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モネの食卓に並んだ料理とは?|モネの料理ノートから見える「美食の交差点」

印象派の巨匠、クロード・モネとその妻アリスが残した複数の料理ノート。そこには、膨大な数のレシピが手書きで記録されています。

100年以上前、フランス・ジヴェルニーのクロード・モネの食卓にはどのような料理が並んでいたのか——このノートを読むことで、それを驚くほど具体的に知ることができます。グルメやアート、歴史が好きな人にはたまらない、非常に貴重な資料です。

モネといえば、自然に囲まれた田舎の村ジヴェルニーで、庭造りに熱中し、素朴な家庭料理を楽しんでいた画家——そんなイメージを持つ人も多いかもしれません。
しかし、料理ノートを読み解いていくと、そこにはもう少し複雑で興味深い食卓が見えてきます。

この記事では、モネの料理ノートの面白さに魅了された筆者が、モネの料理ノートに関する書籍「Les carnets de cuisine de Claude Monet à Giverny」に収録された184のレシピと解説文を元に、ジヴェルニーのモネの食卓の実像を考察します。


まずは結論から。

モネの食卓のベースにあったのは、キュイジーヌ・ブルジョワーズ、つまり日常の食材を手間と技術で完成させた上質な家庭料理でした。

その上で、次のような多様な要素が重なりあっていました。

①当時のパリの高級レストランを再現した料理
②高級食材・高度な技術を必要とする料理
③古典フランス料理に基づく伝統的な料理
④地方料理を取り入れた素朴で力強い料理
⑤英国・アメリカの料理
⑥バナナや地中海野菜、緑茶などの新しい食材や流行を取り入れた料理

一言で表すと、
「当時のフランスで食べることのできる”美味しいもの”」を集めた食卓。

そんなモネの食卓は、
「19世紀末フランスにおける、美食の交差点」だったのではないでしょうか。

以下、モネの料理ノートに記された具体的な料理名を見ながら、その実像を見ていきます。


モネの料理ノートから選び抜かれた184のレシピ

「Recettes de cuisine appartenant à M. Claude Monet à Giverny( ジヴェルニーのムッシュ・クロード・モネが所有する料理のレシピ)」と表紙に書かれた古いノート。中には、丁寧な筆跡で料理のレシピが書き留められています。
クロード・モネの妻アリスの子孫に受け継がれたもので、1989年に書籍「Les carnets de cuisine de Monet(モネの料理ノート)」としてまとめられました(2020年の再販では「Les carnets de cuisine de Claude Monet a Giverny」に改題)。
書籍化する際、著者のクレア・ジョイス(アリスの曾孫の妻)はモネのお気に入りだったと思われるレシピを苦労して選んだとのことで、この書籍に載っているものがモネ家のレシピの全てではありません。
選び抜いたものが184のレシピ。一体、全部でいくつあるのでしょうか。
いつか全てを読んでみたいという気持ちが湧いてきますが、まずはクレア・ジョイスが選んだ184のレシピからモネの食卓を読み解いていきます。

「Les carnets de cuisine de Claude Monet a Giverny」2022年にモネの家でお土産として購入したもの。

ノートを書いたのは誰か?

モネの料理ノートについては、「モネが書き残したノート」だったり、「モネはレシピノートを書き残すほど美食家だった」と言われることがありますが、実際にはほとんどが妻アリスの筆跡だと言われています。当時のブルジョワ家庭で、女主人が家庭のレシピをノートにまとめることは珍しいことではなかったそうです。書籍には実際のノートの写真も載っており、美しい筆記体で書かれていることが分かります。
しかしモネがこのノートに全く関わっていなかったかというと、そうとは言い切れないでしょう。モネは、食べた料理の中で気に入ったものがあると、友人や知人、レストランの経営者やシェフに作り方を尋ねていました。実際にノートには、料理名と共に教えてくれた人の名前が記されているものが複数あります。そういったレシピはモネが手紙などで教わり、アリスがノートに書き写していたと考えられます。

