沁みるセリフノート:『アドレセンス』より──「男子生徒たちが、彼の話をしてましたわ」
“I’ve heard boys talking about him.”── 男子生徒たちが、彼の話をしてましたわ。
殺人事件の発生から3日後。
ジェイミーが通う中学校を訪れたミーシャ・フランク巡査部長に、
フェニモア先生は淡々とそう告げる。
彼女の台詞は深掘りされることもなく、
ルーク・バスコム警部がお礼を述べて会話は終わる。
でも──この“彼”を知っているかどうかで、
その一言の重みはまったく違って見える。
“彼”とは、アンドリュー・テイト。
いまのイギリスで、多くの成人男性が名前を知るインフルエンサー。
男らしさや成功を語りながら、女性蔑視や暴力を正当化する
マノスフィア(manosphere)の象徴的存在だ。
“有害な男らしさの王”とも呼ばれている。
フェニモア先生は彼の名前を知っていた。
生徒たちが話していたことも。
でも、彼らの共通語である「インセル(incel)」という言葉は知らなかった。
その世界が、どれほど深く暗いものかも。
でも、それは彼女だけの話じゃない。
わたしたちも、日々のなかで気づかないうちに
過激な言葉や歪んだ価値観にさらされている。
情報の波に飲まれながら、
「そうなんだ」
「自分とは関係ないかも」
「くだらない」
──そんなふうに軽く流したつもりの瞬間にも、
どこかで何かが刷り込まれていく。
無意識の影響を受けているのは、子どもだけじゃない。
同じ回で、
バスコムの息子アダムがインスタに残された絵文字の意味を読み解きながら、
“赤い薬と青い薬”の話をする場面がある。
バスコムは「マトリックスか?」と返すが、息子にはもう通じない。
続いて事件の少年について尋ねると──
“Dad. I… I don’t know, Dad.
I… I don’t know them.
They’re two years below me.
This is… this is just what I’m seeing on his Insta, you know?”
── 彼らのことはわからないよ。
僕より2学年下だし、彼のインスタを見ただけだ。
親と子。
学年がわずかに違うだけで、
“何を見ているか”そのものが噛み合わない。
その分断は、意見や立場の違いではない。
見えている景色そのものが違うという、静かで重い断絶。
第3話で心理療法士ブリオニー・アリストンは確信する。
ジェイミーには正常な知性と判断力があり、
家庭環境に決定的な問題はないこと。
そして彼は“生まれついてのモンスター”ではなく、
ネットの有害な思想に蝕まれた、まだ13歳の少年にすぎないことを。
だからこそ、彼女は涙したのだと思う。
誰かの責任にできない現実を、真正面から見てしまったから。
それは、第2話が描いた“無自覚な影響”の先にある
“自覚してもなお届かない領域”なのかもしれない。
第1話の衝撃、第3話の息苦しさ、最終話の無力感に比べると、
第2話は静かに進む。
でも、すべてを知ったあと振り返ると、
この第2話こそが物語の核心だったんじゃないか──
そう思わずにはいられない。
SNS依存、いじめ、スクールカースト、やる気のない教師。
動画を見るだけの授業、無秩序な学校生活、経済格差、家庭の不和。
どれも“よくあること”の顔をして、日々が過ぎていく。
そして悲劇が起きたとき。
わたしたちは「まさか」「そんなことで」と戸惑いながら、
ありふれた日常のなかで
“見過ごした責任”を静かに突きつけられる。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
少しでも響くものがあれば、“スキ”で教えていただけるとうれしいです。
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「沁みるセリフノート:アドレセンス」3回シリーズで、
物語の奥にひそむ“静かな揺れ”を、少しずつ辿ってみました。
よろしければ、続きもあわせてどうぞ。
▶ 第2回 アルゴリズムがもたらした、見えない影
▶ 第3回 父と子のあいだに流れていた、触れられない気持ち
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