なぜ自分はここにいるのか。問いかけてばかりだった子ども時代

正直に言うと、子どものころの私は「長生きしたい」とか、そういうことにはまるで関心がありませんでした。中学生くらいの時に「2000年になったら、自分は43歳か。ずいぶん年老いているな」と漠然と思う程度で、それがどんな未来なのかまでは想像もできませんでした。ましてや、その先の人生など考えたこともなかったのです。
その代わりに、時折頭に浮かぶ同じ疑問がありました――「なぜ、自分はここにいるのか」。長生きよりもずっと手前の、存在そのものへの疑問でした。
2歳の記憶 ―― 「自分がここにいる」

その問いにとりつかれた原因となる体験があります。それは2歳のころにさかのぼります。タンスに寄りかかって、ぼーっとしていたのだと思います。その時、突然「自分がここにいる」と強烈に意識した瞬間がありました。あまりに鮮明で、幼い私自身も驚いたほどです。「はっ」と気付いたような感覚とでも言うのでしょうか。
その話を大人になってから誰かに話すと、「そのとき魂が体に入ったんだね」と言う人もいました。それが本当かどうかはわかりません。けれど、あの瞬間の感覚は、70年近く経ったいまも忘れられずにいます。
こんな風に、ふと立ち止まっては「自分」という存在について考えてしまう。私は昔から、どこか"変わった"子どもだったのだろうと思います。集団の中では「浮いている」と言われることも多く、自分でも周囲とのズレをうっすら感じていました。
死を知った日
成長するにつれて、寝付く前に布団の中で天井を見上げながら「なぜ私はこの体の中にいるのだろう?」と考えることが増えていきました。やがて「死」というものを知り、さらに視覚障がいの人の話を聞いたとき、「それが自分にも起こりうる」と理解した瞬間、強い恐怖が全身を襲いました。その夜は、長く寝付けなかったことを今でも覚えています。そんなことを考える子どもは、おそらく少なかっただろうと思います。
人見知りだった小学生時代
小学生の私は人見知りで、友達も少ないほうでした。授業で答えがわかっていても、自信が無くて手を挙げるのも恥ずかしい。そんな子どもでした。
いま思えば、周りが気楽に過ごしている中で、一人だけ「この体の中になぜいるのか?」「なぜ他人と同じ意識ではないのだろう?」「自分と他人を区別しているこの意識はなんなんだろう?」と考え込んでいたのですから、浮いてしまうのも無理はなかったのかもしれません(笑)。でも、同級生と遊ぶことは好きで、活動的でもあったので、二面性があったのかもしれません。
少しずつ、自由になっていった
それでも、成長するにつれて少しずつ変わり始めました。さまざまなことに好奇心を持つようになり、やがて親や教師の影響から離れ、自由に考えることができるようになっていったのです。それは、ずいぶん大人になってからのことでした。本当に心から自由になったと思えたのは人生の後半になってからかもしれません。
いま振り返ると、あの子ども時代の「問いかけ癖」こそが、後にヒプノセラピーや瞑想、インドへの旅といった、私のさまざまな探求の原点だったように思います。怖がりで、人見知りで、浮いていた子どもだったからこそ、人よりも少しだけ「なぜ」を手放さずにいられたのかもしれません。
もし今、あなたの中にも「なぜ自分はここにいるのだろう」というような、答えのない問いがあるなら、素晴らしいことだと思います。それは、いつかあなた自身を明るく照らす道標かもしれません。そして、他人の意見や常識に惑わされず、自分自身の答えを見つけることが、唯一の「心の安定」になるのだと思います。
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これまでの記事は、マガジン「70年かけて検証した――心と体、お金と人間関係、見えないもの」にまとめています。
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