モネが美食家だと言われる理由は、ノートの存在そのものでなく、ノートに書かれた料理の内容からです。
では、実際にどんな料理のレシピが書かれているのでしょうか?
まだまだ途中ではありますが、私がこれまでに調べた中で分かったことをまとめました。


クロード・モネの食卓に並んだ料理

中心となるのは19世紀のキュイジーヌ・ブルジョワーズ

キュイジーヌ・ブルジョワーズとは、フランスの都市部の中流階級で発展した家庭料理です。特別高価な食材を使うことよりも、日常の食材をいかに美味しく、そして美しく仕立てるかに価値を置く料理です。卵や地産の野菜、鶏肉などのありふれた素材でも「きちんと料理する」ことが基本にあります。
モネの料理ノートに見られるものとしては、以下の料理が典型的です。

<メイン料理>
Coq au vin
コック・オ・ヴァン(鶏の赤ワイン煮)
Langue de bœuf à la bourgeoise
牛タンのブルジョワ風
Entrecôte marchand de vin
牛リブロースの赤ワインソース  など
<野菜や卵の前菜・スープ>
Potage au celeri-rave
セロリアックのポタージュ
Soupe aux poireaux et pommes de terre
ポロネギとじゃがいものスープ
Soupe à l'ail
にんにくのスープ
Carottes fermières
人参の農家風
Omelette mousseuse
ムース・オムレツ   など

北フランスらしいセロリアック、ポロネギ、ジャガイモ、人参を使ったものは、一見すると庶民的な料理です。しかしレシピを読むと「バターでカリッと焼いたクルトンと、刻んだパセリを散らす」「バターで炒めた角切りのセロリアックを用意し仕上げにのせる」など、素朴なものにもきちんと一手間かけていることがわかります。卵料理も同様で、卵白を泡立てたり、ソースを添えたり、そこには必ず料理人の技術が介在しています。
モネ家では、使用する人参やじゃがいもの産地や生産者へのこだわりがあったそうです。鶏も何種類か飼育していて、毎日産みたての卵を使って料理をしていました。
庶民的に見える食材も、きちんと良いものを選別し、腕の良い料理人が仕上げる。それがモネ家の料理のベースです。

このキュイジーヌ・ブルジョワーズを基本として、モネの料理ノートには特徴的な、興味を惹かれる料理がたくさん出てきます。本記事では、モネの食卓の全体像を捉えるために、これらの料理を6つのタイプに分類してみました。

※これらの料理は必ずしも一つのカテゴリに収まるものではなく、複数の要素を併せ持つ場合もあります。この分類は、モネの料理ノートの特徴を最も説明しやすい形に整理したものです。


① 当時のパリの高級レストランを再現した料理

ノルマンディーの小さな村ジヴェルニーに暮らしていたモネですが、パリの高級レストランの常連でした。特に画家として成功し、経済的に豊かになった1900年代には、Prunier、Café Anglais(厨房の王デュグレレがシェフを務めた店※)、Café de Paris、Foyot、Margueryなどの有名店に夫婦で通っていました。そして、今挙げた全てのレストランから、お気に入りの料理のレシピを入手しています。

Croquettes de morue
タラのクロケット…Prunier
Barbue à la Dugléré
平目のデュグレレ風…Café Anglais
Filets de sole florentine
舌平目のフロレンティーヌ…Café de Paris
Escalopes Foyot
仔牛のエスカロープ・フォワイヨ風…Foyot
Queue de bœuf en hochepot(Marguery)
牛テールのオシュポ…Marguery        など

