見出し画像

⚪️掌編小説|蜜柑堂書店 第二十三話

第二十二話からの続き

 八月が終わり蜜柑堂書店主催の夏フェア『7月32日の課題図書』も締切を迎えた。

***

 応募総数は五十五作品。子どもから大人まで、様々な人が今年のテーマである「東野圭吾作品」の読書感想文を応募してくれた。

 審査員は去年は蜜柑さんと、ヒーラギさん、ルカちゃんで担当したらしい。今年はぼくにも参加してほしいと言われている。

「でも五十五作品ともなるとそれなりに大変ですね」
「すでに下読みは終わっていて十作品に絞ってくれているの」
「へーそうなんですか。下読みはどなたが?」
「ケンジくんて、知らないと思うけど」
「ケンジさん! ケンジさん? あのケンジさん?」
「そう。知ってた?」
「あわあわあわ、え、えー? えー名前だけは」

***

 ケンジさんと言えば、幻のバイトリーダー、引きこもりの幽霊書店員。あ、ここにも幽霊いた。いや生きてるだろうけど。

 年に数回だけ出社するって今回は来るのだろうか。何だか妙に緊張する。年齢とかバイト歴とか何も知らないから。

 すでに下読みが済んでるというのも凄い。一日ですべてを読み切ったのだろうか。

***

 何はともあれ、ケンジさんが選んでくれた十作品を読んだ。それらは東野圭吾のそれぞれ異なる作品を主題にしていたから、単純に優劣をつければ良いというものでもない。

 ケンジさんの寸評が添えられていたからそれも参考にして、ぼくなりに一応一作品を選んだ。

***

 蜜柑さんとルカちゃんはチズさんの『カッコウの卵は誰のもの』を選んだ。

 ヒーラギさんとぼくはもよろんさんの『失踪する疾走感』を選んだ。

  ぼくらの評価は綺麗に分かれてしまった。

「お兄ちゃんはチズさんを選ぶかと思ったよ」とルカちゃんが言った。
「蜜柑さんはもよろんさんを選ぶと思いました」とぼくは言った。

 蜜柑さんとヒーラギさんは何も言わなかったのでこの話題はここで終わった。

***

「ケンジさんはどの作品に一票を入れたのですか?」
「ケンジくんは選ばないのよ。下読みだけ」
「そうなんですか」

 ぼくは改めてケンジさんの寸評を見た。

『カッコウの卵は誰のもの』
題名から物語を予想し、自らの読みが覆される。その読書体験そのものを丁寧に綴った感想文である。「カッコウの卵」が何を意味するのかに気づいた瞬間から、作品のテーマを「才能」と「自由」へと広げていく着眼点が光る。結びの「カッコウ!」も楽しく、作品への愛情が伝わる。

『失踪する疾走感』
作品について語りながら、いつしか「読む」という行為そのものについての文章になっているところが秀逸。人物名を覚えられない、理系知識に確信が持てない、作品中の死にいちいち心を揺さぶられてしまう。そのひとつひとつを「自分はなぜそう感じるのか」と掘り下げていく。自嘲的なユーモアも含め、飾らない言葉から読書への誠実さが伝わる。

***

 ぼくらは話し合いの結果、この二作品を「大賞」とすることにした。また、最終候補十作品を収録した冊子を作り、無料で配布することに決まった。

 出来上がった冊子はケンジさんにも郵送された。ケンジさんからは冊子のお礼として謎のメッセージがグループLINEに送られてきた。

 「毎年ここが夏の終着点だぜ」

第二十四話に続く)

*作中には、私の大好きなクリエイターさんである@チズさん@もよろんさんにご登場いただきました。おふたりはそれぞれ「感想文」を自らの意志で、自らのものとして公開したのであって、決してこちらに「応募」したわけではありません。勝手ながら、物語内のフェアと主題が一致していたこと、期間が重なっていたことから引用(接続)させて頂いた次第であります。みなさまに読んでいただきたいような優れた文章であることも無論であります。事後承諾となってしまいますが、この場を借りてお詫びいたします。

>『カッコウの卵は誰のもの
>『失踪する疾走感


*関連エピソード:第五話第十九話第二十話


#風まかせ文芸部
#夏の終着点
#蜜柑堂書店

いいなと思ったら応援しよう!