広州駅
| 広州駅 | |
|---|---|
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駅舎(2013年11月) | |
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こうしゅう Guangzhou | |
![]() | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 |
中国国家鉄路集団(CR・駅詳細) 広州地鉄集団有限公司(広州地下鉄・駅詳細) |
| 広州駅 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: |
廣州站 廣州火車站 |
| 簡体字: |
广州站 广州火车站 |
| 拼音: |
Guăngzhōu zhàn Guăngzhōu Huóchēzhàn |
| 発音: |
グァンジョウ ヂャン グァンジョウ フオチューヂャン |
| 英文: | Guangzhou Railway Station |
広州駅(こうしゅうえき)は、中華人民共和国広東省広州市に位置する、中国国鉄(CR)と広州地下鉄の駅。広深線、京広線および広湛高速鉄道が交わる駅である。かつては華南最大の駅であり、広州で最も主要な旅客駅の一つであった。本項では近接する広州地下鉄の広州火車駅についても記述する。
利用可能な鉄道路線
[編集]この他、国鉄線は京広高速鉄道などの列車も一部利用可能である。
歴史
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初代の駅は広州旧市街地の南東角の大沙頭に建設され、1911年に九広鉄路の終点駅であった。当初は大沙頭駅と呼ばれた。1937年1月、国民政府による黄埔港の整備と同時に同港へ至る支線の工事を開始。同年8月より、前月に勃発した日中戦争への対抗を目的として、援蔣ルートを経由した物資を中国内地へ輸送をしやすくするため、九広鉄路と粤漢線を接続させることに同意した[1]。当時、黄埔港支線はまだ軌道が敷かれていなかったため、既に完成していた施設を利用して連絡線を建設し、1937年8月までに軌道を敷設して両路線は連結された。戦争終結後、駅は拡張されて広九・粤漢両路線の旅客列車の起終点駅となり、広州東駅と改称され、広州で最も主要な旅客駅となった。中華人民共和国成立後、広九線(九広鉄路)は広深線として再編され、駅も1951年に広州駅と改称された。1953年に旧広州南駅から石囲塘駅までの珠江を越える鉄道連絡船の運航が開始され、車両が粤漢・広九の両鉄道間を相互に行き来できるようになった[2]。
1957年の武漢長江大橋完成と同時に北京広州間の路線が京広線として再編され、1960年に珠江を越える広州西南大橋(後の珠江大橋)が完成した。
1950年代、当時の広東省党委書記陶鋳が広州を「東方のパリ」とする構想を進めるのに合わせ、新駅の建設計画が浮上した。1960年2月に鉄道部は新駅の建設を決定し、広州市政府の審査を経て駅移転位置を流花橋に定めた。同年3月1日に着工し、翌年3月までにホームと駅前広場の造成工事の大部分が完了したが、大躍進政策による経済への打撃によって、中央政府が建設投資を渋ったことから工事は一時停止された。1963年に広州鉄路局が工事再開を申請し、1967年に国家が計画を承認したが、文化大革命の影響で結局着工できなかった。この期間中、列車の運行本数増加に対応するため、流花橋線路所(信号場)を1965年に駅に格上げし、一部旅客列車の始発業務を代替した[2]。
1971年に広州鉄路局は新駅の工事認可を再び申請し、再度のプロジェクトとして承認された。1972年2月に工事は再開され、1974年4月10日に完成、4月12日に供用を開始した[3]。新駅は正式に広州駅と命名され、大沙頭にあった旧駅は広州東駅の名称を使用したのち、徐々に機能を新駅へ移管した後、客車の整備を行う作業駅として一時使用され、暫定的な駅であった流花橋駅は廃止された[2]。
1979年、広州と香港を結ぶ広九直通列車の運行再開に合わせ、駅東側に出入国管理施設を新設し、香港行き列車の拠点駅として税関・検疫・外貨両替などの業務を開始した。1981年には旅客の増加に対応するため、4番ホームを増設した[4]。