超有名店のシェフや経営者から、本来企業秘密であるはずのレシピを聞き出せるということは、モネが彼らにとってどれだけ大事なお客様だったのか、想像に難くありません。
モネは、こうしてパリで手に入れたレシピをモネ家の料理人マルグリットに渡し、自宅でも同じ味に再現することを求めていたとされています。クレア・ジョイスの解説によれば、マルグリットはそれらの料理を非常に厳格に作らなければならず、単に「それらしく」仕上げるのではなく、完成度の高い再現が求められていたことがわかります。それに応えられるマルグリットは、高級レストランのシェフに匹敵する技術とセンスを持った料理人だったことがうかがえます。

※モネが頻繁に通っていたのは、デュグレレ本人が在職した時期よりやや後だと考えられます。

②高級食材や高度な技術を必要とする料理

Canard à la rouennaise
鴨のルーアン風
Bécasse rôtie
ベカスのロティ
Truffes à la serviette
トリュフ・ア・ラ・セルビエット
Homard à l’américaine
オマール海老のアメリケーヌ
Pâte de foie gras
フォアグラのパテ
Foie de veau en aspic
フォワ・ド・ヴォーのゼリー寄せ
Gâteau Vert-Vert
ガトー・ヴェールヴェール など

トリュフを一粒丸ごと白ワインで煮て、温めたナプキンに包んでサーブするトリュフ・ア・ラ・セルビエットや、アルザス産の最高級フォアグラのパテ。こうした食材自体が贅沢な料理がまず目を引きます。
さらに、ジビエであるベカスは調理前に熟成を必要とする繊細な食材で、現在では非常に希少な存在です。
調理法が特徴的な料理も目につきます。鴨を窒息死させ、その血をソースにする鴨のルーアン風や、オマール海老をフランベする調理法など、いずれも当時の高級レストランで発展した高度な技法です。
オマール海老はモネの好物でもあり、料理ノートには3種類のレシピが収録されています。
デザートでは、鮮やかな緑色のガトー・ヴェールヴェール(緑のケーキ)も挙げられます。ピスタチオのクリームをスポンジで挟み、緑色のグラサージュと砕いたピスタチオで仕上げた、見た目にも洗練された美しいお菓子です。モネの好物だったと言われています。

いくら裕福なブルジョワ家庭とは言え、家庭の厨房で、少人数でこれらの料理を準備するのはどれほど大変だったのでしょうか。
モネ家の料理人マルグリットは、まさに一流レストランに匹敵する高い技術を持った料理人だったと言えるでしょう。

③古典フランス料理に基づく伝統的な料理

Potage à la Dauphine
ポタージュ・ア・ラ・ドーフィヌ
Potage Fontange
ポタージュ・フォンタンジュ
Pâté de canard 
鴨のパテ     など

王太子妃(ドーフィヌ)とフォンタンジュ夫人の名前がついた滑らかなポタージュは、宮廷料理に由来する古典的な料理です。クレア・ジョイスも指摘するように、モネの料理ノートには、意外にもこうした古い形式のフランス料理も見られます。モネ家の料理人マルグリットは、モネ家の料理人となる前に高級レストランや別のブルジョワ家庭の厨房で修行を積んでいたと考えられることから、こうした古典料理は、その過程で彼女が身に付けたレパートリーだった可能性もあります。

④地方料理を取り入れた素朴で力強い料理

Garbure
ガルビュール
野菜や生ハムなどを煮込んだ、バスク地方の具だくさんのスープ。

Bouillabaise(Cézanne)
セザンヌのブイヤベース
南仏マルセイユの郷土料理で、サフランを使った魚介の煮込み。

Costriade※
コトリアード
魚介と根菜をバター入りのスープで煮込む、ブルターニュの郷土料理。

Cassoulet de Guitry(Lucien)
ルシアン・ギトリーのカスレ
豆と肉をトマトと共に煮込み、オーブンで焼き上げるラングドック地方の郷土料理。

高級食材やレストラン由来の洗練された料理が並ぶ一方で、このような地方料理のレシピも目立ちます。ブイヤベースは画家仲間のセザンヌ、カスレは有名俳優のルシアン・ギトリーから教わったレシピである点も興味深いところです。
こうした料理からは、モネの食卓が特定の地域に閉じたものではなく、フランス各地の味を取り込んだものであったことが見えてきます。

