静けさに、耳を澄ませる── テレビを消して気づいたこと
朝の目覚めには、やさしいピアノ曲。
移動中は外国語のポッドキャスト。
集中したいときは、リズムの心地よいジャズ。
夜は、眠気を誘うヒーリングミュージック。
音楽は、ご機嫌スイッチのようなもの。
気分を整える小さなルーティン。
音楽を流していないときでさえ、お気に入りのプレイリストが頭の中でエンドレス再生。
気づけば朝から晩まで、何かしら音がしている。
音が多すぎる、と感じた日
いつも音に囲まれて暮らしていると、何も流れていない時間が少し落ち着かない。
観たいわけでもないのにテレビをつけるのも、もはや反射のような習慣。
けれどある日、ふとつけたテレビの音が、妙に耳障りに感じた。
早口の声。
絶え間なく流れてくる情報。
知らない誰かの怒りや嘆き。
「ああ、ちょっと無理かも……」
そう思って、リモコンに手を伸ばした。
電源を切った瞬間、部屋が静かになった。
思わず、ふうっと息をつく。
なんだ。
静かなのって、こんなに落ち着くんだ。
かき消されていた、やさしい音
風にそよぐカーテン。
雨粒が葉をたたく音。
遠くを走る車の気配。
どこかから聞こえてくる鳥の声。
静かになった部屋では、それまで気にも留めなかった小さな音が、ひとつずつ耳に届く。
余計な音がなくなったとき、ようやく聞こえてくるものがある。
耳を休ませる、小さな時間
それから、ときどき意識して音を止めるようになった。
テレビもスマホも、音楽も、ほんの少しだけオフにする。
すると、頭の中まで静かになっていく。
静かな時間は耳と心の休息時間。
静けさもまた、暮らしの中に残しておきたい。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。 少しでも響くものがあれば、“スキ”で教えていただけるとうれしいです。
暮らしの中の、小さな気配を拾う。
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