1984年には香港の企業ジュリファーと協力して、駅構内の空きスペースを利用してホテル、酒楼、ショッピングフロア、カラー写真の現像を行う店舗などの営業を開始した。かつての5号待合室はホテルに改修され、28室のツインルームと140室のシングルルームを設けた。5号・6号待合室間の通路はショッピングフロアとなり、面積398平方メートルであった。6号待合室はファーストフード、粥、麺、折衷料理などの料理を出すレストラン、ダンスホール、カラオケ屋を経営する大型の酒楼に改築された[5]。
1985年には着発線2本を増設したほか、待合室内に扇風機を設置して換気を改善し、またホームに近い待合室に改札口を設けることで、入場する旅客が中央の改札口に集中しないようにした[2]。1992年には待合室に、中央で一括管理する大型の空調を設置した[5]。1996年に、広九直通列車の起終点駅は広州東駅へと移転した。
1990年代初頭、中国南部の商工業の急速な発展から、多くの他省出身者が広東省へ出稼ぎに来るようになり、広州駅は民工の集まる駅となった。毎年の春節前には、多くの民工が帰省するようになり、人々が帰省ラッシュの列車に乗り込む様子は、広州駅の象徴的な光景となった。一方で駅の治安の悪化も起こり、旅客数が急増したことから、2000年に駅が経営していたホテル、ショッピングフロア、酒楼は再び元の待合室に戻された[5]。


2002年12月29日に広州地下鉄2号線の開通と同時に駅前広場地下に広州地下鉄の広州火車駅が開業した[6]。2009年12月29日には広州地下鉄5号線の開通し、2路線の乗り入れる駅となっている[7]。
2005年5月20日より、駅舎の内外装を改修する工事が実施された。この工事では東付属棟の一部空間を第9・10・11待合室に改築し、本駅舎の外壁をカーテンウォール構造のガラス張りへ交換、空調設備を改修し、中央のコンコースにエスカレーターを整備した[4]。2008年以降、毎年春運期間中は帰省ラッシュによる増発のため、当駅へ乗り入れる列車は省を跨ぐ長距離列車のみとし、この期間の和諧号による広州深圳都市間列車はすべて一時的に、広州東駅での取り扱いとする措置を取るようになった。この措置は2024年1月まで続いたのち、同時期に広州白雲駅開業し列車本数に余裕ができたことで終了した[8][9]。
2020年の春運前、乗車の動線、トイレ、照明、床、天井、給水設備など改修を行い、13の小待合室を6つの大待合室に再編した[10]。2025年5月10日、広湛高速鉄道開通に先駆けた工事に着工した。この工事では京広線の上り線約500メートルの線路施設を一時閉鎖しての改築工事を実施する必要があった[11]。同年8月1日には荷物・小荷物の輸送業務を停止し[12]、12月21日に改築工事が完了した[13]。2026年1月23日に広湛高速鉄道開通に備えた複線工事が完了し[14]、1月30日に正式に同線が当駅へ乗り入れるようになった[15]。
駅構造
[編集]中国国鉄
[編集]| CR 広州駅 | |
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駅舎正面 | |
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こうしゅう Guangzhou | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 | 中国鉄路広州局集団公司(CR) |
| 管轄鉄路局 | 中国鉄路広州局集団公司 |
| 等級 | 特等駅 |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 5面9線 |
| 開業年月日 | 1904年 |
| 乗入路線 4 路線 | |
| 所属路線 | 京広線 |
| キロ程 | 2294.0 km(北京西起点) |
| 所属路線 | 広深線 |
| キロ程 | 0.0 km(広州起点) |
| 所属路線 | 広茂線 |
| キロ程 | 0.0 km(広州起点) |
駅舎外観
[編集]現在の駅舎は1974年に供用開始したのち、2005年に内外装および改修工事が行われたものである。完成当初はソ連式建築の駅舎であった[16]。駅舎主楼は建築家林克明が設計し、横の長さ182.5メートル、奥行き66メートル、建築面積26173平方メートルである[17]。旧白雲空港による高度制限の影響を受けたため[18]、本駅舎の高さは27メートルとされ、中央部は4階建て、一部3階建ての構造となっている。駅舎外側には高さ4.5メートル、幅5メートルのアナログ時計が設置されている[5]。