※コトリアード(Cotriade)はCostriadeと表記されていました。当時は表記が統一されていなかったのかもしれません。

⑤英国やアメリカの影響を受けた料理

Scones
スコーン
Cake
ケーキ(ドライフルーツ入りのどっしりしたケーキ)
Welsh rarebit
ウェールズ風チーズトースト
Christmas pudding
クリスマスプディング
Toast à la cannelle
シナモンバタートースト
Yorkshire pudding
ヨークシャープディング

Homard à Douglas
オマールのダグラス風
Homard à Newburg
オマールのニューバーグ風  など

当時のフランスでは、英国文化への憧れとも言える「アングロマニー」が広がっていて、英国式の料理や文学、スポーツなどの文化が流行していました。その影響はモネのレシピノートにも見られます。モネは1870年と1900年前後にイギリスに複数回滞在しており、モネ個人としても英国への関心が強かったと思われます。
モネ家には午後のお茶の習慣があり、お茶とともに英国式のお菓子を楽しんでいたのだと考えられます。

モネが描いたロンドンの国会議事堂
The Houses of Parliament, Sunset,Claude Monet,1903

またジヴェルニーには、モネに憧れてやってきたアメリカ人画家のグループが住んでいました。そのうちの一人、テオドール・バトラーはモネの妻アリスの三女シュザンヌと結婚し、シュザンヌが亡くなった後は長女マルトと再婚しています。こうした繋がりを通じて、アメリカ風の料理のレシピを手に入れたと思われます。
これらの料理からは、モネの食卓がフランス国内にとどまらず、国際的な文化の影響を取り入れていたことがわかります。

セオドール・バトラーによるジヴェルニーの風景
La Ferme de la Dîme (Giverny),Théodore Earl Butler,1900

⑥ 新しい食材や流行を取り入れた料理

<バナナのデザート>
Bananes au gratin
バナナグラタン
Daube de bananes
ドーブ・バナナ(バナナソテーの赤ワイン煮)
Glace aux bananes
バナナのアイスクリーム    

バナナは当時のフランスで新しい食材の一つでした。当時の輸送や冷蔵、追熟の技術を考えると、私たちがイメージするバナナとは硬さや甘さが異なるかもしれません。バナナの味については、フランス人の間でも評価が大きく分かれていたとされています。
モネのノートにはバナナのレシピが3つもあり、モネがかなり気に入っていたことが分かります。

※当時のフランスのバナナ事情を解説&ドーブ・ド・バナーヌを再現してみた記事はこちら↓

<地中海系野菜を使った料理>
Aubergines farcies 
茄子のファルシ
Tomates farcies 
トマトのファルシ
Aubergines aux tomates 
茄子とトマトの重ね焼き
Potage aux tomates 
トマトのポタージュ

鮮やかな色合いの茄子とトマト。私たちにとっては身近な食材ですが、当時の北フランスではほとんど栽培されていない珍しい野菜でした。特に、新鮮な状態のものを手に入れるのは難しかったのではないでしょうか。モネはこれらの地中海野菜の種苗を取り寄せ、自宅の菜園で育てていました。新鮮な地中海野菜と南仏から取り寄せたオリーブオイルをふんだんに使った料理は、当時の北フランスでは珍しいものだったと考えられます。

<緑茶を使ったデザート>
Crème au thé お茶のクレーム

最後に取り上げたいのが、この緑茶を使ったデザートです。クレームはフランス料理の定番デザートで、バニラやチョコレート、コーヒーなど様々な味のものがあります。
モネ家のレシピにはthé(茶)風味のものがあり、当初は紅茶のことかと思いレシピを確認したところ、なんと thé vert (緑茶)の文字が。
紅茶と緑茶の茶葉を混ぜてミルクで煮出すそうです。

