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心理的安全性が低い組織は、なぜ成果まで落ちるのか――「優しさ」ではなく仕事のインフラとして考える

心理的安全性の重要性というと、仲良く働くことや、優しい職場をつくることだと受け取られることがある。

しかし、私が重要だと感じているのは、もっと成果に直結する部分だ。

チーム全体でパフォーマンスを最大化するためには、メンバーが持つ思考力や経験、特徴や強みを、目標達成のためにできるだけ多く使える環境が必要になる。その環境を整えることは、マネジメントが当然に担うべき役割の一つではないだろうか。

人の認知資源を、何に使わせるのか

心理的安全性が低い環境では、仕事とは直接関係のないことに、多くの認知資源が使われる。

この発言をしても大丈夫だろうか。上司の機嫌を損ねないだろうか。失敗したらどう見られるだろうか。誰に先に根回しをするべきか。どこまで本音を出してよいのか。

こうした思考は、成果物としては何も残さない。しかし、CPUのように思考力を使い、メモリのように記憶容量を占有する。

本来なら顧客や事業、課題の解決に向けられるはずだった力が、自己防衛や配慮、責任回避に消費されていく。

そのような状態で、柔軟に考え、自分らしさを出し、特徴や強みを発揮し、高度な知的生産を行うことは難しい。

組織に残るのは、最も良い提案ではなく、最も怒られにくい提案になる。人材の多様性はあっても、アウトプットは無難な方向へ均質化していく。

心理的安全性は、単に気持ちよく働くためのものではない。

人の認知資源を、余計な自己防衛ではなく、成果創出に向けるための執務環境である。

仲良しである必要はない

だからといって、仲良しの組織をつくることが目的ではない。

仕事には厳しさがある。難しい目標もあれば、品質への要求もあり、期限や責任も存在する。考えが甘ければ、厳しく問われることも必要だろう。

ただし、仕事そのものの難しさと、上司の感情や組織内政治によって生じる不必要な難しさは分けて考えるべきである。

発言することは安全だが、内容は厳しく検討される。失敗は許容されるが、そこから学ばないことは許容されない。人格は守られるが、仕事の質には妥協しない。

心理的安全性とは、緊張感をなくすことではない。

人には安全でありながら、論点と成果には厳しい状態をつくることである。

「ハラスメントではない」では足りない

管理職の振る舞いについて、「ハラスメントには当たらない」「法令違反ではない」という説明がされることがある。

しかし、それは最低限のラインを下回っていないというだけであり、良いマネジメントができていることの証明ではない。

法令や社内規程は、問題が起きた際に越えてはならない境界を示すものだ。一方、心理的安全性の担保は、問題を起こさないためだけでなく、チームの能力を積極的に引き出すための活動である。

外から求められた規則に対応するだけではなく、成果を出すために必要な環境を、自主的につくる必要がある。

問うべきなのは、自分の行為が処罰の対象になるかどうかではない。

自分の振る舞いによって、チームが正しく成果を出せる状態をつくれているかどうかである。

昇進は、過去の自分への全面的な承認ではない

ビジネスの数字を作ること、一人のプレイヤーとして高い戦闘力を持つことと、組織を運営する力はまったく別の能力である。

営業成果を上げられる。難しい案件を処理できる。意思決定が速い。こうした力は、個人として重要な能力だ。

しかし、人を通じて成果を出すためには、他者の強みを見つけ、仕事を任せ、情報を流し、対立を扱い、失敗から学べる環境をつくる必要がある。

数名のチームを率いることも、部門長として組織を統括することも、法人全体を経営することも、それぞれ異なる能力を求められる。

組織を率いるという点において、誰もが最初は初心者である。

子どもが生まれた瞬間、どれだけ社会人経験が長くても、親としては0年目になる。それと同じで、初めて部下を持った瞬間、初めて組織を預かった瞬間、その役割においては0年目である。

