⑺9年間の「思考のトレーニング」が創り出す、日本の未来と社会変革
道徳授業を思考方法を学ぶ場に!:第7回
小学校から中学校までの9年間で、
子どもたちが過ごす道徳の授業は
年間35時間、計314時間*に及びます。
(*小1は34時間)
この315時間という膨大な時間を、
単なる「場の空気を読む練習」や
「正解の気持ちをあてる時間」として過ごすのか。
それとも、
事実を客観的に紐解き、
多角的な視点から本質を探究する
「思考の筋肉を鍛える時間」
として過ごすのか——。
この違いは、
単に「授業が面白かったかどうか」にとどまりません。
10年後、20年後に彼らが社会の主役となったとき、
日本社会の意思決定文化や組織風土を根本からひっくり返す
「静かですが不可逆的なイノベーション」
を引き起こすことになります。
今回は、
考察探究型道徳がもたらす
「日本の将来への圧倒的なインパクト」
を考えます。
「同調圧力」から「構造的対話」へ
~日本の意思決定文化の成熟~
これまで日本社会を覆ってきた「空気を読む(忖度する)」文化。
それは、
波風を立てない同調を生む一方で、
建設的な議論を阻み、
変化への対応を遅らせる要因となってきました。
これに対して
314時間にわたり
「17の授業類型」で思考の筋肉を鍛え上げる新たな世代は、
直感や場の空気に流されません。
「相手が何を考えているか」の察知に終始するのではなく、「どのような条件や価値の構造によってその意見が生まれているのか」を冷静に解き明かします。
意見の対立が起きたとき、二極化して排除し合うのではなく、「双方の正しさの根拠を理解し、より高い次元で統合(アウフヘーベン)する」方向へと議論を導きます。
忖度と空気に支配される社会から、
条件や構造を読み解き、
最善の合意形成を図る社会へ・・・
日本の意思決定文化は、彼らの手によって真の意味で成熟していくことになると思います。
不祥事や失敗を糧にできる「学習する組織」の誕生
企業の不祥事や組織のエラーが起きた際、
私たちはともすれば
「誰の責任だ」
「もっと自覚を持て」
といった個人への攻撃や、
精神論的な反省ポーズで片付けがちでした。
しかし、
考察探究型で事象を分析するトレーニングを積んだ子どもたちは、
大人になったとき、
責める対象を
「個人(人物)」ではなく「システム(仕組み)」
へと向けるでしょう。
「なぜそのエラーが発生するシステムになっていたのか」
「どのような環境条件がその選択をさせたのか」
個人を不当に追い詰めることなく、
構造的な原因を客観的に解剖し、
仕組みそのものを改善できる。
そうした「しなやかで強い組織(学習する組織)」が、
日本のあらゆる現場に誕生していくはずです。
「平和で持続可能な社会」を築く
成熟した市民の育成
不確実性が高まり、
世界中で分断やSNS上の不寛容さが加速する現代において、
他者と対話する力は
「平和に生きるための安全保障」
そのものです。
自分と全く異なる価値観や背景を持つ相手に出会ったとき、
白黒思考で相手を排斥するのではなく、
「相手の立場」に思いを馳せ、
事実に基づいてフラットに対話できる力。
これこそが、考察探究型道徳が育む最大の成果です。
教室で日常的に行われる
「抽出・考察・俯瞰」のトレーニングは、
過激な感情論や偏見に惑わされない
「成熟した民主主義社会を支える賢明な市民」
を育ててくれるはずです。
17種類以上に及ぶ思考方法を何度も経験し、
目の前の事象を思考方法を使い分けて考える。
そうした柔軟な思考法を身に付けた世代は、
難しい問題にも果敢に取り組み、
より良い解決策を生み出してくれるはずです。
そうした未来に期待してみませんか?
道徳の授業から、日本の未来を創る
「道徳授業は、思考の筋肉を鍛えるジムである」
本連載でお伝えしてきたこのパラダイムシフトは、
目の前の道徳授業を面白くし、
子どもたちの思考を解き放ち、
生きて働く思考力を育てます。
そして
先生方の教材研究をも効率化し、
学校文化を変えていきます。
そして、それ以上に、
この授業を受けた子どもたちが大人になったとき、
日本の組織風土から同調圧力と精神論を追い払い、
対話と探究に満ちた豊かな社会へと変革していく
そうした確かな足がかりとなります。
考察探究型の道徳授業を実践し、
よりよい社会・よりよい文化が形成されることを願いましょう。
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