モネのジャポニズムへの関心の強さを考えると、この緑茶は中国茶ではなく、日本の煎茶であった可能性も考えられます。
緑茶はパリ万博で紹介されており、モネは林忠正や黒木夫妻といった在仏日本人との付き合いもあったため、日本の緑茶を入手していたとしても不思議ではありません。
100年以上も前のフランスで、日本の緑茶を使ったデザートが作られていた可能性は非常に興味深い点です。また、中国茶の緑茶だったとしても、紅茶と緑茶を混ぜてその風味をデザートとして楽しむという発想は、現代に生きる私たちにとっても新鮮で洗練されたものに感じられます。

こうした新しい食材や流行の取り込みからは、モネの食卓が伝統や格式を重視するだけではなく、時代の変化を積極的に取り入れる柔軟なものであったことが見えてきます。


まとめ「モネの食卓に並んだ料理とは?」

ジヴェルニーという小さな村で庭造りにこだわっていた、また自然を描く画家というイメージからか「モネは素朴な家庭料理を好んだ」と表現されることが多いです。
たしかにそれも一面の真実ではありますが、モネの料理ノートから見えるモネの食卓は「素朴な家庭料理」だけではありません。

・高級レストランのメニューを再現した一皿
・丸ごとのトリュフやフォアグラといった高級食材
・鴨のルーアン風やベカスのロティ、フランベなどの高度な技術
・フランス各地の地方料理
・英国やアメリカなどの外国料理
・地中海野菜、緑茶、バナナといった新しい食材

そして
「野菜や鶏肉、卵といった素朴な素材」を使いながら、ひと手間をかけて「美味しく美しい料理」へと仕立てるブルジョワ料理

これらが境界なく入り混じったモネの食卓は、
「当時のフランスで食べることのできる”美味しいもの”」を集めた食卓。
「19世紀末のフランスにおける、美食の交差点」だったのではないでしょうか。


おわりに

モネは、高級レストランの料理や高級食材も大好きでしたが、同時に日常の素朴な素材を使った家庭料理や地方料理、さらにバナナのような新しい食べ物も好んでいました。
また、南仏への制作旅行の際に出会ったと考えられる、鮮やかで瑞々しい地中海野菜を、最高に美味しい状態で食べるために種苗を取り寄せ自宅の菜園で育てるほど「美食」を追求していました。

格式や素材の高価さで判断するのではなく、
「美味しいものは分け隔てなく受け入れ、試し、追求する」。モネの食への姿勢と探究心は、既存の価値観に捉われず、光と色を追い続けたモネの絵画にも通じるものだと思われます。

この記事では、モネの料理ノートに記された料理名とレシピの内容から、モネの食卓の全体像を考察しました。

・「モネにレシピを教えた人たち」
・「モネの人生と料理の関係」
・「個々の料理の詳しいレシピ」
・「料理人マルグリットについて」
・「モネ家のSconesを、スコーンの歴史から考察する」

これらについては、今後の記事で詳しく取り上げていく予定です。


そして最後に、どうしても強調したいことがあります。

モネ家の料理人マルグリット、凄すぎませんか?

主人がパリに行く度持ち帰ってくる高級レストランのレシピを完全再現し、
トリュフやフォアグラなどの高級食材も難なく扱い、
鴨の血を絞り出し、ジビエの肉の熟成具合を見極め、
オマール海老やリンゴ、クリスマスプディングを炎で演出(フランベ)、
未知の食材を受け入れ美味しい料理へと仕立てる。
そして同時に、卵や野菜の素朴な素材も、美食家を満足させる一品に仕上あげる——

ここまでできる料理人である彼女は、一体どんな人物だったのでしょうか。
マルグリットへの興味は尽きません。


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