僕はいつでも、君のことを考えていた《風まかせ文芸部》 | ショートショート #07
「陽太。私べつに、不機嫌になってないから。謝らないで」
少し呆れた様子で、紗奈が言う。
「ご、ごめん」
「また謝ってる。焼きそばが売り切れてたの、陽太のせいじゃないし。いいから、せっかくのお祭を楽しもうよ」
そう言うと、白い歯をニッとのぞかせて、紗奈は繋いだ僕の手を引っ張った。
付き合って1年半くらいになる紗奈と、家の近所の夏祭に来ていた。
付き合いが続くほどに、僕の正体不明の不安は少しずつ大きくなっている気がする。
紗奈の機嫌を損ねたくなくて、嫌われたくなくて、先回りして気を遣ったり、謝ったりすることが増えた。
紗奈は怒りっぽい性格でもないし、むしろ明るくさっぱりしているのに、なぜ自分がこんなに不安になるのか、わからない。
「あ。高坂さん、こんばんはー」
紗奈が、少し離れたところにいた3人家族に声をかけた。
30代半ばくらいの男性と、おそらく同じ世代の女性、そして3歳くらいの小さな女の子。
「上坂さんから、いつもお話は伺っています……」
歩み寄り、軽やかに話かける紗奈。
どうやら男性の方が同僚らしい。
高坂さん。
僕より背の高い、清潔感のある人だった。
オシャレで、知的な雰囲気もある。
紗奈とは、同じチームなんだろうか。話に出たことあったっけ。懇親会とかにも一緒に参加するのかな。僕も、もっとオシャレしてくるんだった……。
ぐるぐると、余計な思考で頭がいっぱいになり、会話が頭に入ってこない。
二言三言だけ言葉を交わし、頭を下げ、お互い違う方向に向かって歩き始めた。
「高坂さんて、同じチームの人?聞いたことあったっけ?飲み会とかも、一緒に参加したりするの?」
紗奈と二人だけになったとたん、矢継ぎ早に、気になったことを聞いてしまう。
「なにそれ。さっきは全然話さなかったのに、高坂さんに興味あるわけ?」
「興味というか、気になったんだ。すごく、その、素敵な人だったし」
「となりのチームの人だよ。いつも一緒に仕事しているわけでも、そこまで親しいわけでもない」
「親しいわけでもないのに、声かけるんだ」
「マナーでしょ。陽太、何がそんなに気になるの?」
立ち止まり、呆れたように紗奈が言う。
さっきまで笑顔だったのに。また、呆れさせてしまった。
このままでは紗奈に嫌われてしまうかもしれない、と不安になる。
でも僕は、止められない。
「気になるものは、気になるんだよ」
* * *
夏祭りから1週間後の週末。
「ごめん、陽太。私もうムリかも」
紗奈に、別れを切り出された。
僕は混乱し、頭が真っ白になる。
「な、なんで。何が。なんで」
駅前のカフェで、紗奈は飲み終わったアイスコーヒーのストローをずっといじっていた。
「陽太のことは好きだよ。一生懸命なのも、わかる。でも、疲れちゃったんだ」
「この前の祭のこと? あのときは本当にごめん。高坂さんのことだって、別に疑ってたわけじゃなくて」
「そういうことじゃない。疑われてるなんて、思ったこともないし」
「じゃあ、何? 僕、直すから」
紗奈は小さく息を吐いた。
「そういうとこ」
「え?」
「陽太って、いつも私に嫌われないかとか、自分より他の人の方が私に合うんじゃないかとか、そんなことばっかり考えてるよね」
「それは、紗奈のことを一番に考えてるから」
「違うよ」
紗奈は、まっすぐ僕を見た。
「敢えてきつい言葉で言うけど、それって結局、自分のことを考えてるだけなんだよ。私のことを失いたくないとは思ってるかもしれないけど、私のことは全然見てない。こういう話だって、もう何度もしてるんだよ。でも、陽太には届いてないように思う。わかってないでしょ?」
まっすぐな紗奈の視線を、思わず避けるように目を伏せた。
わからなかった。