駅舎の上部には駅名看板のほか、左端の建物に「統一祖国(簡: 统一祖国)」、右端の建物に「振興中華(簡: 振兴中华)」のスローガンがネオンサインで掲げられている[19]。駅名看板の文字は、駅完成当初は簡体字で掲げられていたが、改革開放初期に繁体字の方が美しいという駅側の判断で、駅名看板を繁体字のものに置き換えたところ、「政治的立場に問題がある」という国家語言文字工作委員会による指摘により、郭沫若が揮毫した簡体字のものに戻されて現在に至っている[20]。
駅舎内部
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駅には東側、中央部、西側の3つの入場口があり、35の有人対応のゲートと76台の自動入場ゲートを備えている[21][22]。また、駅舎西側には事前予約した乗車券の受け取りが可能な券売機が設けられている。最も主要な乗車券発売所は付属棟内東側のもので、50の有人窓口を有する。また、出場口付近にも6つの窓口が設けられている[23]。
中央入場口の内部はコンコースとなっている。ホーム側には各ホームへ向かう改札と母子優先待合室があり、各中間ホームへ通じる入場通路の正面にある。中央改札口は発車15分前以内に入場した急ぎの旅客および高齢者や妊婦を中心とした重点旅客向けの優先改札口となっている[24]。
待合室は構内に6つがあり、総面積12981.4平方メートルで、2層に分かれている。1階にある待合室は1・3・5番で、ホームより低い位置にある。1・3番の待合室は中央コンコース1階の両側に位置し[25][26]、それぞれ面積1000平方メートルの緑化庭園を備え、嶺南地域の特色をもった植物が植栽されている[4][18]。梁の上部には羊城八景を表現した浮彫、珠江沿岸の風景を描いた壁画、そして胡偉が2005年に制作した漆画『広東四大名園』が展示されている[27][28][29]。5号待合室は付属棟1階にある。2026年1月5日には1階にビジネスクラス(商務座)旅客用の待合室を新設した[30]。
2階にある待合室は1番ホームと同じ高さにあり[2]、2・4・6号待合室、貴賓待合室、軟席(ソファ)待合室が該当する[18]。2・4番待合室は2階中央改札口の両側に、6番待合室は付属棟2階にある。2階中央改札、4番待合室、6番待合室の改札外には1番ホームへ通じる通路が設けられている[4][31][10]。
ホーム
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当駅のホームは東西方向に延びており、通過式と頭端式を組み合わせた5面のホームと各線路を有している。旅客列車用の着発線7線、機回し線1線、本線2線を有し、下り本線北側にはホームのない着発線1線が設けられている。1番ホーム西側には2本の頭端式着発線があり、主に広肇都市間鉄道、南広線、貴広旅客専用線方面の動車組列車、および編成10両未満の市郊列車の発着に使用される。ホーム西端は京広線および南広線に接続し、京広線上下線間に広州機務段および広州客車技術作業整備場(列車整備施設)の出入庫線、ならびに広州供電段への専用線が延びている[32]。 東端では広深線に接続し、旧白雲空港への専用線とも接続している[33]。ホームの運用効率と運用への負担を軽減するため、現在は京広線下り列車を主に6-9番線で、京広線上り列車を1番線および3-7番線で、広茂線方面の在来線列車を1・3番線で扱う方針としている[34]。各ホームと駅舎間は3本の通路で連絡している[2]。
広州地下鉄
[編集]| 広州地下鉄 広州火車駅 | |
|---|---|
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D2出入口 | |
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こうしゅうかしゃえき Guangzhou Railway Station | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 | 広州地鉄集団有限公司 |
| 駅構造 | 地下駅 |
| 開業年月日 | 2002年12月29日 |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■ 2号線 |
| 駅番号 | 216 |
| キロ程 | 20.45 km(広州南駅起点) |
