
「メンバーに任せるより、自分でやったほうが早い」。そう考えて仕事を抱え込み、気づけば自分だけが残業している管理職は少なくありません。
前編では、管理職のしんどさの正体が、一極集中と未知の増加という構造にあることを確認しました。後編では、その構造を組み替えて、しんどさを小さくしていく具体的な方法を、引き続き『定時で成果 残業ゼロでも目標を達成するチームづくりの教科書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者で、あまねキャリアの沢渡あまねさんに教えてもらいます。
【プロフィール】
沢渡あまね(さわたり・あまね)
作家/企業顧問(組織開発&ワークスタイル変革)。あまねキャリア株式会社代表取締役/一般社団法人ダム際ワーキング協会代表。プロティアン・キャリア協会アンバサダー。磐田市政策アドバイザー。磐田市"学び×共創"アンバサダー。『越境学習の聖地・浜松』『あいしずHR』『読書ワーケーション』主宰。大手自動車会社、NTTデータなどを経て現職。500以上の企業・自治体・官公庁で、働き方改革、組織変革、マネジメント変革の支援・講演および執筆・メディア出演を行う。主な著書は『ブリリアント・ジャーク 静かにチームを壊す人たち』(三笠書房)、『組織の体質を現場から変える100の方法』(ダイヤモンド社)、『新時代を生き抜く越境思考』『EXジャーニー』『バリューサイクル・マネジメント』『職場の問題地図』(いずれも技術評論社)、『「推される部署」になろう』(インプレス)など。趣味はダムめぐり。#ダム際ワーキング 推進者。
時間を奪うのは、作業よりも「意思決定の渋滞」
管理職の時間がどこに消えているのかを考えると、実際に手を動かす作業の時間よりも、決定にかかわる時間のほうが大きいものです。決定の時間には二つあります。ひとつは、どうすべきかを考えて意思決定するまでの時間。もうひとつは、適切に意思決定できなかったことで生まれる、手戻りの時間です。
任せ方を誤って、結局自分で巻き取ることになった。一人で抱え込んだ結果、あとで大ごとになった。こうした手戻りは、意思決定の失敗が生んだ時間だといえます。
そして、何でもかんでも管理職が決める体制は、この決定の時間を際限なく膨らませます。決定が一点に集まると、スピードが落ち、品質が落ち、意思決定疲れが起きるのです。疲れれば、なおざりな判断もしてしまいます。だって人間だもの、という話です。
対策はシンプルで、ルーチンワークの意思決定は、担当者に委ねてしまうことです。ただし、責任は管理職が取ります。この線引きさえ守れば、渋滞は目に見えて緩和されていきます。
任せることには、もうひとつ大きな効果があります。意思決定を任せることは、次世代のリーダーを育てるトレーニングになるのです。いつも助手席や後部座席に座っている人には、運転の面白さも大変さもわかりません。ハンドルを握らせてみてはじめて、本人にも運転席の景色が見えてきます。
逆に、いつも運転している管理職が助手席に乗ってみると、「ここでエンジンブレーキを使うのか」といった意外な発見があるものです。任せることは、育成であると同時に、チームの引き出しを増やすことでもあります。
それでも任せるのが怖いという方は、実験だと思ってください。成功か失敗かにこだわるから、怖くて任せられなくなるのです。違うやり方や意外な成果を見つけるための実験と捉えて、終わったら本人と振り返る。近年のハーバード・ビジネス・レビューでも、こうした実験文化を育てる大切さが繰り返し論じられています。

「にげる」「ぼうぎょ」を正規の選択肢にする
任せることと並んで大事なのが、仕事を全部まともに受け止めないことです。生真面目な人ほど、すべての仕事を受けてアップアップになり、残業が増えていきます。自分にも他人にも完璧を求めて、チームごと疲弊してしまうこともあります。
本書では、仕事への向き合い方を、ドラゴンクエストになぞらえて「たたかう」「にげる」「なかまをよぶ」「ぼうぎょ」「じゅもん」の5つのコマンドで示しました。ポイントは、「にげる」と「ぼうぎょ」を正規の選択肢として認めることです。
逃げると聞くとネガティブに感じるかもしれませんが、ここでいう逃げるは、戦略的なスルーのことです。いつも同じことを言ってくる常連のクレームには、対応しないと決める。一方的な売り込みは、無視すると決める。なんとなく放置するのではなく、「この案件からは逃げる」と決めて選ぶからこそ、あとから振り返ることもできます。
「ぼうぎょ」は、戦略的な保留です。いま向き合っても勝ち目のない相手や案件は、ほとぼりが冷めるまで待つと決めてしまう。嵐が過ぎるのを待つのも、立派な戦術のひとつです。
こうした選択を個人の胸の内にとどめず、チームの共通言語にしておくと、やめることを決める文化が育ちます。何でもかんでも生真面目に受け止めなくていいという空気そのものが、チーム全体の残業を減らしていくのです。

