U2が影響を与えた音楽

U2が影響を与えた音楽(ユー・ツーがえいきょうをあたえたおんがく)では、アイルランドのロックバンド、U2が他のミュージシャンや音楽作品に与えた影響について述べる。U2は、ポストパンクを基盤としながら、ジ・エッジによる特徴的なギター奏法、ボノの歌唱、宗教的・政治的テーマを扱った歌詞、壮大なサウンドスケールや革新的なライブ演出などによって、1980年代以降のロック・ミュージックに大きな影響を与えた。特にエッジが用いたディレイを駆使したギターサウンドは、後続のロック・ギタリストに広く影響を与えている。
U2の影響は、オルタナティヴ・ロックやポストパンク、スタジアム・ロックにとどまらず、世界各国のロックやポップ・ミュージックにも及んでいる。日本ではL'Arc-en-Ciel、GLAY、LUNA SEA、Mr.ChildrenなどがU2からの影響について言及しており、韓国などアジアの音楽シーンにもU2を想起させるサウンドを持つ作品が見られる。また、U2の楽曲やアルバム、ライブ演出、アートワークなどとの類似を指摘される作品も存在する。
本項では、ミュージシャン自身がU2からの影響を明言した事例を中心に、音楽評論や専門誌などでU2との関連を指摘された事例についても扱う。
1980年代のポストパンク・シーン
[編集]1980年代半ばには、U2の音楽的影響が後続のバンドやミュージシャンに現れ始めた。1984年、ジ・エッジはビッグ・カントリー、アラーム、シンプル・マインズについて、U2と「楽観性」や「アンセミックな性質」を共有していると述べた。また、U2公式サイトが紹介したGuitar.comの記事によれば、1980年代半ばにはイギリスやアメリカの音楽業界誌に「U2スタイル」のギタリストを求める広告が相次いで掲載されるようになり、エッジのギター・サウンドが同時代のギタリストに影響を与えていたことが示されている[1][2]。
この時期のU2は、ポストパンクを基盤としながら、政治的・社会的主題を扱う歌詞と大規模なサウンドを組み合わせた「アンセミック」なロックの一つのモデルとなり、前述の同時代のバンドとの比較が盛んに行われた。1984年の『ワシントン・ポスト』紙は、これらのバンドをU2とともに「positive-rock」または「neo-folk-rock」と呼ばれる動向の一部として紹介している[3]。
シンプル・マインズ
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シンプル・マインズは、U2と同じくポストパンクを出発点として1980年代に活動を拡大したスコットランドのバンドである。ボノとシンプル・マインズのヴォーカル、ジム・カーは1980年代前半から親交を深め、ステージでも共演した[4]。1986年の『レコード・ミラー』のインタビューでカーは、ボノにステージへ招かれたことをきっかけに「かなり良い友人になった」と語っている。また、1985年の新年にはボノがカーの自宅を訪れていたという[5]。
また、カーは1984年にプリテンダーズのクリッシー・ハインドと結婚している。ハインドは同年に発表されたU2のアルバム『焰』の収録曲「プライド」でバッキング・ボーカルを務めており、U2のライナーノーツでは「Christine Kerr」の名でクレジットされている[6]。
1984年のアルバム『スパークル・イン・ザ・レイン』では、前年にU2の『WAR(闘)』を手掛けたスティーヴ・リリーホワイトをプロデューサーに起用し、それまでのニュー・ウェイヴ色の強いサウンドから、より力強く大規模なロック・サウンドへと転換。同作はイギリスのアルバム・チャートで1位を獲得した[7]。1985年には、U2の『ブラッド・レッド・スカイ=四騎=』を手がけたジミー・アイオヴィンとボブ・クリアマウンテンをプロデューサーに起用し、『ワンス・アポン・ア・タイム』を発表。同作はイギリスのアルバム・チャートで1位、アメリカのビルボード 200で10位を記録し、バンドにとって最大の商業的成功作となった[8][9]。
また、シンプル・マインズは2001年にカバー・アルバム『ネオン・ライツ』を発表したが、同作にはパティ・スミスの「ダンシング・ベアフット」やクラフトワークの「ネオン・ライツ」などU2がシングルのB面(「ラヴ・カムズ・トゥ・タウン」「ヴァーティゴ」)でカバーしたことがある曲も収録された。また、アメリカ盤にはU2がライブで頻繁に挿入歌としているジョイ・ディビジョンの「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」も収録されている[10][11][12]。
ビッグ・カントリー
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ビッグ・カントリーは、スコットランド出身のロック・バンドで、1980年代前半にU2と並んでポストパンク以後のアンセミックなロックを展開した。U2の『War』がリリースされた同年、1983年に、スティーヴ・リリーホワイトをプロデューサーに迎えてデビュー・アルバム『インナ・ビッグ・カントリー』を発表した。同作の制作は当初クリス・トーマスをプロデューサーとして開始されたが、セッションが期待どおりに進まず、リリーホワイトが引き継ぐことになった[13]。この制作経緯は、後年のU2のアルバム『原子爆弾解体新書』とも共通している[14][15]。
1983年3月29日、ロンドンのハマースミス・パレで行われたWarツアーのイギリス公演最終日には、ビッグ・カントリーが前座として出演した。アンコールでは、アラームのマイク・ピーターズとビッグ・カントリーのスチュアート・アダムソンがU2のステージに招かれ、ボブ・ディランの「天国への扉」を共演した。ボノは2人を「the new breed」と紹介したとされ、この出来事はU2、ビッグ・カントリー、アラームなど、1980年代初頭の英国・アイルランドの新しいロック・シーンを象徴する交流の一例となっている[16][17][18]。
2006年には、U2とグリーン・デイが、スチュアート・アダムソンがビッグ・カントリー結成以前にギタリストとして参加していたスキッズの代表曲の一つである「セインツ・アー・カミング」をカバーし、イギリスのシングル・チャートで2週連続1位を記録した[19]。
アラーム
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アラームは、ウェールズ出身のロック・バンドで、1984年のアルバム『アラーム宣言(Declaration)』でイギリスのアルバム・チャート6位を記録し、同時期のU2やビッグ・カントリーと同様に、ポストパンクを基盤としたギター・ロックを大規模な会場へと展開していった。
彼らは、U2とザ・クラッシュの影響を受けた音楽性で知られ、1980年代にはU2との類似性を指摘されることが多かった。1983年の『ボストン・グローブ』紙は、アラームの音楽を「U2に似た」ものと評するとともに、初期のザ・クラッシュを想起させると評している[20]。 また、1987年の『ロサンゼルス・タイムズ』紙は、アラームを「U2 II」と評し、マイク・ピーターズの歌唱や身振りにはボノとの類似性があると指摘した[21]。 ピーターズ自身も、アラームがU2のクローンと呼ばれてきたことを認め、比較によって自身のバンドの独自性が見えにくくなったと述べている[22]。一方で、U2がアラームの成功に一役買ったとも述べている[23]。
一方、両者の影響関係については一方向に限定できない可能性も指摘されている。アラームの楽曲「Blaze Of Glory」について、同曲の1983年録音版を収録した作品のレビューでは、ボノが同曲を聴いており、その後のU2の音楽的方向性に影響を与えたという伝承が紹介されている。また、同レビューでは、U2の『ヨシュア・トゥリー』にみられるハーモニカ、アコースティック・ギター、カントリー・ロック的な意匠などが、アラームが結成当初から用いていた要素と共通していると指摘している[24]。
『ヨシュア・トゥリー』の影響
[編集]1987年に発表された『ヨシュア・トゥリー』は、U2の音楽性を世界的に広めるとともに、1980年代後半以降のロックに影響を与えた作品の一つとなった。同作では、それまでのポストパンクを基盤としたサウンドに、ボブ・ディラン、ヴァン・モリソン、キース・リチャーズらから影響を受けたアメリカおよびアイルランドのルーツ・ミュージック、ブルース、フォーク、ゴスペルなどを取り入れた。また、ジ・エッジは同作でディレイを用いた空間的なギター・サウンドを発展させ、「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム」「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー」などで特徴的な音響を確立した[25] [26] [27] [28]。日本のベーシスト・音楽プロデューサーの亀田誠治は、同作の「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」におけるエッジのディレイを用いたギター・サウンドや、アルバム全体のサウンドに強い衝撃を受けたと述べている[29]。
一方、1990年代のロック・シーンでは、ニルヴァーナを中心とするグランジやブリットポップなど、それまでのスタジアム・ロックとは異なる音楽性が台頭したため、『ヨシュア・トゥリー』のサウンドをそのまま継承するような大規模なU2フォロワーが主流となったわけではなかった。しかし、『ヨシュア・トゥリー』におけるエッジによる空間的なギター・サウンド、ルーツ・ミュージックと現代的なロックを組み合わせる手法、社会的・精神的な主題を大規模なロック・サウンドの中で扱う方法などが、後続のロック・ミュージシャンに参照されるようになった[30]。
ポストパンク・バンド
[編集]シンプル・マインズ
[編集]シンプル・マインズは、1989年に8枚目のスタジオ・アルバム『ストリート・ファイティング・イヤーズ』を発表した。同作は、1985年の『ワンス・アポン・ア・タイム』で前面に出ていたアメリカン・ソウルやゴスペルの要素から離れ、映画音楽的な音響やアコースティック楽器、ケルト音楽・フォークの要素を取り入れた作品となった。また、「ベルファスト・チャイルド」「マンデラ・デイ」やピーター・ガブリエルの「ビコ」のカバーなど、政治的・社会的主題を扱った楽曲を収録している[31]。
当時の批評ではU2の音楽性や活動規模を比較する論調もみられた。『NME』は同作について、ジム・カーがアリーナ規模の音楽に執着していると評し、シンプル・マインズの音楽に「U2時代」の影響がみられると批判した[32]。また、『HiFi/Stereo Review』も、シンプル・マインズがU2との比較にさらされてきたことを指摘している[33]
『ストリート・ファイティング・イヤーズ』は1989年5月に発売され、イギリスのアルバム・チャートで1位を記録した一方、アメリカではBillboard 200で70位にとどまった[34][35]。
アラーム
[編集]マイク・ピーターズは2001年のインタビューで、両バンドは精神性や聴衆を鼓舞しようとする姿勢に共通点があったとしたうえで、U2との比較が特に強まったのは『ヨシュア・トゥリー』の発表後だったと述べている。また、「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー」「神の国」「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム」など、アコースティック・ギターで演奏できる楽曲がU2に現れたことで、両者の類似性がより明確になったと指摘した。インタビューの聞き手も、U2の『ヨシュア・トゥリー』にはアラームが以前から用いていたアコースティック・ギターを中心とした音楽的アプローチとの共通性があると指摘している[36]。
1989年、アラームはトニー・ヴィスコンティをプロデューサーに迎え、4枚目のスタジオ・アルバム『チェンジ』を発表した。同作はウェールズの文化や社会を題材とし、「A New South Wales」ではウェールズ交響楽団とモリストン・オルフェウス合唱団が参加した[37][38]。 また、同年には収録曲をウェールズ語で歌い直した『Newid』を発表した[39]。 『Newid』では『チェンジ』と同じ楽曲をウェールズ語で歌っており、マイク・ピーターズは制作に先立ってウェールズ語を学んだ[40]。 しかし、『チェンジ』はウェールズで人気を集めた一方、アメリカの批評ではなおU2との類似性を指摘されるなど、評価は一様ではなかった[41]。
エコー&ザ・バニーメン
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エコー&ザ・バニーメンは、U2と同じ1980年にデビューしたリヴァプール出身のポストパンク・バンドである。初期にはU2が同バンドの前座を務めるなど、両者は同時代のイギリス/アイルランドのポストパンク・シーンで競合する関係にあった。バンドのボーカリストであるイアン・マッカロクは、1980年代からU2やボノに対して辛辣な発言を繰り返しており、U2の音楽を「配管工とレンガ職人のための音楽」と評したことがある[42]。
U2が1983年の『War』によってアメリカで成功を収めた一方、エコー&ザ・バニーメンは1984年の『オーシャン・レイン』などでイギリスを中心に評価を高めたていた。1987年のセルフタイトル・アルバム『エコー&ザ・バニーメン』は、イギリスのアルバム・チャートで4位、アメリカのBillboard 200で51位を記録し、アメリカにおけるバンド最高位となった[43]。同作は当時からU2との類似性を指摘されており、『ロサンゼルス・タイムズ』は、精神的な探求を扱う歌詞や豊かなメロディーを持つ音楽性、イアン・マッカロクのボーカルがボノに近いことなどを挙げ、同作がU2と多くの共通点を持つと評した[44]。
