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円盤が消えた時代に、僕は四つん這いで青春を探す

短冊CDを、知っているだろうか?

いきなり何の話かと思うかもしれないけれど、直径8cmの、あの小さなCDである。シングルCD、と呼んだ方が伝わるだろうか。

音楽を入れておく「器」は、ずいぶん姿を変えてきた。レコードからカセット、CD、MDへ。そして最後には器そのものがなくなって、配信になった。円盤だった音楽は、大きくなったり小さくなったりした挙句、とうとう直径0センチになったのである。

そう、今はスマホを指一本でタップするだけで、音楽が向こうから流れてくる。なんて身軽な時代だろう。

そういえば、僕がまだ子供だった頃、音楽というのは非常に手間のかかる娯楽だった。

なにしろ、レコードである。シングルレコードなんて、一曲3分くらいで終わってしまう。針をそっと落として、「プチッ、ジジジ……」というあのノイズを聞いているうちに曲が始まる。何か別のことをしながら聴くほどの時間もない。

だから僕は、ステレオの前に正座して、まるで儀式のように、その3分間を全身で受け止めていた。

それが20代になると、時代はCDへと移り変わった。
中でも僕が20代の頃によく買っていたのが、直径8cmの「短冊CD」、つまりシングルCDである。

レコードなら、若い人でも知っているだろう。カセットも最近は妙に人気がある。MDも「昔そんなものがあったらしい」くらいには知られているかもしれない。

でも、8cmCDはどうだろう。あの細長いやつである。あれが僕の20代には、CDショップの棚にずらりと並んでいた。

縦長のパッケージの下半分をパキッと折ってコンパクトにするという文化もあったけれど、僕は折らない派だった。薄くて場所を取らないくせに、ジャケットも歌詞もちゃんとあって、あの細長い形が妙にコレクション魂をくすぐったのだ。

久松史奈さん、久宝留理子さん、楠瀬誠志郎さん、上杉昇さんがいた頃のWANDS。あの頃のヒットチャートは、今でも僕の脳内に深く刻み込まれている。

中でも、久松史奈さんは本当によく聴いた。カセットやMDに録音しては、車の中でエンドレスリピート。カッコよくて元気の出る歌声を、何度も何度も聴いていた。

そういえば、CD全盛期の頃、こんなこともあった。

僕の部屋にはラジカセみたいな貧相な機械しかなかったのだが、ある日、近所のダイクマでCDコンポが大安売りされているのを発見した僕は、迷わず飛びついた。

「配送しますか?」と聞く店員に、「いや、今すぐ持って帰ります!」と鼻息荒く豪語した僕だったが、レジの奥から出てきた箱を見て、少しひるんだ。

でかい。
思っていたより、ずっとでかい。
それでも当時の僕には、重さより「早く音楽を聴きたい」という欲望の方が強かった。

僕は両手でギリギリ抱えられる巨大な物体に組み付き、気合と共に持ち上げた。そして家までの道のりを、腕がもげそうになりながら、道端で何度も箱を下ろしては深呼吸し、ひたすら歩いて持ち帰った。

あれは間違いなく、僕の人生における音楽への情熱の、ひとつのピークだったと思う。あの頃の僕は、文字どおり自分の足で「音楽を迎えに行って」いた。

それがどうだろう。
時代は変わり、音楽は形をなくし、僕はすっかり配信サブスクの便利さに浸りきっていた。CDなんて、もう何年も触っていない。

今やスマホの画面を指一本で滑らせるだけで、無数の曲が滝のように流れてくる。なんの不自由もない。音楽を聴くために、ダイクマから巨大な箱を抱えて決死の行軍をする必要など、どこにもないのだ。

ところが先日。YouTubeをぼんやり見ていたら、おすすめ動画の欄に、ふと久松史奈さんが現れたのだ。

「懐かしい!」

思わずクリックした。
そして、画面を見て驚いた。
なんだか今の久松史奈さん、ものすごくカッコいいのである。

いや、気のせいじゃない。何十年も経っているはずなのに、むしろ今のほうがパワフルに見える。なんでだ。カッコよすぎる。あのハイトーンボイスの魅力も、健在どころか凄みを増している。

気がつけば、僕は完全に画面に釘付けになっていた。
何度もリピートしているうちに、僕の中で何かのスイッチが入ってしまった。

猛烈にあの頃のCDが聴きたい。

サイドボードの奥深くにしまってあったはずだ。僕はリビングで四つん這いになり、ごそごそと暗がりを探し始めた。

おお、あった。
短冊CDが何枚も出てきた。

久松史奈さんのほかにも、久宝留理子さん、露崎春女さん、ZARD、WANDS。あの縦長のパッケージが、当時の空気と一緒に次々と出土する。

よし、聴こう。今すぐ聴こう。
意気揚々と立ち上がったものの、そこで重大な事実に直面した。

……ステレオが、ない。

そうだった。我が家にはもう、CDを再生するオーディオ機器が存在しないのだ。ステレオコンポなど、とうの昔に処分してしまった。

いや、待てよ。パソコンだ。パソコンに入れれば聴けるはずだ。僕は急いで自分のデスクに向かった。

……CDドライブも、ない。

そこで初めて気がついた。今の僕は、DVDすらほとんど使っていない。ソフトもデータも、必要なものはだいたいダウンロードで手に入る。それで何年も、なんの不自由もなく暮らしてきたのだ。

