連載小説|婚活女子とおネエの、こじらせ深夜日記|第4夜「プロの料理と、あなたの晩ごはんは競技が違う」
営業終了の札を返し、南十字星の赤い照明がひとつ息を吐いた。
カウンターに突っ伏したピン子が、敗者の声で言う。
「インスタで見た“映えるラザニア”を、平日に再現しようとして……
気づいたら夜十一時でした」
紅葉はグラスを磨きながら、ちらりと目だけ寄こす。
「……で?」
「料理って、私に働くなって言ってます?」
紅葉は一拍置いて、笑うでもなく、刺すでもなく、さらっと言った。
「オリンピック選手のメニュー、毎日コピーしたら倒れるでしょ」
「……確かに」
「それと同じ。プロの料理と、あんたの晩ごはんは――」
紅葉は冷蔵庫を開けて中を覗き込む。まるで判定員。
「『土俵が違う』どころか『競技が違う』」
ピン子は顔を上げた。
「競技……」
「プロは“代金以上の価値”を出す競技。
記憶に残る一皿、驚き、見た目、ストーリー。わざわざ食べに行く理由を作る」
「うん……」
「でも家庭料理は違う。優先順位がね、最初から別」
紅葉は指を折る。
「時間。経済。栄養。冷蔵庫の材料。
その次に“美味しさ”。――美味しさが第一じゃない日、普通にあるの」
ピン子は小さくうなずきながら、なんとなく救われた顔をする。
「じゃあ私は、間違ってなかったんだ……」
「間違ってたのは努力の方向。ラザニアは逃げない。あんたの睡眠は逃げる」
紅葉は冷蔵庫から材料を取り出した。特売の鶏むね肉、半端な野菜、冷やご飯。
「今日のまかない決定。プロ料理っぽくしない、“疲れた日の家庭料理”」
「条件は?」
「三つ。三十分以内。洗い物少なめ。在庫処理。
この競技は“制限時間と装備”がルールなの」
フライパンが温まり、油が薄く光る。鶏むねはそぎ切り。野菜は大きめ。
紅葉の手つきは速いのに雑じゃない。迷いがないだけだ。
「ねえピン子」
紅葉が言う。
「家庭料理って、“何を出してもいい競技”なの。
冷蔵庫にあるもので、今日はここまで、って線を引いていい」
「でも、映えって……正義じゃないですか」
「映えはね、暇と食材とカメラが揃えば誰でもできる」
紅葉はあっさり斬る。
「それを平日にやろうとするから、苦しくなる。
“正解”っぽいものに合わせようとすると、台所が修行場になる」
味付けは塩と醤油、少しの胡椒。最後に冷やご飯を入れてさっと炒める。
地味で、速くて、ちゃんと温かい。湯気が立つ。
ピン子が一口食べて、数秒黙った。
「……なんか」
二口目。目が少しだけ潤む。
「“ちゃんと生き延びた感”がすごい……」
紅葉は、ようやく口元だけで笑った。
「そうそう。家庭料理のゴールは“優勝”じゃなくて“今日も生存クリア”」
「プロはオリンピック、あんたはラジオ体操くらいでちょうどいいの」
その夜、ピン子は少し軽くなった肩で店を出た。
翌日。会社帰り。コンビニの総菜棚の前で立ち止まり、唐揚げを見つめる。
そして小さく言った。
「今日は“優勝”じゃなくて、“生存クリア”でよし、か」
そう呟いて、迷いなくカゴに入れた。
この夜の話が、あなたの中に何かひとつ残ったなら、
また次の夜も、ふらっと覗きに来てください。
この話が届きそうな人が浮かんだら、
その人に、プレゼントしてもらえたら嬉しいです。
―――――
この小説で描いている考え方は、
料理について書いた一冊が、元になっています。
物語ではなく、
「毎日の台所で起きていること」として、
もう少し整理したものです。
レシピや料理の話ではありますが、
実は、正解を探しすぎてしまう癖や、
人と比べて疲れてしまう感覚についても、
同じことを言っています。
小説とは違う形で、
同じ話をしている場所なので、
もし気になったら、そっと覗いてみてください。
『今日もレシピ検索から始めますか?』
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この夜の話が、あなたの中に何かひとつ残ったなら、
また次の夜も、ふらっと覗きに来てください。
この話が届きそうな人が浮かんだら、
その人に、プレゼントしてもらえたら嬉しいです
◎ これまでの夜
第1夜|この世からレシピが消えた夜
https://note.com/29muroji_ken/n/n8c766f176ea2
第2夜|問題はどこなの?レシピは解答用紙!?
https://note.com/29muroji_ken/n/nd09f89fef901
第3夜|正解を探さなくなった夜
https://note.com/29muroji_ken/n/n8c5350425e75
第4夜|プロの料理と、あなたの晩ごはんは競技が違う
https://note.com/29muroji_ken/n/nac4c03042f44
第5夜|料理下手は才能じゃなくて、教え方の被害者
https://note.com/29muroji_ken/m/mac9e2270cc31