ベテラン・ミュージシャン
[編集]ロビー・ロバートソン
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1987年、ザ・バンドの元メンバーであるロビー・ロバートソンは、初のソロ・アルバム『ロビー・ロバートソン』を発表した。同作はダニエル・ラノワとロバートソンが共同プロデュースを務め、ラノワは同時期にU2の『ヨシュア・トゥリー』をプロデュースしていた。ロバートソンはU2が『ヨシュア・トゥリー』の制作中だった1986年にダブリンのダネズモート・スタジオを訪れ、U2のメンバーと「Sweet Fire of Love」と「Testimony」の2曲を制作した[45]。
「Sweet Fire of Love」について『ロサンゼルス・タイムズ』は、U2との共作・共演による同曲が『ヨシュア・トゥリー』に収録されても違和感のない音楽性を持つと評した[46]。また、『ワシントン・ポスト』は、ロバートソンとエッジのギター演奏について、両者が簡潔なフレーズを用いるミニマリストであると評し、U2が参加していない楽曲でもロバートソンがエッジを思わせるギター・サウンドを取り入れていると指摘した[47]。
ボブ・ディラン
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ボブ・ディランの1989年のアルバム『オー・マーシー』のセッションでは、「Series of Dreams」が録音された。同曲はダニエル・ラノワがプロデュースを手がけたが、アルバムには収録されず、1991年の『The Bootleg Series Volumes 1–3』で初めて発表された[48]。 ラノワは後年、この曲について『オー・マーシー』の他の楽曲とは異なり「U2的なトーン」が強すぎると感じたため、収録を見送ることになったと説明している。ラノワは直前にU2の『ヨシュア・トゥリー』などを手がけており、「Series of Dreams」にはその時期のラノワに特徴的な、複数のギターと重層的なリズムを組み合わせた音響が顕著に現れている[49]。
「Series of Dreams」は、『ヨシュア・トゥリー』そのものの直接的な模倣ではないものの、同作でラノワがU2と確立した音響的手法が、別のベテラン・ミュージシャンの作品にも現れた例とみることができる。『タイム』も、ラノワがプロデュースした『ヨシュア・トゥリー』『オー・マーシー』、ロビー・ロバートソンのソロ・アルバムなどには共通する音響的特徴があると指摘している[48]。
ダニエル・ラノワ
[編集]1993年、ダニエル・ラノワは2枚目のソロ・アルバム『フォー・ザ・ビューティ・オブ・ウィノナ』を発表した。同作ではU2やピーター・ガブリエル、ブライアン・イーノらの作品で用いたスタジオ技術を引き続き取り入れていると評された[50]。同アルバムには、U2との音響的な関連を指摘される「Waiting」をはじめ、「Lotta Love to Give」などが収録されている[51]。『タイム』は同作について、ラノワが『ヨシュア・トゥリー』を含む過去のプロデュース作品で培った音響的特徴との連続性を指摘している[48]。
イギー・ポップ
[編集]イギー・ポップは1993年、アルバム『アメリカン・シーザー』を発表した。同作のプロデュースを担当したマルコム・バーンは、ダニエル・ラノワの弟子として知られ、ラノワが『ヨシュア・トゥリー』などで発展させた音響的手法の影響を受けた人物である[52]。 『アメリカン・シーザー』では、バーンがボーカルを中央に配置し、残響を抑えた音像に空間的なノイズやキーボードのテクスチャーを組み合わせるなど、従来のイギー・ポップのハードロックとは異なる音響処理を施したと評された。[53] 収録曲「Beside You」は、スティーヴ・ジョーンズとの共作によるロック・バラードで、同作からシングルとして発表された[54]。
ピンク・フロイド
[編集]1994年、ピンク・フロイドはアルバム『対』を発表した。収録曲「テイク・イット・バック」は、発売当時からU2との類似性を指摘されており、『Q』誌は同曲を「U2サウンド」と評した。また、同誌のアルバム評でも、同曲をU2に近いサウンドとして取り上げている[55][56]。また、後年の『対』評でも、「テイク・イット・バック」のU2的な音響が指摘されている[57]。
その他のミュージシャン
[編集]サイレンサーズ
[編集]スコットランド出身のサイレンサーズは1987年、デビュー・アルバム『A Letter from St. Paul』を発表した。同作については発売当時からU2との類似性が指摘され、『ロサンゼルス・タイムズ』は同年の記事で、同作の音楽を「より柔らかく、壮大さを抑えたU2」に類似したものと評した[58]。また、『Music & Media』も同年、サイレンザーズがU2と比較されていることを報じている[59]。
ザ・ミッション UK
[編集]ザ・ミッション UKは、1986年に結成されたイギリスのゴシック・ロック・バンドである。1987年にはU2のヨシュア・トゥリー・ツアーで前座を務め、リーズのエランド・ロードとエディンバラのマレーフィールドでU2と共演した[60]。1990年に発表した3枚目のアルバム『Carved in Sand』では、それまでのゴシック・ロック色に加えて、より開放的で大規模なロック・サウンドを取り入れた。同作からのシングル「Butterfly on a Wheel」は全英シングルチャートで12位を記録した[61]。同曲については当時のアメリカのラジオ業界誌でU2との関連が示されており、『Hitmakers』はラジオ局の音楽ディレクターによる「U2が機能しているなら、ミッション UKの『Butterfly on a Wheel』も機能する」との評価を掲載した[62]。なお、ウェイン・ハッセイは後年、ソロ・アルバム『Bare』で「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」をカバーしている[63]。
ボ・ディーンズ
[編集]アメリカ・ウィスコンシン州出身のボ・ディーンズは、1987年のヨシュア・トゥリー・ツアーで前座を務めたバンドの一つである。1989年の音楽誌では、同バンドのギタリスト、カート・ノイマンのギター・フレーズやハーモニクスがU2のジ・エッジに似ていると指摘され、その背景としてU2の前座を6週間務めた経験が挙げられている[64]。その後、1991年のアルバム『Black and White』に収録された「Good Things」では、ノイマンのギターを中心としたサウンドが展開されている[65]。ノイマンは後年、U2の前座を務めた経験について、同バンドの大規模な音楽活動を間近で経験したことが自身たちに大きな影響を与えたと振り返っている[66]。
コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック
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『ヨシュア・トゥリー』の影響は、コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックの分野でも顕著にみられる。『クリスチャニティ・トゥディ』は、デリリアス?、ノーマルズ、カエドモンズ・コールなど複数のクリスチャン・アーティストが『ヨシュア・トゥリー』を重要な影響源として挙げていると報じており、U2が1990年代以降のクリスチャン・ミュージックに大きな影響を与えたとしている[67]。 また、同誌は2007年の『ヨシュア・トゥリー』発売20周年に際しても、同作をメインストリームとクリスチャン・ミュージックの双方における重要なアルバムと位置づけ、デリリアス?のほか、トゥリー63、マーシーミーなど後続のクリスチャン・ロックに影響を与えたとしている[68]。
特にデリリアス?は、U2との音楽的類似性を指摘されてきたバンドの一つであり、『クリスチャニティ・トゥデイ』は同バンドをU2の影響を受けたクリスチャン・ロックの先駆的存在として位置づけ、1990年代以降のコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックの発展と関連づけて紹介している[69][70][71]。また、デリリアス?は2003年、U2の楽曲をコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックのアーティストがカバーしたチャリティー・アルバム『In the Name of Love: Artists United for Africa』のために「プライド」を録音した。同アルバムは、U2のボノがアフリカのHIV/AIDS危機への関心をキリスト教コミュニティーに促したことを契機として企画されたもので、デリリアス?のほかジャーズ・オブ・クレイ、シックスペンス・ノン・ザ・リッチャーなどが参加した[72]。
アイルランドのミュージシャン
[編集]ヨシュア・トゥリーによるU2の成功は、アイルランドのロック・シーンにも大きな波及効果をもたらした。1987年の『ロサンゼルス・タイムズ』は、U2のブレイクスルーによってイギリスやアメリカのレコード会社のスカウトがダブリンを頻繁に訪れるようになり、多数の若いバンドが結成されたと報じている[73]。1989年にも、アメリカの『Phoenix New Times』は、U2の成功によってアメリカの音楽業界がアイルランドのバンドに注目するようになり、多くのバンドがイギリスやアメリカのレコード会社と契約する機会を得たと報じた[74]。
サイレント・ランニング
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サイレント・ランニングは、北アイルランドのベルファストで活動したロック・バンドで、1980年代の作品ではU2やシンプル・マインズと比較されることが多かった。1984年の『レコード・ミラー』は、同バンドについてU2やシンプル・マインズと共通する「観客を熱狂させる力」を指摘し、ボーカルのピーター・ギャンブルも両バンドのライブでの高揚感を意識していたことを語っている[75]。 同年の『NME』も、サイレント・ランニングがU2によってすでに切り開かれた音楽的路線を歩んでいると評しており、当時の北アイルランドのロック・シーンにおいて、U2の影響を受けたバンドの一つとして認識されていた[76]。 1984年にはシングル「Young Hearts」が全英シングルチャートで92位を記録した[77]。
ゼラ・ワン
[編集]ゼラ・ワンは、1982年にアイルランドで結成されたニュー・ウェイヴ・バンドである。初期からU2の影響を受けた音楽性を持ち、1985年の『Trouser Press』誌は、同バンドのファースト・アルバムについて、U2のサウンドを模倣したような厚みのあるギターと壮大な音作りを特徴としていると評した[78]。 また、1984年の『Jamming!』誌も、ゼラ・ワンの音楽についてU2が1980年代の音楽に与えた影響との類似性を指摘している[79]。
ゼラ・ワンは1982年にザ・キュアーのイギリスおよびヨーロッパ・ツアーのサポート・アクトを務めた後、同年12月にはU2の公演にも出演した[80]。 1983年には「The Banner of Love」がイギリスのインディーズ・チャートで33位を記録し、1984年にマーキュリー・レコードからセルフタイトルのファースト・アルバム『Zerra I』を発表した[81]。
イン・トゥア・ヌア
[編集]イン・トゥア・ヌアは、ダブリンで1980年代に活動したロック・バンドで、ロックにフォークロックやアイルランドの伝統音楽の要素を取り入れ、イリアン・パイプスやヴァイオリンなどを用いた音楽性を特徴としていた。こうしたロックとアイルランドの伝統音楽を融合させる方向性は、伝統楽器を取り入れながら独自のロック・サウンドを発展させていたU2とも共通していた[82]。
両バンドの関係は、音楽的な共通性だけでなく、メンバー間の交流を通じても形成された。イン・トゥア・ヌアの創設メンバーであるスティーブ・ウイッカムは、U2のアルバム『War』でヴァイオリンを演奏し、ヴィニー・キルダフも『アイリッシュ・オクトーバー』でウイリアン・パイプスなどを演奏していた[83]。 また、シネイド・オコナーはイン・トゥア・ヌアの初期に「Take My Hand」のデモで歌っており、ボノは後年、当時15歳か16歳だったオコナーの歌声を初めて聴いた際、「新しい土地に足を踏み入れたようだった」と回想している[84]。
1984年には、U2が設立したマザー・レコードからイン・トゥア・ヌアの「Coming Thru」が同レーベル最初のリリースとしてリリーホワイトされた[82]。その後、ヴァージン・レコードと契約したイン・トゥア・ヌアは、1986年のシングル「Seven into the Sea」がアイルランドのシングル・チャートで9位を記録し、翌1987年にファースト・アルバム『Vaudeville』を発表した[85]。 同年バンドはU2のヨシュア・トゥリー・ツアーでヨーロッパ公演のサポート・アクトを務めた[83]。1988年にはセカンド・アルバム『The Long Acre』を発表し、アルバムに収録された「All I Wanted」はアイルランドで17位、イギリスで69位を記録した[86][87]。
カクタス・ワールド・ニュース
