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これからの“働く”と“休む”── 休むことへの不安がすっとほどける、“わたしの働き方改革”

“働いていない”と感じる日のざわつき

「いま、働いているの?」

そう聞かれると、
胸の奥が、ほんの少しだけチクリとする。

肩書きで自分を説明していた頃とは、
もう違う場所に立っている。

働いていない日を“休み”と呼ぶのは、
少し乱暴なのかもしれない。

“働く”と“休む”の境界線は、
思っているより、ずっと曖昧だ。


休むことに、どこか後ろめたさを抱えていた

働くことの反対が休むことだとしたら、
わたしは、少し居心地が悪い。

学生時代は必死に勉強し、
就職してからも、それなりに走ってきた。

それでも、風向きというものは、
努力とは別のところに吹く。

仕事と介護の両立は想像以上に難しく、
手放した“職場”は、
もう一度つかもうとしても、
指のあいだからこぼれていった。

「働かないの?」
「専業主婦なの?」

悪気はないとわかっていても、
そのたびに、自分だけ
時節の変わり目に取り残されたような気分になる。

「家のことをときどき手伝っています」

いちばん波風が立たない言葉を、
いつのまにか選ぶのが、
ちょっと上手になっていた。

暮らしを整える時間に価値を見つけ始めた今でも、
“働いていない感じ”は、
ときどき、風のように戻ってくる。

50代からは「働く=会社」だけではなくなる

結局のところ、
わたしが怖かったのは、
稼ぐ力がないことだった。

肩書きではなく、
ひとりで生きていける力がないかもしれない、ということ。

だから、家計と向き合うようになった。

お金の流れを書き出して、
小さな積立を始めて、
NISAという仕組みを使ってみる。

そうしているうちに、
気づいたことがある。

“働くこと”と“稼ぐこと”は、
ぴったり重なるわけではない。

お金にも少し働いてもらえば、
わたしがすべてを背負わなくてもいい。

それだけで、呼吸がひとつ深くなる。

働く量を減らしたからといって、
人生の手綱まで手放したわけじゃない。

むしろ、
立ち止まった時間のほうが、
いくつものことを教えてくれた。

休むことも、これからの働き方のひとつ

休むことは、
わたしがわたしでいられる場所を整えること。

働きすぎない勇気も、
休むことを責めないやわらかさも、
どちらも、これからの“働き方”。

50代からは、
“働く”と“休む”のあいだにある
ゆるやかな選択を、
ときどき選び直していけたらと思う。

正解はまだわからない。
でも、いまの場所で、
わたしはちゃんと呼吸している。

それなら、今日はそれでいい。


最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
少しでも響くものがあれば、“スキ”で教えていただけるとうれしいです。

📌関連記事

整えることは、
働くことでも、休むことでもなく、
そのあいだにある静かな営みかもしれません。

稼ぐことへの不安が、
少しだけやわらぐとき。
呼吸は、思っているより深くなります。


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