そんなことない、と言いたい。
僕はいつだって紗奈のことを考えている。
考えて、考えすぎて、だから空回りしてしまって……。
言葉はたくさん浮かんだけれど、声にならなかった。
「……ごめん、わからない」
結局また、謝った。
「だと思った」
紗奈は悲しそうに微笑んで、そのまま席を立った。
何か言うべきなのに、喉がきゅっと詰まって、言葉が出てこない。
追いかけることも、できない。
* * *
8月最後の日曜日。
結局あれから2週間、紗奈とは一度も連絡を取っていない。
「私のことを、全然見てない」という彼女の言葉の意味も、何を伝えるべきなのかも、わからなかった。
口を開いたらまた「ごめん」だけ言って紗奈を呆れさせて、紗奈がますます離れていってしまいそうで怖かった。
このまま、本当に終わってしまうんだろうか。
あるいはもう、終わってしまったんだろうか。
僕はファミレスに一人で座り、目の前のカレードリアを食べるでもなく、スプーンで掬ったり、混ぜたりしていた。
ふと、隣の席の会話が耳に入る。
「で、来月そのライブに行くんだけど。せっかく誘ってくれたから、断るのも申し訳なくてさー。でも正直、そのバンド全然興味ないんだよね。気が進まないなー」
「じゃあ、断ればいいじゃん」
「でもさ、付き合い悪いって思われたくないじゃん? 次から誘われなくなったら、いやだし。嫌われたくないしなー」
「それ相手にも失礼じゃない? 自分のことしか考えてないじゃん」
「え?」
「思われたくない、いやだ、嫌われたくない、って、自分のことばっか。相手の気持ちはどうなのよ? そんな気持ちでライブ来られても、私だったら嬉しくないけど」
スプーンを持っていた手が、固まった。
自分のことだ、と思った。
紗奈に、できないやつだと思われたくない。
紗奈に、呆れられるのはいやだ。
紗奈に、嫌われたくない。
いつも紗奈のことを考えていると思っていたけど、ちがった。
ずっと「僕」を守ることを考えていた。
「僕」が、そう思われたくない、いやだ、嫌われたくない。
紗奈の言葉が浮かんだ。
——それって結局、自分のことを考えてるだけなんだよ。わかってないでしょ?
僕はスマホでLINEを開き、紗奈との会話をタップする。
まだ、ちゃんとは「わかって」いないかもしれない。
でも今度こそ、聞きたい。紗奈の気持ちを。声を。
紗奈のまっすぐな視線も、まっすぐに受け止めたい。
受け止めないと、いけないんだ。
夏の終着点は、まだ今じゃない。
僕は打ち込んだ文章を確認して、「送信」ボタンをタップした。
おはようございます。
ぽていとぽたあとです。
また、「これってショートショート?」
というものを書いてしまったじゃがいもですよ。
お題:夏の終着点
恋愛についての話のようで、実は先日書いた「自意識の罠」の話の続きのつもりでした。
「自分が相手にどう思われるか」を考えることと、「相手の気持ち」を考えることは別物、ということをチラッと書いたのですが、文章で説明するのが大変すぎたため、前回は志半ばで断念しました。
それを、ストーリー仕立てで伝える感じにしてみましたよ。
やや極端な例かもしれませんが、自分に自信がなかったり不安な気持ちが大きくなると、自意識の罠にハマってしまい、相手のことが見えなくなってしまう……って、恋愛関係に限らず、あるあるな気がします。
このテーマについてどうアプローチするか迷いましたが、友情系?家族もの?仕事は無理か?など色々と考えた結果、「夏の終着点=別れ」と絡めて恋愛っぽい話ならいけるんじゃないかと思い、書いてみましたよ。
むずかしいったらありゃしない。
なんとなくでも、何かしら伝わる感じになってるといいな、と思います。
🥔・🥔・🥔
ほかにもショートショートを書いています。
よければお読みくださいね。
