咲かぬ鉄、散りゆく華|つながる寓話「笑いの調べ」第3話
戦国の世、空は常に血の匂いを孕んだ雲に覆われていました。
ある村に、熊蔵という若者がいました。彼は石像のように寡黙で、日が昇る前から暮れるまで、ただ一心に木刀を振り下ろします。彼にとって修行とは呼吸と同じでした。なぜ強くなるのか、その先に何があるのか。問いを抱くことさえ忘れ、ただ己を削り、空虚な器を完成させることだけに没頭していました。
一方、隣国の村には猫助という男がいました。彼は戦場ですら鼻歌を歌うような男でした。彼にとっての剣術は、命を懸けた遊びに過ぎません。強くなるほどに、強敵と出会うほどに、彼は子供のような笑みを浮かべました。猫助にとって、成長も成功も、喉の渇きを癒やす極上の酒を呑むための前座に過ぎなかったのです。
二人はそれぞれの主君に仕え、またたく間に名を上げました。熊蔵は「静かなる鬼」と恐れられ、猫助は「狂い咲きの虎」と謳われました。富も名声も、望まずとも彼らの足元に積み上がっていきました。
そして、運命の川中島。霧の深い夜明け、二人はついに刃を交えます。
「お主、何のために振っておる?」
猫助が笑いながら問います。熊蔵は答えず、ただ精密な機械のように太刀を繰り出しました。
火花が散り、肉が裂ける音が響きます。熊蔵の剣は一点の曇りもなく、猫助の剣は踊るように変幻自在でした。
数刻に及ぶ死闘の末、勝負を決めたのは一瞬の差でした。
熊蔵の剣が、猫助の胸を深く貫いたのです。
ドサリと膝を突いた猫助でしたが、その顔には、これまでで最も深い悦びを湛えた笑みが浮かんでいました。口から溢れる鮮血を拭いもせず、彼は満足げに喉を鳴らします。
「……はは、見事。これだ、この瞬間のために……拙者は、ここまで歩いてきたのだ……」
猫助は、自分の死という究極の局面においてさえ、腹の底からこみ上げる何かを噛みしめるようにして、そのまま静かに息絶えました。
一人取り残された熊蔵は、返り血を浴びたまま立ち尽くしました。
手に入れたのは、敵将の首という成功。さらなる高みへ至ったという成長。
しかし、足元に転がる猫助の、あの晴れやかな死に顔を見た瞬間、熊蔵の胸に初めて、得体の知れない震えが走りました。
熊蔵は、己の手を見つめました。
自分はこれまで、一度でも、このように心から震えたことがあっただろうか。
積み上げた強さも、守り抜いた命も、この男が最期に見せた一瞬に比べれば、あまりに無機質で、冷たい石ころのように思えたのです。
霧が晴れていきます。
勝者となった熊蔵は、静まり返った戦場で、ただ一人、震える唇を噛み締め、空を見上げ続けました。
小さな問い
・成長とはなんでしょうか?
・あなたは今、成長していますか?
・成長はなんのためにするのでしょう?
