくいのは、ただ「下品だから」ではない。そこには、身体と欲望をどう管理し、誰に見せ、誰から隠し、どの言葉なら許されるのかをめぐる、社会の長い設計がある。

その設計は、人を守ってもきた。

しかし、人を黙らせてもきた。

だから必要なのは、性をすべて公共空間へ押し出すことではない。恥をすべて捨てることでもない。むしろ、私たちが何を守るために隠しているのか、何を恐れて黙っているのか、そして何を話せないことで失っているのかを、少しずつ見えるようにすることだ。

自慰は、現代ではもう病気ではない。

それでも言いにくい。

その言いにくさは、迷信の残骸であると同時に、近代社会が作ったプライバシーの影でもある。性を隠すことは、単に古いタブーのせいではない。私たちが、自分の内面を他人に渡すことを恐れる社会を生きているからである。

性の歴史をたどることは、過去の奇妙な迷信を笑うことではない。

私たちがいま、どんなふうに自分を隠し、どんなふうに自分を守り、どんなふうに他人をまなざしているのかを知ることなのだ。(了)

この記事は「性はもっと「普通」になれるのか - 特別な配慮は必要だが、特別な羞恥から離れるために」に続きます。

主要参考文献・参照資料

Thomas W. Laqueur, Solitary Sex: A Cultural History of Masturbation, Zone Books, 2003.

Michel Foucault, Histoire de la sexualite I: La volonte de savoir, 1976(邦訳『性の歴史I 知への意志』)。

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Philippe Aries and Georges Duby eds., A History of Private Life, Harvard University Press, 1987-1991.

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日本性教育協会編『「若者の性」白書―第9回 青少年の性行動全国調査報告―』小学館、2025年。

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