カフェチェーンのための「マーケティングの教科書」の使い方|競合も使う顧客を囲い込むべき?
競合店も使っている顧客は、ロイヤルティが低いのでしょうか。
自社しか使わない「100%ロイヤル顧客」を増やせば、売上は伸びるのでしょうか。
今回は、この直感を疑ってみます。
このシリーズでは、実務で起こりそうなケースを一つ置き、「マーケティングの教科書」を使って実際に意思決定していきます。
元になっている教科書はこちらです。
【1時間で分かる】エビデンスベーストマーケティングの教科書
シリーズはこちらです。
マーケティングの教科書シリーズ
今回は、購買重複の法則、NBD-Dirichlet、ライトユーザー、フィジカルアベイラビリティを使います。
以下の企業や数値は、考えるために作った架空のケースです。
1.顧客の70%が競合カフェも使っている
ケース問題
あなたは全国展開するカフェチェーンAのマーケティング担当者です。
自社アプリ会員を対象に、直近3か月のカフェ利用について調査しました。
すると、自社店舗を利用した人の70%が、同じ3か月間に競合カフェチェーンも利用していました。
一方、自社しか利用していない顧客は22%でした。社内ではこの22%を「100%ロイヤル顧客」と呼んでいます。
経営会議では、「競合利用率が高すぎる。ポイント還元を強化して、競合へ流れる顧客を囲い込もう」という案が出ています。
あなたなら、100%ロイヤル顧客を増やすためにポイント投資を強化しますか?
一見すると、かなり合理的です。
せっかく自社アプリまで使っているのに、7割が競合にも行っている。
もし競合利用の一部を自社へ取り戻せれば、既存顧客だけでも売上を伸ばせそうです。
さらに、自社しか使わない22%の顧客を分析して、その特徴に似た人を増やせば、効率のよいCRMができそうです。
しかし、ここで最初に確認したいことがあります。
その「100%」は、何回中の100%でしょうか。
2.「1回中1回」と「30回中20回」は、どちらがロイヤルか
分析期間を直近3か月から1年間に広げ、カテゴリー全体の利用回数も確認してみます。
追加ケース情報①
顧客Xは、この1年間にカフェを1回だけ利用し、その1回が自社でした。
自社利用率は100%です。平均客単価を500円とすると、自社売上は年間500円です。
顧客Yは、この1年間にカフェを30回利用し、そのうち20回が自社、10回が競合でした。
自社利用率は67%ですが、自社売上は年間10,000円です。
100%ロイヤルな顧客Xと、67%しかロイヤルではない顧客Y。どちらが自社を多く利用しているでしょうか?
答えは明らかです。
顧客Yです。
ところが「自社利用率」だけを見れば、顧客Xの方が完璧なロイヤル顧客に見えます。
この問題は、研究でも以前から指摘されています。
Ehrenberg、Uncles、GoodhardtらのNBD-Dirichlet研究では、100%ロイヤルという指標はカテゴリーの購買頻度や観測期間の影響を強く受けます。
1回しか買わなかった人は、定義上、その1ブランドに100%ロイヤルです。
さらに期間を短くすればするほど、まだ競合を買う機会が訪れていない人まで「自社専属」に見えやすくなります。
今回も、直近3か月では22%いた「100%ロイヤル顧客」を12か月まで追うと、競合利用が見つかり、100%のまま残る人は大幅に減りました。
つまり、
ロイヤルティ100%という数字は、それだけでは顧客との関係の強さを意味しません。
まず、カテゴリー自体を何回買った人なのかを見る必要があります。
私はCRMやデータ分析の仕事をしてきましたが、こういう数字はかなり厄介です。
ダッシュボードに「ロイヤル率」として表示されると、非常に意味のある顧客分類に見えます。
しかし、分母を確認すると「1回中1回」だったりする。
数字が精密だから、解釈まで正しいとは限りません。
3.そもそも、アプリにいる顧客だけを見ていいのか
もう一つ問題があります。
最初の分析対象は「自社アプリ会員」でした。
アプリ会員については、かなり詳しく分かります。
いつ来店したか。何を買ったか。何円使ったか。ポイントを何ポイント持っているか。
一方、アプリを持っていない人は急に見えなくなります。
そこで外部の消費者パネルを使って、アプリ非会員まで含むカフェ利用者全体を確認します。
追加ケース情報②
アプリ会員は、カテゴリー全体でも比較的利用頻度の高い人に偏っていました。
一方、市場全体を見ると、「年に1〜2回しかカフェを利用しない人」が大量に存在しています。
そして、このライトユーザーほど自社アプリの保有率が低く、自社のCRMデータではほとんど行動が見えていませんでした。
最も詳しく見えていた顧客が、市場全体を代表していたわけではありません。
これはCRMの構造的な弱点です。
自社データが悪いわけではありません。
むしろ、顧客一人ひとりについて深く理解するには非常に強力です。
問題は、見える人だけで市場全体を説明しようとすることです。
NBD-Dirichlet研究では、多くの市場で購買頻度は均等に分布せず、少数のヘビーバイヤーと大量のライトバイヤーが存在します。
Ehrenberg-Bass Instituteの研究では、ブランドの売上は一部のヘビーユーザーだけで作られているわけではなく、多数のライトバイヤーも大きな部分を担っています。
ところが企業のCRMでは、利用頻度が高く、会員登録し、アプリを使い、アンケートにも答えてくれる人ほど見えます。
データが豊富であるほど、その人たちが「顧客そのもの」に見えてしまう。
しかし、見えやすい顧客と、重要な市場全体は同じではありません。
4.競合も使うのは、本当に「浮気」なのか
では、競合カフェを利用する70%はどう考えればよいのでしょうか。
ここで使えるのが、購買重複の法則です。
