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noteを始めてから1ヶ月が経っていたので振り返ってみた


初投稿から1ヶ月が経っていたので、振り返りでもしてみようと思う。

1年後、「始めたときはこんな感じだった」と懐かしむことができるはずだ。

振り返り時点で18記事を投稿していた。


始めるときに決めていたこと

アカウントを動かしていく際に、私は以下のことを決めていた。

  • 未来の私に向けて書く

  • 完璧を目指さない

  • エッセイは800時前後を意識する

  • 見出し画像は、エッセイを表す漢字2文字と本文の1文目を入れる


未来の私に向けて書く

まず『未来の自分にとって価値のあるもの』を書こうと決めていた。

他人に有益さを届けられる程の深さを持っていない私が、誰かのためになる記事を書こうとしたら何も書けなくなる。

だから書きやすいように『未来の自分』を読者に選んだ。

そして『未来の自分』は、きっとその時々の感覚を知りたいはずなので、『過程』を残すよう努めている。

それには『面白かった』『楽しかった』『悲しい』という言葉だけで終わらないよう、自分の気持ちと対話する必要がある。

なので、これまで投稿していたものはなるべく自身を深掘りしてその感情に至るまでの『過程』を書いたつもりだ。

今後もこの意識は続けていきたいと思っている。


完璧を目指さない

記事の細部を気にしすぎると、投稿まで難易度が跳ね上がる。

修正するうちに『過程』は鮮度を失い、投稿までの時間の長さが書きたい熱意を奪っていく。

なのでひとまず書けたら投稿してしまうことにした。

もし気に入らないようなら、あとから編集すればいいと軽く考えるようにしたら、書き終えるまでの辛さがなくなった。

それでもやはり細部にこだわりたいのであれば、こだわる投稿のシリーズとこだわらない投稿のシリーズの両方を持てばいいと思う。

そうすればきっと長く細く続けられる気がしている。


エッセイは800時前後を意識する

私のエッセイは800字を目安に書いている。

今のところ誤差100文字で収まっているはずだ。

なぜこの文字数なのかと言われれば、岸本葉子さんの『エッセイ脳: 800字から始まる文章読本』という本のタイトルの800字が印象として強く残っていたからだ。

実際に800字を目安に書いた自身のエッセイを読んでみると、ちょうど良い長さに感じる。

noteをスマホで読んでいるからか、これ以上長くなると、読む気が失せる。

だからこれからも私のエッセイは800字前後になるだろう。


見出し画像は、エッセイを表す漢字2文字と本文の1文目を入れる

noteで記事一覧を見たとき、タイトルと見出し画像しか見えない。

だから何を書いていたか分かりやすいよう、書き出しの1文とエッセイのテーマを漢字2文字で入れることにした。

漢字2文字なので、記事が溜まったら被ることもあるだろうから、そしたらマガジンにまとめるなり、新たに記事を書くなりしようと思っている。


1ヶ月やってみて気づいたこと

書くといいという情報はよく耳にするが、実際に日記を始めたり書こうとしても続いたことはなかった。

それはきっと書き方が悪かったとか、書いたものの繫がりを作れなかったからだと思う。

特にnoteの場合、書いたものが残る感覚がある。

書き残さずに頭だけで考えていると、同じようなことを何回も考えてしまうことが起こる。

だがnoteに吐き出してみると、次に考えるときに、過去の記事を土台にして考えている自分に気づく。

「この内容は前に書いたあの投稿と関連性がありそうだな」

みたいな形で、積み上がっていく感覚がある。

noteを続ければ続けるほど、この効果は大きな意味を持ってくる気がしている。


1ヶ月のアクセス状況

最後に、1ヶ月のアクセス状況は以下の通りである。

ビューの少なさからわかるが、私の記事は流れていない。

そんな中で、私の投稿にたどり着いた皆さん。

ありがとうございます。


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クルエルカ 最後まで読んでいただきありがとうございました。