予定表は埋まっているのに、自分の仕事が進んでいない
予定表は埋まっているのに、自分の仕事が進んでいない
予定表を見ると、ちゃんと働いているように見えるんです。
空いているところがほとんどなくて、今日はこれ、次はこれ、そのあとにも何か入っている。別に暇だったわけでもないし、何もしていなかったわけでもありません。それなのに、夕方になって自分が進めたかった仕事を見ると、朝とほとんど同じ場所に残っていることがあります。
この感じが、少し苦手です。
忙しかったはずなのに、「今日は何を進めたんだろう」と考えると急に答えに困る。予定表だけ見れば一日を使い切っているのに、自分の中では仕事が前へ進んだ感じがしないんですよね。
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予定があることと、仕事が進むことは同じじゃなかった
社内SEの仕事をしていると、自分一人で完結しない時間がかなりあります。
誰かから確認が来れば返しますし、話したほうが早いことなら話します。止まっていることがあれば状況を見ますし、ほかの人が次へ進むためにこちらの返事が必要なら、なるべくそこで止めたくないとも思います。そういう仕事は目に見える成果物になりにくいだけで、もちろん必要な仕事です。
だから、予定表が埋まっていること自体を悪いとは思っていません。
会話したことで決まることもありますし、自分が少し対応しただけで誰かの作業が先へ進むこともあります。むしろ、そういうところを放って自分のことだけやっていればいい仕事でもないので、その日ずっと人と関わって終わることがあっても、それはそれで仕事をした一日なんだと思います。
ただ、その話と、自分が持っている仕事が進んでいるかどうかは別でした。
ここを自分の中で一緒にしていた気がします。
予定がたくさん入っている。連絡も返した。確認もした。呼ばれたものにも対応した。そうすると、それだけで一日かなり動いた感覚があります。実際に疲れてもいるので、夕方になるころには「今日は結構やったな」と思うんですが、そこで自分が抱えている仕事を開くと、思ったより何も変わっていない。
あれ、これ朝も同じところ見てなかったっけ、となります。
別にサボっていたわけではないんです。
ここが少しややこしいところで、何もしていなかったなら分かりやすいんですよね。今日は集中できなかったとか、つい別のことをしていたとか、それなら「まあ明日はちゃんとやろう」で終わります。でも実際にはずっと何かをしている。休んでいた感覚もない。なのに自分の仕事だけ残っているので、妙に納得しづらい。
しかも予定表はきれいに埋まっています。
その見た目が、余計に自分を納得させていたのかもしれません。
自分の仕事だけ、いつも「空いた時間」に置いていた
考えてみると、自分が進めたい仕事には予定が入っていないことが多かったです。
「今日どこかでやる」
「この打ち合わせが終わったらやる」
「午後に少し空きそうだから、そのあたりで進める」
だいたいそんな置き方をしていました。
予定表の中には、人と約束した時間が先に入っていて、自分の作業はその間へ入れるものになっている。たぶん自分ではそれを自然なことだと思っていたんですが、よく考えると、これはかなり弱い予定です。
誰かとの予定なら、その時間になれば始まります。
自分がちょっと気分が乗らなくても、別の作業が中途半端でも、時間になればそちらへ行く。相手もいるので「今ちょっと集中できないから一時間ずらそう」とは簡単になりません。
一方、自分の仕事はどうかというと、簡単に動きます。
少し問い合わせが入れば後ろへずらす。予定が長引けば後ろへずらす。確認したいことを思い出せば、先にそちらを片づける。何なら、作業を始める前にメールやチャットを見てしまって、そこで何か見つけたらそのまま別の仕事へ行ってしまうこともあります。
自分の仕事なのに、自分が一番雑に扱っていました。
書いていて少し嫌な言い方だなと思いますが、たぶん近いです。
もちろん、急ぎの対応を無視してまで自分の予定を守りたいわけではありません。社内の仕事なので、その場で動いたほうがいいこともありますし、「自分の作業時間なんで」と全部断っていたら、それはそれで困ります。
ただ、何でも自分の仕事より先にしていると、結局いつまで経ってもまとまった時間が残らないんですよね。
そして、そのまとまった時間がいつか自然に現れると思っていた。
これが一番怪しかったのかもしれません。
空いている時間は、思っていたほど空いていない
予定表に何も入っていない時間を見ると、以前はそこを「作業できる時間」として見ていました。
でも実際には、その時間全部を一つの仕事に使えるわけではありません。
前の予定が少し伸びることもありますし、終わったあとにメモを整理したり、そこで出た確認をしたりすることもあります。次の予定が近ければ、そろそろ切り上げたほうがいいなと考え始めます。予定と予定の間に一時間空いていたとしても、頭の中では一時間まるごと自由な感じがしないことがあります。
特に、少し考えないと進まない仕事はそうです。
資料を直すだけとか、決まった手順で処理するだけなら、短い時間でも入れやすい。でも、考えながら組み立てる仕事や、途中で何度か戻りながら作る仕事は、「あと三十分しかない」と思った時点で始める気がかなり落ちます。
