どうにもならないことに、振り回されない── 理不尽な日に思い出すこと
人生は、わりと理不尽だ。
ちゃんとやったから報われるとも限らないし、
何も悪いことをしていないのに、面倒ごとがやってくることもある。
以前の私は、そんなことにも理由を探していた。
なぜ?
どうして私が?
何がいけなかった?
でも、考えたところで答えが出ないことのほうが多い。
納得なんてできないけど、やり過ごすしかない。
前向きというより、ちょっとした開き直りだ。
そう思うようにしているのは、ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』を読んでから。
ナチスの強制収容所を生き延びたフランクルの記録を読んで、強く残ったことがある。
人生には、自分の努力や意思では、どうにもできないことがある。
身も蓋もない話だけど。
でも私には、少し救いでもあった。
自分の努力でどうにかできると思うから、どうにもならなかったときに、自分を責めてしまう。
どうにもならないことは、どうにもならない
そう認めてしまえば、次に考えることは案外少ない。
「じゃあ、私はどうする?」
それだけ。
私にできる、3つのこと
1|笑えるところを探す
失敗した自分も、散々な一日も、他人事だと思うと案外おかしい。
「ちょっと大袈裟になってない?」
と自分にツッコミを入れてみる。
2|美しいものを見る
絵でも、音楽でも、映画でも、夕焼けでもいい。
美しいものに心が動くうちは、まだそんなにやさぐれていない、と思う。
3|今日を雑に扱わない
土砂降りみたいな日でも、一日全部を嫌な日にしなくていい。
おいしいものを食べる。好きな音楽を聴く。早く寝る。
自分で選べることくらいは、大事にしたい。
選べることだけ、選んでいく
世の中の理不尽を、全部理解する必要はないし、できないし。
変えられないものにいつまでも付き合うより、
自分で選べることを、ひとつ選ぶ。
人生と真正面から向き合い続けるのは、なかなか疲れる。
なんとかやり過ごせたなら、それで十分。
あとは、自分で選べるものを選びながら、機嫌よく暮らしていこうと思う。
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