松本・滞在する旅~秋(② 秋祭り、始まる)
稲穂が緑から金色に変わりはじめる頃、秋祭りもはじまります。多賀神社と四柱神社の例大祭、私がアパートを借りていた美ヶ原温泉の道祖神祭り(ヘッダー写真)を紹介します。
滞在する旅では、近くの祭りは見物すべし、できれば参加すべし、ですね。
本連載は、通過する旅に物足りなさを感じ、“滞在する旅” を試した私の体験談と、その結論としての “2年間限定移住のすすめ” です。
信州ファンや滞在型の旅が好きな方の参考になれば、さいわいです。
私のライフワーク「昔の人びとの楽しみ方」の名残りも探っています。
1.寿命餅が人気の多賀神社・例大祭
毎年9月10、11日は秋の訪れを告げる多賀神社の例大祭。この2日間だけ、寿命餅を売る店があります。お祭りの人出が増える前に行ってきました。


多賀神社の並びにあるのが、出川磯村。寿命餅はスーパーなどでも売られますが、松本の人たちの多くは磯村の寿命餅を買い求めます。

柔らかいお餅にこし餡、美味しいです。伊勢の赤福餅と似た感じ。
寿命が延びるといわれると、並んでも買いたくなりますね(予約可です)。毎年、必ず食べるという松本人も少なくありません。
2.湯の街の奇祭・美ヶ原温泉の道祖神祭り
男性のシンボル形の木造道祖神(御神体)に女性を載せて、上下に揺らし、子宝祈願・開運招福を願う祭りで、パンフレットには「湯の街の奇祭」と書かれています。開催は9月の第4土曜(2026年は26日)。
御神体を、まず、温泉街にある御母家薬師堂の木の股につっこんでから、温泉街の中心部に戻ります。




主に泊まり客の女性を御神体に載せて、ホイサ・ホイサの掛け声と共に上下させます。
美ヶ原温泉旅館協同組合が主催し、約50年前に始まったそうです。狭い温泉通りなので、見物客は泊まり客が中心。
地元のAさんに、「担ぎ手はどうやって集めるのですか?」と聞くと、「信大(信州大学)のバイト」と即答。
温泉街の人寄せ行事かと思ったのですが、道祖神祭り自体はかなり昔からあったようです。
性器崇拝も根付いていたようで、温泉街から、美ヶ原高原に登る途中にある桧の湯には、注連縄を張られた性器像が鎮座しています。


明治維新の時に神仏分離令がでて、廃仏毀釈の動きがありました。偶像崇拝も否定され、道端の石像までもが撤去された地域もありました。
廃仏毀釈に積極的だったといわれる松本なのに、よく残ったと思います。
3.四柱神社の神道祭(例祭)

四柱神社は市中心部にありますが、明治12年にできた新しい神社。天照大神など四柱の神様を祀っています。
神仏を分離し、神様だけをきちんと祀りましょう、ということで建てられた神社だと思います。
例祭の神道祭は、毎年10月1日から3日まで。


舞台とよばれる山車(右側)の引き回し。女鳥羽川にかかる千歳橋(せんさいばし)をゆっくりと渡っていきます。舞台は深志神社の夏祭りでも登場。

女鳥羽川沿いには出店がたくさん。花火もあがります。奥の山は美ヶ原。
女鳥羽川は、松本城の総掘(外堀の更に外側の掘)として防御の役割を担っていました。お城や四柱神社がある左側(北側)が武家地、右側は町人地。舞台を保管する蔵があるのは町人地です。
かつては、お米を売って現金を手にしたお百姓さんたちが、神道祭で羽振り良く遊んでいたそうです(温泉銭湯の常連Iさん)。大きな見世物小屋も出たし、木下サーカスも来たし(Sさん)、映画も楽しみだった(Mさん)とか。安曇野からも米を売った人がたくさん来たそうですよ。
神道祭が終わると、炬燵を出すシーズン、でした。去年は、太極拳サークルの女性たちが「いつもは炬燵を出す時期だけど、今年はいつ頃になりそうかねえ」なんて、話していました。
「お盆をすぎると風が変わるよ。窓を開けて寝られなくなるから」→「あれ、変わらない、暑い」、「昔は30℃を超える日なんて珍しかったのにねえ」、「炬燵を年中出していたときもあったのにねえ」などなど、地元の人から聞きました。
私が滞在した2023年から25年の3年間は、年々暑くなりました(泣)。
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▇ 私の書籍 2025年出版。江戸・明治時代の村人たちの楽しみ方と現代生活への応用、松本での暮らしについても少し書いています。

▇ 昔の楽しみ方の記事
▇ 私のブログ つたない英語に日本語を併記しています。
