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「自虐ネタ」は、自分以外の人を刺す?その恐ろしい構造と「自意識の罠」 | ぽてぽたのよしなしごと #45

以前に、『正論をぶっぱなせ — 多様性の否定、それってブーメランで自分に刺さらない?』という記事で、正論をぶっぱなしてみた。

割と攻めたタイトルをつけたが、noteの世界は皆さん優しかった。
ヘイト的なコメントも、燃やされることもなく、いたって平和だった。

ということで味を占めた私は再度、ぶっぱなしに挑戦する。

今回のテーマは「自虐ネタ」である。

謙遜の延長線上にありそうで、実はぜんぜん違う。

自虐を絡めて笑いにもっていく行為のことだ。

たまに、聞いている方が居心地が悪くなったり、モヤモヤすることはないだろうか。

今回は私自身の自戒の気持ちも込めて、そのモヤモヤの正体を紐解いてみようと思う。


* * *


おはようございます。

今日は、正論をぶっぱなすタイプのじゃがいもでいきますよ。
ぽていとぽたあとです。

自虐ネタって、基本的には「自分自身を下げて」ネタにする行為のことですよね。

でも知らず知らずのうちに、巻き込み事故を起こして他の人も下げちゃっている可能性があると思うのです。

ちょっと、書いてみますね。




同じ・近い属性の人を刺している

かなりストレートな言い方をしてしまえば、聞いている方がモヤモヤする大きな原因の一つは、これだと思っています。

無意識に、自分以外の人を刺してしまっている。

「私なんてXXXだから○○○もできなくて、笑えるほどダメなやつなんですよ」的な構文で自虐ネタを言うときには、同じ・近い「XXX」という属性や特性を持つ人たちを巻き込んで下げている、という構図ですね。


架空の例をいくつか、挙げてみましょう。



  • Aさん:「うちなんて、ちょーボロマンションだから、恥ずかしくて人を呼べたもんじゃなくて」

  • Bさん:「私、学歴がないから頭悪くて、なんでも雑なんですよね」

  • Cさん:「私の仕事なんてほんと泥臭くて、誰もやりたくないから給料だけはいいんですよ」



「XXXだから○○○」を断定的に因果関係で結び、Aさんは同じマンションの住人たちを、Bさんは"「Bさんの言うところの学がない」方々を、Cさんは同業で一生懸命汗を流している方々を、道連れにしていますね。


巻き込み事故の図解:Aさんパターン

[手書き風イラスト by ChatGPT]
人に対しては言わないような言葉を
自分に対しては簡単に言ってしまう。
その言葉は、自分ではなく他の人に刺さっている。


このくらい極端な例にしてみると、「そりゃ聞いている側もいい気持ちしないよな」というのが、わかりやすいのではないでしょうか。

同じマンションの住人がその場にいなくても、聞いている方は「そこまで言わなくても……」と、ザラッとした気持ちになりますよね。

人の住居や学歴、仕事、その他の属性や特性について、あえて下げるようなひどい発言は、多くの人が避ける行為だと思います。

ただ自分自身に対してだけは、言ってしまう。

これ、なぜでしょうね?


ハマっているのは「自意識の罠」

ぽてぽた調べによると、自虐ネタを言う人には、優しい人が多いように思います。

優しさから、相手に気を遣って「自分を下げて周りを上げよう」としたり、「笑ってもらおう」とした結果、あら不思議、同じ属性・特性の人たちを刺してしまっているんですね。

なぜそんなことになってしまうのでしょう?