多くの反復購買市場では、顧客は一つのブランドだけを使い続けるのではなく、いくつかのブランドをレパートリーとして持っています。
Sharp、Wright、Goodhardtは、こうした市場を「レパートリー市場」と呼びました。
そこで外部パネルから、カフェチェーン各社の顧客重複を見てみます。
追加ケース情報③
カフェチェーンAの顧客はBも使い、Cも使っていました。
Bの顧客もAやCを使い、Cの顧客もAやBを使っています。
特に利用者数の大きいチェーンほど、多くの他社顧客からも利用されていました。
競合併用は、自社だけに起きている異常ではありませんでした。
購買重複の法則では、ブランド同士の顧客共有はかなり予測可能で、大きなブランドほど多くの他ブランド顧客と重複します。
だから、競合を使っているだけで、
「自社への愛着が足りない」 「離反しかけている」 「囲い込まなければならない」
とは言えません。
これは「ロイヤルティが存在しない」という話でもありません。
Ehrenberg-Bass Institute自身も、ロイヤルティは存在すると明言しています。
ただしレパートリー市場では、一つのブランドだけへの完全な忠誠ではなく、複数のブランドに対して偏りを持ちながら繰り返し買うのが普通です。
カフェチェーンAを20回、Bを6回、Cを4回使う人は、Aにかなり偏っています。
それでもBとCは使います。
この顧客からBとCを完全に消すことをマーケティング目標にする必要があるのでしょうか。
5.同じ人でも、いる場所が変われば選択肢が変わる
カフェには、もう一つ大きな特徴があります。
店が物理的な場所に存在していることです。
同じ顧客の利用履歴と行動日記を詳しく見てみます。
追加ケース情報④
顧客Zは、自宅近くではカフェチェーンAを最もよく使っていました。
しかし通勤駅ではAの店舗がなく、Bを利用しています。
オフィスの近くではCが最も近く、昼休みにはCを利用します。
休日に行く商業施設にはAとCがあり、その日の混雑状況で選んでいました。
本人に聞くと、「別にAが嫌いになったわけではない。そこにある店を使っているだけ」と答えました。
ここまで来ると、競合利用の見え方が変わります。
顧客がカフェへ行こうとするたびに、同じブランド一覧から選んでいるわけではありません。
自宅、駅、職場、商業施設。
朝、昼、夜。
イートインなのか、持ち帰りなのか。
購買機会ごとに、実際に選べるブランドの集合が変わります。
これはフィジカルアベイラビリティの問題でもあります。
メンタルアベイラビリティが「その状況でブランドを思い出せること」なら、フィジカルアベイラビリティは「思い出したブランドを実際に見つけ、買いやすいこと」です。
カフェなら店舗立地は特に分かりやすい要素です。
しかし立地だけでもありません。
営業時間、行列、注文方法、商品ラインアップ、決済方法なども、その瞬間の買いやすさに影響します。
企業が思う「競合」と、顧客が比較する選択肢も違う
例えば、出勤前。
電車まであと3分しかない。
「コーヒーが飲みたい」と思ったとします。
このとき顧客が比較しているのは、カフェチェーンA、B、Cだけとは限りません。
駅のコンビニコーヒー。
自販機の缶コーヒー。
売店のペットボトルコーヒー。
場合によっては、
「今日は買わない」
まで含まれます。
企業は「カフェチェーン市場」という境界で競合を整理します。
しかし消費者は、その企業分類に従って買い物をしているわけではありません。
その瞬間の目的を満たせる選択肢を比較しています。
競合を考えるときも、
「同業他社は誰か」
だけではなく、
「この購買状況で、顧客には他に何が選べるのか」
から考える必要があります。
6.では、ポイント施策はやめるべきなのか
ここまで読むと、
「ロイヤルティ施策なんて全部やめればいい」
と思うかもしれません。
それも違います。
ポイントには経済的なインセンティブとして、自社を選ぶ確率を変える可能性があります。
ただし、
「競合を使わせないためにポイントを配る」
だけが投資先ではありません。
例えば、朝の購買機会でAを選ばない理由が、
「レジに並ぶ時間がない」
なら、ポイントを1%増やすより、注文時間を短縮した方が効くかもしれません。
実際、スターバックスのMobile Order & Payでは、スマートフォンから商品を注文・決済し、レジに並ばず商品を受け取れる仕組みが提供されています。
アプリ会員なら、
モバイルオーダー、事前決済、お気に入り商品の再注文、店舗検索。
こうした機能で購買時の摩擦を減らせます。
しかし、ここでもアプリ会員だけを見てはいけません。
市場には、アプリをインストールしていない大量のライトユーザーがいます。
その人たちにとっては、
店外から店舗の存在が分かること。
初めてでもメニューを理解しやすいこと。
普段使っている決済方法が使えること。
注文方法が直感的であること。
入りやすく、買いたい商品をすぐ見つけられること。
こうした小さな買いやすさの方が重要かもしれません。
ロイヤルティへの投資を、ポイントだけで考えない。
顧客が自社を選びたい購買機会で、実際に選べる確率を上げる。
その中に、ポイントも、アプリも、店舗開発も、商品も、オペレーションもあります。
7.囲い込むより、次の購買機会を取りにいく
最初の問いへ戻ります。
「競合も使う70%の顧客を、自社だけ使うようにすべきか?」
私は、まずその目標自体を疑います。
「100%ロイヤル顧客」の中には、
30回中30回自社を使う人もいれば、
1回中1回だけ自社を使った人もいます。
同じ100%でも、意味は全く違います。
そして、自社アプリを使っている人だけを見れば、大量のライトバイヤーが分析から消えます。
競合利用も、必ずしもブランドへの不満ではありません。
その瞬間、自社店舗がなかった。
時間がなかった。
欲しい商品がなかった。