| 所属路線 | ■ 5号線 |
| 駅番号 | 506 |
| キロ程 | 7.08 km(滘口起点) |
2号線・5号線共にプラットホームは島式1面2線構造。地下2階に2号線ホーム、地下3階に5号線ホームがある。地下1階は改札階である。
- 改札階
- 2号線ホーム
- 5号線ホーム
| 地下1 | 西コンコース ■ 2号線 |
改札口、自動券売機、サービスセンター、駅商店、駅警備室、セキュリティ | |
| 連絡通路 | 2号線と5号線コンコースを連絡 | ||
| 東コンコース ■ 5号線 |
改札口、自動券売機、サービスセンター、駅商店、駅警備室、セキュリティ | ||
| 地下2 | 2番線 | 2号線 越秀公園へ(広州南駅方面) | |
| 島式ホーム、左側の扉が開く | |||
| 1番線 | 2号線 三元里へ(嘉禾望崗方面) | ||
| 設備フロア | 5号線駅設備 | ||
| 地下3 | 4番線 | 5号線 西村へ(滘口方面) | |
| 分離式ホーム、左側の扉が開く | |||
| 連絡通路 | 両側ホームおよび東コンコースを連絡 | ||
| 分離式ホーム、左側の扉が開く | |||
| 3番線 | 5号線 小北へ(黄埔新港方面) | ||
駅周辺
[編集]広東省の地場産業である衣料や靴などの卸売市場がある。旅社やビジネスホテルなどが駅を囲むように集まっており出稼ぎ労働者が多い。駅南側の徒歩10分の所に越秀公園がある。
バス
[編集]広州白雲国際空港へのシャトルバスが出ている。その他、市内のバスや長距離バスなどが網目のように走っている。
隣の駅
[編集]脚注
[編集]- ↑ “广东省情信息库:铁路志”. 广东省人民政府地方志办公室. 2012年12月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月10日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 广州市地方志编纂委员会 (2000). 广州市志 卷四:交通邮电卷. 广州出版社. ISBN 9787805929613. オリジナルの2017-09-22時点におけるアーカイブ。 2019年3月19日閲覧。
- ↑ 刘云 (2014年4月14日). “广州火车站将拆迁重建 揭秘四十年的前世和今生”. 羊城晚报. 2026年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ. 中新网より2026年1月25日閲覧.
- 1 2 3 4 “广州火车站31年来首次大改造 将现岭南园林(图)”. 网易新闻. 2005年5月21日. 2019年5月19日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年3月19日閲覧.
- 1 2 3 4 “广州火车站 四十不惑”. 南都网. 2014年4月9日. 2019年3月29日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年3月20日閲覧.
- ↑ 谢冰 (2002年12月18日). “广州地铁二号线29日迎客 九个站点逐个探营”. 南方都市报. 2022年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ. 新浪新闻より2023年4月9日閲覧.
- ↑ 黄熹; 黄宙辉 (2009年12月28日). “广州地铁五号线正式开通 约50万人受益”. 羊城晚报. 2022年5月28日時点のオリジナルよりアーカイブ. 搜狐新闻より2022年5月28日閲覧.
- ↑ “广州白云站首迎春运大考:预计发送旅客100万人次,广州枢纽运力布局优化”. 21世纪经济报道 21财经APP 南方财经全媒体见习记者谭海燕、记者梁施婷、实习生郑铭茵. 广东二十一世纪环球经济报社. 2024年1月26日. 2024年2月6日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2024年2月6日閲覧.
- ↑ “南方小年 广铁迎节前客流最高峰”. 2024年2月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年2月7日閲覧。
- 1 2 “广州火车站3个进站口增加50台自助核验闸机”. 广州日报. 广州市人民政府. 2020年1月23日.