「見える化」より先に、「言える化」
前編で、未知の困りごとは早めに発信したほうが解決も早い、という話をしました。これをチームの仕組みにしていくのが「言える化」です。生産性向上には、プロセスや無駄の「見える化」も大事ですが、それ以前に「言える化」こそが肝心です。問題や課題、ちょっとした違和感、意見、提案、「こうしたい」という思いを、安心して言える環境をつくるのです。
そのためには、メンバーも管理職自身も、「鎧」を脱げる場を設計する必要があります。管理職たるもの弱みを見せてはいけない、という同調圧力は根強いものです。しかし、飛行機の客室乗務員は、具合の悪いお客様がいれば「お客様の中に医療関係者の方はいらっしゃいますか」と迷わず声を上げます。自分たちで解決できないことを開示して、周囲の力を借りる。これも立派なナレッジマネジメントです。
困りごとを発信すると、「それ、やったことがありますよ」という意外な味方が、部内や社内、ときには社外から見つかります。解決したら、その経過も発信します。すると今度は、自分たちが「知識のありか」として頼られる側になります。困りごとの発信は、恥ではなく、チームの財産になっていくのです。
管理職同士で悩みを共有し合う場をつくるのもよいでしょう。横でつながって、鎧を脱ぎ合い、一人で戦わないことです。

生まれた余白は、放っておくとまた埋まる
こうして決めて、任せて、言える化していくと、チームには時間の余白が生まれてきます。ただし、最後にひとつ、落とし穴があります。
私はこれまで、数々の働き方改革や業務改善を仕掛けてきましたが、そのなかには、きれいに失敗した事例もあります。妙な話ですが、改善そのものは成功するのです。残業が減って、余白が生まれて、「この余白で新しいことに取り組もう」とみんなで言い合って、めでたく解散します。
ところが、しばらくして様子をのぞいてみると、あの余白がきれいに消えています。どこからともなく「ちょっとこれもお願いできる?」と細かな仕事が振られてきて、みんな真面目ですから、それを全部拾ってしまう。誰も残業したいわけではないのに、気づけば景色は元どおりです。
しかも、誰もサボっていません。全員、真面目に働いた結果、元に戻ったのです。人は余白があると、慣れたやり方、気持ちのいいやり方に戻ってしまうものです。にんげんだもの、という話です。
ですから、浮いた余白を次に何へ使うのかを、チームで合意しておいてください。本書に「チームの『次のテーマ』は何でしょうか?」という問いかけを入れたのは、この失敗からの学びです。
そして、どれだけ仕事を手放していっても、ひとつだけ手放してはいけないものがあります。自分がその立場を通じて何を成し遂げたいのか、どんな景色をつくっていきたいのかという、思いと信念です。世の中全体でなくてもかまいません。チームでも、半径5メートルの範囲でもいいのです。その思いさえ手放さなければ、管理職は、しんどいだけの役割ではなくなります。

【沢渡あまねさん ほかのインタビュー記事はこちら】
記事の最後に出てきた「半径5メートル」。沢渡あまねさんが2026年8月9日に特別ゲストとして登壇したStudyHacker Squareのオンラインイベントでは、「まずは半径3メートルからできること」をテーマに、社内ルールと残業削減をボトムアップで変えていく方法が語られました。
『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』の著者・安斎勇樹さん、水野祐さんとのクロストークでは、本記事にも通じる「任せることは実験である」という考え方から、「失敗を許容する文化」という言葉に潜む問題を沢渡さんが指摘する場面もあります。90分の記録を、無料でご覧いただけます。
▶ アーカイブ視聴はこちら
視聴期限:2026年10月3日まで
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社 代表取締役/株式会社スタディーハッカー創業者。1977年生まれ、福岡出身。2014年、メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ。以後運営に携わる。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010
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