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カクタス・ワールド・ニュースは、1984年にダブリンで結成されたロック・バンドで、初期にはU2の影響を受けていた。両バンドは厚みのあるギター・サウンドとアンセミックな歌詞を特徴としており、1986年の『ビルボード』誌の記事でも両者の音楽的な類似性が指摘されている[88]。 また、ギタリストのフランク・カーンズはマウント・テンプル総合学校でU2のメンバーと同級生であり、ドラマーのラリー・マレン・ジュニアとは親しい友人だった[89]。
1985年、ボノはCactus World Newsの演奏を見て同バンドを評価し、U2が設立したマザー・レコードからシングルを発表することを提案するとともに、自ら「The Bridge」をプロデュースした。同曲は同レーベルから発売された初期の作品の一つとなり、アイルランドのシングル・チャートで26位を記録した[90]。 カクタス・ワールド・ニュースはその後MCAレコードと契約し、1986年のアルバム『Urban Beaches』を発表した。アメリカの『ビルボード』誌は当時、同バンドについてU2との比較が避けられない一方、独自の音楽性を確立しようとしていたと報じている[88]。
ホットハウス・フラワーズ
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ホットハウス・フラワーズは、1980年代にダブリンで結成されたロック・バンドで、ソウル、ブルース、ゴスペル、アイルランドの伝統音楽を融合した音楽性を特徴としている。1986年、ボノがテレビで同バンドの演奏を見て支援を申し出たことをきっかけに、U2が設立したマザー・レコードからデビュー・シングル「Love Don't Work This Way」を発表した[91]。 翌1987年にはU2からクローク・パーク公演のサポート・アクトに招かれ、両バンドの関係はさらに深まった[92]。
1988年の『People』はアイルランドで大きな成功を収め、全英アルバム・チャートでも2位を記録した[93]。 一方、当時のアメリカの批評では、同バンドのサウンドはU2よりも伝統的なブルース、ゴスペル、カントリーの影響が強いと評された[94]。
シネイド・オコナー
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シネイド・オコナーは、U2と同じダブリンの音楽シーンから登場し、1980年代半ばからU2のメンバーと交流した。10代の頃にはイン・トゥア・ヌアの「Take My Hand」の録音に参加し、その後、ボノが彼女の歌声に注目したことをきっかけに、エッジのソロ・プロジェクトへ参加することになった。1986年、映画『キャプティヴ』(1986年)のサウンドトラックのために制作された「Heroine」では、オコナーがエッジと共同で作詞し、ボーカルを担当した。ドラムにはラリー・マレン・ジュニアも参加しており、U2のメンバー3人のうち2人とオコナーが共演した作品となった[95][96]。
「Heroine」はオコナーが自身のデビュー・アルバムを発表する前年に発売された最初期の公式録音の一つであり、彼女の歌声を広く知らしめるきっかけとなった。エッジによれば、映画側からサウンドトラックにシングル向けの楽曲を求められた際、ボノがオコナーを推薦したという[97]。 また、エッジはこの作品でマイケル・ブルックと共同作業を行い、そこで用いられた「Infinite Guitar」は後のU2の『ヨシュア・トゥリー』で重要な役割を果たすことになった[98]。
しかし、その後、オコナーとU2の関係は一時的に悪化する。当時オコナーのマネージャーを務めていたファクトナ・オケリーとU2の間に、音楽業界でのビジネス上の確執が生じたことが発端だった。U2のレーベル運営に不満を抱いたオケリーが音楽誌上でU2を公然と批判したことで、両者の関係は決裂した。オケリーの独断的な発言によって、オコナー自身までが「売名目的でU2を利用している」と世間から誤解されることになり、彼女はその状況に深く苦悩した[99]。
その後、対立の原因となったオケリーと決別したオコナーは、U2との関係修復を模索するようになる。やがて、ボノとエッジが音楽を手掛けた映画『父の祈りを』(1993年)のサウンドトラック収録曲「You Made Me the Thief of Your Heart」のボーカルにオコナーが起用され、レコーディング・セッションを通じて両者は関係を修復した[99]。
クライ・ビフォア・ドーン
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クライ・ビフォア・ドーンは、ウェックスフォード出身のロック・バンドで、1980年代にU2の成功を受けて注目を集めたアイルランドのバンドの一つである。伝統音楽、ニュー・ウェイヴ、パンクなどを取り入れた音楽性を持ち、イリアン・パイプスやティン・ホイッスルを用いたサウンドと、U2を思わせるアンセミックなロックを組み合わせていた[100][101]。
1987年に発表したファースト・アルバム『Crimes of Conscience』はアイルランドで成功を収め、同作の収録曲「Gone Forever」は同年のアイルランドでヒットした[102]。 『ワシントン・ポスト』紙は同作について、U2の『ヨシュア・トゥリー』に通じる抑制された緊張感を持ち、ティン・ホイッスルやウイリアン・パイプスによってケルトのフォーク音楽との結びつきを示していると評した[103]。
アスラン
[編集]
アスランは、ダブリンのフィングラスを拠点に活動したロック・バンドで、U2と同時期にアイルランドのロック・シーンから台頭した。1988年の『ワシントン・ポスト』は、アスランがU2のアンセミックな音楽性を表面的に取り入れていると評し、同時期に登場したアイルランドのバンドについて、U2に共通する「アリーナを満たす」規模の音楽性と、ヘヴィメタル的な壮大さを精神性と結びつける特徴を指摘した[104]。
するとマスコミは、それを「U2は自分たちがダブリンのスラム出身だと主張しているが、新参者のアスランがその事実を正す。詳しくは明日の『NME』で」といった具合に取り上げた...俺は本当にいたたまれなかった。U2からも、「これは一体どういうことだ? メディアで俺たちの悪口を言っているじゃないか」と連絡が来た。でも、そんなつもりはまったくなかったんだ。
アスランとU2の関係は音楽面だけにとどまらなかった。マザー・レコードもアスランの獲得を検討し、1980年代半ばにはボーカルのクリスティ・ディグナムとギタリストのジョー・ジュエルがボノと面会している。この際、ボノはアスランの「This Is」のデモについて十分な出来ではないと判断し、契約には至らなかったが、作曲活動を支援するため4トラック・レコーダーを貸すことを申し出た[106]。その後、アスランはEMIと契約し、1988年にデビュー・アルバム『Feel No Shame』を発表した[107]。
AslanはU2との類似性を繰り返し指摘された一方、メンバー自身は両者を区別していた。ディグナムは、アイルランド出身であることを理由にU2と比較されることへの不満を表明しており、後年もアスランは国際的なバンドとなったU2とは異なり、アイルランドに根ざしたバンドであると説明している[108]。1990年代の評論でもアスランとU2の比較は続き、1997年の『アイリッシュ・タイムズ』では、再結成したAslanについて元メンバーのビリー・マクギネスが、クリスティ・ディグナムの復帰を「ボノのいないU2」のようだったと表現している[109]。
一方、両者の関係は後年に改善した。2013年、ディグナムのために開催された慈善公演では、U2がニューヨークからアスランの「This Is」を演奏した[110]。また2015年11月、ダブリンの3アリーナで行われたU2の公演で、ボノは客席にいたクリスティ・ディグナンに向けて「エンジェル・オブ・ハーレム」を歌い、歌詞を「ダブリンの天使/これはクリスティ・ディグナムに捧げる/ダブリンの天使/なんて素晴らしい歌声...」に変えて歌った[111][112]。
ボノは後年、ディグナンの歌唱力を高く評価しており、2023年の死去に際して、彼を「自分がこれまで聴いた中で最も偉大な声の一つ」と評した。また、ディグナンの声について「オペラ的」であり、自分より歌える人物が同じ部屋にいることを歌手なら理解できると述べた[113][114]。
パワー・オブ・ドリームズ
[編集]パワー・オブ・ドリームスは、1980年代後半にダブリンで結成されたロック・バンドで、U2の世界的な成功を背景に注目を集めたアイルランドのバンドの一つである。ボーカルのクレイグ・ウォーカーは、ダブリン出身のU2が世界的な成功を収めたことについて、「この小さな島の出身でも世界に出て成功できる」と感じたことが、自分たちの音楽活動を続ける大きな刺激になったと語っている。また、ウォーカーは『魂の叫び』までのU2の音楽性を高く評価しつつ、U2から「間違いなく影響を受けた」とし、特に『焰』を「本当に魔法のようなアルバム」として挙げている[115]。さらに、1990年代初頭のダブリンでは、U2の成功を受けてレコード会社が次の成功例を探し、多数の地元バンドと契約していたと振り返っており、パワー・オブ・ドリームズもその一つとして大きな期待を受け、デビュー時にはレコード会社から厚遇されたという[116]。
1989年、当時18歳だったウォーカーを中心とするパワー・オブ・ドリームズはデビュー・アルバム『Immigrants, Emigrants and Me』を発表した。同作は批評家から高い評価を受け、イギリスと日本でも好調な売れ行きを示した。1990年前後には日本でもツアーを行い、その後も4度にわたって再来日して公演を行った。日本では作品の売上も好調で、日本のバンドBAKUとも共作した[117]。
当時は、U2に続くアイルランド最大の音楽輸出となるのではないかと期待されるほど注目を集め[118][119]、『ホット・プレス』は後年、同作がU2の成功によって生じた「U2-inspired euphoria」の中で登場した作品だったと評している[120]。
しかし、その後U2とは仲違いし、『Immigrants, Emigrants and Me』に収録されている「Never been to Texas」という曲では、「テキサスへは行ったことがない…/帽子を被りたくない/ブーツを履きたくない」(当時のボノはカウボーイハットとブーツがトレードマークだった)ときて、サビの「I Want to You to Say」の「You to」が「U2」に聴こえるという仕掛けになっていた[122]。
2枚目のアルバム『2 Hell With Common Sense』のライナーノーツで、「一つのロックバンドに世の中を変えることなんでできるわけがない。僕ら新世代の人間はそこまでナイーヴじゃないよ」「U2の方法論は、20年前のヒッピーによって試され、そして成し得なかった失敗策なんだよ。それを今更焼き直ししようなんて、あまりに安直だね。彼ら自身もそんなこと可能だなんて思ってないよ、きっと。あれが彼らのイメージなんだ」とU2批判を展開した[123]。
アン・エモーショナル・フィッシュ
[編集]アン・エモーショナル・フィッシュは、1980年代後半にダブリンで結成されたロック・バンドである。1989年、マザー・レコードとシングル契約を結び、 同年、同レーベルから「Grey Matter」を発表し[124]、翌1990年にはセルフタイトルのデビュー・アルバム『An Emotional Fish』をイースト・ウェスト・レコードから世界発売した[125]。代表曲「Celebrate」はアイルランドでヒットし、イタリアでも大きな成功を収めた。[126]
当時、『Hot Press』は、1987年以降のアイルランドでU2に続く成功例を探すA&R競争の中で同バンドが国際的なレコード契約を得たと振り返り、ボーカルのジェラルド・ウェランについてもボノを想起させるステージ上の存在感を指摘している[127]。 一方、『ロサンゼルス・タイムズ』は、同バンドがマザー・レコードに育成されたことに触れながら、U2とは音楽的な華やかさよりも情熱を共有していると評している[128]。
ゴースト・オブ・アン・アメリカン・エアマン
[編集]ゴースト・オブ・アン・アメリカン・エアマン(Ghost of an American Airman)は、1980年代半ばにベルファストで結成されたロック・バンドで、活動初期からU2の影響を受けた音楽性を持ち、しばしば「次のU2」として比較された。バンドは当初、シンプル・マインズとU2からの影響が明確だったとされ、特にボーカルのドッジ・マッケイの歌唱や、ギターを重ねた壮大なサウンドがU2を想起させた[129]。
1992年に発表したメジャー・デビュー・アルバム『Life Under Giants』について、『ロサンゼルス・タイムズ』はマッケイの力強いボーカルが初期のボノを思わせると評し[130]、『ワシントン・ポスト』も同作の翌年の評価で、同バンドを「U2の模倣者」の一つと位置づけ、英雄的な主題、力強いボーカル、重層的なギター、疾走感のあるリズムなど、U2と共通する特徴を指摘した[131]。アメリカ進出時にも「ダブリンのU2との比較」が続いていたことが報じられており、U2の世界的成功が、同時代のアイルランドの若手バンドにとって比較対象であると同時に、国際市場への足掛かりとなるモデルとなっていたことを示している[132]。
サムシング・ハプンズ
[編集]サムシング・ハプンズは、1980年代半ばにダブリンで結成されたロック・バンドで、U2とは同じダブリンの音楽シーンで活動したほか、楽曲面でも直接的な関係を持つ。特にボノは、同バンドの1990年のアルバム『Stuck Together with God's Glue』のタイトルを気に入り、1997年のU2の楽曲「ステアリング・アット・ザ・サン」の歌詞にその言葉を取り入れた。U2公式サイトも、ボノが同アルバムのタイトルから同曲の歌詞の着想を得たことを認めている[133]。