CDは残っている。中には音楽も残っている。僕もいる。なのに、それを再生する手段だけが、いつの間にか僕の生活から消えていた。

ああ、そういえば、どこかに外付けのCDドライブがあったはずだ。僕は再び四つん這いになり、ルーターなどを収めている棚の一番下に潜り込んだ。

埃をかぶった段ボールをどかし、不要なケーブルの山をかき分け、這いずり回りながら捜索を続ける。

奥の方をごそごそと探る。

「何してるの?」

背後から、妻のトラ子さんの声が降ってきた。

「いや、ちょっと。青春を、再生するための、装置を……っ!」

埃まみれになりながら振り返る僕を、彼女は呆れたような顔になり、無言でキッチンへ消えていった。

そしてついに、箱の底から黒いプラスチックの塊を引っ張り出した。外付けCDドライブだ。勝利の瞬間である。

急いでパソコンにUSBを繋ぎ、トレイを引き出す。小さな8cmCDを中央のくぼみにパチッとはめ込む。ヘッドホンをつけ、手始めに久宝留理子さんの「早くしてよ」をセットする。

ウィーン、という懐かしい機械音が鳴り、ディスクが回転を始める。

やがて、久宝留理子さんの『早くしてよ』が流れ出した。

……えっ?
なんだこれ。めちゃくちゃ音がいい。

気のせいだろうか。久松史奈さんの『天使の休息』も聴く。やっぱり明らかに音の広がりが違った。

普段サブスクで聴いているときには意識していなかった、ボーカルの息遣いやベースの輪郭、ハイハットの余韻まで、やけにはっきり聞こえてくる。これが、いわゆるロスレスというやつなのだろうか。

僕は興奮して、他のCDも次々と引っ張り出した。8cmだけじゃない、普通のアルバムCDも片っ端から再生した。

気づけば、部屋には円盤が積み上がっていた。

僕はパソコンの前で、何時間も音楽の波に呑まれていた。まるで20代の頃のように。

レコード時代は、ステレオの前で正座した。CDコンポを買った日は、巨大な箱を抱えて必死に歩いた。そして今、僕はサイドボードの前で四つん這いになり、段ボールの下からCDドライブを掘り出した。

何十年経っても、音楽を聴きたい衝動に駆られた時の僕は、いちいち体を使って音楽に向き合う。サブスクなら指一本で済む。それなのに、わざわざ四つん這いになって昔の円盤を掘り起こし、その音にまた夢中になっている。

何十年経っても、「音楽を聴きたい」という欲望に対する僕の姿勢は、どうやら根本的に何も変わっていないらしい。

昔は、僕が音楽を迎えに行った。
今は、YouTubeのおすすめに乗って、音楽の方から僕を迎えに来た。

円盤の時代は、もう終わった。音楽は0センチになった。そう思っていたのに、どうやら僕と音楽の付き合いは、ぐるりと円を描いて元の場所に戻ってきたらしい。

ただし、ひとつだけ深刻な問題がある。

久しぶりに聴いたCDの音の良さを再確認してしまった僕は、Amazonでやたらと本格的なオーディオ機器を検索しているのだ。

やばいなぁ。
またしても、底なしのオーディオ沼の扉が開こうとしている。

円盤の次に僕の頭の中でぐるぐる回り始めたのは、どうやら果てしない物欲らしい。

 

 
  
相生エッセイ



今回のエッセイは、マイキーさん主催の企画「#エッセイしりとり 2026夏の陣」のバトンを受け取って書いたものです。僕がこの企画に参加するのは、今回で四度目になります。

▽「#エッセイしりとり」コンテスト2026夏の陣

 

四度も参加している理由はこれです(笑)

昨日書いた「論理武装の僕は、地下駐車場で散る」のマイキーさんからのコメント

 
環状線から地下駐車場へ誘導されていたとは。道理でスロープに入るとき、やたら気分が良かったわけです。あれは僕の趣味ではなく、誘導灯だったんですね。

そして目的地が「円」ですか。

しりとりの円環と、
4万1800円の円と、
ぐるぐる回って戻ってくるあのマイキーしりとり環状線の円。

三つ同時に踏まれると、さすがに逃げ場がありません。ナビの案内を切ろうとしましたが、この車、そういう機能がないみたいで。しかも出口ゲート8/31まで押さえてるし!

毎日たくさんの記事読んで感想文書いて、自分のお題もこなしているマイキーさんを応援するつもりで、四周目も回ってみました。

▽ エッセイしりとり、僕の参加作品


本来なら、書き終えた人が次の人へバトンをつないでいくのですが、締め切りは今月末。そろそろ残り時間も少なくなってきました。

このタイミングでどなたかを指名してしまうと、受け取った方に「急いで書かなきゃ」とプレッシャーをかけてしまいそうなので、僕のバトンは、いったんここに置いておこうと思います。

もし「まだ間に合うならやってみたい!」という方がいたら、ぜひコメントで声をかけてください。

やってみるととても楽しいですよ。
締め切りに間に合わなかった~となってもペナルティはないですから、ぜひチャレンジしてみてください。


 

▽ note創作大賞2026に応募したエッセイ作品はこちらに収録しています。ぜひ読んでみてください。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました😌

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他にも、創作大賞にも応募している 日々の何気ない瞬間を切り取ったエッセイを綴っています。よかったら覗いてみてください。

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