もちろん、その人が意地悪だからではないと思います。

一生懸命になりすぎて、意識の矛先がぐるぐる回り、いつの間にか自分にだけ向いてしまっているのではないかな?と私は考えています。

そして私はこれを、「自意識の罠」と呼んでいます(たった今、名前をつけましたけどね)。

「自意識の罠」にハマっているときは、自分のことで頭がいっぱいです。

相手が自分の発言をどのように受け止めるか、相手がどのような気持ちになるか、という視点がすっぽり抜け落ちてしまうと思うのです。

起点は気遣いだったはずなのに、不思議ですね。

「相手に自分がどう思われるか」を考えることと「相手がどのような気持ちになるか」を考えることは別物、ということにも触れておきたいですが、ここまで踏み込むと散らかるので、本記事では割愛します。


人に対して言わない「ひどい言葉」は、自分に対しても言わない

しいたげる」には、「ひどい扱いをする」「苦しめる」という意味があります。

そう考えると、「自虐」って、かなり強い言葉ですよね。

自虐ネタを言うときは必ずしも「自意識の罠」にハマっているとは限らず、「自分を下げておいた方が楽」とか、「場を盛り上げるために大袈裟に言おう」といったことが動機になることも多いかもしれません。

そうであっても虐げるような強い言葉や表現を使うと、自分以外の誰かを傷つけてしまう可能性があります。

特定の属性や特性を括った「自虐ネタ」ではなくても、人に対しては言わないようなひどい言葉や失礼なことは、自分に対しても言わない方が安全かな、と思います。


オマケ:すべての受け止め方にまで配慮しなくても大丈夫

「ひどい言葉」「失礼なこと」を言わないようにする配慮はもちろん必要ですが、基本的には人が何をどう受け止めるかは、コントロールできません。

気にしすぎて、苦しくならないようにしたいところです。

「誰かを傷つけてしまう可能性」に対して配慮は必要だけれど、過度に敏感になってしまうと、何も言えなくなってしまいます。

極端な例を挙げれば、「アイスクリームが好きだ」という記事をnoteに書くだけで「私は乳糖不耐症でアイスを食べられないのに、こんな記事を書かれて不愉快だ。やめてほしい」と受け止める人もいます。

これは、「知らんがな」の世界です。

もちろん乳糖不耐症であることに対して、気の毒に思うことはあるでしょう。

けれど、あなたがアイスクリームが好きな話とは、何の関係もありません。

過度に反応する人についてまで考え始めたらきりがないですし、受け取る側にも受け取る場面や量を調整することが必要です。

ここは切り分けて問題ないと、私は考えています。

あくまでも、人に対して言わないような「ひどい言葉」「失礼なこと」は、自分に対しても言わない。

いったんこれを境界線として良い気がします。


* * *


いかがだったでしょうか。

こうして文章にしてみると、当たり前のことしか書いていないようでもあり、「言うは易し」だけれど実践は難しいことのようでもあり。

「自意識」って、とても興味深いテーマですよね。

最後に、本テーマに関連した記事を書かれていたnoterさんをご紹介したいです。


KAWAIさん

一見すると(?)クールでドライな方なのかなと思っちゃう方もいらっしゃるかもしれませんが、KAWAIさんがハートの熱い方であることは、記事を読んでいるとビンビンに伝わってきます。

以下の記事の『ストップ自虐』では、私とは違う角度から自虐について取り上げられていて、とても興味深かったです。

たしかに!みたいな。
なるほど!みたいな。


Otmasanさん

私は、オトマさんを紹介しすぎです。

わかっていますよ。

でもこのテーマで、この記事を紹介しないわけにはいかないのです。

自虐ネタの記事ではありませんが、「自分を低く見積もる」って、実は周りを道連れにするのでは?といった内容が、今回の記事とも繋がる気がしたのでご紹介します。

オトマさんの気づきと内省と俯瞰力が、素晴らしかったです。


ゆらのまさん

自虐ネタの記事は長らく案として寝かせていたのですが、「よし、書いてみよう」と思うきっかけの一つをくれたのが、ゆらのまさんの『「ズボラ飯」が嫌い』という記事です。

タイトルも、引きがありますよね。

そして読み始めてすぐ、「ああ、そういうことだったのか」となります。

「ズボラ」という言葉の持つ自虐性が今回の記事と少しつながる気がしたため、ご紹介します。

「ズボラ」って、結構強い言葉ですよね。

「人に対しては、使わない言葉だなあ。気をつけよう」という気持ちになりました。


🥔・🥔・🥔


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ぽてぽたの「よしな、仕事!」じゃないですよ。「由無し事」です。