また、ボノはサムシング・ハプンズの「Hello Hello Hello Hello Hello(Petrol)」にも関心を示しており、後年、同曲はU2の楽曲「ヴァーティゴ」にも影響を与えたとされている。ボーカルのトム・ダンは、U2の「Vertigo」を初めて聴いた際、冒頭のギターがサムシング・ハプンズの同曲と非常によく似ていると感じたと語っている[134]。 ボノは後年、自身が選んだアイルランド音楽のプレイリストにもサムシング・ハプンズの「Hello Hello Hello Hello Hello(Petrol)」を選曲している[135]。
クランベリーズ
[編集]
クランベリーズは、1989年にリムリックで結成されたロック・バンドである。1991年にU2の所属レーベルでもあるアイランド・レコードと契約し[136]、 1993年にはU2のZoo TVツアーのヨーロッパ公演でサポート・アクトを務めた[137]。
クランベリーズは、U2との音楽的な類似性をしばし指摘された。1996年の『トゥ・ザ・フェイスフル・ディパーテッド』について、『スピン』誌は、ドロレス・オリオーダンの歌唱にボノを思わせる声の表現があるとし、「Zombie」で同バンドがU2的な自己意識の強いロック表現を取り入れたと評した[138]。 また、同作では政治的・社会的主題を扱う楽曲が増えており、宗教的象徴やアイルランドの政治問題を題材とする点でもU2との共通性が指摘された[139]。
一方、オリオーダン本人はU2との音楽的な類似性について否定的であった。1994年の『アイリッシュ・インディペンデント』のインタビューでは、クランベリーズがU2やシネイド・オコナーと比較されることについて、「アイルランド人であること以外に共通点はない」と述べた[140]。また、同年の『ホット・プレス』のインタビューでも、オリオダーンは、クランベリーズがU2を「超えた」とする見方を否定し、「U2は常に自分たちのようなバンドにとってインスピレーションの源だった」と述べた。また、U2がアイルランド出身の4人組として世界市場に進出したことについて、「アイルランドのバンドにもそれができる」と示した点を評価し、自分たちはU2やシネイド・オコナーと競争しているのではないと語った[141]。
日本のミュージシャン
[編集]ギターを単なる伴奏楽器ではなく、音響空間を構成する楽器として扱うジ・エッジの独自の奏法は、1980年代以降の日本のロック界にも多大な影響を与えた。特にディレイなどのエフェクターを駆使し、原音と反復音の交錯によって奥行きのあるサウンドを作り出すその手法は、現在に至るまで多くの日本人ギタリストに踏襲されている[142]。
ECHOES
[編集]ECHOESは、辻仁成を中心に1981年に結成されたロック・バンドである。1986年のアルバム『No Kidding』について、音楽評論では、パンク・ロックやニュー・ウェイヴの影響を基盤としながら、エコー&ザ・バニーメンのようなネオ・サイケデリックなギター・サウンドとともに、U2のエッジを想起させるディレイを多用したカッティングが特徴として指摘されている[143]。
いまみちともたか
[編集]BARBEE BOYSのギタリストであるいまみちともたかのギター・サウンドにも、U2のエッジに通じるディレイを用いた音響的特徴がみられる。いまみちの使用機材や演奏について解説した記事では、筆者が「後年になって洋楽を掘り下げ、ザ・ポリスのアルペジオやU2のディレイを聴いた際に、BARBEE BOYSのギター・フレーズを思い出した」と綴っており、いまみちのプレイスタイルがエッジらと同様に「ギタリストとして単に前に出るのではなく、楽曲全体を活かすプロデューサー視点のアプローチ」であったことが指摘されている[144]。
本田毅
[編集]PERSONZのギタリスト、本田毅は、U2のエッジから影響を受けた日本人ギタリストの一人である。本田は、U2を初めて聴いた際に、エッジを「変なソロを弾くギタリスト」だと感じ、そのソロをコピーしたところ、独特なスケールを用いていることに気づいたという。その後、そのフレーズを自身の演奏のさまざまな場面で使用し、周囲からU2のフレーズに似ていると指摘された際には、U2から取ったものであると説明していた。また、本田はエッジについて、ディレイによる音作りだけでなく、ゆっくりしたフレーズを反復する独特のソロのセンスを評価しており、音色を似せることよりも、その独特なソロやフレーズを再現することの難しさを指摘している[145]。
下山淳
[編集]THE ROOSTERZなどで活動した下山淳のディレイを用いたギター奏法は、U2のジ・エッジの奏法としばしば比較されている。特に「Stranger In Town」や泉谷しげる with LOSERの「春夏秋冬」で聴かれるディレイ・ギターは、U2を想起させるサウンドとして評されてきた[146]。しかし下山自身は、エッジがコード・カッティングにディレイを用いるのに対し、自身は単音による奏法であるため異なると説明し、ディレイの使い方について影響を受けたギタリストとしてピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアを挙げている[147]。
山下達郎「ターナーの汽罐車」
[編集]山下達郎の「ターナーの汽罐車 -Turner's Steamroller-」は、U2を意識して制作された楽曲の一例である。1991年のアルバム『ARTISAN』に収録され、同年8月にシングルとして発売された[148][149]。山下はこの曲について、U2のような通奏低音を用いた曲を作りたいと語っていたとされる[150]。同記事では、8分刻みのバロック音楽的リズムによって、クラシカルかつアイリッシュ・ロック的な浮遊感が生み出されていると評している[151]。
Mr.Children
[編集]Mr.Childrenの音楽には、U2からの影響が確認できる。桜井和寿は高校時代、ギターの田原健一からU2を薦められたことをきっかけに洋楽を聴くようになったとされ、U2を聴いたことが音楽的な転機の一つになったと紹介されている。桜井は当時、それまで洋楽をほとんど聴いておらず、U2の音楽について、ポップでありながら影のあるメロディーと力強いロック・サウンドに惹かれたとされている[152]。また、桜井がU2について語った映像資料では、高校1年生の頃にU2を聴いたことが洋楽を好きになるきっかけになったことが紹介されており、初期U2のアルバム『War』から「ライク・ア・ソング」を選んでいる[153]。
U2からの影響は、1990年代後半の作品に特に顕著に現れていると指摘されている。1999年に発売された7枚目のアルバム『DISCOVERY』は、活動休止を経て制作された作品で、Pro Toolsを導入したデジタルな制作環境とバンド・サウンドを組み合わせた作品となった。同作について、Mr.Childrenのアルバムを論じた評論では、U2やレディオヘッドなどのロック・バンドからの影響が認められるとされている[154]。
『DISCOVERY』のジャケット写真は、カリフォルニア州の荒野に4人のメンバーが立つ構図となっており、U2の1987年のアルバム『ヨシュア・トゥリー』のジャケットとの類似性が繰り返し指摘されている[155]。音楽評論でも、1990年代後半のMr.Childrenについて、作品のコンセプトや構成がそれまで以上にロック的・実験的になり、1996年の『深海』と1999年の『DISCOVERY』にその傾向が顕著に表れているとされ、『DISCOVERY』のアートワークについてはU2の『ヨシュア・トゥリー』との関連が指摘されている[156]。
『DISCOVERY』収録曲では、特に「Prism」についてU2の「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」に似た曲調であるとの指摘がある[157]。また、1998年に発売された15枚目のシングル「終わりなき旅」は、U2の楽曲「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー」と日本語の邦題が同一であり[158]、楽曲の類似性を指摘する批評もある[159]。また、Mr.Childrenのファンによる議論では、1994年頃のライブ演出がU2のZoo TVツアーに似ているとの指摘もある[160]。
GLAY
[編集]
GLAYには、U2からの影響を公言するメンバーの発言があり、音楽性だけでなく、ライブにおける演出やバンドのあり方についてもU2との共通性が語られている。
HISASHIは、GLAYのメンバー間の関係をU2のボノとエッジになぞらえて語っている。GLAY公式インタビューでは、TERUとTAKUROの幼馴染みとしての関係について、HISASHIが「U2のボノとエッジ」に譬えた過去の発言を受けたやり取りが掲載されている[161]。
TAKUROは、戦争を題材とした音楽について語ったインタビューで、ジョン・レノンやボブ・ディランと並べて「僕が好きなU2」を挙げ、U2が単なる娯楽的な楽曲だけではなく、歴史上の出来事を記録するような音楽を作ってきたことを評価している[162]。
HISASHIはGLAYについて「昔からU2みたいだな」と考えていると述べ、U2がアルバムごとに異なるテーマを打ち出しながら、ライブの終盤には観客が参加できる楽曲へ戻っていく構成を、GLAYの作品やライブにも通じるものとして説明している[163]。同じインタビューでHISASHIは、GLAYについて「今のGLAY」をライブの冒頭で提示し、最後には観客とともに歌える楽曲へ至るというライブ構成を説明しており、U2のライブにおける作品ごとのコンセプトと大規模な観客参加型の演出をGLAYとの共通点として挙げている[164]。
また、GLAYはU2の楽曲を公式にカバーしている。2008年6月11日に発売された38枚目のシングル「VERB」には、カップリング曲としてU2の「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」が収録されている[165]。
LUNA SEA
[編集]SUGIZOは、2023年の自身のラジオ番組でU2について「SUGIZO、そしてLUNA SEAメンバー皆が大いに影響を受けてきたモンスターバンド」と紹介し、U2の「ブラディ・サンデー」を取り上げている[166][167]。
LUNA SEAにおけるU2の影響は、特にSUGIZOのギター・サウンドとの関連で指摘されている。U2のエッジに特徴的なディレイを用いたギター奏法との類似性が特に明確に指摘されている楽曲が、2019年の「宇宙の詩 〜Higher and Higher〜」で、同曲のイントロについてギター奏法を解説した記事では、ポリリズムとともに、エッジで知られる「付点8分音符ディレイ」を用いたSUGIZOのギター・フレーズが特徴として挙げられている[168][169]。LUNA SEAの楽曲とU2の具体的な曲との類似性については、ファンによる楽曲比較でも指摘がある。「INTO THE SUN」について、U2の「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネーム」と一部のフレーズが類似しているとの比較が行われている[170]。
2019年発売のアルバム『CROSS』では、スティーヴ・リリーホワイトがプロデューサーを務めた。SUGIZOは同作について、リリーホワイトの40年間にわたる音楽制作の歴史がLUNA SEAの新作に結びついたことを「光栄」と述べている[171][172]。
L'Arc〜en〜Ciel
[編集]
L'Arc-en-Cielの音楽には、U2からの影響や類似性を指摘する論評がある。特に初期の作品では、U2のギタリストであるジ・エッジを想起させるディレイを用いたギター・サウンドや、スタジアム・ロック的なスケール感が指摘されている。
hydeについては、ザ・キュアー、ザ・スミス、ポリス、レッド・ツェッペリン、ドアーズ、デヴィッド・ボウイ、U2、INXS、ティアーズ・フォー・フィアーズなどを好んで聴いていたとされており、バンドの活動初期にこうした音楽からの影響が作品に反映されたとする記述がある[173]。一方、同資料では、メンバー4人がザ・キュアーなどのUKロックを聴いていたことも、所属事務所代表の大石征裕の回想として紹介されている[174]。
1994年のアルバム『Tierra』収録曲「In the Air」は、U2の「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」との類似性が指摘されている。音楽評論では、両曲について、ディレイを用いたギター、タムを効果的に用いたドラム、コード進行、ボーカル・メロディーなどに共通する特徴があると分析されている[175]。また、別の音楽評論でも、「In the Air」のギターについてU2のジ・エッジを想起させるディレイ・サウンドが指摘されている[176]。
1995年のアルバム『heavenly』収録曲「Still I'm With You」についても、kenのギターが「U2っぽい」とする指摘がある。具体的には、強く歪ませないギターに付点系のディレイ・フレーズを組み合わせていることが、その類似性の理由として挙げられている[177][178]。別のL'Arc-en-Ciel楽曲レビューでも、同曲のギターの音色が「U2のジ・エッジっぽい」と評されている[179]。
1996年のアルバム『True』以降の作品についても、U2との類似性を指摘する例がある。L'Arc-en-Cielの15周年記念公演を扱ったファンサイトの記事では、2006年にU2のライブを観た人物から「ラルクってもしかしてU2の影響を受けているのではないか」との感想が寄せられ、「snow drop」とU2の「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネーム」の類似性が指摘されたことが紹介されている。同記事の筆者はこれに対し、L'Arc-en-Cielは「受けまくり」と回答し、特に「In the Air」「Shutting from the Sky」「As if in a dream」など初期音源を挙げている[180]。
