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連載小説|婚活女子とおネエの、こじらせ深夜日記|第2夜|問題はどこなの?レシピは解答用紙!?


営業が終わって、赤い照明が少しだけ眠たそうになった。
 氷の溶ける音だけが、やけに真面目に響く。
 紅葉がグラスを伏せている横で、ピン子がカウンターに額をこつん、と落とす。

「ママ……肉じゃが作ったんですよ」
「へえ。えらいじゃないですか」
「これで三回目なんですけど」
「ベテランじゃない」
「なのに今回も、検索から始まりました。“肉じゃが 黄金比”って」
「お気に入り登録してるでしょう?」
「してます。なのに開くたび“初見の外国語”です」
「かわいそうな脳みそね」

 紅葉は布巾をたたみながら、目だけで笑った。

「それ、夏休みのドリルで答えだけ見て写した小学生と同じよ」
「……やったことありますけど」
「でしょうね」
「でも味は普通においしかったですよ? レシピ通りなら」
「ええ。そこが病根。点は取れるのに、何も残らないやつ」
「私、アレンジしたいとかじゃないんです。まだ。その前に“覚えたい”だけで……」
「アレンジはまだ早いわね。今日はそこじゃない」

 まかないに使えそうな材料が、まな板の上で半端に集まっていた。
 じゃがいも数個。玉ねぎ。しらたき。肉は端っこ。まるで人生の在庫処分。

「よし、肉じゃがでいきましょ。私、作れます。三回目なんで」
「はいはい、“解答写し三年目”ね」

 ピン子は鍋に油を引き、肉を入れた瞬間までは威勢が良かった。
 が、砂糖の瓶の前で手が止まる。

「……えっと。最初、砂糖でしたっけ。醤油でしたっけ。酒? みりん? 順番が……」
 スマホが呼ぶ。検索窓が光る。ピン子の指が伸びる。

 紅葉が、そのスマホをひょいと伏せた。

「ほら出た。答え写し」
「だって順番が……」
「順番“だけ”覚えようとしてるからよ」
「でも順番って大事じゃないですか!」
「大事よ。だからこそ、写して済ませるのが一番もったいないの」

 湯気が立つ。玉ねぎが甘い匂いを出す。
 紅葉は鍋を覗き込みながら、さらっと言った。

「前にも言ったけど、レシピって完成した料理の記録でしょ」
「はい」
「有名シェフだって天から分量降ってこない。味見して、試して、最後に“こうなりました”って書くの」
「じゃあレシピって……」
「テストで言うなら、解答用紙」

 ピン子はうなずきかけて、そこで目を輝かせた。

「じゃあ私も、解答用紙見て“問題”と“解き方”を想像できるようになれば!」
 紅葉が、秒で首を振る。

「無理無理。初心者さんにそれは無理よ」
「え、なんで」
「掛け算習ってないのに因数分解やらせるみたいなもんなの。死ぬわよ」
「死にたくないです。まだ婚活が……」
「そこに命かけるの、やめなさい」

 鍋の中で、じゃがいもがことん、と沈んだ。
 煮汁がふつふつと落ち着いて、店の空気までやわらぐ。

「ほら、味見しなさい」
 ピン子が一口。目が少し丸くなる。

「……おいしい。ちゃんと肉じゃがだ」
「でしょう。レシピなくても“それなり”には着地するのよ」
「でも……」
「でも?」
「私、今、何をどう入れたか、もう曖昧です。明日また作れって言われたら……たぶん検索します」
「そう。それが“答え写し”。味は取れても、頭はゼロ」
「最悪、ブックマーク見ても“へえ〜”ってなります」
「感想文、やめなさい」

 ピン子は箸を置いて、しょんぼり笑った。

「私、肉じゃがと毎回初対面なんですね」
「ええ。恋愛より初対面率高いわね」
「やめてください、刺さる」

 翌日。
 会社のコピー機の前で、同僚が資料を山ほど吸い込ませていた。
 ピン子はその“ガチャン、ガチャン”を聞きながら、ぽつりと言う。

「ねえ……答えだけ写しても、次の日ゼロってさ。料理でも同じだったわ……」
「何の話?」
「ううん、こっちの話。たぶん、一生こっちの話」



この夜の話が、あなたの中に何かひとつ残ったなら、
また次の夜も、ふらっと覗きに来てください。

この話が届きそうな人が浮かんだら、
その人に、プレゼントしてもらえたら嬉しいです。

―――――

この小説で描いている考え方は、
料理について書いた一冊が、元になっています。

物語ではなく、
台所で起きていることとして整理したものなので、
気になった方だけ、そっと覗いてみてください。

『今日もレシピ検索から始めますか?』
https://www.amazon.co.jp/dp/B0G66W7KMM

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◎ これまでの夜

第1夜|この世からレシピが消えた夜
https://note.com/29muroji_ken/n/n8c766f176ea2

第2夜|問題はどこなの?レシピは解答用紙!?
https://note.com/29muroji_ken/n/nd09f89fef901

第3夜|正解を探さなくなった夜
https://note.com/29muroji_ken/n/n8c5350425e75

第4夜|プロの料理と、あなたの晩ごはんは競技が違う
https://note.com/29muroji_ken/n/nac4c03042f44

第5夜|料理下手は才能じゃなくて、教え方の被害者
https://note.com/29muroji_ken/m/mac9e2270cc31

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