「みんな違ってみんないい」は、きれいごとではない――スポーツで分かる人の価値
子どもの頃、スポーツの選手には明確な序列があると思っていた。
スタメンは能力の高い選手で、控えはそれより能力の低い選手。控えの選手が試合に出れば、その分だけチームの質が落ちる。そんなふうに、選手を一本の物差しの上に並べて見ていた。
しかし、大人になってサッカーやアメリカンフットボールを見るようになると、それほど単純ではないことが分かってきた。
同じポジションの選手でも、持っている能力や特徴は違う。そして、その違いは相手や試合展開、周囲の選手、監督の戦術によって、生きることもあれば、生きないこともある。
スタメンと控えは、単純な上下関係ではない
サッカーであれば、同じフォワードでも、相手の背後へ走ることが得意な選手もいれば、前線でボールを収めることが得意な選手もいる。狭い場所で違いをつくる選手、前線から激しく守備をする選手、周囲の選手を生かす選手もいる。
同じポジションだからといって、スタメンの選手と控えの選手が、まったく同じ能力を異なる水準で持っているわけではない。
アメリカンフットボールでは、その違いがさらに分かりやすい。スピード、パワー、キャッチ能力、ブロック、状況判断。それぞれの特徴によって、同じポジションでも任されるプレーが異なる。
普段は控えに見える選手でも、特定の相手や場面では、その選手だからこそ成立する戦術がある。交代は単に主力を休ませるためではなく、チームの性質そのものを変える手段にもなる。
もちろん、選手間に能力差がないわけではない。どの状況でも中心になるスター選手もいれば、出場機会が限られる選手もいる。
それでも、控えの選手は、スタメンの劣化版ではない。
別の特徴を持ち、別の勝ち筋をチームに与える存在なのである。
学生時代は、人を一本の軸で見やすい
こうしたことが子どもの頃には分かりにくかったのは、私たちが長い間、一次元的な評価に囲まれているからかもしれない。
テストでは点数がつき、受験では偏差値が示される。スポーツでも、タイムや得点、勝敗によって成果が表される。
一つの数字に変換されると、人は簡単に上と下へ並べられる。評価される側も、自分がどの位置にいるのかを、その数字で理解するようになる。
しかし、実際の人間の特徴は、それほど単純ではない。
判断が速い、身体が強い、周囲を落ち着かせる、状況を読む、人を生かす、最後まで集中を切らさない。こうした特徴は、必ずしも一つの点数にはならない。
しかも、その価値は固定されているわけではない。どの場面で、誰と組み、どんな役割を担うかによって変わっていく。
人の価値は、関係の中で現れる
スポーツでは、監督が変わった途端に活躍し始める選手がいる。
別のチームへ移籍すると、それまで見えなかった特徴が引き出されることもある。反対に、高い能力を持つ選手でも、戦術や周囲との相性が合わなければ、十分に力を発揮できない。
ここから分かるのは、人の価値が、その人の中だけで完結しているわけではないということだ。
本人の能力や努力は、もちろん重要である。ただし、それがどのような形で発揮されるかは、役割、環境、周囲の人、評価する人との関係によって大きく変わる。
だから、本当に考えるべきなのは、「この人は強いか、弱いか」だけではない。
この人はどんな特徴を持っているのか。その特徴は、どんな環境で生きるのか。誰と組み、どんな役割を担えば、最も価値を発揮できるのか。
スポーツは、その複雑さを目に見える形で示してくれる。
「みんな違ってみんないい」は、優しいだけの言葉ではない
「みんな違ってみんないい」という言葉は、時に、個性を否定しないための優しい道徳として語られる。
しかし、スポーツを見ていると、それはもっと現実的な意味を持っているように思える。
違いは、ただ受け入れるべきものではない。
違いがあるから、チームには複数の選択肢が生まれる。相手や状況に応じて戦い方を変えられる。一人ではつくれない強さを、異なる人たちの組み合わせによって生み出せる。
全員を同じ能力へ近づければ、強い組織になるわけではない。
むしろ、それぞれの特徴を理解し、必要な場面で生かせることが、チームの強さになる。
これは、会社や社会でも同じなのだと思う。
一つの基準で人を評価すれば、優秀な人とそうでない人を簡単に分けることができる。しかし、その評価軸の中で活躍できないことと、その人に価値がないことは同じではない。
ある場所で力を発揮できなかった人が、環境や役割が変わったことで、欠かせない存在になることもある。
単純な強い弱いではない。
人にはそれぞれ違う特徴があり、その特徴が価値になる場所も違う。
まだ見つかっていないだけかもしれない
自分はどんな環境で、誰と組み、どんな役割を担えば力を発揮できるのか。
それを最初から正確に分かっている人は、きっと多くない。
実際に働き、人と関わり、さまざまな役割を経験する中で、自分でも気づいていなかった特徴が見つかることがある。環境が変わって、初めて自分の得意なことに気づく場合もある。
だから、今いる場所で思うように活躍できていないからといって、自分には価値がないと決める必要はない。
自分の力を発揮できる環境や役割が、まだ見つかっていないだけなのかもしれない。
私自身も、自分がどんな場所で、どんな役割を担い、どのように社会へ貢献できるのか、その答えを探している途中にいる。
スポーツが教えてくれるのは、誰もが同じように強くなるべきだということではない。
自分の違いを知り、それが生きる場所を探していくこと。
そして、他人の価値も、一つの場面や一つの物差しだけで決めないこと。
「みんな違ってみんないい」とは、きっと、そういうことなのだと思う。
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