2007年のアルバム『KISS』収録曲「砂時計」についても、U2との類似性が指摘されている。同曲はtetsuyaが作曲した楽曲で[181]、U2のファン・コミュニティでは、そのギター・リフが「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネーム」のものを想起させるとの指摘がある[182]。
L'Arc-en-Cielの音楽性については、日本国外でもU2との類似性が指摘されている。ニューヨーク・タイムズ紙の2012年のマディソン・スクエア・ガーデン公演評では、同バンドをアリーナ・ロックの伝統に位置づける記述がなされ、別の同紙記事の紹介では、L'Arc-en-Cielの楽曲がクイーン、メタリカ、U2、デペッシュ・モード、デヴィッド・ボウイなどを思わせると評されている[183]。在英国日本国大使館による同年のロンドン公演紹介でも、L'Arc-en-Cielの音楽は「U2-esque stadium anthems」と表現されており、U2を想起させるスタジアム・ロック的なスケール感が海外向けの紹介でも認識されていたことがうかがえる[184]。
L'Arc-en-Cielのギター・サウンドとジ・エッジとの関連を示す補助的な資料として、kenが2022年のL'Arc〜en〜Ciel 30th L'Anniversary LIVEで使用した機材には、Fender製の「The Edge Deluxe」が含まれていたことが確認できる。このアンプはジ・エッジの名を冠したモデルである[185]。
また、HYDEのソロ作品にもU2との類似性を指摘する評価がある。2006年のアルバム『FAITH』について、音楽配信サイトQobuzのレビューは、L'Arc-en-CielとHYDEが共有する音楽的影響の一つとしてU2を挙げ、『FAITH』にはU2的な要素が「present, and even prominent」と評している[186]。
『アクトン・ベイビー』の影響
[編集]1991年に発表されたアルバム『アクトン・ベイビー』は、その後20年間にわたるメインストリームのギター・ロックにおける「デフォルトの型」を確立した作品として、後続の音楽シーンに絶大な影響を与えている[187]。
2010年、アメリカの音楽専門誌『Spin』は「過去25年間で最も影響力のあるアルバム」の第1位に『アクトン・ベイビー』を選出した。これを受け、イギリスの音楽誌『NME』も「残念ながら事実である」と同調し、本作の影響力を総括している。NME誌の分析によれば、同作が提示した「音響的には広大でありながら、歌詞は曖昧でエモーショナル」というスタイルは、メインストリームでの成功を志すあらゆるロック・バンドの雛形となった。[187]。
また、サウンド面においても、エッジのディレイを駆使したギターの響きは、現在に至るまで多くのインディー・バンド(チャペル・クラブやデルフィックなど)に踏襲され続けている。さらに同誌は、音楽性だけでなく「スタジアムを完売させるほどの巨大なスケール感を志向する」という、パンク・ロックとは正反対の野心的な哲学をロック・バンドの標準的な目標に変えてしまった点においても、本作の圧倒的な影響力を指摘している[187]。
R.E.M.
[編集]
R.E.M.の1994年のアルバム『モンスター』には、U2の『アクトン・ベイビー』の影響がみられる。ボーカルのマイケル・スタイプは、U2が『アクトン・ベイビー』で従来のイメージから離れ、演劇的な要素を取り入れたことが、自分たちが新しい方向性を模索する際の一因になったと述べている。スタイプは、グランジの登場による音楽的環境の変化も挙げ、『モンスター』ではそれらを踏まえて、それまでとは「完全に違う」方向へ進み、グラム・ロックの要素を取り入れたと説明している[188]。 当時の『ロサンゼルス・タイムズ』も、『モンスター』の音楽性を『アクトン・ベイビー』におけるU2の大胆な方向転換と比較している[189]。
1996年の『ニュー・アドベンチャーズ・イン・ハイ・ファイ』についても、『ロサンゼルス・タイムズ』は同作の一部に『アクトン・ベイビー』に通じる「孤立」や強迫的な雰囲気があると指摘した[190]。 また、スタイプは後年、R.E.M.がスタジアムでの公演を行う際のステージ演出についても、『アクトン・ベイビー』や『ZOOROPA』期のU2、グラム・ロック、イギリスの音楽における演劇的な表現から影響を受けたと述べている[191]。
メタリカ
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1996年のメタリカのアルバム『ロード』にも、U2が『アクトン・ベイビー』で示した自己変革の影響がみられる。『ロード』では、それまでのスラッシュメタルを基盤とした音楽性から離れ、よりハードロックやオルタナティヴ・ロックに近いサウンドへと転換した。ボーカル兼ギターのジェイムズ・ヘットフィールドは、1990年代のメタリカについて振り返った際、『ロード』と『リロード』の時期を「メタリカのU2版」(the U2 version of Metallica)と表現した[192]。 『ロード』では、それまでのスラッシュメタルを基盤とした音楽性から離れ、ハードロック、ブルースロック、オルタナティヴ・ロックなどの要素を取り入れたサウンドへ転換しており、従来のイメージからの変化も伴っていた[193]。また、メタリカは『ロード』の制作時、収録曲の多さから2枚のアルバムとして分けて発表する案を検討し、その際にU2が『アクトン・ベイビー』と『ZOOROPA』を相次いで発表した例を参考にしていた[194]。
デペッシュ・モード
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デペッシュ・モードの1993年のアルバム『ソングス・オブ・フェイス・アンド・デヴォーション』にも、『アクトン・ベイビー』の影響がみられる。同作の制作時、プロデューサーのフラッドを通じてU2の『アクトン・ベイビー』を聴いており、マーティン・ゴアは後年、U2が電子音楽の方向へ進む一方でデペッシュ・モードが新たなロック・サウンドを追求していた時期であり、両バンドが最も接近した時期だったと述べている[195]。 『ソングス・オブ・フェイス・アンド・デヴォーション』では、それまでのシンセポップを基盤としながら、ギターや生ドラムを前面に出したロック色の強いサウンドへと転換しており、当時の『ワシントン・ポスト』紙も同作と『アクトン・ベイビー』を、シンセポップとギター・ロックの接近を示す作品として論じた[196]。
また、同作収録曲「Higher Love」には、『アクトン・ベイビー』収録曲「ソー・クルエール」のドラム・ループが使用されたことが確認されている[197]。『アクトン・ベイビー』発売20周年企画『AHK-toong BAY-bi Covered』でも、「ソー・クルーエル」をカバーしている[198]。
ガービッジ
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ガービッジのドラマー兼プロデューサーであるブッチ・ヴィグは、U2の『アクトン・ベイビー』について、ガービッジのデビュー・アルバム『Garbage』の制作に大きな影響を与えた作品だったと述べている。ヴィグは、同作における電子音楽、インダストリアル・ロック、ファズなどを用いた音響処理や、各曲ごとに異なる音響空間を構築する手法に注目し、本作に収録されたサウンドがガービッジの制作にも取り入れられたと説明している[199]。 また、ヴィグは後年にも『アクトン・ベイビー』を自身の愛聴盤の一つに挙げ、同作がガービッジの最初のアルバム制作における影響の一つだったと述べている[200]。
『AHK-toong BAY-bi Covered』では、「ワイルド・ホーセズ」をカバーしている[198]。
スマッシング・パンプキンズ
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スマッシング・パンプキンズの1998年のアルバム『アドア』には、それまでのギター中心のサウンドから離れ、シンセサイザー、ドラムマシン、電子的な音響処理を取り入れた大幅な作風の転換がみられる。ビリー・コーガンは以前からU2を高く評価しており、特に『ZOOROPA』をU2の最高傑作の一つとして挙げている[201]。 『アドア』の制作では、U2の『アクトン・ベイビー』やデペッシュ・モードの『ソングス・オブ・フェイス・アンド・デヴォーション』などを手がけたフラッドがミキシングを担当しており、同作の電子的な音響処理にも関与した[202]。 ただし、コーガン自身は『アドア』について、電子音楽よりも1980年代の音楽やシカゴ・ブルースから大きな影響を受けたと説明している[203]。
オアシス
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オアシスの主要ソングライターであるノエル・ギャラガーも、U2から大きな影響を受けたミュージシャンの一人である。ノエルはU2について、スタジアムで響く「アンセム」を書く方法を学んだとされ、NMEはオアシス初期の「Live Forever」や「Slide Away」を、U2の「ワン」と比較している[204]。 また、ノエルは『アクトン・ベイビー』をお気に入りのU2のアルバムの一つに挙げており、U2が同作で従来の音楽性を大きく変化させたことについても言及している[205]。 さらに、後年のインタビューでは、U2が『アクトン・ベイビー』でそれまでのバンド像を変革したことを、自身がオアシス時代に直面した「有名バンドとして確立された音楽性を変えること」の難しさと関連づけて語っている[206]。
レディオヘッド
[編集]
レディオヘッドは、1997年の『OK コンピューター』では、従来のギター・ロックを基盤としながら、電子音、サンプリング、シンセサイザーなどを取り入れ、1991年の『アクトン・ベイビー』以降のU2と同様に、ロック・バンドの音響的な可能性を拡張した。『NME』は当時、レディオヘッドをU2と比較し、『OK コンピューター』を『アクトン・ベイビー』に続く、スタジアム規模のロック・バンドによる大胆な音楽的転換の一例として論じている。[207]
ただ、バンドは初期の音楽的影響の一つとしてU2を挙げているものの[208]、「新しいU2」と評されたことについては、ギタリストのエド・オブライエンがその呼称を否定している[209]。
布袋寅泰
[編集]布袋寅泰には、1990年代後半の作品にU2の影響がみられる。1998年のアルバム『SUPERSONIC GENERATION』については、音楽評論において、前年に発表されたU2の『ポップ』からの影響が指摘されている。同作では、従来のロック・ギターを中心としたサウンドにダンス・ミュージックのビートや電子的な音響処理を組み合わせており、U2が『ポップ』で試みたロックとクラブ・ミュージックの融合と共通する方向性がみられる[210]。 また、布袋はU2がブライアン・イーノらと制作を行ったスタジオを使用しており、U2の音楽制作についても関心を示している[211]。
氷室京介
[編集]氷室京介の1993年のアルバム『Memories of Blue』にも、U2の影響を指摘することができる。同作では、ディレイを用いたギター・サウンドなど、U2のエッジに代表される音響的なアプローチに通じる手法が取り入れられていると評されている[212]。 また、氷室は1998年の「ONE NIGHT STANDS」ツアーで、U2やローリング・ストーンズなどの大規模なコンサートの舞台設計を手がけてきたマーク・フィッシャーを起用しており、音楽面だけでなく、スタジアム規模のライブ演出という面でもU2と接点を持っていた[213]。
21世紀以降の音楽への影響
[編集]U2の影響は21世紀に入っても続いている。2010年に『NME』は、U2の影響力が年代を追うごとに増していると論じ、『アクトン・ベイビー』がその後20年間のギター・ロックにおける一つの基準となったと指摘した。同誌は、コールドプレイ、キーン、スノウ・パトロールなど、2000年代に成功したアーティストがU2に特徴的な音響的な質感を取り入れたとしている[187]。 また、2005年の『ガーディアン』紙も、21世紀の若い英国のバンドがU2のスタジアム向けの大衆性や、苦悩と救済を扱うアンセム的な楽曲を取り入れていると論じ、コールドプレイ、キーン、スノウ・パトロールなどをその例として挙げている[214]。
コールドプレイ
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コールドプレイのボーカルであるクリス・マーティンは、U2から影響を受けたミュージシャンの一人である。マーティンは2004年、『ローリング・ストーン』誌のU2への寄稿で、14歳だった1991年に初めて聴いたU2のアルバムが『アクトン・ベイビー』だったと述べ、その後U2の過去の作品を遡って聴いたと明かしている。また、コールドプレイがU2から学んだこととして、「自分自身であるために勇敢でなければならない」という姿勢を挙げている[215]。
また、U2がコールドプレイに与えた「最高のアドバイス」は「しばらくの間、少しU2のようなサウンドにしてみる」ことだったと語っている。マーティンによれば、コールドプレイはこの方法を2005年のアルバム『X&Y』で試み、「それなりにうまくいった」が、その後すぐに自分たち自身の方法へ移行したという。[216]