始めても途中で切れるのが分かっているので、つい別の細かいものを片づけます。
それ自体は悪くないんですが、細かい仕事は終わるんですよね。
返信した。確認した。登録した。連絡した。
一つずつ終わるので、進んでいる感覚もあります。対して、自分が本当に進めたかった仕事は、一時間やっても終わらないことがあります。それどころか、調べて考えただけで見た目がほとんど変わらない日もあります。
そうすると、短時間で終わるもののほうへ自然に引っ張られます。
これは自分でも結構あります。
残っている仕事が多いほど、「まず小さいものから減らしたい」という気持ちになるんですが、小さいものを全部なくしてから大きい仕事へ行こうとすると、小さいものはなぜかまた増えます。なくならないんですよね。
仕事って、ちょっと雑草みたいです。
朝に全部抜いたつもりでも、夕方にはまた何か生えている。
なので「細かい仕事を全部終わらせてから、自分の仕事に集中しよう」は、たぶん自分にはあまり向いていませんでした。
予定表の中に、自分の仕事が見えない
最近は、予定表を見るときに「埋まっているかどうか」より、「自分の仕事がどこにあるか」を見るほうが大事なんじゃないかと思うようになりました。
一日六時間予定が入っていたとしても、残りの時間にやる仕事が曖昧なら、結局その隙間は細かい対応で消えていきます。逆に予定が多い日でも、「ここだけはこの仕事を進める」と自分の中で決まっている時間が少しあれば、少なくとも朝と夕方で何かは変わっている。
たぶん、自分が欲しかったのは暇な一日ではなかったんだと思います。
仕事が進んだという感覚でした。
予定を減らせれば一番簡単ですが、実際には自分だけで減らせないものもありますし、必要な予定まで嫌がるのも違います。それよりも、予定表の空白を全部「いつでも使える時間」と考えるのをやめたほうが、自分には合っていそうです。
空白は、放っておけば埋まります。
連絡も来ますし、ちょっとした確認も入ります。自分で思い出した細かい仕事を入れてしまうこともあります。何も予定がないからといって、その時間が自動的に自分の仕事へ使われるわけではありません。
むしろ、自分の仕事のほうを先に置いておかないと、最後まで名前のない時間のままです。
人との予定にはタイトルが付いているのに、自分の作業だけ「空白」になっている。
これ、今まであまり気にしていませんでした。
でも予定表を見ながら「今日も空いてないな」と思う前に、そもそも自分が進めたい仕事を予定として扱っていたかは見たほうがいい気がしています。
何時間も確保しなくてもいいのかもしれません。
一時間でも、場合によっては三十分でも、「この時間はこれを進める」と先に決めておくだけで、少なくとも何となく余った時間へ押し込むのとは違います。
もちろん、その時間に別の対応が入って崩れる日もあると思います。
そこまできれいにはいきません。
ただ、崩れることと、最初から場所を用意していないことは少し違うんですよね。予定を入れていたのに急ぎの対応でできなかったなら、「今日は仕方なかった」と自分でも分かります。でも最初から空いた時間でやろうとしていて進まなかった日は、何となく全部自分の段取りが悪かったように感じてしまう。
実際には、予定表が埋まっていた時点で、かなり難しい一日だったのかもしれません。
そこを無視して、夕方に残った仕事だけ見て「今日も進まなかった」と思うのも、少し違う気がします。
忙しかった日と、進んだ日は、たぶん別にある
以前より、予定が詰まっていた日の自分をあまり責めなくなりました。
と言っても、「忙しかったから何も進まなくていい」と思うようになったわけではありません。
ただ、忙しさと進捗を同じものとして見ないほうがいいと思うようになった、という感じです。
予定が多かった日は、予定をこなした日です。
人と話して決めたり、誰かの仕事を進めたり、止まっているものを動かしたりしていたのなら、それはちゃんと仕事をしています。でも、その日自分が持っている仕事まで進めたいなら、そこには別の時間が必要になる。
当たり前の話なんですが、自分の中では意外と混ざっていました。
一日ずっと働いていたのに進んでいないと、何となく自分の集中力が足りなかったように感じます。でも、そもそも集中するための時間を取っていなかったなら、気合いの話ではありません。
予定表を埋めたあとに、余ったところで集中しようとしていただけです。
それなら進みにくいのも当然だったのかもしれません。
明日の予定表を見たとき、たぶんまた何かしら埋まっています。仕事なので、これは仕方ないです。
ただ、その中に自分が進めたい仕事の名前が一つもなければ、また同じ感じになる可能性は高い。
なので最近は、予定表が埋まっているかどうかより、その中に自分の仕事がちゃんと存在しているかを少し気にしています。
全部うまく守れるわけではないし、急ぎのことが入れば崩れます。
それでも、朝から「空いたらやろう」と思っているよりは、少しだけ前へ進めそうです。
予定表の空白を探すより、自分の仕事の居場所を先に作る。
今のところ、自分にはそのくらいがちょうどよさそうです。
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