- ↑ “CRCC127新闻周刊(2025.5.5-2025.5.11)”. 中铁十二局集团七公司 (2025年5月12日). 2025年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年12月22日閲覧。
- ↑ 中国国家铁路集团有限公司, ed (2025). “客价电〔2025〕81号 国铁集团客运部关于修改《铁路客运运价里程表》的通知(2025008号)”. 铁路客货运输(2025 4、5). 北京: 中国铁道出版社. p. 36. ISBN 978-7-113-32941-9. "四、自2025年8月1日起,广州局集团公司广州站停办行包业务"
- ↑ “中铁十二局七公司承建的改建京广铁路上行线工程开通运营”. 中铁十二局集团七公司 (2025年12月22日). 2025年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年12月22日閲覧。
- ↑ 刘倩 (2026年1月25日). “春运可以在广州站乘坐广湛高铁了!广湛高铁双线引入广州站工程完工”. 南方日报. 2026年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年1月25日閲覧.
- ↑ 黄庆 (2026年1月29日). “1月30日起广州火车站正式接入广湛高铁,两市中心城区最快1小时30分钟直达”. 广州日报. 2026年1月29日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2026年1月29日閲覧.
- ↑ “广州火车站设计者学生:保留火车站很有意义”. 中国新闻网. 2014年4月17日. 2019年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年3月19日閲覧.
- ↑ 广州市地方志编纂委员会 (1995年7月). 广州市志 卷三:城建卷. 广州出版社. ISBN 9787805922652. オリジナルの2017-09-22時点におけるアーカイブ。 2019年3月19日閲覧。
- 1 2 3 “广州火车站的兴建始末”. 花城网. 2017年9月10日. 2019年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年3月19日閲覧.
- ↑ ““万岁”标语换成“统一祖国 振兴中华””. 新快网 (2009年9月18日). 2014年1月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年7月22日閲覧。
- ↑ “现在“广州站”是郭沫若题写”. 新快報 (2009年9月18日). 2014年1月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月4日閲覧。
- ↑ “广州火车站增设两个进站口”. 网易. 2013年2月1日. 2019年5月19日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年3月20日閲覧.
- ↑ “广州站首次启用仅刷身份证进站”. 广州日报大洋网. 2019年1月22日. 2019年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年3月19日閲覧.
- ↑ “首页>>大站风采>>广州火车站”. 广铁集团. 2013年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月21日閲覧。
- ↑ “1月14日00:21 春运首趟列车,出发”. 广州日报. 广州市人民政府. 2025年1月14日. 2025年3月21日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2025年11月22日閲覧.
- ↑ “广州火车站增开夜间广深城际专列 每日开行列车15对”. 新浪网. 2016年2月15日. 2021年3月20日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年3月19日閲覧.
- ↑ “广东:广佛肇城际列车今日引入广州火车站”. 新华网. 2016年3月30日. 2021年3月20日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年3月19日閲覧.
- ↑ “2005年广州火车站漆画《广东四大名园》”. 江西漆画 (2019年2月27日). 2019年5月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月19日閲覧。
- ↑ “漆画绘制多彩人生”. 新华网. 新浪收藏. 2016年1月19日. 2021年3月20日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年3月19日閲覧.
- ↑ “广州站全新改造春节前完成(组图)”. 金羊网-羊城晚报. 新浪网. 2005年10月19日. 2019年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年3月22日閲覧.
- ↑ 黄庆 (2026年1月5日). “百年老站第一次!广州火车站首开商务座候车区”. 广州日报. 2026年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年1月7日閲覧。
- ↑ “广州车站主楼平面示意图”. 12306. 2020年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月19日閲覧。
- ↑ “12306货运站点查询 广铁集团”. 2016年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月20日閲覧。
- ↑ 黄有镳 (2000). “提高广州站运输能力的对策”. 铁道运输与经济. doi:10.3969/j.issn.1003-1421.2000.10.007.
- ↑ 张明; 彭小东 (2018). “广州站列车正点率保障对策分析”. 铁道运营技术. doi:10.13572/j.cnki.tdyy.2017.01.011.