2011年の『ピッチフォーク』のインタビューでは、マーティンはレディオヘッド『キッドA』や『アクトン・ベイビー』のような「再発明」を高く評価し、コールドプレイもデビュー作やそれ以降の作品とは異なる音楽性へ変化してきたと説明している[217]。
また、2014年12月1日、ニューヨークのタイムズスクエアで開催された世界エイズデーのチャリティー・コンサートでは、自転車事故で療養中だったボノに代わり、クリス・マーティンがU2のボーカルを務め、「ビューティフル・デイ」と「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」を歌った[218][219]。
キーン
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キーンも、U2から影響を受けたバンドの一つである。2006年、ボーカルのティム・ライス=オクスリーは、シングル「Is It Any Wonder?」がU2の楽曲に似ているとの指摘に対し、キーンは多くの音楽から影響を受けており、『アクトン・ベイビー』は「自分たちに大きな影響を与えた作品」だと認める一方、U2のような音を意図的に目指したものではないと説明した[220]。 また、ライス=オクスリーは後年、「Is It Any Wonder?」の制作について、U2の初期曲「アイ・ウィル・フォロー」を思わせる力強いリズムを意識していたと語っている[221]。
2008年のアルバム『Perfect Symmetry』では、さらに明確な方向転換が行われ、それまでのピアノ中心のバラードから1980年代のポップ・ミュージックやシンセポップを取り入れた音楽性へと変化した。『AllMusic』は、この変化を、U2やコールドプレイらの影響下にあったキーンが、自分たち自身の『アクトン・ベイビー』を作ろうとしたものと評している[222]。
スノウ・パトロール
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スノウ・パトロールの2011年のアルバム『Fallen Empires』にも、U2の影響がみられる。同作では、それまでのバンドの音楽性から離れて、エレクトロニック・ミュージックやクラブ・ミュージックの要素を取り入れた新たな方向性が模索されており、ユニバーサルミュージックの公式資料では、LCDサウンドシステムの『Sound of Silver』、U2の『アクトン・ベイビー』、アーケイド・ファイアの『ザ・サバーブス』からヒントを得た作品と説明されている[223]。 また、ギタリストのネイサン・コノリーは、『アクトン・ベイビー』について自身にとって影響を受けたアルバムの一つだと述べている[224]。 『Fallen Empires』の制作については、ボーカルのゲイリー・ライトボディも、従来の方法にとらわれず、バンドとしてやりたいことを追求するために「居心地の良い安全地帯」から踏み出したと説明しており、同作は『アクトン・ベイビー』と同様、既存の音楽性からの方向転換を伴う作品となった[225]。
『AHK-toong BAY-bi Covered』で「ミステリアス・ウェイズ」をカバーしている[198]。
ミューズ
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ミューズの2012年のアルバム『The 2nd Law』にも、U2の影響がみられる。ボーカル兼ギターのマシュー・ベラミーは、2011年にU2と南米ツアーを行った経験について、『The 2nd Law』には「『アクトン・ベイビー』がところどころに少しある」と述べ、U2との共演が同作の制作に影響を与えたことを明かしている[226]。 同作ではエレクトロニック・ミュージックやダブステップなどをロックと融合したサウンドが展開され、収録曲「Follow Me」は『ガーディアン』紙から「ダブステップ・ディスコ・U2」と評された[227]。 また、2010年のグラストンベリー・フェスティバルでは、U2がボノの負傷により出演をキャンセルしたことを受け、ヘッドライナーを務めたミューズのアンコールにエッジが飛び入り参加し、「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネーム」を共演した[228]。
ビッフィ・クライロ
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ビッフィ・クライロのボーカル兼ギタリスト、サイモン・ニールは、10代の頃にはU2を好んでいなかったものの、兄の影響でU2を聴くようになり、『アクトン・ベイビー』収録曲「Acrobat」を聴いたことで評価が一変したと語っている。ニールは同曲について「美しい音楽」であり、それまで聴いたことのない歌詞だったと述べ、U2が大規模なバンドであることにも納得したという。その後、ビッフィ・クライロの音楽的な目標として、U2やローリング・ストーンズのように優れた楽曲を書くことを挙げている[229]。
さらに2025年、ニールはバンド7作目のアルバムを制作した時期に、優れた7作目のアルバムを調べたところ、U2の『アクトン・ベイビー』やグリーン・デイの『アメリカン・イディオット』があったと語っている[230]。
エルボー
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エルボーは、結成初期からU2の影響を受けてきたイギリスのロック・バンドである。ボーカルのガイ・ガーヴェイによれば、メンバーが10代でバンドを結成した頃、U2の1988年のアルバム『魂の叫び』を聴いており、ギタリストのマーク・ポッターの父親のボルボで機材を運びながら、リハーサルへ向かう途中にもU2を聴いていたという。結成初期には「ラニング・トゥ・スタンド・スティル」を演奏しており、ガーヴェイは後年、U2を「初期の頃のインスピレーション」と明言している[231]。
また、ガーヴェイはU2について、単なる音楽的な影響源だけでなく、長年にわたって同じメンバーで活動を続けるバンドのあり方という面でもエルボーにとっての先例だったと語っている。[232]
U2との関係はその後も続き、エルボーは2009年にU2の前座を務め、同年にはチャリティー・アルバムのために「Running to Stand Still」をカバーした[233] 。
リンキン・パーク
[編集]
リンキン・パークのマイク・シノダは、バンド結成期にU2を多く聴いていたと語っている。2023年のインタビューでシノダは、リンキン・パークの音楽では当初から、当時のニューメタルに多かった攻撃的で男性的な表現とは異なる、より内省的で複雑な感情を扱うことを意識していたと説明し、その音楽的背景としてデペッシュ・モード、ナイン・インチ・ネイルズとともにU2を挙げた。U2については「たくさん聴いていた」と述べ、怒りや威圧感ではなく、「殴られた」「これは不公平だ」「もしかしたら自分にも責任がある」といった感情を扱う音楽に惹かれていたと語っている[234]。
このような姿勢は、リンキン・パークが2000年代後半以降、従来のニューメタルの枠を越えて音楽性を変化させていったこととも重なる。2010年のアルバム『ア・サウザンド・サンズ』ではエレクトロニック・ミュージックや実験的な音響を大幅に取り入れ、バンド自身も「バンドを壊して再構築する」ような過程を経たと説明している。『ガーディアン』は、この変化をレディオヘッドの『キッドA』と並べ、U2を思わせるほど政治的・感情的な音楽性への転換として論じた[235]。
ザ・キラーズ
[編集]U2の影響
[編集]
ザ・キラーズは、U2から音楽的・創作的な影響を受けた21世紀のバンドの一つである。ボーカルのブランドン・フラワーズは、デビュー・アルバム『ホット・ファス』収録曲「All These Things That I've Done」の制作時にU2に強く傾倒しており、U2がゴスペルを音楽に取り入れた方法が「大きな影響」を与えたと述べている[236]。 また、フラワーズは同曲について、U2の2000年のアルバム『オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド』の楽曲に匹敵するものを作ろうとしていたと説明している[237]。
U2との関係は、その後のアルバム制作にも及んでいる。2006年の『サムズ・タウン』では、U2の『アクトン・ベイビー』や『ズーロパ』などの制作に関わったフラッドをアラン・モルダーとともにプロデューサーに起用した[238]。 2012年の『バトル・ボーン』では、U2の作品を手掛けてきたダニエル・ラノワとスティーヴ・リリーホワイトを制作陣に迎えた[239]。 さらに2017年の『ワンダフル・ワンダフル』では、U2の『原子爆弾解体新書』で制作に関わったジャックナイフ・リーをプロデューサーに起用した[240][241]。
また、2006年の『サムズ・タウン』収録曲「When You Were Young」の間奏におけるギター・パートについては、U2の『原子爆弾解体新書』収録曲「ミラクル・ドラッグ」との類似が指摘されている。両曲のギター・パートを比較した音楽記事では、「When You Were Young」のギター・ソロが「Miracle Drug」を想起させるものとして取り上げられている[242]。
『アクトン・ベイビー』の影響
[編集]フラワーズはU2、とりわけ『アクトン・ベイビー』期のボノを強く意識しており、2015年には「誰もが『アクトン・ベイビー』時代のボノになりたい」と語っている[243]。 2017年、『ワンダフル・ワンダフル』の制作初期に作曲上のスランプに陥ったフラワーズはボノに電子メールを送り、「すべての曲はもう書かれてしまったのか」という趣旨の悩みを打ち明けた。ボノはそれを「素晴らしい曲のタイトルになる」と返答し、フラワーズはその言葉を収録曲「Have All the Songs Been Written?」の題名として採用した。フラワーズは、ボノを自身が導きを求める人物の一人と説明している[244][245]。
2021年、7作目のアルバム『プレッシャー・マシーン』についても、フラワーズはU2が『アクトン・ベイビー』を制作したのと同じ7作目という節目に達したことに触れ、同作を「自分たちの『アクトン・ベイビー』のようなもの」と表現した。ただし、U2の作品を模倣したという意味ではなく、キラーズ自身がそれまでの方向性を見直し、新たな音楽性を模索した作品という意味で用いている。[246]
ライブと映像
[編集]U2との関係は、映像やライブでの演出にも及んでいる。
2005年にはU2のヴァーティゴ・ツアーでサポート・アクトを務め、同年11月にはラスベガス公演でフラワーズがU2の「イン・ア・リトル・ワイル」にゲスト・ボーカルとして参加した。フラワーズはU2のステージを間近で見ることで多くを学んだと語り、U2を最高のライブ・バンドの一つとして評価している[247][248]。さらに2012年11月には、キラーズがロンドン公演でU2の「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」をカバーし、2023年3月17日のセント・パトリックス・デーの公演でも「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネーム」を演奏してU2へのトリビュートとして紹介した[249][250] 。
2011年には『AHK-toong BAY-bi Covered』に参加し、「ウルトラ・ヴァイオレット」をカバーした。[251]
2016年には、フラワーズがジミー・キンメルらと制作したチャリティー・ソング「We're Going to Hell」をキラーズが演奏した際、ボノがU2のZoo TVツアーで演じた別人格「マクフィスト」に扮して登場し、キラーズと共演した[252]。 また、2017年11月のライブ・パフォーマンスでは、フラワーズが金色のスーツを着用して登場し、その衣装について批評家からボノがZoo TVツアーで演じた別人格「マクフィスト」を想起させると指摘された[253]。
キングス・オブ・レオン
[編集]キングス・オブ・レオンは、U2からライブ・パフォーマンスとバンドとしての長期的な活動に対する姿勢の影響を受けたバンドの一つである。2005年、U2のヴァーティゴ・ツアー北米公演のサポート・アクトを務めた際、メンバーはU2のステージを間近で経験した。ドラマーのネイサン・フォロウィルは、U2と共演することについて「20年間バンドでいられることがどれほど素晴らしいか」という認識をU2から得たと語っている[254]。
ギタリストのマシュー・フォロウィルも、ジ・エッジのギター奏法について「バンド全体というより自分の演奏に影響を与えた」と認めており、エッジがギターによって楽曲全体の印象を変える方法を高く評価している。さらに、2005年のU2とのツアー中にエッジのギター機材を見たことが、自分たちも機材を増やし、音作りを変えるきっかけの一つになったと語っている[255]。
また、ベーシストのジャレッド・フォロウィルは同年、U2とのツアーについて、次作ではより「タイト」で「クリスプ」な演奏と、よりアンセミックで大規模なサウンドを目指したいと語った[256]。 このツアーの後に制作された3作目のアルバム『Because of the Times』(2007年)では、従来のサザン・ロック色を残しながら、より広がりのあるスタジアム・ロックへと音楽性を変化させた。『NME』は同作について、U2の『ヨシュア・トゥリー』を思わせる「広大な空間」を持つ作品と評し、『ガーディアン』も、U2を含むスタジアム・ツアーを経験したことが、バンドが音楽的な領域を大きく広げる契機になったと指摘した[257][258]。
アーケイド・ファイア