競合の方が買いやすかった。
企業から見れば「浮気」に見える行動でも、顧客はその状況で、最も合理的で買いやすい選択肢を普通に選んでいるだけかもしれません。
だから目標を変えます。
競合利用率をゼロにするのではありません。
100%ロイヤル顧客の比率を上げることでもありません。
自社をまだ使っていない人や、たまにしか使わない人も含め、
「コーヒーが欲しい」
と思う購買機会の中で、
自社が思い出される。
近くにある。
見つけられる。
注文しやすい。
欲しい商品がある。
そして実際に買われる。
その確率を少しずつ増やしていく。
顧客から競合を消すのではなく、顧客が次に買う瞬間の選択肢に、自社が入る確率を増やす。
レパートリー購買の市場では、その方がずっと現実的な成長戦略だと思います。
プロフィール
マーケティング戦略コンサルタントです。 事業会社とコンサルティング会社の両方で、販売・CRM・データ分析・市場調査・需要予測・価格・広告・Webなど、マーケティングの上流から下流まで経験してきました。 このnoteでは、実務と研究を行き来しながら、仕事・キャリア・発信に使える再現性の高い考え方を紹介しています。
詳しい自己紹介はこちら。
自己紹介|実務とエビデンスから、マーケティングの本質を探しています
この記事がおもしろかったら、スキで教えてください。
おすすめ記事
【1時間で分かる】エビデンスベーストマーケティングの教科書
今回使ったライトユーザー、購買重複、NBD-Dirichlet、メンタル/フィジカルアベイラビリティをまとめて整理した記事です。
【10分でわかる】CRMとは?顧客を育てるより大事だと思うこと
「ライトユーザーをロイヤルユーザーへ育成する」というCRMの定番モデルを、ダブルジョパディや購買行動研究から考え直しています。
【5分でわかる】フィジカルアベイラビリティとは
顧客に好かれるだけでは売れない理由と、「買いたいときに簡単に見つけて買える確率」をどう考えるかを整理しています。
参考URL
Byron Sharp, Malcolm Wright, Gerald Goodhardt「Purchase Loyalty is Polarised into Either Repertoire or Subscription Patterns」Australasian Marketing Journal, 2002
https://journals.sagepub.com/doi/10.1016/S1441-3582%2802%2970155-9
Andrew S. C. Ehrenberg, Mark D. Uncles, Gerald J. Goodhardt「Understanding brand performance measures: using Dirichlet benchmarks」Journal of Business Research, 2004
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0148296303001796
Byron Sharp「Loyalty Limits for Repertoire Markets」Journal of Empirical Generalisations in Marketing Science, 2007
https://www.empgens.com/article/loyalty-limits-for-repertoire-markets/
Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science「US Brands lost half their customers last year – more misleading metrics」
https://marketingscience.info/us-brands-lost-half-their-customers-last-year-more-misleading-metrics/
Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science「The value of Pareto’s bottom 80%」
https://marketingscience.info/value-paretos-bottom-80/
Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science「The loyalty patterns of repertoire and subscription markets」
https://marketingscience.info/news-and-insights/the-loyalty-patterns-of-repertoire-and-subscription-markets
Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science「Easy to Find: Being Where B2B Buying Happens」
https://marketingscience.info/news-and-insights/easy-to-find-being-where-b2b-buying-happens
Starbucks Coffee Japan「Mobile Order & Pay」
https://www.starbucks.co.jp/mobileorder/guide/
#マーケティング #CRM #ロイヤルティ #カフェ #顧客分析 #ライトユーザー #購買重複 #NBDDirichlet #フィジカルアベイラビリティ #エビデンスベーストマーケティング
