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「お金の不安」の正体──50代から考えたい、老後・健康・介護と向き合うために

「将来が不安。」

物価は上がるし、税の負担は増えるし、年金は減りそう。
おまけに地球の気温は上がるし、世界は不安定で、これから良くなる気配もあまりしない。
親の介護も気になるし、自分の健康にも自信がなくなってきた。
思うようにお金は貯まらないし、備えていても安心できる気がしない。

気づけば、将来への心配はすぐ近くにいる。
けれど、「将来が不安」という言葉の中身は、案外ひとつじゃない。


不安はひとつではない

例えば、老後資金の話。

「2000万円でも足りないらしい」
「老後破産は他人事ではない」

そんな言葉を聞くと、心が少しざわつく。
けれど、その気持ちをよく見てみると、お金以外のものも混ざっていることに気づく。

病気になったらどうしよう。
判断力が落ちたら。
家族に迷惑をかけたら。
ひとりになったら。

ひとつに見える不安の中に、いくつもの心配事が重なっている。
私たちは、その全部をまとめて「お金の不安」と呼んでいるのかもしれない。

見えないものは大きく見える

来年のことなら何となく想像できる。
けれど20年後となると話は別。

どんな暮らしをしているのか。
身体は元気なのか。
社会はどう変わっているのか。

ほとんどわからない。

見えないものは、ときどき実物より大きく見える。
夜道の影が昼間より怖く見えるように。

将来への心配も、それに少し似ている気がする。
私たちを落ち着かなくさせているのは、問題そのものより、「先が見えない」という状態なのかもしれない。

不安は未来からのサイン

とはいえ、心配することは悪いことばかりでもない。

貯金をする。
健康診断を受ける。
保険を考える。
親のこれからについて話し合う。

そうした行動のきっかけになるのも、やはり不安だ。
もし何も感じなければ、たぶん、未来への備えも生まれない。

先のことを考えているからこそ、不安になる。
そう考えると、不安は敵というより、未来から届く小さなサインのようにも思える。
「少し気にしておいたほうがいいですよ」
そんな知らせだ。

不安をなくしたい。
できれば考えたくない。

ずっとそう思っていた。
けれど本当に必要なのは、不安を消すことではなく、
「私は何を怖がっているのだろう」
と問いかけることなのかもしれない。

失いたくないものを守れなかったらどうしよう。
大切な人に何かあったらどうしよう。
夢を諦めなければならなくなったら、どんなに悔しいだろう。

不安の底には、そんな気持ちが隠れていそうだ。
そう考えると、「なんとなく不安」は少しずつ輪郭を持ち始める。
そして、次に考えることも見えてくる。


最後まで読んでくださってありがとうございます。
少しでも響くものがあれば、“スキ”で教えていただけるとうれしいです。

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不安の輪郭が見えてきたら、次は一つずつ書き出してみる。
小さな確認が、安心につながっていきます。


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