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アーケイド・ファイアは、U2との直接的な交流を持つ一方、2010年代にはU2の『アクトン・ベイビー』と比較されるような自己変革を行ったバンドである。2005年のU2のヴァーティゴ・ツアーでは、アーケイド・ファイアの「Wake Up」がU2のステージ登場直前のオープニング音楽として各公演で使用された。U2公式サイトは、同年11月のオタワ公演でアーケイド・ファイア自身が前座として「Wake Up」を演奏した後、同曲が再びU2の登場を告げる音楽としてアリーナに流れたことを記録している[259]。 また、同年のツアーではアーケイド・ファイアがU2の前座を務め、モントリオール公演ではU2の「Where the Streets Have No Name」を自分たちのステージ開始時に流すという、U2の演出への応答ともいえる演出を行った[260]。
2013年には、アーケイド・ファイアのアルバム『リフレクター』発売に合わせてNBCで放送されたテレビ・スペシャル『Here Comes the Night Time』にボノが出演した。同番組では、ステージ上にアーケイド・ファイアのメンバーを模した巨大な頭部が登場し、その一つをかぶった人物の正体がボノであることが明らかになる短い場面がある。この巨大な頭部を用いた演出は、U2がZoo TVツアーで用いた演出を思わせるものだった。[261]
また、『リフレクター』は、従来のロック中心の音楽性からダンス・ミュージックやエレクトロニック・サウンドを取り入れた大胆な方向転換となり、批評家からU2が1991年の『アクトン・ベイビー』で行った変革になぞらえられた。ただ、ウィン・バトラー自身は両作の違いを強調し、『リフレクター』では「音楽的に自分たちを変化させる」ことを目指したと説明している[262]。
ワンリパブリック
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ワンリパブリックの中心人物であるライアン・テダーは、幼少期からU2を聴いて育ち、U2を自身の音楽的な影響の一つとして挙げている。2016年には、ワンリパブリックを始めた当初、U2を「フレーム・オブ・リファレンス(参照すべき基準)」の一つとしていたと語り、U2のボノを「現代最高の作詞家」と評した[263]。 また、2019年のインタビューでは、自身が最初に書いた楽曲の時期にU2やオアシスに夢中になっており、彼らのような「クールな曲」を書きたいと思っていたと回想している[264]。Apple Musicもワンリパブリックの音楽的特徴について、U2の「実存的なドラマ」とコールドプレイの哀感を組み合わせたスタジアム規模のアンセムとして紹介しており、U2が同バンドのサウンド形成における主要な参照先の一つであることを指摘している[265]。
テダーはその後、U2の作品制作にも関わるようになり、2010年代にはU2のアルバム制作のために招かれ、楽曲を聴いてメンバーの前で意見を述べる役割を務めた[266]。 さらにテダーは、2014年のU2のアルバム『ソングス・オブ・イノセンス』と2017年の『ソングス・オブ・エクスペリエンス』でプロデューサーを務めた[267][268]。
ザ・ナショナル
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ザ・ナショナルのボーカル、マット・バーニンガーは、少年時代にU2の音楽を聴いて育っており、U2を自身の音楽的背景を形成したバンドの一つとして挙げている。バーニンガーは高校時代、姉が持ち帰ったU2の『ブラッド・レッド・スカイ=四騎=』などを聴き始め、2020年のインタビューでは、U2のレコードを聴きながらアルバイトをしていた時期を回想している[269]。 また、別のインタビューでは、幼少期に聴いていたレコードは10枚にも満たなかったが、姉がザ・スミスの『ザ・クイーン・イズ・デッド』、U2の『焰』、R.E.M.などの作品を持ち帰ったことで音楽に強い関心を持つようになったと語っている[270]。
ザ・ナショナルのギタリスト、ブライス・デスナーもU2の音楽性を強く意識しており、2011年のインタビューでは、楽曲「Lemonworld」のギター・パートについて「U2っぽくきらめきすぎている」と判断して変更した経験を語っている。一方で、デスナーはU2を「世界で最も有名なロック・バンド」とし、その特徴的なギター・サウンドを模倣することには慎重な姿勢を示している[271]。
2013年のアルバム『Trouble Will Find Me』についても、収録曲「Don't Swallow the Cap」は批評家からU2のアリーナ・ロックを思わせる楽曲と評されており、ザ・ナショナルの音楽にはU2の影響を想起させる要素が認められている[272]。
サーティー・セカンズ・トゥ・マーズ
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サーティー・セカンズ・トゥ・マーズは、U2から音楽的・創作的な影響を受けたロック・バンドの一つである。ボーカルのジャレッド・レトはU2の大ファンであることを公言しており、デペッシュ・モードやザ・キュアーなどとともにU2を自身の音楽的背景を形成したバンドとして挙げている[273]。 またボーカルのジャレッド・レトはU2のライブについて、単に大きな会場で演奏するだけではなく、観客を「ショーの一部」にする方法に強い影響を受けたと語っている[274]。2000年代にはU2の「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネーム」をライブでカバーしており、同曲はバンドのライブ・セットリストにも組み込まれている[275]。2011年にはMTV Unpluggedでも同曲を取り上げた[276]。
U2との関係が特に顕著なのが、3作目のアルバム『This Is War』(2009年)である。同作はフラッドとスティーヴ・リリーホワイトをプロデューサーに迎えて制作された[277][278] 『ビルボード』は同作について、フラッドによるプロデュースとともに、ジ・エッジを思わせるギター・サウンドを指摘しており、また『ガーディアン』もフラッドとリリーホワイトによるスタジアム・ロック的な大規模な音響を評価した[279][280]。さらに同作には「ストレンジャー・イン・ア・ストレンジ・ランド」という楽曲が収録されており、これはU2が1981年のアルバム『アイリッシュ・オクトーバー』に収録した同名曲とタイトルが一致する[281]。
ザ・フレイ
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ザ・フレイもU2から影響を受けた21世紀のロック・バンドの一つである。ボーカル兼ピアノのアイザック・スレイドは、バンドが音楽活動を始めた頃、U2のライブ映像を見ており、特にレッドロックス野外劇場で行われたU2の公演映像が、同会場を「自分たちが演奏すべき場所」と考えるきっかけになったと語っている。スレイドは後に、U2のような大規模な会場で観客との一体感を生み出すライブ表現を研究するようになったという[282]。
ザ・フレイは2009年から2010年にかけてU2のツアーの前座を務め、スレイドはU2との共演を「最大の目標」の一つとしていたと振り返っている[283]。 また、2012年のインタビューでは、3作目のアルバム『Scars & Stories』を制作するにあたり、ブルース・スプリングスティーンやU2のライブで観客に与える音楽の効果を体験し、それを自分たちのライブや作品に取り入れたいと考えたと説明している[284]。
同時期のザ・フレイのステージ演出については、批評家からU2を想起させるアリーナ・ロック的な演出が指摘された。『インディペンデント』の企画では、スレイドがU2のベーシストアダム・クレイトンを理想のバンド編成の一人として選び、U2との共演経験についても評価している[285]。
インターポール
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インターポールは、U2から明確な影響を受けた21世紀のロック・バンドの一つである。ボーカルのポール・バンクスは、2005年のインタビューで、メンバー全員がU2のファンであり、自身も以前からU2のレコードを聴いていたが、とりわけ『アクトン・ベイビー』に強くのめり込んだと語っている[286]。 2024年にもバンクスは『アクトン・ベイビー』を「当時とても夢中になっていた」アルバムとして挙げ、「ザ・フライ」をU2で最も好きな曲の一つとし、同作が自身に大きな影響を与えたと改めて述べている[287]。
インターポールは2000年代からU2との共演・ツアーでも関係を深めており、2005年から2006年にかけてのヴァーティゴ・ツアー、さらに2009年から2011年のU2 360°ツアーで前座を務めた。バンクスは後年、U2の巨大な観客を前に演奏した経験について、「非常に畏敬の念を抱かせる」ものであり、同時に大きな刺激を受ける経験だったと振り返っている[288]。
U2との関係はその後も続き、バンクスはU2のメンバーについて「とても寛大で親切だった」と振り返っている。2019年のインタビューでも、U2との共演を含む著名なバンドとのツアー経験について語り、U2が長いキャリアを維持してきた背景に「信頼と愛」があるとの見方を示している[289]。
イマジン・ドラゴンズ
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イマジン・ドラゴンズのボーカルのダン・レイノルズはU2を自身とバンドの芸術的影響の一つとして挙げており、幼少期からU2を聴いて育ったと述べている。また、U2のアルバム『ヨシュア・トゥリー』を自身の「史上最も好きなレコード」の一つと評価している[290]。
レイノルズはまた、ボノが音楽活動と並行して世界的な社会問題に関わってきたことを、自身がU2に惹かれた理由の一つとして挙げている。彼は、U2が政治や文化について発言し、音楽以外の活動も含めて一つの存在として機能していたことが、自身にとって重要だったと述べている[291]。 こうした影響は、イマジン・ドラゴンズがLGBTQの若者、小児がん患者などを支援する社会活動を行っていることとも関連付けられている[292]。
ライブ・パフォーマンスの面でもU2の影響が確認されている。レイノルズは、U2のU2 360°ツアーを、イマジン・ドラゴンズが将来的にライブ・ステージを発展させていくうえでの一例として挙げ、U2のツアーの規模や革新的な演出を評価している[293]。
音楽面では、ギタリストのウェイン・サーモンの演奏について、『ロサンゼルス・タイムズ』が初期のU2におけるエッジのギター演奏を想起させると評している[294]。また、アルバム『オリジンズ』収録曲「Zero」について、ガーディアン紙は曲中盤の展開を「U2風」と評した[295]。
さらに、プロデューサーのアレックス・ダ・キッドとイマジン・ドラゴンズとの関係にもU2との直接的な接点がある。アレックス・ダ・キッドは、ボノおよびジ・エッジとミュージカル『スパイダーマン・ターン・オフ・ザ・ダーク』の制作に携わっていた際にイマジン・ドラゴンズとの共同制作を始め、「Radioactive」や「Demons」などの制作に参加した[296]。
ザ・スクリプト
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ザ・スクリプトは、U2から音楽的な影響を受けた21世紀のアイルランドのバンドの一つである。メンバーはU2を主要な影響源の一つとして挙げており、2009年のインタビューでは、U2のほかポリス、クイーンなどから影響を受けたと説明している。また、メンバーのグレン・パワーはU2について「大きな影響」だったと語り、U2が成し遂げたことを見て、自分たちも同じようなことができるのではないかと考えたと述べている[297][298]。
2008年のデビュー・アルバム『The Script』について、AllMusicはU2を主要なロック面での影響として挙げ、特にエッジを思わせるギター・テクスチャーを指摘した。アルバムではR&Bやポップの要素とともに、U2に通じるアンセミックなロック・サウンドが取り入れられている。[299] 一方、メンバーはアイルランド出身であることからU2と比較されることには慎重で、U2の模倣ではなく自分たち独自の音楽を作ることを重視していると語っている[300]。
U2との関係は音楽面だけでなく、スタジアム・バンドとしての活動にも影響を与えた。ザ・スクリプトは2009年にU2のU2 360°ツアーの前座を務め、ダニー・オドノヒューは、U2のクローク・パーク公演終了後に「いつかここが自分たちのものになる」と考えたことを明かしている[301]。
U2との人的な関係も深く、2010年にはセカンド・アルバム『Science & Faith』からのシングル「For the First Time」のミュージック・ビデオに、ボノの娘である女優のイヴ・ヒューソンを起用した。ヒューソンはニューヨークで暮らすアイルランド人女性を演じており、ダニー・オドノヒューによれば、彼女の起用は監督からの提案がきっかけだったという[302][303]
syrup16g
[編集]syrup16gのボーカル兼ギタリスト、五十嵐隆にとってU2は青春期からの重要な音楽的存在であった。2008年の『ロッキング・オン』の記事では、U2を「五十嵐の青春のバンド」とし、ラスト・アルバム『syrup16g』がU2を輩出したアイランド・レコードから発売されたことを紹介している。[304]