同じ組織の中で昇進し、責任範囲が広がったとしても、それまでの自分のやり方すべてが肯定されたわけではない。

評価されたのは、特定の役割における特定の成果かもしれない。それが、組織を率いる能力まで十分に備わっていることを意味するとは限らない。

役職を与えられたことを、マネジメント能力の証明だと受け取るべきではない。

経験を使うことと、経験を絶対化することは違う

自分の経歴や経験を頼りにすること自体は悪くない。

経験は、判断を支える重要な材料になる。しかし、市場も人材も技術も働き方も変化している中で、なぜマネジメントの方法だけを固定しようとするのだろうか。

「自分たちはそうやってきた」という言葉は、過去の共有にはなっても、現在の正解を証明するものではない。

自分が耐えてきたのであれば、次の世代にも同じことを耐えさせるのではなく、それが本当に必要な苦労だったのかを問い直すべきではないだろうか。

もっと良い方法はなかったのか。成果を損なわずに、不要な消耗を減らせないか。同じ苦労を繰り返さずに済む仕組みをつくれないか。

苦労を経験したことは、その苦労を継承する免許ではない。

むしろ、改善する責任を持つということだ。

事業だけが成長し、マネジメントが変わらない矛盾

会社は、事業の持続的な成長を目指している。

売上や利益、顧客数、事業規模といった対外的な数値目標は、毎年のように引き上げられていく。

それにもかかわらず、日々の業務運用やマネジメントは「昔からこうしてきた」という理由で維持される。

しかし、過去と同じやり方のまま、それ以上の成長率を実現することには限界がある。

より大きな成果を求めるのであれば、意思決定、情報共有、業務プロセス、権限設計、育成、マネジメントといった内部の組織能力も、同時に成長しなければならない。

外向きの数値目標だけを成長させ、内部運用は変えない。それは二律背反ではないだろうか。

人材に変化と成長を求めながら、管理職だけが過去の成功体験に留まることも、同じ矛盾を抱えている。

責任範囲が広がるほど、本来は継続的に学び、自分の振る舞いを検証する責任も大きくなるはずである。

現場へ負荷を押し付けても、組織能力は高まらない

持続的成長のために、数値目標の達成は必要である。

しかし、その数字を実際に作るのは現場である。

管理職が自分のKPIを達成するために、必要な数字を配下へ割り振り、現場の努力や長時間労働によって達成させる。それを毎年繰り返しても、組織の成果創出能力が高まったことにはならない。

短期的には数字が出るかもしれない。

しかし、その裏側では、疲弊、離職、品質低下、挑戦の減少、改善余力の喪失が積み上がっていく。管理職から見えない場所へ負荷を押し付ける仕組みが、恒久化しているだけである。

これは持続的成長ではない。

将来の人的資本を取り崩しながら、現在の数字を前倒ししているにすぎない。

しかも、その方法で本当に持続的な成長ができるとも思えない。

最初のうちは、優秀な人の踏ん張りや自己犠牲によって数字を作れる。しかし、それを続けるほど、採用、育成、引き継ぎ、離職対応に多くの力が必要になり、成長へ向けられるエネルギーは減っていく。

人を燃料として使う組織は、一時的には速く走れても、エンジンそのものは強くならない。

数字を作る定性的な条件を見る

成果を重視することと、数字しか見ないことは違う。

売上、利益、件数、進捗率などの数値は重要である。しかし、それらは最終的に表れた結果であって、結果を生み出す条件そのものではない。

その手前には、心理的安全性、信頼、情報共有、役割の明確さ、納得感、相談のしやすさ、疲労の状態、挑戦できる余白といった、定性的な環境が存在する。

これらは数字より見えにくい。

ただし、測りにくいことと、重要ではないことは同じではない。

本当に成果を重視するのであれば、数字の積み上げだけでなく、数字を生み出す環境までマネジメントの対象として見る必要がある。

定性的な環境整備を軽視し、入力する仕事量や負荷だけを増やす。それは成果志向というより、成果がどのように生まれるかを理解していない状態に近い。

人間は、入力を増やせば一定の比率で出力が増える機械ではない。

緊張し、疲労し、萎縮し、信頼を失えば、思考力も判断力も協働する力も低下する。反対に、安心して異論を出し、自分の力を発揮できる環境では、同じ人材から生まれる成果は変わる。

人間らしさに配慮することは、成果と対立するものではない。

人間から成果を生み出すために、必要な前提条件である。

マネジメントの成果とは何か

管理職の成果は、現場に負荷を割り振り、短期的な数字を作ることだけではない。

現場が持つ情報や能力を生かし、障害を取り除き、チーム全体のポテンシャルを目標達成へ接続することにある。

今年のKPIを達成したかだけでなく、その達成を通じて、チームが来年も成果を出せる状態になったかを問う必要がある。

自分がいなくてもチームが考え、動き、学び、成果を出せる。メンバーが消耗するのではなく、仕事を通じて能力を高めていく。そのような状態をつくることが、組織を率いる側の仕事ではないだろうか。

昇進は、過去の自分への全面的な承認ではない。

役職は、マネジメント能力が完成したことを示す称号でもない。

権限を得るほど、自分の意図と周囲へ与えた影響が一致しているかを振り返り、学び続けなければならない。

心理的安全性を整えることも、その責任の一部である。

それは優しさでも、福利厚生でも、ハラスメントを避けるためだけの対応でもない。

チームの認知資源を目標達成へ向け、人の力を正しく成果へ変えるための、マネジメントの基礎業務である。

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