みんなと仲良くしなくても、いいと思う──「みんなと一緒」が苦手だった私の距離の取り方
子どものころ、
どうして「クラス全員と仲良くしましょう」が正解なんだろう、とわりと本気で疑っていた。
気が合わない人とは、ほどよく距離を取る。
その練習のほうが、「友だち100人できるかな」と声を合わせて歌うより、ずっと人生向きじゃない?
今でも、そう思う。
「みんなと一緒」が、どうにも苦手だった
お腹がいっぱいでも、給食は残せない。
図工のあと、粘土の匂いが残る教室で給食を食べるのも苦手だった。
女の子のランドセルは赤。
黄色い帽子に名札、そこに赤いランドセル。
着ている服の色に合わないとちょっと面白くない。
でも、いちいち理由を説明すると、少し面倒な子になる。
だから、
「まあ、いいか」
と黙ってやり過ごすことを覚えた。
大人になった今も、それほど変わっていない。
みんなが平気でも、私は疲れる。
みんなが楽しくても、私は居心地が悪い。
そんなことは、案外ある。
苦手なものは、苦手でいい
昔は、そういうところを直したほうがいいのかと思っていた。
もう少し合わせたほうが、ラクなのかな、と。
でも今は、苦手なものは、苦手なままでいいと思っている。
人が多い場所は、少し早めに帰る。
気が合わない人とは、無理に近づかない。
気が進まないことには、ときどき「やめておく」。
みんなと仲良くできたら、それは素敵なことだと思う。
でも、「みんな」と仲良くしなくても、それほど困らない。
自分の「なんとなく嫌だ」を、軽く扱わない。
それくらいのわがままは、これからも許しておこうと思う。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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自分の感覚を、もう少し信じてみる。
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