U2との関係は演奏にも表れており、syrup16gは2004年10月10日の日比谷野外大音楽堂公演で、U2の「With or Without You」をアンコールでカバーしている[305]。 また、ファンからの質問を収録したインタビューでは、五十嵐が「With or Without You」をアコースティックで聴いてみたかった曲として挙げている記録も残されている[306]。
BUMP OF CHICKEN
[編集]BUMP OF CHICKENにもU2との接点が確認できる。ドラムの升秀夫は、2026年のバンド公式インタビューで、2000年代初頭の『jupiter』から『ユグドラシル』の時期に、レディオヘッドやベル・アンド・セバスチャンとともにU2やポリスを後追いで聴くようになり、それまで触れてこなかった音楽にも聴く範囲を広げたと語っている[307]。
また、2016年に放送されたNHKの『SONGS』では、藤原基央がレコーディングに使用した黒いフェンダー・ストラトキャスターを紹介し、それがU2のギタリスト、エッジと同じモデルであることを明かしている。このギターはベースの直井由文から誕生日に贈られたもので、実際にレコーディングでも使用された[308]。
[Alexandros]
[編集]Alexandrosのボーカル・ギターを務める川上洋平は、U2を自身の音楽的背景の一つとしており、特にU2の楽曲やアルバム構成に関心を示している。2016年には自身が企画する架空のフェスティバルの出演者としてU2を最初に挙げ、「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー」を選曲するなど、U2への強い敬意を示した[309]。
特に2015年のアルバム『ALXD』では、U2からの影響がアルバム構成に表れている。川上洋平は自身の公式ブログで、同作の1曲目「ワタリドリ」について、U2の「ビューティフル・デイ」が1曲目に置かれているアルバムから影響を受け、「かなり重要な曲を一発目に持って行く」構成にしたと明かしている。また、同作のアレンジでは、武道館やアリーナ、東京ドームのような大規模会場で最もよい形で音を鳴らすことを意識し、アドバイザーから助言を受けたと語っている[310][311]。
時速36km
[編集]時速36kmのボーカル兼ギター、仲川慎之介は、2026年のインタビューで、「BUMP OF CHICKENの流れで、スタジアムロックが好きになって、コールドプレイとかU2とか」と述べ、BUMP OF CHICKENからコールドプレイ、U2へと自身の音楽的関心が広がった経緯を明かしている[312]。
楽曲単位での影響
[編集]- ライアン・アダムス「So Alive」(2003):本曲について、『インディペンデント』は「U2のコピー」と評し、エッジを思わせるビブラートを伴うギター・リフと、ボノを模倣したような力強い歌唱を指摘した[313]。 『ピッチフォーク』も同曲を「U2のカラオケ」と評し、アルバム全体について、アダムスが過去の音楽的影響を意図的に模倣していると論じている[314]。 また、『ロサンゼルス・タイムズ』も「So Alive」を「U2的」と評している[315]。アダムス自身もライブで同曲とボノとの類似を意識した発言をしており、同曲がU2、特にジ・エッジとボノを意識した作品であることを示唆している[316]。
- マリリオン「You're Gone」(2004):本曲について、『AllMusic』は、マリリオンがU2のような音楽性を取り入れた作品の一つとし、軍隊的なビート、持続的で反復するギター・フレーズ、そしてボーカルのスティーヴ・ホガースによるボノを思わせる歌唱を特徴として挙げている[317]。 また、『The Scotsman』のライブ評では、同時期の「Between You and Me」について「U2のスタジアム・ロック」への野心があると評されている[318]。
- アワ・レディ・ピース「Boy」(2005):本曲について、音楽学の研究資料では、力強いギターとビートを備えた作品で、U2の初期作品を思わせると分析されている[319]。
- エンジェルズ・アンド・エアウェーブズ「The Adventure」(2006):『ヨシュア・トゥリー』期のU2の音楽性との類似が指摘されている。2006年の『ビルボード』誌は、同バンドのデビュー・アルバム『We Don't Need to Whisper』について「ヨシュア・トゥリー期のU2」が音響面での明確な設計図となっていると評し、「The Adventure」ではエッジを思わせるエコー・ギターが用いられていると指摘した[320]。 また、ボーカル兼ギターのトム・デロングは、バンドの音楽について「U2のようなアンセミックな構造」を目指したと説明している[321]。
- ザ・テンパー・トラップ「Sweet Disposition」(2008年):ギタリストのロレンゾ・シリットが作った主要リフを基に制作された同曲について、ボーカルのダギー・マンディギは、U2の初期4作をメンバー全員が聴いており、ジ・エッジの特徴であるディレイを使ったギター・サウンドが影響の一つだったと説明している[322][323]。
- ジョン・メイヤー「Heartbreak Warfare」(2009):U2の「バッド」との類似が本人によって認められている楽曲である。メイヤーは2010年の『VH1 Storytellers』で、同曲について「バッド」に似ていることは作曲時から分かっていたと説明した一方、U2の楽曲を模倣する意図はなく、「Bad」を意識したのは曲を書き終えた後だったと述べている。また、U2の「Bad」自体は好きな曲であるとも語った[324]。両曲の類似は批評でも指摘されており、『ワシントン・ポスト』は同曲の冒頭をU2を思わせる音の壁として評し、Apple Musicも同曲を「U2のチャイム」を思わせる楽曲として紹介している[325][326]。
- エレファントカシマシ「明日への記憶」(2010):AメロのリードギターにU2の「ブラディ・サンデー」のイントロのリフを取り入れたものとする楽曲分析がある。同曲後半にはビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のギター・リフも取り入れられていると分析されている[327]
- テイラー・スウィフト「State of Grace」(2012):U2の音楽性との類似が複数の批評で指摘された楽曲である。2012年のアルバム『レッド』の冒頭を飾る同曲は、エコーやフィードバックを伴うギターと力強いドラムを用いたアリーナ・ロック調の作品で、従来のカントリー・ポップからロックへと音楽性を広げた例とされる。『ロサンゼルス・タイムズ』は同曲についてU2を思わせるギターと歌唱を指摘し、『Spin』もU2の影響を感じさせる楽曲として評した[328]。また、音楽学者のジェームズ・E・ペローネは、本曲のギター・サウンドについて、エッジの奏法を想起させるものと分析している。また、『ローリング・ストーン』は同曲についてU2的な雰囲気を指摘し、U2の「オール・アイ・ウォント・イズ・ユー」や「ソート・オブ・ホームカミング」との類似にも言及している[329]。
- スウェード「Barriers」(2013):本曲について、『インデペンデント』は、プロデューサーのエド・ビューラーによって拡大されたアリーナ・ロック的なサウンドの中で、「U2-esque」なギター・リフが用いられていると評した[330]。 一方、ブレット・アンダーソンは同曲について、スウェードらしさを保ちながらも「より現代的なひねり」を加えた楽曲だったと説明しており、U2を直接の影響源としては挙げていない[331]。
- マイク・オールドフィールド「Moonshine」(2014):『AllMusic』は、冒頭のギター・ヴァンプがU2を意図的に想起させるものと評し、さらにその音楽的特徴について、逆にエッジがオールドフィールドから影響を受けた可能性も指摘している[332]。
- エンブレイス「Refugees」(2014):本曲はU2との音楽的な類似が指摘されている。2014年に発表された同曲は、電子音を取り入れた広がりのあるサウンドと大きなコーラスを特徴とする。『AllMusic』は、同時期のエンブレイスについて、U2から借用したエコーの効いた音響的な広がりを特徴の一つとして挙げている[333]。 また、2024年のライブ評では本曲が後半にかけてU2を思わせるロック・サウンドへ展開すると評された[334]。一方、2014年のEP評では、ボーカルのダニー・マクナマラがエンブレイスの原点にある影響としてエコー&ザ・バニーメン、ニュー・オーダー、初期U2を挙げていたことが紹介されている[335]。
- ウォーク・ザ・ムーン「Shut Up and Dance」(2014):本曲について、ボーカルのニコラス・ペトリッカは、制作当初から「ザ・カーズとU2の中間にあるような、勝ち誇った1980年代的なサウンド」をイメージしていたと説明している[336]。 また、ギターのイーライ・メイマンによるメイン・リフにはデジタル・ディレイが施されており、そのギター・サウンドはU2のジ・エッジの奏法から影響を受けたものとされている[337]。
- ボン・ジョヴィ「New Year's Day」(2016):本曲はU2の同名曲を想起させる楽曲として評された。ジョン・ボン・ジョヴィはバンドの再出発をテーマにした楽曲であると説明しており、『CBSニュース』はその音楽性を現代のU2を思わせるものと評した[338]。
- エド・シーラン「Castle on the Hill」(2017):本曲は、U2の影響を思わせる楽曲として批評家から評された一方、シーラン自身は直接的な影響源としてスノウ・パトロールの「Fallen Empires」を挙げている。2017年のインタビューでシーランは、U2の音楽との類似を認識しているものの、自身はU2を聴いて育ったのではなく、スノウ・パトロールを聴いて育ったと説明し、スノウ・パトロールがU2から影響を受けていることから、その影響が間接的に及んだ可能性を認めている[339]。
- LCDサウンドシステム「Call the Police」(2017):本曲はU2を想起させる楽曲として批評家から評された。2017年の『ピッチフォーク』は、同曲について、ニュー・オーダーの「Procession」やブライアン・イーノの「St. Elmo's Fire」からの影響を指摘するとともに、U2を思わせるスタジアム・ロック的な規模の大きさを挙げている[340]。 また、『ステレオガム』は、同曲の冒頭のメロディーを1980年代半ばのU2を思わせるものと評し、別の批評ではU2の『アクトン・ベイビー』期を想起させるジェームズ・マーフィーの歌唱も指摘された[341][342]。
- カルチャー・クラブ「More Than Silence」(2018):2014年に再結成後の新曲として発表され、後にアルバム『Life』に収録された同曲について、ボーイ・ジョージは2018年のインタビューで「U2の要素がある」と認めたうえで、それは「偶然ではない」と説明している。また、同曲にはデヴィッド・ボウイの影響もあると述べている[343]。批評でもU2との類似が指摘されている。『スター・トリビューン』は本曲をU2のようなコーラスを持つ楽曲と評し、Surviving the Golden Ageも、リヴァーブの効いたギターとアリーナ・ロック的なドラムによってU2を強く感じさせる楽曲と評した[344][345]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
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- グラハム, ビル 著、川原真理子 訳『スーパーロックガイド/U2』 シンコーミュージック、1998年。ISBN 978-4401615131。
- ブラック, スーザン 著、中野園子 訳『ボノ語録』シンコーミュージック、1998年。ISBN 978-4401615926。
- ストックマン, スティーブ 著、尾崎梓 訳『U2 魂の歌を求めて WALK ON: THE SPIRITUAL JOURNEY OF U2』岳陽舎、2004年。ISBN 978-4907737528。
- SLOGAN LTD.『U2ファイル』シンコーミュージック、2005年。ISBN 978-4401619139。
- U2 著、前むつみ,久保田祐子 訳『U2 BY U2』シンコーミュージックエンタテイメント、2006年。ISBN 978-4401630417。
- アサイアス, ミーシュカ 著、五十嵐正 訳『ボノ インタヴューズ』リットーミュージック、2006年。ISBN 978-4845613007。
- マッギー, マット 著、神田由布子 訳『U2ダイアリー 終りなき旅の記録』スペースシャワーネットワーク、2009年。ISBN 978-4860203191。
- Flanagan, Bill『"U2" at the End of the World』Bantam Press、1995年。ISBN 978-0593036266。
- Stokes, Nail (1996). Into the Heart: The Stories Behind Every U2 Song. Omnibus Press
- Stokes, Niall (2009). U2: The Stories Behind Every U2 Song. Carlton Books Ltd. ISBN 978-1847322876
- McCormick, Neil (2011). Killing Bono. Penguin Books Ltd. ISBN 978-0241953808
- Bono (2025). Bono: Stories of Surrender. Penguin (Cornerstone). ISBN 978-1529160598